俺たちは続く第6レース、ダートのパドックを並んで観戦する。
ダートウマ娘は、芝とは違ってもう一つ注目する点があり、それをベルノに説明した。
「ダートを走るウマ娘を見るときの注意点だが…とにかく重心を見る。立ち姿と振るまいから読み取れる」
「重心ですか。でも、それはどうして?」
「ダートは足を砂にとられる、これを上手く走れるウマ娘は特に重心が低い位置で安定していることが求められるんだ。ファルコンなんか見ててわかるだろ?どっしりとした力強い脚で、重心が極めて安定してる」
「…それ、絶対ファルコンちゃんの前で言っちゃダメですよ?」
「そう?…まぁいいや、で、その視点で見ると1番の子がファルコンの次にしっかりしてる。体格もいいからパワーもありそうだ。かなりいい仕上がりだ…脚を見ると逃げ脚質か。あの子とファルコンの勝負になるかな」
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『さあ最終直線に向かう!!先頭はスマートファルコンだ!これはすごい、これはすごいっ!!既に、
スマートファルコンは、ただ、砂を駆ける。
立華がレース前に予想していた、1番のワイドワイルドミルとの勝負には
ワイドワイルドミルもよく走っていた。スマートファルコンがいなければ間違いなく、彼女が一着を取っただろう。
しかし、持ち前の集中力でレース開始にハナを取ったスマートファルコンは、そのまま後続との差を徐々に、徐々に広げて、一切速度を落とさずにゴールに向けて走り続けた。
立華が立てたレース前の展開予想を
私は隼。
砂を駆ける隼。
この砂の上では、誰にだって、負けるつもりは、ない。
『止まらない、止まらないぞスマートファルコン!!後続との差を詰めさせずにそのままゴールを駆け抜けたァーーっ!!何ということでしょう!デビュー戦でまさかの大差勝ちっ!!今!!ようやく後続がゴールッ!ここにダートの新星が登場した!!その名はスマートファルコンッ!見事に決めたぞ砂の隼スマートファルコンッ!2着は1番ワイドワイルドミル……』
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「っ────────」
「ってぇ!?うわぁ立華トレーナー!!無言でひっくり返らないで下さい!?」
俺はスマートファルコンが俺の予想を上回る圧倒的な走りを見せつけ、後続と大差をつけて1着でゴールをした瞬間を見届けて、感極まって意識が遠くなり後ろにぶっ倒れかけた。
隣にいたベルノライトが慌てて背中を支えてくれたのでそのままひっくり返ることはなかったが。
「──はっ!!心臓が止まってた気がする…」
「大丈夫ですかそれ!?…いえ、確かにすさまじいレースでしたが…」
「ああ…俺の予想をはるかに上回った。うん、強いレースだった…ファルコン、すごいな」
あれだけの走りを見せても、ウイニングランの歩様にも特に問題は見えない。
全力では走ったのだろうが、あれでも限界を超えてはいないのだ。
もしかすると、俺はスマートファルコンの本当の実力をまだ知らないのではないか?
俺の経験、長年のループの経験でも読み切れないほどの脚。その信念。
…これから先、彼女がダートに描く夢を、ぜひ見たい。共に駆けたい。
「…ファルコーン!!最高だったぞー!!」
スマートファルコンがこちらを見つけて手を振ってきたので、大きな声で勝利を祝福した。
笑顔を浮かべる彼女の口元が『ファル子が逃げたら?』というのが見えた。
「追うしかなーい!!!」
コーレスもきっちり返してやる。
そうして満足したのか、またスンッ…とファルコンが落ち着いた。なんか目から光が消えてる気がするんだけど?
