『チーム『フェリス』の立華 勝人様。至急生徒会室までお越しください。繰り返します。チーム『フェリス』の……』
「…なんで?」
俺は3人が勝ち切ったメイクデビューの翌朝、チーム室でオニャンコポンに猫缶を与えてやりながら資料の整理をしていると不意に生徒会室への呼び出しを告げる校内放送が流れて首をひねった。
何か呼び出されるようなことをしただろうか。
最近はどうにも何もした覚えもないのにウマ娘達に責められるような瞳で見られることが多いので困っている。
「まあいいか。今行きますよっと」
オニャンコポンを肩に乗せて、生徒会室へ向かう。
何か怒られそうなときはこの
「失礼します、トレーナーの立華です」
「どうぞ」
生徒会室の扉をノックすると、中からシンボリルドルフの声で許可が出たのできぃ、と扉を開ける。
中にはいつもの生徒会の3人が揃い踏み……しているかと思いきや、中にいたのはルドルフだけだった。
「かけてください、立華トレーナー。今日は急に呼び出してしまってすまないね」
「忙しくもしていなかったし気にしないでいいよ」
どの世界線でも見慣れた顔…綺麗な三日月の流星に、よく見ると幼い顔立ちをしている、しかしいつでも威厳はたっぷりの皇帝、シンボリルドルフの前のソファに腰を落とす。
座ったときに少し揺れて肩からオニャンコポンが落ちそうになったので、手を差し出して肩の上から足の上に持ってきてふにふにと撫でていると、皇帝直々に紅茶を出してもらってしまった。
「皇帝自ら淹れていただけるとは光栄だ」
「お口に合うといいのだが。…それが噂の子猫かな」
「ああ、オニャンコポンだ。人懐っこい賢い猫だよ」
紅茶を一口頂きつつ、俺はオニャンコポンをルドルフに指先でけしかける。
意図を汲んだオニャンコポンはとてとてと机の下を歩み、ルドルフの足元にぴょいー、と飛び乗った。
一瞬驚くルドルフだったが、しかしその表情もオニャンコポンの可愛さの前に見事に緩みの見える笑顔になった。
可愛いものはすべからくウマ娘特効である。オニャンコポンは最強の盾であるとともに最強の矛でもあるのだ。
何か話をする際のアイスブレーキングには大変役に立つ。偉いぞオニャンコポン。
「おっと、ふふ…本当に人懐っこいんだな、この子は」
「自慢の猫でね。……それで、ルドルフ。俺みたいな新人トレーナーを呼び出した理由は何だい?君はそんなに暇じゃないだろう」
「おや、そうでもないさ。部下が有能なのでね…実をいうと前から貴方と話をしてみたかったんだ、興味があってね。立華トレーナー。チーム『フェリス』を指揮する貴方と」
オニャンコポンを片手で可愛がりながら、ルドルフが見定めるような視線を俺のほうに向ける。
君、猫をなでながら人と話すの似合ってるね。
「大した活躍もまだだと思うけど」
「大した活躍しかしていないだろう、貴方がたは。選抜レースで全員が素晴らしい成績を残し、練習でも好タイムと聞いている。そして先日のメイクデビュー、見事に3名とも一着を取ったとも…ああ、こちらを言うのが先だったね。メイクデビュー勝利、おめでとう、立華トレーナー」
「ありがとう。でも、勝ったのは彼女たちさ」
「だが、勝たせたのは貴方だ。…指導方法もかなり特殊なものだと聞いている。今日主に聞きたかったのはそこの部分でね」
なるほど、話が読めてきた。
俺は特に自分の指導内容について彼女たちに口止めしていない。はたから見れば頓珍漢なことをしているように思われるだろう。
走る回数は極力減らして、しかもやっていることはヨガを主体としたトレーニング。体幹を鍛えること、インナーマッスルに効率的な負荷をかけることを目的とした独自のそれ。
それで結果がついてきているのだから、ルドルフの耳に入れば気になるか。
重ねて、ルドルフがこの後、どういう話に持っていきたいかも何となく察した。
彼女とも浅い付き合いではない。
もちろん、彼女と3年間を共にしたこともある。珍しい彼女のデビュー戦からシニアを駆け抜けるまでに7冠を達成し、皇帝の神威を見せつけた。
その時に生徒会の業務なども一通り覚えて……そして、彼女の信念、夢のようなものも聞いた。
そこに関わってくる話なのだろうな、とあたりをつけて、俺は返事をした。
