「その、フラッシュさん。大丈夫ッスか…?」
「今の私に触らないでください、バンブーメモリーさん……爆発します」
「爆発!?」
高等部の教室。午前中の授業が終わってお昼になろうとしていた時に、風紀委員であるバンブーメモリーから声をかけられるエイシンフラッシュ。つい先ほど、寮内の生活調査のアンケートを提出したばかりであった。
そのアンケートを受け取ったバンブーメモリーは、いつもは機械のように正確なエイシンフラッシュの文字が、まるで動揺したときのヤエノムテキのようにぐにょんぐにょんな形になっているのを見て、心配になって声をかけたのだ。
「最近、本格的なトレーニングが始まりまして……恥ずかしいことに、全身筋肉痛でうまく動かせないのです」
「え、全身スか…?脚とか腹筋とかではなく?本当に全身?」
「ええ……私も、ここまで徹底的に鍛えられるとは思っていませんでした。このまま席から立たずに今日を終えたいほどです」
「そんなに」
先日、チーム『フェリス』の本格的な練習が始まった。
丁寧な説明を受けて、体幹のトレーニングが急務であることを理解したエイシンフラッシュたちは、その日から体幹を鍛えるいろんなトレーニングを始めた。
だが、これがまた
一般的な体幹を鍛えるのに有効といわれているプランクなどの運動はもちろん、エイシンフラッシュたちが知らないようなトレーニング方法まで、やることが何とも多岐に分かれていた。
しかし、やってみるとそのどれもが恐ろしくインナーマッスルに響く。
もう限界だと思う所まで数か所の筋肉を酷使したのちに、別の部位が鍛えられていないから、とその別部位だけに効率的に負担をかけるトレーニングを始めて、また酷使する。
ただ、ケガを負うほどの限界の一線を越えてはいない。その辺の手加減は、立華トレーナーは抜群に上手だった。
酷使するが、ギリギリ動ける程度まできっちり鍛える。
緻密に、黙々と余力のある筋肉を一つずつ潰されて行き、最終的に全身の筋肉のHPが1割を切るあたりまで整えられた。
この後は、回復速度に違いのある筋肉が順々に回復していって、筋肉量を増していく。
回復した筋肉をまた順々に酷使しながら、空いた時間はレース研究や知識の習得など、賢さを上げるトレーニングに充てるらしい。
エイシンフラッシュは思い知った。
今まで私が綿密に立てたと思っていた練習メニューは
本気で、感情を捨てて体を効率的に苛め抜くというのは
「…ですから…文字が読みにくくて、申し訳ありません、バンブーメモリーさん。読めなければ、後日書き直しを…」
「ああ、いやそこまでじゃないんでいいっスけど。その、無理はしないようにッス!お大事に!」
「心配してくれて、ありがとうございます」
笑顔を作る。唯一、表情筋だけは筋肉痛を逃れているので、会話は問題なくできた。
この後はお昼になり、カフェテリアへ移動しなければならない。
エイシンフラッシュは、現在見込んでいる移動時間の3分20秒を大幅に延長し、7分55秒ほどの見込みをもって、気合を込めて自席を立った。
────────────────
────────────────
「だ、大丈夫?フラッシュさん。箸が震えてるよ?スプーン持ってこようか?」
「いえ…なんとか、食べられると思います。…ファルコンさんは元気そうですね」
「私もすっごいよ?フラッシュさんほどじゃないけど…動かすたびに電気が走るもん」
「トレーナーが言ってた通り、ファル子ちゃんは体幹が元から強かったの。あたしもダメ…今日はスプーンなの…」
カフェテリアの一席で、チーム『フェリス』のウマ娘3人が昼食をとっていた。
メニューはトレーナーから指示があり、必ず食べるように言われたタンパク質を中心とした消化に良い料理のほか、それぞれの好みのものを足している。
なにぶん、極めて効率的に全身の筋肉をいじめる運動をして、今は体が回復するために貪欲に栄養を求めている時期である。
普段よりも食べる量は増えているが、食べないとヤバいと本能で理解しての行動であった。
「しかし…本当に……ここまで全身を苛め抜けるものだとは知りませんでした。ウマ娘の体だというのに、トレーニングとは思えないような運動で、ここまで…」
「あー…それはあたしも気になって。同室のライアンちゃんに、トレーニングの内容ちょっと相談したの。そしたらめちゃくちゃ絶賛されて。『ここまで効率的に筋肉ゥを苛め抜けるなんて…すばらしい!』ってなんかトリップしてたの」
「ライアンさんがそう言うなら、正しいトレーニング方法なんだね……ちょっとファル子安心~…☆」
実際、やってることは謎の動きと見られてもおかしくない、独自のそれだった。
特にヨガ関係。あらゆるヨガのポーズをして姿勢を固定しながら他人の力を借りて運動をすることで、全身の筋肉がまんべんなくほぐされ、破壊されていった。
スマートファルコンがハトのポーズをやろうとしたら柔軟性が足りず、そのまま苦悶の表情で固まり、スマートファルコンからスマートピジョンに進化を遂げかけた事件もあった。
でもあのポーズ*1好きだよ。
