【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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192 その道程に後悔はなくて

 

 

 

 

 

『向こう正面を駆け抜けていくウマ娘達っ!!先頭は未だスマートファルコン!!二バ身ほど距離を空けてアイネスフウジン!!その後ろは混戦模様!ダイワスカーレットがアイネスフウジンに競りかけるか!今年の三冠ウマ娘ベイパートレイルは中団をキープ!!ナイスネイチャが息をひそめている!!エイシンフラッシュも徐々に位置取りを上げていった!!この向こう正面には坂があるぞっ!!』

 

 

 スマートファルコンが先頭を駆け抜けるその後ろで、アイネスフウジンがタイミングを見計らっていた。

 中盤戦に入って行く道中、あとは内回りのコースを一周半の道程になるが、しかしここ中盤戦はウマ娘達が様々な技術を用いて仕掛けあう道のりとなる。

 勿論、アイネスフウジンにとっても同様。彼女が最も得意とする牽制……道中で後続のスピードを奪う、向かい風を放ち後続からの攻めに対抗しなければならない。

 

(でも、この有マ記念は長距離……マイルや中距離のレースに比べると、道中の逆風は効果が強く出ないの)

 

 しかしアイネスフウジンは、己のその技術が長距離レースにおいては効果が薄まることを知っていた。天皇賞春で経験していた。

 逃げながら後続に余裕のある背中を見せつけることでペースを奪う……と無理矢理言葉に起こせばそんな技術なのだが、しかしこれはマイルや中距離と言った、スピードがモノを言うレースで最大の効果を果たすものだ。

 スピードイーター、荒ぶる旋風、そんな名前が付けられるべきその技術は、長距離レースのように道中のスタミナも計算しながら走らなければならない舞台においては、後続への精神的デバフが弱まる一面があった。

 

 だから、単純にそれを繰り出すわけにはいかず、もう一つ味付けが必要だった。

 

(……ヴィイちゃんは領域に入った、か。やっぱあれズルいの。でも、他の子たちは問題なく乗ってきてる、やれる……あたし達逃げの二人が気持ちよく走ってるだけじゃ、最終直線でまくられちゃうからね!!)

 

 アイネスフウジンが後続の位置取りを確認して、タイミングは来た、と察する。

 この先は上り坂。坂は、アイネスフウジンにとっては得意とする箇所だ。

 反対に、スマートファルコンはそれを得意としていない。ダートのレースは平坦なコースが多く、芝のレース場のように傾斜に富んではいないからだ。

 勿論、そこは立華の指導の下で、坂を上り下る技術はファルコンも鍛えられているので、苦手としているとまでは言い難いが。

 だが、確かに、この瞬間は、彼我の距離を詰められる瞬間であった。

 

(それじゃ、ファル子ちゃん……サービスなの!全力で、行っちゃってね!!)

 

 上り坂の直前で、アイネスフウジンが意識して位置取りを上げ、スマートファルコンの背後に接近する。

 この工程は、ファルコンの走りに更なる加速を与えるモノでもあり、それによって後続に動揺も生むものだ。

 メリットとデメリットがはっきりしているが、アイネスフウジンは後続への牽制を確かなものにする一工程として、メリットの方を選んだ。

 ダートの上ならばこんな手間は不要であったが、しかしここは芝の上である。

 

 

 諸兄らは覚えているだろうか。

 

 スマートファルコンが芝の上で領域を発動するための条件を。

 

 

「………だ、あっ!!!」

 

 

 

 ────────【キラキラ☆STARDOM】

 

 

 懐かしき、ドバイの夜景とそのセンターのステージに走る心象風景をスマートファルコンが見せて。

 

 芝の上で発動する、己の第二領域に突入していった。

 

 

 

(…うわ、懐っつ…!!阪神ジュベナイルじゃあれにやられたなぁ!!)

 

(久しぶりに見たわ…!そっか、芝の上だもんね……!!)

 

(アイネスさん……わざとファルコンさんの領域発動条件を満たしましたね。先頭との距離が開いて、後続が動揺するように仕掛けている…!!)

