年末の、中山レース場。
有マ記念が開催されるその日、レース場は満員を記録していた。
周囲の施設でライブビューイングが何か所も開かれるほどの集客数。
革命元年、その最後のグランプリレースを見届けるために、人々はそこに集まっていた。
夢を見るために、集まっていた。
師走の寒さすら、この人垣の前では太刀打ちできず、レース場は熱気に包まれていた。
「すみませーん!!通してくださーい!!通してー!!」
「悪ぃな、道開けてくれ。ベストポジションを取りてェんだ」
そんな中を、身長の高いウマ娘と、低いウマ娘が手を繋ぎながらゴール前に向かって歩いていく。
その姿を一目見たウマ娘ファンの人たちが、一斉に声を上げた。
彼女たちがゴール前までたどり着けるように、人垣が割れて道が出来る。
「うお!?キタサンブラックだ!!」
「えっマジ?マジだ!デッカ…!」
「今年のジュニア期で一番デカいウマ娘だもんな…!クラシック期待してるぞー!」
「これからも応援してます!!チームフェリス箱推しです!……って、きゃー!サンデートレーナーもいる!!」
「あ、マジだ!人ごみに埋もれて気付かなかった…!」
「やっぱり綺麗ー!写真撮っていいですか!?」
「悪ィけど写真はノーサンキュ。道開けてくれてありがとなァ」
「応援ありがとうございます!!失礼します!!」
身長差でキタサンブラックに注目が行くことで何人かからは見逃されたサンデーサイレンスだが、綺麗と褒められた相手に噛みつくほど子供のままではない。
ウインクだけ返しておいて、キタサンブラックの手を握りながらゴール前に向かっていく。
なにせこの人込みだ。まだ中等部の一年であるキタサンブラックが万が一迷子になってはいけないので、こうして手を繋ぎながら歩いているのだが。
「……なんかアタシのほうが子供みたいに見られてねェか?」
「し、身長差は仕方ないですよ……むしろ、私がデカくてお役に立ててよかったです!!」
己のタッパのなさを愚痴るサンデーサイレンスに、キタサンブラックが苦笑を零した。
サンデーサイレンスの身長は152cm。中央トレセン学園のウマ娘と比較しても決して低すぎるわけではないのだが、しかし隣に立つのが180cmオーバーのキタサンブラックなので、並ぶとまるで親子のようになってしまう。
まぁ、ゴアと並び立つ時よりはマシか────SSはそのように己の葛藤に結論付けて下らない思考を吐き捨てた。
今はそんなことで曇っている場合ではない。これから始まるレースを走る我がチームフェリスの英傑たる3人を、全力で応援できるベストな位置を取らなければ。
チームの主管トレーナーである立華が今は一人で控室の対応をしている。
このレースにおいてはチーム3人をそれぞれ部屋を分けるのは余りにも非効率的であり、今更3人を一部屋にまとめてチーミングなどするまいというURAの配慮もあり、チームフェリスに準備された控室は大きな一室。
そこで、
邪魔はしたくなかった。
そこでキタと先に控室を出て、観戦のベストポジションだけ取っておこうとゴール前に歩いてきたのだ。
さて、そうして人垣も割れてくれて、ゴール前までの道のりが出来たところで、しかしその先にやはり見慣れたウマ娘達がいるのをサンデーサイレンスは見つけた。
この年末の有マ記念のゴール前をポジションキープできるのだから、相当気合が入っていたのだろう。ブルーシートを開いて早朝から並んでいてもおかしくはない。とはいえ彼女たちはまだ子供だから、危険なことはあまりしないでほしいものだが。
「……よォ、また会ったな──ジーフォーリア、シャフラヤール、タイトルホールド」
「あっ、サンデーさん!!こんにちはっ!」
「勿論です。年末のこの勝負、フェリスのお三方が走られるんですもの。現地で見ないという選択肢はありませんね」
「その、よければ今年も色々教えてもらえれば……!!」
3人の笑顔が向けられて、サンデーサイレンスも笑顔を見せる。
去年の秋のファン感謝祭で出会ったこの3人は、去年の有マ記念でも出会い、縁が深まった。
その後、今年の春と秋のファン感謝祭でも出会ってだいぶチームメンバーとも仲良くなっている。
感謝祭でファンのお子様ウマ娘向けに開催された、トゥインクルシリーズ現役ウマ娘と併走してみよう、のイベントでは3人が1200mを走る姿もサンデーサイレンスは見させてもらったが、これがまたなんとも、才覚に溢れている走りだった。
