俺は、溢れる涙を抑えられなかった。
「くっ………うっ、ぅ……っ!!」
繰り返す側の俺にとっては最後となる、彼女たちの有マ記念。
その走りに──────俺の求めていた、煌くような輝きに、目を奪われていた。
俺が求めた、最高の走りを、彼女たちは見せてくれていた。
「いけっ……!!行け……!!」
涙を拭いながら、想いを吐露するように俺は愛バ達に語り掛ける。
俺は、何度も、何度も世界をループしてきた。
その中で、走るウマ娘達の実力やレースの展開を読む力を、人並みながら経験として蓄えている。
自分が担当するウマ娘ならばなおの事。
どのウマ娘がどのように走り、その中で担当するウマ娘が実力を発揮すればどう走り、最高の位置取りを、加速をできるか─────それを、読む力がある。
そして、これまでは…そう、特にクラシック期までは、それをウマ娘にレース前に教授していた。
作戦立案、検討。これはトレーナーの大切な仕事で、俺もそれに手を抜くことはなかった。
だが、シニア級になり、周りのウマ娘の実力もついてきて……特にこの世界線では、革命世代と呼ばれる強力なライバルたちが多数存在する中で、レースはその道中で目まぐるしく姿を変える。
これに対抗するには、走るウマ娘がレース中に己で活路を切り開く判断力が、賢さが必要となる。
俺はシニア級以降、レース前に俺の方からはっきりとこうするべきだという指示を愛バに教えることをしなくなった。
それは決して彼女たちを蔑ろにしているというわけではなく─────彼女たち自身が、己の力で走り抜けられるように。
戦術的な思考を、ひらめきを、最高の走りを、己の力だけでできるように。
そのように指導の方針をシフトして、この一年を過ごしてきた。
実戦を繰り返す中で磨き上げたレースの支配力。優位形成を成す走り。
そして。
今日、俺が見届ける彼女たちの走りは。
──────俺が求める最高の判断を、上回る走りだった。
「うっ……!!くっ、頑張れっ……行け!」
先頭を走るスマートファルコンが、最終コーナーで内ラチに頭を擦りつけるように最短距離を征く。
それに続くように、アイネスフウジンが砂の隼の背中にスリップストリームで張り付いて。
そして、エイシンフラッシュはその二人に負けないために、速い段階から位置を上げていった。
そうだ。
それこそが最善手。いや、それすら上回る、3人の好判断。
今、彼女たちは俺の限界を超え、俺の手から離れていった。
それに無限の達成感と、無限の寂寥感を味わいながら。
それでも。
最後まで。
最後まで、俺は見届ける。
「行けーーーーーっ!!フラッシューーーーーーーーッッ!!!」
俺は、渾身の力を籠めて、愛バ達の名前を叫ぶ。
彼女たちの駆ける夢を、見届けるために。
────────────────
────────────────
「フラッシューーーーーーーーーッッ!!!」
あの人の声が、はっきりと聞こえた。
最終コーナーに飛び込もうとする、この瞬間。
私は、それに、ふ、と微笑みを一つ零す。
「任せてください」
わかっています。
貴方が磨き上げてくれた、この私は。
ここが勝負所なのだと、きちんと理解しています。
見ていてください。
貴方と共に歩めた私が、どれほど輝けるのかを。
どうか、見届けて。
「────────征きます」
想いを、言の葉に乗せて。
最終コーナー突入、ゴールまで残り3ハロンのその地点で。
────────【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】
私は、重ねた想いを脚に乗せる。
閃光のように、煌めき駆ける。
────────────────
────────────────
「っ!?はぁっ、ここなの!?」
「な、んだと…!!早い……嘘っ!?」
エイシンフラッシュがコーナー突入の瞬間に
位置は先行集団のほぼ後方、かなり位置取りを押し上げて……しかし、まさかこの瞬間に領域に突入するとは思っていなかったからだ。
タイミングを逃され、ナイスネイチャは己の第二領域の突入条件である「他のウマ娘の領域突入を阻害する」機会を一つ失った。
しかし、メジロライアンは彼女のその判断が明らかな悪手であると咄嗟に考える。
宝塚記念で、確かに見ているのだ。
この
コーナーを曲がっている最中では、遠心力が働きすぎてロスが生まれるのだ。
宝塚記念の最終コーナー、大きく膨らんでしまい末脚を発揮しきれなかったエイシンフラッシュを知っている。
その後の凱旋門賞で残り距離を不問で放てるようになっていた
このタイミングでは、半円のコーナーを曲がる中で、間違いなく速度のロスが生じるはず。
──────なのだ、と。
そこまで冷静にメジロライアンとナイスネイチャは考えて、そしてその思考を全否定した。
在り得ない。
やったのがエイシンフラッシュなのだ。