 

 

 そして、そんな懐かしい領域の突入を見て、見覚えのある三人、メジロライアン、ヴィクトールピスト、エイシンフラッシュが過去のレースを想い出す。

 ジュニア期の阪神ジュベナイルフィリーズと、皐月賞で見た領域だ。

 当時、芝の上を走る彼女が目覚めた領域。その後にベルモントステークスで魂に合致した真の第一領域【砂塵の王】に目覚め、その後はダートを走る上でそちらしか使っていなかった。

 【キラキラ☆STARDOM】は、芝の上でしか放てない領域だったからだ。

 そして人々は砂を走る隼の姿に魅了され、砂塵を巻き上げるその領域を見慣れていき、かつてのその領域は忘れられていったが……しかし、久しぶりの芝のレースで、懐かしいそれが繰り出された。

 

 スマートファルコンにとっては第二領域となるそれでも、効果は十分。

 減速するはずの坂道を、むしろ加速するように駆けあがっていく。

 後続との距離がさらに引き離されて、動揺を生む。

 

 そして、その動揺をこそアイネスフウジンは求めていた。

 

(これで後続に隙が生まれるっ!!速度を奪える!!もちろんファル子ちゃんも逃がさないけどねっ!!)

 

 逆風。荒ぶる旋風を超える、荒ぶる風神。

 風神の逆鱗が逆撫でされたかのような逆風が、アイネスフウジンから後方に放たれ、後続は速度を奪われて行く。

 同時に、じゃじゃウマ娘のように坂道を駆け上がり、スタミナの温存と加速を伴いスマートファルコンとの距離を再度詰めにかかる。

 スマートファルコンが領域で加速した直後は隙が生じる。そこを穿たぬほど、アイネスフウジンは甘いウマ娘ではない。

 

 ああ、だが、後続集団だって優駿しかいないのだ。

 簡単にその風にやられてしまうほど、この舞台は甘くない。

 

「もうそのタイミングは読めてましたよ、先輩っ!!一回見たんですからね!!」

 

 ダイワスカーレットは、その逆風が放たれる直前に、かつてジャパンカップで見せたように、キラーチューンと呼ばれる位置取りの妙を発揮して内ラチにぴたりと張り付くことで風の影響を極限まで削いだ。

 真正面からではなく、体の横を抜けるように風を受け流して、さらに位置取りを上げていく。もう逃げ集団と呼んでしかるべき位置取りまで持ち上げていた。

 

「日本ダービー……あの時はこれにやられたっ!!けど、今の私は違うっ!!!」

 

 続くヴィクトールピスト……ああ、このウマ娘こそ、説明は不要であろう。

 逆風の影響は、全く受けていなかった。

 当然だ。なぜならば彼女は勝利の名(ヴィクトワール)を冠するウマ娘。

 彼女が500m地点を過ぎた時点で突入した【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】が全てのデバフを拒む。

 山の頂に佇む彼女を、霊峰が守る。

 

「ひゅうっ……これが噂の、アイネス先輩の逆風か!いい風、吹いてるじゃないですかっ!!」

 

 そして新鋭、ベイパートレイル。

 その名の通り、飛行機雲を描くように走る彼女は、ヤマニンゼファーほどではなくとも、風を好んで走っていた。

 ハンググライダーの趣味を持つ彼女にとって、向かい風は歓迎する物。

 飛行機が空を飛べるのは、向かい風があってこそ。

 姿勢を落とし、まるで帆船が風を帆に受けるように、その逆風に対抗し、速度を落とさずむしろ加速する。

 独特な形の流星を刻む彼女の髪が風に揺れ、逆風の中を生き生きとして駆け抜けていた。

 

 

 逃げ集団に続く先行集団の三人が、それぞれ独自の手法で風に対抗する。

 いや、それはその後ろの差し集団だってそうだ。

 

 筋肉で、力で風をぶち抜いていくメジロライアン。

 その後ろに位置取りし、筋肉の塊を風よけに使うナイスネイチャ。

 かつてマジェスティックプリンスの領域を切り裂いたように、内包する突破力で風を切り裂くウオッカ。

 姿勢を一度極限まで下げて、位置取り持ち上げの加速と風への抵抗を同時に行うエイシンフラッシュ。

 風に対してむしろ圧を仕掛け返すことで、速度を奪い返そうとさえする大胆な戦略(Daring=Tact)を見せるデアリングタクト。

 