「……さて、そろそろ逃げないと……」
「ん、すまん歓声でよく聞こえなかった?なんて?ベルノ?逃げ?」
「ああ、いえ。逃げウマが二人もいると、レースが毎回盛り上がってトレーナーさん大変ソウダナーッテ」
「はは、トレーナー冥利に尽きるってもんだろ?逃げウマが逃げ切るのはレースの華だからなぁ、盛り上がるのもわかるよ」
「ええ、特にさっきのレースはすごかったですね。……ではそろそろ私はお先に失礼しますね?」
「ん、もう帰るのか?俺はこの後みんなが待つ控室に行くんだけど、よかったら挨拶していかないか?」
「いえ、私は遠慮しておきます。相殺*1になりかねませんし、今日は3人をいっぱい祝福してあげてください。邪魔者は退散しますよ」
「そう?それなら無理にとは言わないが…ああ、ベルノ。今日はありがとうな付き合ってくれて。また一緒にレース観戦することがあったら、いろいろ教えるからな」
「はい、今日は本当に勉強になりました!ありがとうございました!…では失礼しますね!!!!!!」
ぺこり、と頭を下げたベルノライトはどうにも急いでいるようで、ウマ娘の脚力を発揮して逃げるように去って行ってしまった。
ううん。何かそんなに急ぎの用事があったのだろうか。いい逃げ足を見せている…あれなら中央でデビューしても勝ち切れるぞ。勿体ない。
「っと、俺も急ぐか」
俺はベルノライトと別れて、メイクデビューを見事勝利した3人が待つ控室に急いだ。
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控室の扉をノックする。
レース後の控室に入る際には必ずノックをしなければならない。
なぜなら彼女たちはウマ娘、思春期の女の子であり、レース後には汗のケアや着替えなどを必ず行うことになる。
そこに勝った勢いで飛び込んでしまった経験の浅い男性トレーナーが、破廉恥イベントを経て負傷する事件は珍しくないのだ。
俺は気配りのできる男なのである。
「立華だ。入っていいか?」
「…どーぞ☆」
若干遅れてファルコンの返事が返ってきた。
最後に走り終えた彼女が返事をしたということは、既に身嗜みなども整え終えているのだろう。
俺は安心して控室のドアを握り、この感動を愛バ達に伝えるべく扉を開けた。
「おめでとう、3人とも!!見事なレースだったな!!俺は嬉しいぞ!!!」
「来ましたねウマたらし」
「はーなの」
「反省して☆」
どうしてこうなったのだろう。
部屋に一歩入った瞬間に3人の視線の圧が俺に降り注ぎ、反省を促されてしまった。
部屋の空気が冷たい。6月にしては異様な寒気を覚える。
この寒気で既に先に室内にいたオニャンコポンも冷えて縮こまり…いやあれは丸くなって寝てるだけか。
しかしこれで俺はメイン盾を失った。何故か危うい立場に追い込まれているような気がする。
「…え?どうしたみんな?俺がなんかした?ちゃんとみんなのレース見てたぞ?」
「見てましたね。ベルノライトさんと一緒に」
「パドックから随分いい雰囲気だったの」
「ベルノ先輩はどうしたのかな?逃げた?」
「どうして俺は今3人に詰め寄られている…?」
トライフォースの構えになり3方向から愛バ達に囲まれて強い視線を感じて俺は身を竦めた。
何か彼女たちの逆鱗に触れることをしてしまったらしい。
しかしだ。それでも、今俺は彼女たちに伝えたいことがある。
だから表情を真剣なものにして、それぞれに想いを伝える。
「ちょっと待ってくれ…!後で反省はするけど、とにかく今は祝わせてくれ!君たちの勝利が本当に誇らしいんだ俺は!」
「……」
「フラッシュも、アイネスも、ファルコンも本当に素晴らしいレースだった!フラッシュはよく前目に着く判断をした!アイネスは後ろからのプレッシャーに動揺せず走り切れて偉い!ファルコンは俺の想像を超える強い走りだった!」
「……」
「嬉しかった…どんなに俺が鍛え、大丈夫だと思っていても絶対はない、けど君たちはその走りで俺に応えてくれたんだ!君たちの勝利を心から祝福するとともに、俺自身も本当に嬉しくなった!気が遠くなりかけたほど!」
「……」
「だから……だから、まず何よりも先に、君たちにお礼を言いたいんだ。今日は勝ってくれてありがとう!」
そう、本当に、ありがとう。心からその言葉を贈りたい。
こんな、新人の身でありながら3人も担当するといった俺についてきてくれて、勝ってくれてありがとう、と。
「……はぁ。毒気が抜かれました」
「そうね、今日はこの辺にしといてやるの。まぁどうせたまたま会ってアドバイスしてたとかだろうし…」
「ベルノ先輩には後でどんな話をしてたかは聞き出すとして…いじめるのはこれくらいにしておこっか☆」
俺の本心からの祝福の言葉に、風向きも変わってきたようだ。落ち着いて話をすることができてきた。
よかった。なぜ機嫌が悪くなったか全く心当たりはないが一先ずは難を逃れた。
こほん、と一つ咳払いをして、改めてみんなに向き直り、褒め称える。彼女たちの勝利を。
「…でも、本当に。よくやってくれた、みんな。誇らしい気持ちでいっぱいだよ」
「ふふ。ありがとうございます。そうですね、私も…無事、勝利できて嬉しいです」
「勝ててよかったのー、あたしは事情が切実だったから…これでだいぶお金も楽になるの」
「ファル子も、思いっきり走れて気持ちよかった!このあとのライブが楽しみー☆」
みんなで笑顔になり、彼女らもまたお互いの健闘を、勝利を称えあう。
チーム『フェリス』のメイクデビューは、3人とも見事に勝利を収めて、その名をレース界に響かせるのだった。
その後行われたメイクデビューのライブも、俺はもちろん全力で応援した。
俺の愛バ達が、センターに立って歌うその歌声はまるで天使のような響きを持って、俺の心を満たしてくれる。
これからもこの3人で、勝利を積み重ねていって…いつか、その頂へと。
輝く未来を、君たちと見ていきたいから。
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「マーチさん…オグリちゃん…しばらく匿ってください……」
「どうしたのだベルノ…そんなに疲弊した姿で…」
「ナーバスな時のタマみたいな顔になってるぞ…?」
なおベルノは後日ちゃんと事情を説明して事なきを得た模様。