まだ入学もしていないこの時期に、体幹が徐々に仕上がりだしていっている。
身長も伸びて、体の厚みも出てきた。もうすぐサンデーサイレンスの身長は抜かされてしまいそうだ。
来年度の4月にトレセン学園に入学すると聞いているので、立華と共に早めに声をかけておこうぜ、と画策している3人だ。
「もちろんいいぜェ。この後タチバナも来るからよ、よく解説してやるよ」
「今年は去年に勝るとも劣らない、豪華なメンバーだもんね!私も楽しみなんだ!」
「キタサンブラックさんの言う通りですね!!私の推しはやっぱりフラッシュさんです!!」
「あらジーフちゃん、それは分からないわよ?中山の直線は短い……勿論応援する気持ちはあるけれど、私はファルコンさんに一票かしら。芝のGⅠレースは久しぶりだけれど、ドバイで覚醒したあの走りが出れば2500mでも駆け抜けられそうだし」
「いやいやシャフちゃん、ファルコンさんは逃げウマだけれど、大逃げは芝だと難しいんじゃないかな…?アイネスさんが同じ逃げとして、バッチバチにやりあうと見てるよ。天皇賞春も逃げきったスタミナだ、2500mの距離はむしろアイネスさんにとってはベストな距離。最終直線310mは領域にも一致するし…」
「なにをー!タイホちゃんの読みもわかるけど、今のフラッシュさんはどこからでも末脚を繰り出せるはずだもん!凱旋門賞見てなかったの!?」
「あら、それを言うならベルモントステークスの時のファルコンさんは2400を減速無しで走っているのよ?1年半前に、ダートで。今なら2500mも全く苦にしないと思うわ。芝にも合わせる時間はあったでしょうし」
「でも前走が1200mのダート短距離だよ。バ場も距離も選ばないファルコンさんだけれど、ダートに合わせて練習してた時間も長かったはず。2500mの芝で全力で走れるかは……」
「それを言ったら凱旋門2400mを走ったフラッシュさんが一番ベストコンディションで臨めるよ!」
「それは指導者を考えていない話じゃないかしら?あの猫トレさんなのよ?アイネスさんがどの距離をいつでも走れるように、きっと特殊な指導を行っているのよ」
「でも、だったらやっぱりそれに応えているアイネスさんの方が……」
そうしてサンデーサイレンスとキタサンブラックが見守る中で、3人はお互いのライバル心を刺激されて推しのウマ娘がどう勝つのか、それで随分と盛り上がってしまっていた。
何気にその会話の内容が、まだ中学校にも上がっていない児童が喋る内容ではない。少なくとも自分が学園に入学する前はこんな真剣にレース見ていなかったな、とキタサンブラックは少し昔を懐かしんだ。
3人が議論しながら食い入るように見つめる先……3人の手に捕まれ揉まれてくしゃくしゃになってしまった有マ記念の出走表に、サンデーサイレンスが目を通す。
今年の有マ記念の出走者の主たるウマ娘は、以下の通りだ。
エイシンフラッシュ。
スマートファルコン。
アイネスフウジン。
ヴィクトールピスト。
メジロライアン。
ナイスネイチャ。
ダイワスカーレット。
ウオッカ。
ベイパートレイル。
デアリングタクト。
各世代の優駿たちが。
己の世代の誇りを胸に。
グランプリを勝ち取るために。
夢の舞台が、まもなく始まろうとしていた。
「─────ってのによォ!お前はよォ!?」
「んぶげふゥッ!!!」
と、そこで急にサンデーサイレンスの口調が荒くなり、びくっとした3人を尻目に、サンデーサイレンスが後ろに脚を蹴り出して、ウマ娘特有の蹴りを不届者に叩き込んだ。
びっくりした3人が振り返った先、チームスピカの沖野トレーナーがいたいけなウマ娘の背後から忍び寄り、その腕を下半身に伸ばそうとしているのにサンデーサイレンスが気付いて蹴り飛ばしたのだ。
お前はこんな時にも悪癖が出るのか。
サンデーサイレンスははぁぁぁぁ、と大きくため息をついて沖野を睨みつける。
「……こいつらはウチのチームで目をかけてる才能あるウマ娘なんだよ。驚かせようとするんじゃねェよ、オキノ」
「いや、はは……すまん!目の前に3つも最高の素質の脚があったもんだから体が勝手にな…!」
「……沖野トレーナー?いつになったらその悪癖は治るんですか?」
「いて、いててて!耳を引っ張るなスズカ!!無意識なんだって!!」