 アイネスフウジンという存在が出てきたことで、彼女たちは常に風との勝負を強制されていた。

 風神の戯れに、付き合わなければならなかった。

 そんな経験が、これくらいの風でやられるものかとそれぞれの対抗策を準備していた。

 暴風との真の勝負は最終直線残り300m地点。

 それまでに、風でやられてたまるか。

 

(えっへっへ……楽しいー!!そうね、そうこなくっちゃなの!!)

 

 アイネスフウジンは振り返って背後のそんな光景を見て、むしろテンションをアゲていった。

 ここにマイルイルネルがいれば懐かしく感じたであろうその笑顔。かつて選抜レースで見せたような、振り返りざまのスマイルをひとつ零した。

 想像よりも切り抜けられたが、しかし当然にして、それぞれに影響がゼロというわけではない。

 巻き込めた範囲は十分。スピードも吸収し、コーナーに入って行く初速は得られている。求めた最高の結果に対して70%くらいの成果と言ったところか。

 十分。この、誇らしいほどのライバルたちがこの程度のそよ風でやられてしまうとはアイネスフウジンも思っていない。

 あくまでアイネスフウジンにとってはラスト300mからが真の勝負。

 それまでに……自分がやるべきことは、先頭の隼を落とすことだ。

 隼は風を切って飛ぶというが、それが芝の上でも為せるのかを試してやらなければならない。

 世界最強のダートウマ娘に全力で挑める機会など、中々ないのだから。

 ここから先は削り合いだ。求めるものはハイペースな消耗戦。

 

 

『向こう正面を抜けて二度目のコーナーに入って行く!!先頭はスマートファルコン!!内側に体を傾けるフェリスコーナリングで加速の勢いを殺さずに駆け抜けるっ!!しかし後続一バ身まで差が詰まっているぞアイネスフウジンっ!!彼女もまた飛び込むようにコーナーを攻めるっ!!その後続も最大速度で曲がっていくぞ!!距離は離さないっ!!幾筋もの流星がこの中山レース場を流れるっ!!流星群はここからどのような煌きを見せるのかっ!!残り1000mッ!!最後のコーナーに向かっていきますっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「スゥッ────────」

 

 

 深呼吸を一息ついて、スタミナの回復に努めるエイシンフラッシュ。

 長距離のレースにおいて、残り1000mを十全に走り切るには、ここでスタミナを使い果たしてはいられない。

 先程コーナーを曲がる際にもマエストロと呼ばれる呼吸の入れ方でスタミナの温存に務めている。

 無論、それはフラッシュだけではなく、走る全員がそれぞれ独自のスタミナの回復手段を取り入れている。

 普段は中距離以下のレースを主戦場とし、慣れぬ芝を走るスマートファルコンすらも、ツインターボやウオッカに倣った一息でスタミナを好転させる技術を用いて、スタミナを温存させていた。

 

 消耗の度合いは、冷静に把握できている。

 そして、だからこそ、最終コーナーに至る前に、やらなければならない。

 

 ここまで、後ろの位置取りから冷静に全体のレースを観察できていた。

 そして、観察したからこそ、はっきりと見えた、己のやるべきこと。

 

 位置を上げる。

 

(っ!?フラッシュ先輩、アガっていく……!?早いんじゃないかしら!?)

 

(行くのか…!!フラッシュ先輩、短い最終直線で位置取りが前じゃねぇとやべぇって判断か!?)

 

(あら~、ここで来るんだフラッシュさん。ま、あたしのやることは変わらないんだけどねぇ)

 

(っ……上げてくるか!!OK、乗ったァ!!末脚勝負と行こうよフラッシュちゃん!!)