これは間違いなく意味がある。
そして、その意味を、一瞬後に二人は理解した。
否、後続から見届ける差し集団も、追い抜かれ始める先行集団も、それを理解した。
彼女は、コーナーを────
「ウッソだろフラッシュ先輩…!?カッティングなんて眼じゃねぇ、そんな走りッ…!?」
「これがっ…これが、革命世代!!くっ、続け、私も続けぇっ!!!負けるな私ッ!!」
「こんなクロスステップ!?常識外れにもほどが…!!くっ、最終直線でまくってやるッ!!」
「これっ!!こう来るのがフラッシュ先輩なのよっ!!負けない、意地でもっ!!勝つのは私だッ!!」
「前二人の相手だけじゃない、ってわけよね!!圧が強い…!!」
ウオッカ、デアリングタクト、ベイパートレイル、ヴィクトールピスト、ダイワスカーレットがそれぞれ所感を零した。
驚愕と共に、その足音の異常さを、描く軌道の出鱈目さを心の底から畏怖した。
──────真似したら、脚が折れる。
そう直感するほどの、エイシンフラッシュの走り。
エイシンフラッシュは、コーナーに相対する際に……体を内側に傾けなかった。
直進を。真っすぐに駆け抜けることを選択する。
そうしてしまえば当然、外側に膨らんでいくことになる。コーナーを曲がることはできない。かつてのホープフルステークスのように、外ラチに突っ込むことになる。
だが、そこでエイシンフラッシュは、己の
それはサンデーサイレンスから学んだコーナリング技術とは真逆のモノ。
円弧を描くように曲がるのではなく、あくまで直線を何本も引くことで、まるで多角形を描くように、加速しながらコーナーを駆け抜けた。
その多角形コーナリングとも呼ばれる技術は、クロスステップを刻むたびに遠心力を加速に変え、速度を増していく。
道中、先行集団を追い抜く為に時折、ドバイで見せたジグザグに描くクロスステップも混ぜて、まるでUFOの描く慣性を無視した軌跡のような、でたらめな軌道を描きながら、閃光が走り抜けていった。
立華勝人が鍛え上げたエイシンフラッシュの豪脚は、どれほどのステップを刻もうとも折れることはない。
レーンの魔術師を超えた、閃光のマギア。
狂乱の軌跡を描き、まるで残像を描くかのようにコーナーを凄まじい速さで駆け上がる。
「くっ……!!なら、アタシもここからァ!!」
そして、当然にしてそれに置いて行かれまいと、後続のウマ娘達も加速を重ねる。
メジロライアンも、一拍子遅れて、しかしコーナーも力で練り曲がれる己の領域に突入しようとして。
「……ほいっとぉ!!」
「ん、がはッ!?………ネっ、イ、チャぁぁッ!!!」
「ごめんねぇライアン先輩っ!!アタシも一着、欲しくてさぁ!!」
しかしナイスネイチャが、エイシンフラッシュに飛ばそうとした己の八方睨みの標的をメジロライアンに変えて叩きつけた。
その貫通力はメジロライアンを動揺させるに十分な一撃で、これによりナイスネイチャも己の第二領域【Go☆Go☆for it!】に突入する。
だが、メジロライアンも動揺はしたが潰されるほどではなく、【
間に合うか。
いや、間に合わせる。
ゴールの瞬間まで、勝利を欠片でも諦めることは、在り得ない。
私たちは、今、レースの真っ最中なのだから。
『最終コーナーッ!!先頭二人が最内を駆け────後ろから
────────────────
────────────────
「ファルコォォーーーーーーーーンッ!!!」
あの人の声が、はっきりと聞こえた。
最終コーナーを飛び出そうとする、この地点で。
ベルモントステークスの時と同じ、このタイミングで。
「うん、わかってる」
大丈夫。
貴方の声で、いつだって私は、強くなれる。
貴方のおかげで、私は、砂の頂点に立ち、そして芝も走れるようになれたから。
その、奇跡の結晶の、私の走りを。
貴方に、見せたい。
「見ててね」
私は、この芝の上でも。
貴方が走れるようにしてくれた、この舞台でも。
「────────いくよ」
想いを、言の葉に乗せて。
最終コーナー出口、ゴールまで残り2ハロンのその地点で。
────────【ゼロシフト=
私は、重ねた想いを脚に乗せる。
隼のように、飛翔する。
────────────────
────────────────
『─────残り400ッッ……ここでスマートファルコンが加速ッッ!!!出たぞ砂の隼の真骨頂!!芝の上でもその加速は陰りませんっ!!ベルモントステークスの奇跡再びッ!!二番手アイネスフウジンとの距離を大きく離すっ!!後続からはエイシンフラッシュがいの一番に!!その後ろからも全員が加速するッ!!ラストスパートに入ったッ!!砂の隼を、スマートファルコンを捉えにかかるのはどのウマ娘かッ!!』
スマートファルコンが、ダートのレースでこれまでも見せつけていた、最終400mを駆け抜けるゼロの領域に突入した。
