続いて
ダート1800m、左回りだ。
参加するウマ娘はチーム『フェリス』からはスマートファルコン、チーム『カサマツ』からはオグリキャップとベルノライトを除いた4名。
「今度はフラッシュとアイネスでスタートを作ってくれ。人数が多いから旗によるものじゃなくて、紐を張ってのスタートだな」
「承知しました」
「はいなの!」
「オグリ、君はゴール地点を頼む。人数が多いから、もし混戦になったら着順をよく見ておいてほしい」
「わかった。しっかりと見届けよう」
「ベルノライトは今度は俺と一緒に、走るウマ娘達のタイム計測を手伝ってくれ。俺のほうでカサマツの4人のタイムを見るから、ベルノライトはファルコンのタイムをよろしく。200mごとのタイムを取ってくれると助かるよ」
「わかりました!…え、でも立華トレーナーは4人も、大丈夫ですか?」
「ああ、4人までならそれぞれ200mずつのタイムは取れる。任せてもらっていい」
先ほど芝のコースを走り終えた3人と、ベルノライトに新たに指示を出しながら、俺はスタート地点に並ぶウマ娘達の様子を見る。
俺の愛バであるスマートファルコンは、久しぶりのダートコース、しかも強敵に囲まれているそんな状態で。
「──────────」
口を細く下弦の月のように形作り。
「…ふっ、スマートファルコン。笑って口が開いてるぞ、余裕だな」
「…え、ほんと!?ウマドル的失態~☆…うん、マーチ先輩たちと走るんだから、気を引き締めなきゃなんだけど…なんだかワクワクしちゃって」
「おうおう、若いねぇ」
「いやウチらと歳そんな変わらねっしょ」
「キタハラのせいであたしらも精神的オッサンに…?」
「風評被害がひどくない?」
…楽しそうに、本当に愉しそうに笑うスマートファルコンに、俺は前に河川敷で話した光景を思い出していた。
『ウマドルも大切だけど……それ以上に、レースで勝ちたいの』
彼女の、勝利への欲求。
ダートのレースで勝ちたいという、その欲求が、以前よりも強くなっているのかもしれない。
「ファルコン」
「ん、はい!何かな、トレーナーさん?」
だから、思わずそんな様子でこれから走ろうとするスマートファルコンに俺は声をかけた。
彼女が、この併走を…何よりも楽しんで走れるように、スパイスを混ぜてやる。
「
「っ!!…うんっ!!」
「ほぉ…言うじゃないか、立華トレーナー」
「ほーん?猫トレうちらに喧嘩売ってんね?」
「どうするノルン?ガチで走っちゃう?」
「処す?処す?」
「おいおい煽るねぇ立華クン!よしお前ら、やっちまっていいぞ!ケガだけはしないようにな!」
「は?」
「キタハラに言われてやる気失せたが?」
「オッサンが若者のノリに無理についてくんなよ」
撃沈した北原先輩をなるべく見ないようにして、俺はスマートファルコンがさらなるやる気をもってスタートに集中し始めるのを見る。
……彼女が初めて見せる『集中力』。
これが、この併走にどんな結果をもたらすのか……俺自身も、楽しみになってきた。
ゴム紐をもってスタート地点の左右に分かれたアイネスフウジンとエイシンフラッシュに合図する。
走者たちに見えない位置に動いた俺が、スタート紐を持つ二人に向けてハンドサインでカウントダウンを始める。
3,2,1…
「───スタート!!」
併走が始まった。
────────────────
────────────────
(…!!いいスタートだ…!!)
フジマサマーチは、自分よりも早くハナを奪おうと加速するスマートファルコンを見て、感嘆した。
今回の併走は当然ゲートなどを利用しておらず、実際のレースとはスタート条件が異なる。
それでも、スタートの掛け声やゴム紐が上がる瞬間はあり、スマートファルコンのそれらへの反応は
そしてそこからの加速もいい。パワーもある。
(これなら先行策にするか…まずはお手並み拝見だ)
フジマサマーチが少しずつ速度を調整し、スマートファルコンの後方2バ身ほどの位置について。
だが、その横にさらにノルンエースが走りこんでいた。
ノルンエースの本来の脚質である先行だが、しかし前目についているフジマサマーチよりかは、先行集団の後方で待機するのが彼女の走り方であることを、長い付き合いで知っている。
(おい、ノルン……何かするつもりか?……まさかお前)
(いやいや、あーしも流石にオグリん時みたいな物理的なことはやらないって)
長年の付き合いにより目線で意志のやり取りをする二人。
フジマサマーチはノルンエースのこの走り、そしてシチュエーションに心当たりがあった。
それはカサマツで、自分たちがまだジュニア級で走っていたころの記憶。
まだノルンエースとオグリキャップの仲が悪く、二人が一緒に出走したレースでノルンエースはオグリキャップに
走ってる最中に、後ろからわざと靴のかかとを踏み、すっころばせてやろうというそれだ。
今にして思えばなんとも危険なことを考えていたものだと思う。
まぁその悪戯の結果は諸兄もご存じの通り、オグリのすさまじい加速の前に不発に終わったのだが。
(でもさぁ、ちょっかいをかけるくらいはやってもいいじゃん?いずれ、こういう世界に来るんだからさ…!)
