「お帰り、ファルコン」
「トレーナーさん!えへへ、ファル子頑張りすぎちゃった☆」
「ああ、見事な逆噴射だったな。けど、それでもこれだ」
俺は戻ってきたスマートファルコンに、ベルノライトが計測していた200mごとのタイムを見せる。
1600mまでは間違いなくクラシックでも通用するレベルの時計。
逆噴射後の1800mのタイムでも、選抜レースよりだいぶ前に計測したスマートファルコンのダート1800mのタイムを2秒近く更新していた。
「…うわ!すごい!!ファル子、こんなに速く走れてたんだ…!」
「ああ。…気持ちよく走れただろ?前よりも」
「うんっ!すっごく楽しかった!楽しすぎて最後スタミナ切れちゃったけど、えへへ…☆」
それでいい。
今は、楽しく走れていればそれで。
「でも、あれだけ走った後だからな。一応、脚見せてくれるか?」
「はーい。そうだよね、全力を出すなって言われてたのにやりすぎちゃった☆痛みとかはないけど…」
一応、脚に強い負担がかかっていないか簡単にチェックさせてもらう。
長ズボンタイプのジャージの上から、俺は関節や筋肉を簡単に触診して、痛みや熱発などがないかを確認する。
これまでの体幹トレーニングの中でも、筋を痛めていないか、無理な力が入っていないかを確かめるために、俺は愛バ達に対してこうして触診をさせてもらっていた。
どこまで文明が進んだとしても、触れて確認するのが一番理解できるのだ。
「…え?マジ?ファルコンちゃん、猫トレに脚触らせて平気なん?」
「いやでもイケメンだかんなあっちのトレーナーは。イケメンだから許されるやつ」
「キタハラがやったら即蹴飛ばされるやつ」
「一応技術としては持ってるからね!?やったら殺されるのわかってるからやらねぇけど!」
「…ん、問題なさそうだ。ただ念には念を込めて、併走は一回見学な」
「えー!?…んー、でもしょうがないかー。それじゃ、先輩たちのレースをしっかり見て学ばないとね☆」
「それでよし。…マーチにノルン、ルディ、ミニーもお疲れ様。それぞれがいい走りだったな。ただしノルン、砂を被ったのは大変だったと思うがその後加速したのは悪手だな、掛かったろ?」
「うげ、よく見てんじゃん…まーね、あーしもそこは反省点。でもファルコンちゃんがいい走りだったのが悪いわ」
ファルコンの脚に問題がないことを把握してから、俺はそれぞれ一緒に走ったウマ娘にも講評を行う。
フジマサマーチの上がるタイミングの判断はよかったこと、ノルンエースはかかったこと、ルディレモーノとミニーザレディは仕掛けのタイミングが少し遅れたことなど。
走り終えた時点で自覚はあったのだろう。それぞれにそれの改善点、仕掛けるタイミングを計るコツなども説明する。
その間に、芝のコースで再度走れるように、ベルノライトに指示を出して他のウマ娘と共にスタートとゴールの準備をさせて。
タイムはタブレットに記録を入れながら、紙媒体で確認する北原先輩の為に紙にも記入して…グラフも書いておくか…。
「なぁ、フラッシュちゃん」
「はい、なんでしょうかノルンエースさん」
「ちょっとトレーナー交換してみない?」
「わかる」
「あたしも今それ言おうとしてた」
「はい。謹んでお断りします」
「ははっ、いやまぁ冗談だけどさ。しかし出来んね、猫トレさんは。新人なのに。いいの見つけたね」
「ふふ、誉め言葉として受け取っておきますね」
「ちょっと待てよ!?俺もやる時はやるよ!?今日は立華クンに任せてるだけで!」
「そうだぞ、失礼なことは言っちゃだめだノルン。北原先輩は君が思っている以上に偉大なトレーナーだ」
「その謎のキタハラ推しは何なん…?」
そうしてその日は、芝とダートを交互に併走を繰り返して、トレーニングに励んだのだった。
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「よし、集合!…今日はこれでトレーニングは終了です。お疲れ様でした」
「「「「お疲れさまでした!」」」」*1
「「お疲れさまでした」」*2
「「「おつっしたー!」」」*3