「まぁ、筋肉痛が起きてるってことは間違いなく筋肉…特にインナーマッスルが成長している証拠だってライアンちゃんも言ってたから…とにかく2週間、トレーナーを信じてやるしかないの」
「そう、ですね…2週間後の併走で、しっかり成果が出るとよいのですが」
「出なかったらトレーナーさんのお尻ひっぱたいてやるぅ……」
ギシギシとまるでロボットのような動きで食べ終えた昼食を片付ける3人。
それを見て、ミホノブルボンが瞳をキラキラさせていたがそれはどうでもいい話である。
そうして、彼女たちにとって地獄の2週間が過ぎていった。
筋肉痛が治ってはまた破壊され、別のところの筋肉が治ってはまた破壊され、彼女たちの生活には常に筋肉痛が伴っていた。
メジロライアンならば喜ぶであろうその日常生活だが、彼女たちにとってはやはり理屈はわかっていてもストレスはたまる。
なおかつ、その期間全く走れないこともあって、彼女たちのフラストレーションは徐々に高まっていった。
そしてようやく、待ち望んだ、併走トレーニングの日がやってきた。
────────────────
────────────────
「よーし、集まったな。みんな筋肉痛は大丈夫か?」
「今は大丈夫です。今は」
「今はね☆」
「トレーナーのマッサージが良く効いたの。だから今は大丈夫なの、今は」
「強調するじゃん…」
本日チーム練習で借り上げた、グラウンドのコース前で我らチーム『フェリス』のウマ娘達がジャージに着替えて集合していた。
我が愛バ達の顔が物語っている。
ようやく、ようやくこの時がやってきたと。
「今日までは…ええ、それはもう堪能させていただきましたとも」
「ファル子ね、文字がうまく書けなくて成績落ちたかも☆」
「気合でバイトやりとげたけど事前に減らしておいてホントよかったの…」
「最初の2週間が一番きついって説明した通りだから!これからはもう少し楽になるから!そんな目で見ないで!」
担当ウマ娘達から恨みがましい目線を注がれる俺は、その視線を避けるようにオニャンコポンを顔の前に持ってきて防ぐ。
ありがとうオニャンコポン。お前がみんなのメンタルを管理してくれてなければヤバかった……
「いつまでもオニャンコポンで誤魔化せると思わないでくださいね」
「私ウマ娘。強いよ☆」
我が愛バたちはいつの間にか無敵貫通を覚えたらしい。
早く絶対防御を習得してくれオニャンコポン。
「…トレーナー、早くこの2週間の成果を確かめたいの。今日はどうするの?」
「ん、ああ…そうだな、今日は併走で、みんなのタイムを計測します。テクニックの指導とかは置いといて、とりあえず気持ちよく走ってもらいたい。走れなくてストレス溜まってただろうしな」
話をまじめなものに戻して、今日の練習メニューを伝えていく。
シンプルに、1600mや2000mなど、得意距離を得意なバ場で走ってもらい、タイムを計測する。
そのタイムの結果を見てくれれば、トレーニングの理由にも納得してもらえるだろう。
「わかりました。では…私とアイネスさんは、芝のコースですね」
「私はダートだね!…んー、でもファル子、併走相手がいなくない?」
「あたしたちがダート走ってもいいけど、ファル子ちゃん相手だと併走にならないの…」
練習指示を理解した3人が、しかし若干の懸念点を零す。
そう、フラッシュとアイネスは芝の中距離を走れるので併走も可能なのだが、ダートを走れるウマ娘がうちのチームにはファルコンしかいない。
今後本格的に走りの指導をする中では一人で走って練習してもらうこともあるが、今日という初めての走行練習でそんなさみしい思いはさせるつもりはなかった。
「ああ、懸念はもっともだ。なんで、今日は特別に、他のチームと合同の併走の約束をしてあります」
「え?」
「別のチームと?」
「初耳なの。どこなの?」
「ふっふっふ。聞いて驚け?でもそろそろ来る頃だと思うけどな……お、ほらちょうど来た、向こうだ」
そうして俺が指さす先、別のチームがぞろぞろと歩いてくる。
その姿を見て、3人は驚愕に目を見開いた。
イカレたメンバーを紹介するぜ!
「オグリキャップだ、よろしく頼む」
数々の伝説をターフに刻み、今はドリームリーグで活躍する『
「フジマサマーチだ。…スマートファルコンが相手か」
笠松から来た第二の刺客!ダート
「あーし、合同練習だって今日初めて知ったんだけど?どーなってんの?」
「どうせまたキタハラの連絡ミスでしょ?しかし、噂の新生チームが相手とは思わなかったけど」
「あれ、噂の猫トレじゃん。噂通りイケメンで猫がいるのもマジだったんな」
「みんな、一応初対面だから挨拶しようよ…?…あ、今日はよろしくおねがいしますっ!ベルノライトです!」
第4*2の
そして!
中央のトレーナー試験に一発合格し、フジマサマーチと3人組を連れてカサマツから中央へとやってきた中年の星!
引退した六平銀次郎トレーナーの後を継ぎ、チーム『カサマツ』を担当する成り上がりの新鋭トレーナー!
「よっ!今日はよろしくな、立華クン」
キタハラジョーンズこと、北原穣だァーーッ!