【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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26 Make debut! 前編

 6月を迎え、梅雨入りまもなくといった時期に、ここ東京レース場で今年初開催のメイクデビューが行われる。

 第4レースから第6レースまでの芝2000m、1600m、そしてダート1400m。

 それぞれのレースで、チーム『フェリス』の3人がデビュー戦に挑むために、会場入りしていた。

 

「体調は大丈夫か?そんなに長く運転はしてないから車酔いとかはなくて済んだと思うけど」

 

「はい、何の問題もなく。丁寧な運転だったので疲れもありません」

 

「トレーナーさん、運転上手だね☆ファル子、結構酔っちゃうほうだったんだけど全然大丈夫だったよ!」

 

「休みに洗車してるの時々見るけど、あのステップワゴン顔が可愛くて好きなの」

 

 俺の運転するステップワゴンでレース場に3人を送迎し、チーム用に準備された控室でもうすぐ始まる自分たちのレースを待つ3人。

 その表情には、やってやるんだという気合と、これまでに積み上げてきた自分の実力への自信が垣間見える。

 よいコンディションで臨めている様だ。

 俺は、メンバーのメンタル管理の為に先ほど供物として捧げたオニャンコポンを、3人が交互にもふもふしているのを眺めながら、かける言葉を紡ぐ。

 

「前日のミーティングでも話したが…君たちの実力は既に同世代のウマ娘の中では頭一つ抜けている。タイムを見れば、まぁ普通に走れば勝てる」

 

「はい」

 

「うん」

 

「わかってるの」

 

「けど、レースに絶対はない。デビュー戦はレース慣れしていないウマ娘も多く出てくる。何が起きるかはわからない。一番に、ケガだけはないように気を付けてくれ」

 

「はい。…差しの戦法を取る私は、特に注意ですね」

 

「私たちはとにかく逃げ切るだけでいいもんね☆」

 

「なの。掛からないようにだけ注意するの」

 

 落ち着いている。

 これまでの世界線でも、どのウマ娘を担当するにせよメイクデビューは必ず走る。

 その時にも、落ち着いていたウマ娘もいれば、やはり緊張が強いウマ娘もいて…いや、どちらかといえば緊張するウマ娘のほうが多かった。

 当然のことである。彼女たちにとって一生に一度、一番初めのレースである。大なり小なり緊張は生まれて、それが自分一人だけのレースであればなおさらだ。

 

 しかし、今回の世界線は条件が違う。

 まず、チームメイトが3人。仲の良い同学年の友人たち。

 それぞれが、お互いに相談しあえることで、緊張をほぐしあえていた。

 間に挟まるオニャンコポンの働きも忘れてはならない。

 アニマルセラピーという言葉もある通り、動物と触れ合うことは極めて優秀なリラックス効果を図れる。

 

 そして、さらにもう一つの理由。

 

「…レース中、もし困ったことになったり、不安になったらこれまでの練習を思い出そう。君たちは、既にトップクラスのウマ娘と、何度も併走を出来ているんだ」

 

「そうですね。このデビュー戦、どんなに強いウマ娘がいても…オグリキャップさんほどでは、ありません」

 

「マーチ先輩たちに敵うはずないもんね☆そんな人たちと走ってきたんだから…」

 

「油断するわけじゃないけど、あのプレッシャーと比べれば気が楽なの!」

 

 これまでに併走相手を務めてくれた、チームカサマツのメンバーが彼女らの自信を作っている。

 ドリームリーグでエースを務めるオグリキャップ。

 重賞ダートの覇者たち、フジマサマーチと3バカの面々。

 その猛者たちと並走し、既に圧を、プレッシャーを受けながら走ることに免疫がつき始めている彼女らにとっては、デビュー戦というシチュエーションによる緊張を除けば、一緒に走る相手に対しての不安はなかった。

 

 そもそもが、このメイクデビューは今年最初に開催される最速のもの。

 仕上がっているからこそ他トレーナーも出走させているとは思うが、その中でもレース慣れしているウマ娘は多くはない。レース経験を積むために出走しているウマ娘もいる。

 