「…確かに、うちのチームは今のところ独自の練習をしている。が、耳聡い君なら既に聞いているんじゃないか?何を目的としたトレーニングなのか」
「立華トレーナー、それは私を買い被りすぎというものだ。噂話を耳にした程度で、詳しいことは知らないんだ。よかったらご教授願えないかな?」
「よく言うよ。…まぁ隠すようなことでもないし、いいけどさ」
お互いに苦笑を零し、俺は別に隠すつもりはない、というか後で今育てている3人の成績が伸びてきたら論文にして世の中に発表しようと考えている、本格化前後の体幹トレーニングの重要性について簡単に講釈を垂れた。
随分と熱心に聞きかじったルドルフが、ある程度話が終わってなるほど、と呟く、
「体幹を意識したものだったか…いや、確かに、言われてみれば私の知るウマ娘の中でも体幹の強さが速さとイコールになっているようではあるが…しかし、体幹のトレーニングなどはどのウマ娘もやっているのでは?」
「密度と意識が違う。その重要性をどれだけ理解しているかでトレーニング効率ってのは大きく変わるもんだ。うちのチームはもうずいぶんと体幹を鍛え上げたから、これからの伸びにも期待できる」
「……面白い指導論だ。…なぁ立華トレーナー、この指導法は、貴方の見込んだ3人以外にも──どのウマ娘にも通用するようなことなのかな?」
ほら来た。
ルドルフがさりげなく、己の理想の為に俺から望む言質を取ろうとかけてきた。
さてどのように答えるか、と一瞬思案顔を作り、まぁなるようになるか、とそのまま想いを紡ぐ。
「…ルドルフ、確か君の理想は『すべてのウマ娘を幸せにする』ことだったね」
「?あ、ああ…そうだ。高い理想とは思うが、それの実現の為に…なりそうなことは、色々聞いておきたくてね」
「いいことだとは思う。その上ではっきり言わせてもらうと、さっきの質問の応えはYESだが、すべてのウマ娘の幸福に繋がるかといえばNOだ」
「っ……!」
そう、俺の指導法は…どのウマ娘にも実際有効だろう。いや、有効だった。
ハルウララを育てる世界線の、その前からこのやり方は続けてきている。これをやって最初の半年で効果の出ないウマ娘はいなかった。
もちろんそれは、彼女たちが全員素晴らしい脚をもっており、そのスピードが体幹の未発達で十分に発揮できていなかったということもあるが。
だから、もし俺の教え方が理論できっちり構築されて、学校全体で本格化前後できちんと体幹を鍛え上げるならば…全員に効果が出ることだろう。
そして、それは決して幸福にはつながらない。
「俺の指導法は、ウマ娘の実力を底上げするものだと思ってくれていい。この指導法を知ってるウマ娘はもちろん有利になるだろう。レースで勝てるようになる。だが、それで負けたウマ娘は幸せではない」
「…ああ、だがレースは強弱を決める世界だ。そこに情けや同情は…」
「ルドルフ。それは、君が強いウマ娘だから言えることだよ」
「っ」
これまでの世界線でも、結構な頻度で同じようなことを彼女に言ったことを覚えている。
彼女の理想、すべてのウマ娘を幸福にする…というものは、理想としては聞こえがいいが、絶対に不可能だ。
「なぁルドルフ。君は『すべての人類を幸せに』出来ると思うかい?地球の裏側では戦争が起き、飢饉や貧困の格差があるこの世界で」
「…それは…」
「同じなんだよ。たとえ俺のこの指導法が極めて優秀とみなされて、すべてのウマ娘が同じように実施したとしても…その先はまた才能、努力、運の差による
「…立華トレーナー。貴方は、私の理想は間違っていると言いたいのか?」
「いや?」
「…は?」
確かにその理想は理想でしかなく、実現はできない。
ただ、間違っているとは欠片も思ってはいない。
何故なら、
「いいことだと思う、って言っただろ?素晴らしい事だよ、そこまでウマ娘のことを想えるのは。かつて君は、クラシック三冠レースの規則改定でも尽力した。そういった行動、想いは誇るべきだと思うし、君の信念が、理想が間違っているとは欠片も思っていない」
「…え?え?いや、立華トレーナー?何が言いたい?」
「強いて言うなら表現を間違えている。ルドルフ、君は結構…あれだろ、この理想についてきてくれるウマ娘やトレーナーがいなくてしょんぼりしてることがあるだろ」
「しょ、しょんぼり!?その表現が適切だとは思えないぞ!」