その加速は芝の上でも、砂の上と変わらぬ飛翔を見せて。
逃げて差す────否、逃げて、逃げる。
先頭を譲らない隼の本能が、その加速を成した。
このレースに掛ける想いが、走りに陰りを生まなかった。
砂の上の最強は、芝の上でも絶対的センターとして先頭を駆け抜けていた。
強すぎる踏み込みで芝がえぐれ、その下の地面すら貫き、跳ね上げる。
革命世代の始まりともいえる、ベルモントステークスの奇跡がこの有マ記念で再び起きた。
絢爛たる走りで、最終直線に一番最初に飛び込んでいった。
「それよ……その走りっ!!芝の上で、捉えたかったッ!!皐月賞でも!!今度はフラッシュ先輩も越えてッ!!」
「抜けろォッ!!!やらせてたまるかァッ!!!」
その走りを、ヴィクトールピストとメジロライアンがまぶしいものを見つめる眼差しで追いかける。
同世代として、ダートの頂点で輝き続けていた同期。
スマートファルコンの走りを、心から賞賛し、誇らしく思っていた。
最高の同期として、いつも意識していた。
──────あれと
そう、いつだって想っていた。
ジュニア期や、皐月賞の頃の、芝適性が完全ではない頃の其れではなく。
ダートで魅せる王者の走りをする彼女と、走ってみたかった。
そして、今、それが目の前に繰り広げられている。
これでアガらなくては、革命世代ではない。
「逃がさないっ……有マ記念の最終直線は、譲りたくないっ!!!」
────────【
ヴィクトールピストもまた、己のゼロの領域に突入する。
ドバイで目覚めたその世界に、魂と共鳴する領域へと意識を飛び込ませて。
必勝の誓いを脚に籠めて、芝を蹴り上げて加速する。
「逃がすかァァァァッッ!!!」
いや、メジロライアンもそれに追従するように加速する。
倍ほどにも膨れ上がった彼女の筋肉が、沈む様な足音を生んで重戦車のように放たれる。
その熱気に、周囲のウマ娘もまた高まる。最終直線に向かう全員が、次々と己の領域に突入していく。
ここからは誰が最初に隼にたどり着くか。
全員が、ラストスパートの為に加速し、1mでも前に出て先頭にいるスマートファルコンを、先に飛び出していったエイシンフラッシュを捉えるために、集まってくる。
集まって、きていた。
『最終直線にまず飛び込んでいったのはスマートファルコンッ!!!後続も次々とアガってくる!!!二番手はアイネスフウジンだがエイシンフラッシュが差し切るか!!その後ろは最早団子状態!!全員がみるみる速度を上げて迫る!!隼に、閃光と風神に迫るッ!!!さあ勝負だ!!!中山の直線は短いぞ!!残り310mッッ─────』
────────────────
────────────────
「アイネスゥーーーーーーーーーーーーッ!!!」
あの人の声が、はっきりと聞こえた。
最終直線に向かった、この地点で。
私が、風神として目覚める、この距離で。
「任せて」
ここからは、あたしの独壇場。
私が走る理由を、貴方に想い出させてもらったから。
私はもう迷わない。
「もう、大丈夫」
貴方が私をずっと見守っていてくれたから。
貴方がずっとそばにいてくれたから。
私はどのレースでも、一陣の風となって見せる。
貴方にとって、特別な私を。
日本中に、世界中に……貴方に、見せつけてやる。
「────────目を離さないでね?」
想いを、言の葉に乗せて。
最終直線、ゴールまで残り300mのその地点で。
────────【零式・
私は、重ねた想いを脚に乗せる。
風神のように、吹き荒れる。
────────────────
────────────────
『─────残り310mッッ……ここでアイネスフウジンが粘る!!エイシンフラッシュとの距離を離しません!!いやっ、他のウマ娘も風神の壁を超えられないっ!!粘る!!粘りますアイネスフウジン!!スマートファルコンも距離を離せないっ!!!これが風神の真骨頂!!!さあ来るぞ!!来るぞ来るぞ!!!暴風警報待ったなしッ!!』
暴風。
アイネスフウジンのゼロの領域から放たれる乱気流が、密集した最終直線にて、その全てに放たれた。
周囲の芝が舞い散るほどの気迫がまき散らされていた。
「くっ……!!相変らず重ッ……いや、これ、いつもより……ッ!?」
「ん、だぁッ…!?抜け、られねぇ!!天皇賞ン時よりも強い……!!」
後続の優駿達の中で、その風の壁の変化を味わった者が二人。
メジロライアンとウオッカが、これまでの暴風よりも更なる威力を持つその乱気流に驚きを隠せなかった。
その他、これを初めて受けるウマ娘らの衝撃はそれこそ図れなかっただろう。
全員ががくんと脚を削られる。
しかし、その中でも影響を受けないウマ娘が一人。
ヴィクトールピストが。
特異な領域を持つ彼女だけが、ここで優位に立てる────────はずだった。
(────────ッッ!?!?)