 勝てる。そう確信した。

 

「それぞれのゴール前で待ってるよ。3人が走り終わった後に、控室で祝福しよう。君たちの勝利を俺に見せてくれ」

 

「「「はい!!」」」

 

 

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 俺は控室を出て、それぞれのレースのゴール地点である…まず芝2000mで走るエイシンフラッシュが一番に飛び込んでくるであろう、そのゴール板の近くの観客席に移動した。

 流石に本日は重賞開催もないので観客もそこまで多くはない。問題なく場所をとれるだろう。

 さて最高のポジションを探して観客席を歩いていると、ゴール前のそこに見知った顔のウマ娘がいるのを見つけた。

 

「ベルノライト?こんなところで奇遇だね」

 

「あ、立華トレーナー!お疲れ様です!」

 

 これまでの合同のチーム練習で、チーム『カサマツ』のサブトレーナーとして世話になった彼女がレースを見に来ていた。

 

「どうしたんだい?今日は確か、君たちのチームからは誰も出走していないと記憶してるけど」

 

「ええ、でも北原トレーナーが『世話になった相手だし、レースの勉強にもなるから見てきな』って。私も3人の情報は気になってましたし…」

 

「なるほど、偵察ってところか。気にかけてもらって光栄だね」

 

「もう、そういうんじゃないですよ!半分以上は応援です!」

 

 違います!と頬を膨らませて尻尾をふりふりして可愛く怒るベルノライトにすまんすまん、と苦笑を返す。

 彼女にはこれまでの合同練習の中で、自分が持っているトレーニングの知識を適宜教えて、そしてよく彼女は聞いてくれていた。

 ウマ娘としてはかなり異質な、本格的に走る前に、トレーナーになることを目指したウマ娘。

 走ることへの挫折はどこかであったのだろうが、しかし前向きにトレーナー業を目指し、一生懸命に日々勉強する彼女を見れば、世話だって焼きたくなる。

 願わくば彼女もまたトレーナーとして大成し、輝けるウマ娘の想いを結実させてもらいたいものだ。

 

「それで…みなさんの調子はいかがでしたか?大丈夫そうでした?」

 

「俺が指導したウマ娘だよ?それに、カサマツのみんなにもよくしごいてもらえた。今日はみんな見事に勝ち切ってみせるだろう」

 

「…ふふ、今日はいつにも増して自信満々ですね、立華トレーナー」

 

「彼女たちを信じてるだけさ。トレーナーが自分のウマ娘を信じなくてどうするんだってね」

 

「なるほど…そうですね、確かに。私も見習わないと…あ、パドックが始まりましたね」

 

「ああ。まず最初はエイシンフラッシュだな」

 

 パドックに第4レースに出走するウマ娘達が出てくる。

 それぞれが緊張を隠し切れないままに、パドックに出て観客席に手を振り、自分の仕上がりを、勝ちたいという想いを見せていく。

 

「お……あの3番の子、想像以上の仕上がりだ。彼女は走るぞ」

 

「そう、ですか?…ええと、参考までにどのあたりでそう見えたのかを…」

 

「膝から下、足首までの筋肉が良く締まってる。足首が柔軟で鍛えてる証拠だ。あそこ…腓腹筋と前脛骨筋の部分の張りで判断できる」

 

「なるほど…勉強になります」

 

「…まぁ、エイシンフラッシュの輝きにはまだ敵わないだろうけどな」

 

 8番、俺の愛バがパドックに出てきた。

 堂々とした表情で、ジャージを脱ぎ捨ててから観客席に向けて最敬礼の一礼の動作を行う。

 うん、彼女の名の通り輝いている。

 勝ったな。

 

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『さあ中盤から徐々にレースが動いてきた。8番エイシンフラッシュ、位置を前目に着ける!先頭を走る3番ウォルシュローリエもいい脚だ!』

 

 