「……あー、懐かしいですね。私が学園入学する前にもトモを触ってきましたよね沖野トレーナー。ドリームリーグのライブの時でしたっけ……」
「ア゛?キタ、それマジか?初耳なんだがよ?……おいオキノ?死にてェか?」
「ふ、不可抗力なんだ!俺の腕が勝手に…!」
「ならふざけたその腕を切り落としてやるよォ!!合わせろスズカァ!!」
「はいっ!行きますっ!!」
「ぐ、グワーーーーーーッ!!」
サンデーサイレンスが襲い掛かり、スズカと共に沖野を上空に放り投げてツープラトン技を決める。
OLAPの体勢に入るサンデーサイレンスと、キン肉バスターの構えに入るサイレンススズカで沖野を拘束し、そのまま地面に叩きつけた。*1
【SILENCE→LAP】。サイレンスの名を冠する二人のツープラトンだ。
「グベラァーーーー!!!」
断末魔の叫びをあげて、沖野は全身全ての関節を砕かれて倒れ伏す。
悪は滅びたのであった。
「……その、キタサンブラックさん」
「ん、何?」
「トレセン学園って、いつもこんな感じなんですか?」
「うん、割と」
「そうなんですね……」
トレセン学園でキン肉マンの漫画が大流行しているのはもはや説明不要であろう。*2
その後沖野はしれっと復活し、ゴール前にいたカノープスやレグルスのメンバーとも合流し、みんなで観戦に臨むのであった。
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「……なんか今ギャグ空間になってる気がする」
「どうしました急に」
俺は控室で謎の電波を受信し、このシリアスな最終戦を迎えるにあたり何故かギャグ時空に呑まれそうな気配を感じたので、努めて佇まいを真面目なものとして、控室の空気を切り替えた。
今、部屋の中には俺とオニャンコポンのほかに、勝負服に身を包んだ俺の愛バが3人。
それぞれの勝負服は、おろしたてだった二年前の時と違い、数々の激戦を潜り抜けてきた今、所々に解れや汚れを修繕した跡があり……歴戦の其れとなっていた。
GⅠのウマ娘を見る時は、勝負服と靴を見ろ。それで強さが分かる。
昔からずっとトレーナー間で語り継がれている常識だ。
今、俺の愛バ達3人は、誰が見てもそこに修羅を感じさせる、稀代の優駿の佇まいを見せていた。
「……もうすぐだな。みんな、調子は整ってるな?」
「ええ。先ほど貴方からビズもいただきまして、オニャンコポンもいっぱい吸えましたから」
「私もトレーナーさんの心臓の音、いっぱい聞けたから準備万端!絶好調!!」
「髪も尻尾も梳いてもらえて、サラサラなの!誰に見せても恥ずかしくない……後は、走りで魅せるだけ。ばっちりなの!」
俺は先ほどまで、それぞれの愛バからのおねだりに答え、彼女たちが一番集中できるようにコンディションを整えた。
他の二人に見られながらする、というシチュエーションで集中力が落ちる所もあるかと危惧したが、そんな心配はいらなかったようだ。むしろ見せつけるように堪能してくれていたので、普段より3割増しの集中と言ったところか。
ドバイでも、周りに見られながらのおねだりをしていたもんな。あの経験が活きている。
オニャンコポンもそれぞれにその身を捧げ、やり遂げた風に今は俺の肩の上で休んでくれている。
今更ながらに改めて思うが、こいつがいてくれたおかげで俺達チームの勝利がある。
お前は最高の猫だよ、オニャンコポン。
今までありがとう。これからもよろしくな。
「……ここまで来たら、もう俺から言えることはない。今日に至るまでに、俺の全てを君達に注ぎこんできた。今の君達が、俺の誇りだ」
「はい」
「うん」
「なの」
俺は最後に、3人に向けて俺の想いを伝える。
───────やれることはすべてやった。
今が。
今この瞬間が、俺が彼女たちにしてやれるすべてをやり遂げた瞬間だ。
想いだけでは、願いだけでは勝つことができない。
だから、今日、この瞬間に至るまで積み上げてきた。
彼女たちが、彼女たちらしく走り、そして勝つための全て。
3年間の全てを。
もう俺が出来ることは何もない。
ただ、この中山レース場の短い最終直線の先で。
彼女たちが、最高のレースを見せてくれるのを待つのみだ。
もう俺に出来ることは終わっている。
彼女たちが最高のレースを見せてくれる、それを。
俺が、彼女たちと共に、この日までに積み上げた全てを、見届けるだけだ。