ノルンエースはフジマサマーチを追い抜いて、先頭を走るスマートファルコンのすぐ後ろにつける。
そして、あの時は取れなかった、別の手段でスマートファルコンに対して仕掛けた。
(ファルコンちゃんよ、こんなんされたらどーするよ!?)
『躊躇い』と呼ばれる技術がある。
それは足音を響かせたり、前方・後方からプレッシャーを仕掛けたりなど…各作戦のウマ娘に、精神的なデバフをかけることで、速度を落とす駆け引きの技術。
それをノルンエースはすべての脚質相手に自在に仕掛けることができた。
『驚異の幻惑』という彼女の二つ名の元となった技。
今、目の前を走るスマートファルコンに、『逃がさない』とプレッシャーをぶつける。
それでわずかに彼女の背が動揺を見せ、一瞬、脚が鈍った。
(止まりなァ!あーしは今、いつでもあんたを抜くことが──ッ!?)
────砂の隼は既に
────
一瞬遅れて、ドッ、とすさまじい轟音が響く。
ノルンエースの目前、
「ぶっ!!…くそっ、この……」
砂塵に巻き込まれスピードを落とし、顔をぬぐって前を向いたノルンエースの視界に。
(くっ、そ!!やりやがる!……っ
その遠い背中に向けて、ノルンエースは気合を入れなおして追いかける。
…展開としては褒められた行為ではない。
いわゆる掛かっている、という状態だ。ノルンエースはこれで余計なスタミナを消耗し、併走であることも脳裏から抜けてしまっているだろう。
勝ち負けを決めるレースではないのだから。
だが。
いつか、どこかで見たような遠い背中をまた見たとしても。
彼女は諦めずに、追うことを選択した。
そしてそれは、かつて、地方のレースで葦毛の怪物を相手にした時も同じだった。
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それは一つの
相手がどんなに強いウマ娘でも、負けたくない。
ノルンエースの、この一つの心境の変化が、その後に大きなうねりを巻き起こし、彼女たちが今中央を走る結果を生んでいることは、誰も知らない。
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(全く…今の時期のウマ娘としては信じられん加速だ!だが、仕掛け処を誤ったな!)
ノルンエースのちょっかいが不発に終わったことを安全圏で眺めていたフジマサマーチは、砂埃で失速したノルンエースを追い抜いて、さらに先を駆けるスマートファルコンを見据える。
先ほどのやり取りは見ていた。逃げ躊躇いの圧力から逃れ切った、すさまじい加速。
恐らくだが……彼女の、スマートファルコンの
後方から追いすがられた際に加速する才能を、スマートファルコンが有していることをフジマサマーチは感じ取った。
(才能だな…しかし、まだ800mも残っている。あれでは終盤に失速する!)
加速自体は見事の一言だが、明らかに勝負の仕掛け処を間違えている。
逃げウマ娘の走り方は個性が強く出る。
ペースを変えずに守り切って走るペースキープ走法。
逃げつつも脚をため、最後の直線でさらに一伸びする走法。
大逃げと呼ばれる、最初から全力で逃げて最後息切れしつつも逃げ切る走法。
中には、後方へのけん制や幻惑を絡めて、トリックスターのように駆け抜けるウマ娘もいる。
だが、ここで加速するのは今のスマートファルコンにとっては悪手だ。
メイクデビュー前の体ができていないこの時期に、ハナを取るために加速し、中盤でも加速すれば、終盤で落ちざるを得ない。
(逃げの走り方のコツを、よくお前のトレーナーと相談することだ)
フジマサマーチが加速を始める。
先行策として適切な地点からの加速。最終コーナーを回り終えて加速は頂点まで達し、そのあたりで落ちて来ているスマートファルコンを抜き去って、そのままゴール。
これからのレース展開についてそのように予測を立てた。
もちろん、余力は十分に残してある。これは併走なのだ。走ること自体には本気を出すまでもない、この後何本も走るのだ。
そう考えていた。
だが。
(………)
最終コーナーを見事なコーナーワークでフジマサマーチが駆け抜けていく。
(…………!)
ダートを走るうえで見本のような曲がり方だ。
(………………ッ!!嘘だろう、まさか、貴様)
そしてコーナーを立ち上がって直線を向いた時点で。
────スマートファルコンとの差が、
(こいつ…ッ!その速度を維持したまま、走り切れるのか…!!)