 エイシンフラッシュは中距離2000mのレース、1400m地点までに位置取りをほぼ先行と表現できる程度のところまで持ち上げてから、一度落ち着いて一息入れる。

 かかっているわけではない。

 スタミナは十二分に残しており、脚もずっと溜め続けている。

 これまでの過酷な体幹トレーニングによる全身の筋肉量の増加と、それに伴う血中の赤血球量の増加により、呼吸を整えてスタミナを消費しない走り方が出来るようになっていた。

 これまでの併走で確かめている通り、踏み込む手応え、いや()()()は気持ちよいほど。

 

 ──いける。

 

『そのまま最終コーナーに向かって、エイシンフラッシュがさらに加速していくぞ!これは勝負を仕掛けに行った!後続も追いすがるがスピードが違う!3番ウォルシュローリエを残り300m地点で既に追い抜いたエイシンフラッシュ!』

 

 油断なく、相対距離のマージンを大きめにとって前を走る3番の子を交わし、残り300mを己の最大の武器である末脚を発揮して駆け抜ける。

 教えられたとおりのフォームで。

 頭を下げて、姿勢を低く、風を切るように!

 

『強い、強い!圧倒的な速さだ!これがデビュー戦のウマ娘なのか!後続との距離がさらに離れていく!!これは決まった!エイシンフラッシュ、今1着でゴォーーールっ!!見事なレース!!見事な末脚でしたっ!!これは将来が楽しみなウマ娘が現れましたっ!!2着は3番、ウォルシュローリエ……』

 

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「っしゃあ!!!」

 

「やった、すごい…!!」

 

 俺はエイシンフラッシュが1着でゴールを駆け抜けたさまを見て、思わずガッツポーズをとって喜んだ。

 どれだけループを繰り返し、どれだけレースを見ようとも、愛バが勝利する、この瞬間の嬉しさは少しも変わることはない。

 今日はそれが3倍得られるのだ。トレーナーとしてこんなに幸せなことがあっていいのか?

 

「流石、すごい末脚でしたねフラッシュさん…!レース運びも冷静そのもので!」

 

「ああ、途中で位置を上げた判断はよかったな。前のウマ娘を追い抜く時のコース取りも素晴らしい。後で褒めてやらないと」

 

 ウイニングランを終えて、呼吸を整えながら控室に向かおうとするエイシンフラッシュを目で追っていると、あちらもどうやら俺を見つけたようだ。笑顔で手を振ってきた。

 手を振ってこちらも返事をして、ぐっ、とガッツポーズをとる。

 ふふ、と嬉しそうな笑顔を見せていたエイシンフラッシュだが……ん?何だか表情が変わったな?

 どうにも俺のほうを向いて真顔になっている。どうしたのだろうか。あれほど見事な勝利を見せた後なのに。

 

「…あっ。ッスー………」

 

「ん、どうしたベルノライト?」

 

「いえ……その。今日、もしかして貧乏くじ引いたかなって…」

 

「うん?なんでさ、こんな特等席で見れるんだから。ほら、次の第5レースももうすぐ始まるから場所を移そう。またパドックのウマ娘の視方、解説するからさ」

 

「あー…はい、そうですね、それはぜひオネガイシマス……」

 

 目尻に涙を浮かべながら色々と諦めきったような表情で、場所を移動する俺についてくるベルノライト。

 そんなに俺の愛バが勝ったシーンで感極まってくれたのだろうか。泣くほどに。

 うん、いい子だなやっぱり。今日はしっかりパドックでの観察眼を教えてあげよう。

 

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「今回のパドックでは誰が走りそうですか?」

 

 芝1600m、アイネスフウジンが出走するレースのパドックを眺めながら俺は解説する。

 

「勝つのはアイネスだが、仕上がり…というよりも、怖いな、と思わせるウマ娘は7番の子だ」

 

「7番…」

 