だが、ここで、ヴィクトールピストは余りにも衝撃を受けた。
風に煽られたわけではない。
暴風は無効化できている。できているのだが、しかし、その風に籠められた想いが。
アイネスフウジンの意志が、ヴィクトールピストの脚に、とうとう影響を与えた。
霊峰の頂に、風が及んだ。
まるでアイネスフウジンの意志が、
(………っ!?)
(っ、これ……!?)
(何……
(いや、違う…!)
(温かい、これは……)
暴風を受けながら走る先……ウマ娘達は、それを、頬に受けた。
それは、水滴。
雨かとも勘違いしたが、それはあり得ない。天気は快晴、師走の空の澄んだ青空が広がっている。
そして、その水滴は、熱を持っていた。
(………
ヴィクトールピストが、その水滴の正体を察する。
前を走る、3人が。
チームフェリスの3人が。
涙を零しながら、駆け抜けていた。
閃光は、顎を芝に擦りつけるほど姿勢を低く、風の影響を削いで。
隼は、風を切る様に飛翔を続けて。
風神は、風を吸収し、蓄えた速度を放たんと足に力を籠めて。
────────涙のラスト1ハロン。
────────────────
────────────────
『残り200mッ!!!……来たっ!!アイネスが来たっ!!!この2500mの有マ記念でまさかの末脚ッ!!!これは速いっ!!!前を走るエイシンフラッシュに並ぶか!!エイシンフラッシュも譲らない!!日本ダービーの逆転のようなッ!!そしてその先逃げるスマートファルコンに二人が走る!!皐月賞の時のように、後ろから閃光が!!風神がッ!!隼に迫っていく!!!』
アイネスフウジンが、残り200m地点から、想いで加速して。
エイシンフラッシュが、その加速に負けぬようにと、さらに速度を上乗せし。
スマートファルコンが、そんな二人から逃げ切るために、姿勢を落とし。
チームフェリスの3人が、涙を零しながら、ゴールに向かい駆け抜ける。
ゴールまで、残り100m。
3人が完全に横並びになった。
その瞬間を、立華勝人は見届ける。
己の愛バが、ゴールを駆け抜けるその瞬間まで、絶対に目を離さない。
ゴール板が迫っていく。
彼らの物語の、終わりが。
すぐそこまで迫って。
それでも、だからこそ。
「フラッシューーーーーーー!!!」
その声に、エイシンフラッシュが微笑んだ。
「ファルコンーーーーーーー!!!」
その声に、スマートファルコンが微笑んだ。
「アイネスーーーーーーーー!!!」
その声に、アイネスフウジンが微笑んだ。
閃光と、隼と、風神の駆ける夢の終わりを。
立華勝人は、見届けた。
『デッドヒートォォォオ!!残り100ッ、やはり最後はこの3人か!!チームフェリスの3人かッッ!!!スマートファルコンが粘る!!!再度伸びるっ!!それをアイネスフウジンが許さないっ!!!根性で粘るッ!!!エイシンフラッシュが追いすがる!!!加速っ!!!もう誰が勝つか分からないっ!!!』
『決着が迫る!!!有マ記念の、今年一年の、彼女たちの伝説の決着が!!!』
『夢の舞台の、夢の物語の終わりが!!!』
『いまッ──────────────
次回、最終話。