 

 最終コーナーを待たずに位置取りを上げていったエイシンフラッシュに対し、差し集団のそれぞれが驚愕と共に感想を零す。

 エイシンフラッシュは、最終直線の末脚に全てを賭けるタイプだ。

 それは間違いなく適正な評価。これまでの彼女のレースの全てがそれを物語っている。

 だが、ここに来て彼女が早期に位置取りを上げていった。

 

 それを、デアリングタクトとウオッカは動揺と共に見送った。彼女の末脚は、溜め切って放つからこそ恐ろしい速度を生む。

 であれば、見慣れぬこの走りは、掛かりにも近い暴走ではないか。先頭の二人が想像以上に速く走るからこそ掛かってしまっているのではないか。そう判断した。

 であればここで不用意に彼女に合わせるべきではない。あくまで己のタイミングで上がり、己のタイミングで領域に突入する。

 

 そして、ナイスネイチャは彼女と何度も併走を行い、ドバイでも共に駆けたが故の判断を下した。

 これは彼女にとっては暴走ではない。恐らく、冷静な計算を元に位置を上げていっている。

 だが自分がやることは変わらない。去年と同じ、そして去年よりも随分と難易度が上がった其れをやるのみだ。

 二重領域発動(ダブルトリガー)を潰す。

 恐らくは最終コーナー道中か、コーナーを抜けたラスト310mで放たれるだろうそのタイミングを捉えて。八方睨みを突き刺す。

 そうしなければ己の勝機はない。そのタイミングだけを図っていた。

 

 最後に、メジロライアンが位置を上げてくるエイシンフラッシュに連なる様に己も位置を上げていった。

 ライアンにとって、レース中のエイシンフラッシュは一言で表せば、勝利の代名詞。

 三冠レースで何度も味わった。彼女の走りが正しかったことを。

 今回のように早めに位置取りを上げる走りだって、自分は既に一度、菊花賞で見ている。

 あの時は己の領域が後方からしか放てないものだったため追いかけるのを躊躇ったが、今の自分は違う。

 【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)】は、前目先行の位置からでも解き放てる。

 であれば勝負。己の圧が二重領域発動(ダブルトリガー)に通じるか、同じスタート位置から勝負だ、と。

 

 それぞれが己の意志で判断し、戦略を取った。

 エイシンフラッシュの真意。それは、どこにあったか。

 

 実を言えば、それは彼女自身にも詳細に説明することはできなかった。

 ただ、凱旋門賞で学んだことを実践しただけだった。

 

 自分は、深く考えれば考えるほどドツボにはまるタイプであるとようやく自覚した。

 だから、シンプルに、今のレース状況から察した思考に、己の全てを乗せる。

 深く考えるのはやめて、今の状況から出た答えに、追従する。

 それは、ウィンキスが普段の走りの中で行う【反射】に似た、直観の判断。

 

 

 勝つのは、アイネスさんかファルコンさん。

 

 あの二人が、想像以上に位置取りが良かった。

 

 だから、己が領域を放つタイミングを調整するための、位置取りを。

 

 先行の位置まで上げてから、()()()()()()()()に突入する。

 

 

 勝つために。

 

 

 

 私達の最高のレースを、愛するあの人に見せるために。

 

 

 

 

 

『最終コーナーが迫りますっ!!大きく位置取りを上げていくエイシンフラッシュとメジロライアン!!コーナーの前でこの位置取りは大丈夫か!?ドバイシーマクラシックをかけた二人が、あの時のような位置取り押上げを見せてコーナーに迫るっ!!未だ先頭はスマートファルコン!!芝の上でもこの隼の走りは全く翳り無しっ!!飛び込んだ────行った!!内ラチに顔を擦りつけそうなほどのコーナリングっ!!!アイネスも何とそれに続くっ!!!最短距離を、経済ルートと呼ぶには余りにも殺伐たるその道を行きますっ!!!続いてウマ娘達が次々とコーナーに入って行くっ!!さあ全体が上がってきた!!決着の時は近いっ!!!その目に焼き付けろ!!!残り600mッ!!!』

 

 

 

 最終コーナー300m、そしてそれを抜けた先の、最終直線310m。

 

 

 革命元年の有マ記念の、決着を決めるその道程を日本中が見届ける。

 

 

 夢の30秒。

 

 

 その時、日本は瞬きを忘れた。

 

 

 

 

 

 

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