「はは、言い過ぎたな、すまない。だが…そうだな、つまり君の掲げる理想というのは、ぱっと聞くだけだと恐ろしく難しく聞こえるようなことなんだけど、その実ひどくシンプルな話なんだよ。それを前面に出せばいい」
ルドルフが混乱している隙に言いたいことを言ってしまおう。
ルドルフから会話の主導権を握れるのは珍しいことで、主導権を握り返されると皇帝の圧力とか
「『すべてのウマ娘』なんて無理に括らなくてもいいし、『幸せに』なんてふわふわした表現を使うから聞いた人が混乱するんだ。そうして括るから、それを聞く相手はなんだかとても大仰のようなことに聞こえて、遠慮の感情が生まれる。もっとシンプルでいいんだよ。『
「う…む、いや……ない、な。困っているウマ娘がいたら助ける、それを出来る限り手広くやりたい…ということで、間違っていない」
「ああ、
「…なあ、立華トレーナー」
「ん、なんでしょうか」
「詐欺師のようだと言われたことはないか?」
「はっはっは」
こないだアイネスに言われたわ。
「…何だろうな、本当はもっと私なりに冷静に話を進めるつもりだったのだが…いつの間にか感情を引き出されて、揺さぶられた上に、最終的に一番聞きたい言葉が出てきたので、無性に君を信頼したくなる私がいるんだ」
「訪問販売に騙されないようにね」
「失礼な。…そうだ、貴方と話していると、なぜか話をすっかり聞いてしまう…。…以前にどこかで会って、私のことを知っていたりしないか?」
「君は一度見た顔を忘れることはないだろ?俺もこうしてしっかりと話すのは
「……そうか。そうだったな。………ふー……いや、しかし有意義な話だった」
ため息をついて、ルドルフが太ももの上でくつろいでいたオニャンコポンの頭を撫でる。
俺も改めて彼女に話したいことが話せたので、有意義な時間だった。
「ありがとう、立華トレーナー。君との会話で思わぬ見地が開けたよ。そうか、もっとシンプルに、か…」
「とんでもない、会長様に言い過ぎたかなって内心びくびくしてたところさ。でもお礼の言葉が聞けて安心した」
俺はティーカップを手に取り、少し冷めた紅茶を頂く。
む、この味はエアグルーヴ一押しの茶葉の味だ。そうか、この世界線では既に出会っていたか…この茶葉に。
俺は紅茶の香りを楽しみつつ飲み干してから、指先でちょいちょいとオニャンコポンを呼ぶ。
その動きだけでオニャンコポンはルドルフの太ももから離れ、俺の肩に上って定位置に収まった。かしこい。
「話は終わりかな?もうなければチームハウスに戻るけれど」
「ああ、今日はもう大丈夫だ。ただ、貴方とはまたいろんな話をしたいものだ、立華トレーナー」
「言ったろ、出来そうなことがあれば言ってくれって。呼んでくれればまた顔を出すよ」
その時はエアグルーヴやナリタブライアンとも面合わせを通しておきたいものだ。
あの二人も、共に3年を駆け抜けたことのある相手で、特にエアグルーヴにはお世話になった。掃除で。
「それじゃ今日は失礼して……ああ、そうだ、ルドルフ。一つお願いがあって──」
俺は以前から考えていた
「──ああ、それくらいのことなら構わない。後で話を通しておくよ」
「助かるよ。それじゃあまた。生徒会のお仕事頑張って」
俺は無事約束を取り付けて、オニャンコポンと共に生徒会室を後にした。
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午後を迎えて俺たちチーム『フェリス』のメンバーはチームハウスに集合した。
今日はこれから、年末までのジュニア期でどのレースを走るかの打合せをする予定である。
「今日、校内放送で生徒会室にお呼ばれされていましたよね?何かあったのですか?」
と、その前にフラッシュから午前中のことを問いただされた。
まぁそうか。自分たちの担当トレーナーが生徒会室に呼び出されれば心配にもなるよな。
「いや、特に大した話でもなかったさ。ルドルフと楽しくお話ししてただけ」
「──『ルドルフ』?」
「随分距離感近くない☆?」
「会長さんにまでコナかけてやがるの」
「誤解です」
俺はオニャンコポンシールドを駆使して愛バ達のご機嫌を取ってから、改めてレースの話をするのだった。
このトレーナーいつもウマ娘と話す時強く当たって感情を乱してからクリティカル決めてんな?