「尻尾と耳がかなり動いているだろう?しかも尻尾が左右ではなく上下に近い揺れ方をしているときは、ウマ娘がやる気に満ち溢れてる時だ。これが逆に、動きに規則性がないと緊張をしていることを表している。7番の子はさっきから規則的に上下に揺れてる…他の子と比べてやる気が段違いだ。緊張も少ない。いわゆる絶好調、ってやつだな」

 

「なるほど……」

 

「ただ、トモの発達についてはまだまだこれからといったところだから、それでもアイネスが勝つだろうけどね」

 

 

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『アイネスフウジン独走状態!残り400mに入り後ろとの差は6バ身から7バ身ほどか!最終コーナーを曲がり終えて後続の追い上げが始まるが届くのか!?』

 

 アイネスフウジンは、風を切るように最終直線を駆け抜ける。

 後方からは7番のウマ娘がかなりの気迫と共に、差し切るために加速を始めた。

 

 しかし、甘い。

 その加速は、エイシンフラッシュにはまだまだ及ばない。

 その気迫は、オグリキャップには、遠く、遠く及ばない。

 

 そんな猛者たちとの併走で鍛えた勝負根性が、アイネスフウジンを動揺から守る。

 あたしは、アイネスフウジン。

 その名の通り、このレースで、これからのトゥインクルシリーズで、あたしは一陣の風になる!

 

『速い、これは速いぞアイネスフウジン!!7番キンセリイーヨーも加速するが追随を許さない暴風が駆け抜けるっ!!脚色を一切衰えることなくアイネスフウジンがそのままっ!今!!1着でゴォォーーールッ!!これはすごい!一切他のウマ娘を寄せ付けることなく、見事逃げ切りましたっ!!2着は7番キンセリイーヨー……』

 

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「よしっ…!!2つッ!!」

 

「やったぁ!!おめでとうございますっ!!」

 

 アイネスフウジンのその見事な逃げ切りを目の当たりにし、俺はまたしても喜びの拳を作ってしまった。

 これもまた見事なレース。彼女の強みを活かした素晴らしいレース展開だった。

 どうする?さっきから喜びすぎて心臓が若干痛いぞ?

 普段はループ系トレーナー特有の感情の上下の薄さがある分、こうしてレースでの勝利を見ると喜びもひとしおで普段との差が大きく負担がかかってしまう。

 まぁいいか。これでファルコンのレースで万が一感極まって倒れてもベルノライトが何とかしてくれるだろう。

 

「あ、ほら、立華トレーナー。アイネスさん、こっち見つけてくれてますよ」

 

「お、ほんとだ。よくやったぞー!!」

 

 俺はこちらに手を振るアイネスフウジンに向けて大きく手を振り返してやり、続いてサムズアップを返して勝利を祝福した。

 アイネスフウジンもまた勝利の喜びで笑顔を作りこちらに手を振ってくれていたのだが、途中でいきなりスン…と落ち着いてしまう。

 どうしたのだろうか。人を殺せそうな眼をしているが。

 

「………私、今日帰れるかなぁ……」

 

「ん、もしかして帰る足がない感じ?よかったら俺の車乗っていく?どうせ3人とも送り届けるし、ライブ終わるまで待ってくれるなら…」

 

「あ、いえ、大丈夫です。それは謹んで(心から)遠慮しておきますね」

 

「そう?まぁいいか、ファルコンのレースももうすぐ始まるからパドックに行こう。ダートのウマ娘はまた見るところが変わってくるからね」

 

「ハイ、イキマショウ……」

 

「……疲れてるか?大丈夫?手ぇ繋ぐ?」

 

「私を殺す気ですか!?元気いっぱいですが!!」

 

 少し疲れた様子のベルノライトを見て心配し、次の観戦場所へ移動するまで手でも繋ごうかと提案したらめっちゃ怒られた。

 おかしい…俺は気遣いの言葉をかけてやったはずなのに……。

 




ベルノとの絡み少なかったな…ゲストで出すか…と思って雑に入れたらなぜか筆が乗って急にベル虐が始まった。どうして。

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