「……ゴールの前で、見届けさせてくれ。俺たちの全てを。………勝てよ!!」
「はいっ!!」
「任せて!!」
「はいなの!!」
その言葉を最後に、彼女たちは立ち上がり、戦意に高揚した微笑みを見せて……戦場へ向かっていった。
残された俺は、その余りの静寂に湧きあがる寂しさを、オニャンコポンを撫でることで落ち着かせる。
最高の状態で送り出した愛バ達の、その背中を見送って、見届けて。
俺の手から離れていくような錯覚さえ覚えて、それでも。
……俺は、見届けることしかできない。
最後の舞台が、始まる。
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「……三人で並んでここを歩くのは、初めてですね」
「そうだねー……フラッシュさんとだけなら、皐月賞で歩いたけど」
「あたしもフラッシュちゃんとなら日本ダービーと天皇賞と宝塚で歩いたの。ファル子ちゃんとは初めてになるね」
「そうですね……ファルコンさんとの皐月賞、今でも懐かしいです。あれが、チーム内で初めての勝負でしたね」
「ファル子がダート走ってたからねー。二人もダートに来ればよかったのに」
「それは流石に無茶なのー。ファル子ちゃんの芝に合わせた努力がすごいの。ジュニア期も、今年の夏以降も頑張ってたもんねぇ」
「それを言うなら、アイネスさんだってそうじゃないですか。距離適性を克服するために……あれ、そう考えると私が一番楽をしているんでしょうか?」
「目指すものの違いじゃない?フラッシュさんが楽してたなんて思ってないって。私とアイネスさんはちょっとわがままだったってだけだよね」
「そーなのそーなの。わがままに答えてくれちゃうトレーナーが悪いの。その分、フラッシュちゃんは中距離の脚を磨いて凱旋門まで取ってるんだから。そんなこと言うとまたヴィイちゃんがスネちゃうよ?」
「ふふ、そうですね、失礼しました。……そういえば去年はヴィイさんに僅差で負けたんでしたね。今日こそはそのリベンジをしなければ」
「あー……ヴィイちゃんとライアンさんがなんか自分を見てくれてない感じがしたー、って言ってた去年の有マね?あれ、何か見えてたの?」
「あ、あたしもちょっと気になるの。あれ以来だったよね?フラッシュちゃんの中に闇フラッシュちゃんの人格が目覚めたのって」
「闇遊戯みたいに言わないでくれますか?でも、ええ、そうですね……あの時走っていた他の方は覚えていませんが、私は覚えています。みんなで集団幻覚を見ていたというか……想いの果てを迎えたというか……あー……言葉にするのが難しいですね」
「集団幻覚は怖すぎない?」
「キメてる?」
「例えですよ、例え。お二人にも経験があるでしょう?こう……記憶が飛んでしまうような深い集中の底にいる、魂の向こう側と触れ合うというか……そんなレースが」
「あー……あー、ある、ね。ベルモントステークスがそれだったなぁ……」
「あたしの場合はジャパンカップ、かな?トレーナーの声援で目が覚めたあれだね。走ってると時々ワケわからないことになるの」
「なりますよね。私も有マと、凱旋門賞でそれを経験しました。でも、別に裏の人格があるとかじゃないんですよ?普通に、記憶として引き継いでいると言いますか……やはり説明は難しいのですが」
「ん。別に深入りするとかじゃないから、無理に説明しなくても大丈夫だよ」
「フラッシュちゃんはフラッシュちゃんなの。前後で何か変わったわけでもないしね」
「有難うございます。………ふぅ………」
「…………」
「………繰り返す側のあの人に見せるのは、これが最後のレースだね」
「……ええ」
「だね………だからこそ、私達の最高のレースを見せてあげよう?」
「なの。せっかく3人も担当したんだから、目に焼き付けて忘れられないようなレースにしてやらないと」
「ですね。慢心も、油断も、驕りもなく。真摯に、最高のレースをあの人に捧げましょう」
「ふふ………楽しみだね」
「やってやるの」
無言で歩く3人の前に、光が差す。
それは、快晴のレース場から通路に差し込む光。
レース場に姿を現す寸前、3人は脚を止める。
お互いに、無言のままで、右手を差し出した。
その手は自然と重ねられ、彼女たちだけの誓いの為に。
「─────チーム・フェリス!!!」
「「「ファイ、オーーーッ!!!」」」