脚に力を込める。
ギリィ、とダートの砂にフジマサマーチのつま先が食い込み、
このままのペースで走り切られれば、捉えられるかどうかはギリギリだ。
まさか。
いや、そんな。
けれど、でも。
(間違いない!こいつ…!こいつも、
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────────────────
「オイオイオイオイオイ!立華クン!?おたくのウマ娘すげぇことになってるぞ!?」
「ですね…いえ、走れる子だとは思っていましたが、ここまでやるとは」
「ここまでって…あのな、一応うちのフジマサマーチはこないだのフェブラリーステークスでも2着だぞ?シニアダートのトップウマ娘だ!それが…」
併走の様子に興奮する北原先輩に、しかし俺は冷静に彼女たちの様子を眺めていた。
いや、スマートファルコンは実際、十分に走っている。
俺の想像以上の走りを見せていることは間違いない。あれは100%、全力で集中できているからこその走りだろう。
だが、限界を超えて走っているわけでは、ない。
「大丈夫…って表現は違うか。でも、結果ははっきり出ますよ先輩。もうすぐです」
「結果!?なに、うちのマーチ負けんの!?嘘でしょ!?」
「いえ、ファルコンの負けです。…残り200m、ここだな」
「ん…あっ!!こいつぁまた見事な…」
1800mのコースの、残り200m。
スマートファルコンが、綺麗な綺麗な逆噴射を見せていた。
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「…ゴールだ!………む、む、ふむ」
「1着はマーチ。おおよそ2バ身差で2着にノルンが入って、クビ差で3着ルディ、ハナ差で4着ミニー、3バ身差でスマートファルコンだな」
「ハァ!?おいおいオグリ、あたしはルディには勝っただろ!?審議!審議を要求するー!」
「いやあたしの勝ちだしー!ノルンは途中掛かったねー見事に」
「うっせ。それでもちゃんとリード守ったろーが」
クールダウンのためにランニングするような速度に落としながら、
ふぅ、と息を整えたフジマサマーチが、なかなか乱れた息が戻らず、しかし随分と気持ちよさそうな顔をしているスマートファルコンに声をかけた。
「…スマートファルコン。貴様、最後まで走り切れる自信があってあそこで加速したのか?」
「はぁ、はぁっ…え?えっと、うーん。そういうのじゃなくて…なんていうのかな…」
フジマサマーチは、スマートファルコンの途中の加速からの速度が維持されず1600mで切れたことに、驚きを隠せなかった。
それによってフジマサマーチはスマートファルコンを見事にかわし切って、さらに執念で追いかけてきたノルンとそれを風よけに使っていた他2名も最後に差し切って、彼女は結局5着となっていたが。
ただ、途中まで──そう、1600mまでは、間違いなく彼女は先頭だった。
今回の併走がもし1600mだったら…いや、それはそれで自分は加速を早めるし、スタミナ配分も変わる。
ただ、今後スマートファルコンがさらに成長し、スタミナもついて、仕掛け処も間違えなければ……
「…うん、ダートで走るのが久しぶりだったし…何より、先輩たちと走るの、楽しすぎちゃって!スタミナとか考えないで思いっきり走っちゃった!!」
満面の笑みのスマートファルコンが、拍子抜けするようなことをのたまってきた。
その顔に、毒気を抜かれたフジマサマーチは、は、と微笑んで嘆息した。
「バカめ。次の併走ではちゃんとお前のトレーナーとペース配分について相談してこい。まったく…」
「うん、そうします!……あ、そうだ!ノルンせんぱーい!」
フジマサマーチと話し終えて、スマートファルコンは思い出したかのようにノルンエースに話しかける、
笠松3人組で話してたノルンエースは、好走を見せた
「おー!なんだよファルコンちゃーん!」
「砂かけちゃってごめんなさーい!!大丈夫でしたかー!?」
「…あー、あれな!
ノルンエースは、どこまでもいつぞやの
この世界線の歴史
①ノルンエースがオグリに勝ちたい想いを抱える
②オグリに負けて挫折しかけるフジマサマーチにノルンエースが発破をかけ、全員がオグリに勝ちたいという強い想いを持つ
③その想いは地方のトレーナー達にぶつけられ、何より一番オグリの件で思い悩んでいたキタハラがトレーナーの心意気に目覚めて4人の担当に
④──────想いは、ウマ娘を強くする。
⑤フジマサマーチがジャパンダートダービー制覇、ほか3名も地方ウマ娘としては極めて優秀な成績を残す
⑥全員で中央に移籍し、キタハラが六平からオグリとベルノライトを引き継いでチーム『カサマツ』結成。