一日のトレーニングを終えて、いったん集合させて終了の号令をかける。
とても有意義な併走練習となった。
最後までうちのウマ娘達はオグリ、マーチに勝ち切ることはできなかったが、タイムを意識して走ったり、体幹が増したことでバランスが変わる走り方のフォームチェックを行えたりと、収穫も大きかった。
彼女たちも一日中思いっきり走れて、しかもタイムもよくなっているとなれば気持ちよいものだったのだろう。3人とも笑顔だった。
「この後は片づけをして解散になります。今日の練習データは紙に落として北原先輩にも渡しておくので後でチェックしてください」
「ああ、頼んだよ立華クン」
「ええ。改めて、今日一日ありがとうございました北原先輩。チーム『カサマツ』のみんなもありがとうな」
「「「ありがとうございました!」」」
「ふふ、こちらもいい経験になった」
「ああ、刺激があった。また走ろう」
オグリとマーチが、チーム『フェリス』の3人に労わる言葉をかけてくれた。
できれば、今後とも良き先輩後輩の関係を築いていきたいものだ。
彼女たちと併走トレーニングが今後もできるようになれば、俺の愛バ達の実力はさらに跳ね上がる。
そのために、俺はここまで隠しておいたとっておきの情報を出すことにした。
北原先輩の手を借りるにあたり、オグリキャップもついてくるので負担は大きくなるが問題はない。
「…よし、じゃあ片付けして解散…と行くところなんだけれど。実はもう一つお知らせというか朗報を準備しています!」
「どうしてここまで来てまた新たに事前の説明を忘れるんですか?私のスケジュールのことどう思っているのか後で聞かせてもらえます?」
「ステイ、ステイだよフラッシュさん。どうどう☆」
「カサマツの皆さんもめっちゃ困惑してるの」
「うむ、いや……まさか練習終わりに来るとは思って無くてな」
「キタハラから変な癖が移ってないか?」
「心配ですね…」
「似た者同士か?」
「シンパシーか?」
「二人しか覚えてないから発動しないぜ?」
「え、いや俺も聞いてないんだけど?何?なんか準備してたの立華クン?」
愛バたちから若干厳しめのコメントをもらいつつ、俺はタブレットを操作して、とあるお店の画面を表示した。
それをみんなに見せて説明する。
「…焼肉と寿司の予約を取ってます。この後予定に空きがある人は無料で参加OK。俺の奢りで注文し放題。打ち上げしようぜ」
「
「え、ヤッバ☆」
「ここめっちゃ高い店なの!」
「焼肉!?寿司だって!?」
「いかん!オグリを止めろ!」
この後の予定を確認すると、みんな特に重要な用事はないらしいので全員参加が決定した。
まぁそれはそうだ。学園の生徒が夜に用事があることなんてほとんどない。寮生活だもんな。
「え、マジでいいの立華クン?俺持ち合わせないよ?」
「ええ、大丈夫です。練習に付き合ってくれた純粋なお礼と、これからもぜひ併走に付き合ってもらいたいって下心も籠ってますから。お金は心配しないでください、たまには羽目を外しましょう」
「立華トレーナー…!私は君を尊敬するぞ!併走ならいつでも呼んでくれ!」
「オグリ先輩のテンションがすごーい…☆」
こうして俺たちは練習が終わった後にそれぞれシャワーを浴びて着替えて1時間後に正門に集合。
大所帯で高級焼肉&寿司のお店に行き、食べ放題ではない、しかし無限に注文できる料理に舌鼓を打ちながらさらに仲を深めたのだった。
ウマ娘と仲良くするためにはまず胃袋を掴め。古事記にもそう書かれている。
ウマ娘に投資する金額はどれだけあってもいい。
いややっぱりよくない。
ちなみに流石の俺もこの奢りを繰り返すと今後の株投資に影響が出る。
そのため、このお店は今回限りとカサマツメンバー、特にオグリに釘を刺しておく。
それを聞いたオグリキャップがすべてを失ったかのようなスペースオグリへと進化を果たし暗黒面に堕ちかけたので、オニャンコポンを投与することで進化キャンセルの回復措置をとっておいた。
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併走も終えて、チーム『フェリス』のメンバーはまた2週間の体幹トレーニングに戻った。
しかし、前の併走で体幹トレーニングの効果を実感したメンバーたちは、以前にも増して真剣に体幹トレーニングに取り組んだ。
こうなってくると、さらに練習の効率が上がってくる。あらゆるトレーニングは取り組む際の理解度と真剣さで効果に雲泥の差が出てくるものだ。
やる気が絶好調の時と絶不調の時で数値化するなら、優に3倍は効果に違いが出る。
俺は時折、みんなに甘いものを奢ってメンタルを整えたり、時には負担をさらに効率よくかけるためにアンクルウェイトを適切に装着させたりして、バランスよく彼女たちの体幹を鍛え上げていた。
最初の2週間に比べれば筋肉痛も穏やかなものになってきて力も増してくる。そうなるとトレーニングの密度が薄くなる。
そのため、アンクルウェイトを効率的に用いて、更なる負荷をかけて3人の筋肉を鍛えぬいた。
「最初の2週間が一番苦しいって言ってたじゃないですか…!」
「俺は嘘ついてないぞ…」
「ほんのちょっぴり、筋肉痛は楽になったけどね?その分練習がキツくなってるよね☆?」
「嘘はついてないぞ…!」
「はーなの!せめて練習後のマッサージは、バイト前には念入りにお願いするの…!」
「それはちゃんとやるから!メイクデビューまでは頑張れアイネス!」
そうして2週間が経過した後は、併走のトレーニングを実施する。
チーム『カサマツ』にまた合同練習をしてもらったり、時には個人的に声をかけたウマ娘に、トレーナーの許可を得てから練習に加わってもらったりなど、工夫をして併走が寂しくならないように取り計らう。
流石に最初の併走の時のように秒単位で記録は伸びてはいかないが、コンマ数秒ずつタイムを縮めていく。
それぞれの得意距離を把握させるためにいろんな距離を走らせたりしながら、走行フォームの改善にも努める。
特に走行フォームは、しっかりと体幹を鍛え終えたのちはスピードの増減、走るバ場などによって変化があるものなので、それを理論を含めて説明しながら体でも覚えてもらい、よい所は伸ばしつつロスのある動きはロスの少ないフォームに改善していく。
「フラッシュ、君は直線からの末脚が最大の武器だ。それを活かすためにはフォームをもう少し、こう…」
「こう……
「…ああ、それでいい。それが一番、君の走りに合ってるよ。見惚れるほど美しいフォームだ」
「…ッ!」
「こらそこ☆」
「練習中にいちゃつくんじゃねぇの」
「…なに?あんたらいつもあんな感じなワケ?」
「イケメンだから許されるやつ」
「イケメン怖ェ~…」
「む。…キタハラ、私にも走行フォームの改善点はないのか?」
「あ?ねぇよ?カサマツで俺が教えたフォームが
「……そうか」
「…キタハラ、お前はそういう所だと思うぞ」
「そうですね」
「なんで俺にまで飛び火してきてんの?」
1日だけの併走ではあるが、その分密度の濃い内容にして、きっちりと脚を仕上げる。
そうしてまた体幹トレーニングに戻り、2週間後に走って、を繰り返す。
メイクデビューの1週間前まで、俺たちはとにかく地固めを、これからトゥインクルシリーズで走り切る体を作るための下積みを続けたのだった。
1週間前からは、筋肉痛を抜いて万全の状態でレースに臨めるように体幹トレーニングを中止して、休養と調子の回復、軽く流す程度の併走とレース知識の勉強に充てる。
「…特に逃げの作戦をとる場合には加速するタイミングが重要だな。ラップタイムを刻む走りも悪くないが、あれは他のウマ娘がそのタイムを超えてくるとかなり厳しくなる。二人の走りには合わないと思う」
「なるほどー…ねぇ、ところでトレーナーさん、聞いてもいい?」
「なんだい、ファルコン」
「どうして私とアイネスさん、頭にこの変な帽子被ってるのかな?シンプルに声が聴きとりづらいよ?」
「『博学帽子』って書かれてるけどこれ、ウマ娘用の耳穴空いてないの。バイサーと重ねて被るとすごく変な感じなの」
「ああ、ただの気分だ。頭よさそうに見えて…あっこら!無言で床に投げ捨てるな!高いんだぞその帽子!」
メイクデビューが、始まる。