【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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前編後編で書こうと思ったのに長くなったので分割しました。


31 地固め(心) 中編

『─────アァ?なんだこのクソUIは。表示が見辛ェ上に反応まで悪いと来てる』

 

『そこまでかい?使い慣れるとそうでもないんだけどな』

 

『低スペに頭慣らすんじゃねーよ、ロジカルじゃねぇな。こんな性能のいいタブレット使ってんのにアプリ自体がボトルネックになってやがる…開発したヤツはトレーナーじゃねぇだろこれ。かゆいところに手が届いてねェよ、勿体ねェ。これじゃエクセルと大差ねェじゃねぇか』

 

 俺は、かつて共に3年間を駆けた愛バの記憶を思い出す。

 そのウマ娘は、極めて癖のある子で、口調は乱暴だが論理的な思考とトレーニングを好み、感情論や根性論を唾棄しつつもその可能性を解読しようと試みて、そして己の課題である7cmを埋めたいと願う、英知に溢れた少女。

 彼女と駆けた3年間の中で、俺はその後のループでずっと愛用していく一つの武器を得ることとなった。

 

『─────ホレ、これ一晩で読んで来い。簡単なアプリの作り方の教本だ』

 

『分厚くない?いや、読むけどね。せめて3日はくれないか?』

 

『ア?仕方ねェなぁ…とっとと覚えてオレの練習内容がキッチリ理路整然と見えるような便利なアプリ作りやがれ』

 

 学園から支給されるタブレットと、その中にあるトレーナー用の練習管理アプリ。

 そのアプリを一瞥して使いづらいと判断した彼女は、俺に新しいアプリを作れと迫ってきた。

 もちろん当時の俺は彼女専属のトレーナーであるからして、愛バの為に5日ほど徹夜してアプリを開発した。

 当然、最初に出来たものは素人が教本を噛み噛みしながら仕上げた出来の悪いお粗末なもの。

 しかし、それを見た彼女は軽く笑ってから、『よくやるよな、お前も』と労りの言葉をかけてくれた。

 

『オイ、ここの値が見事に間違ってるじゃねェか、だから正確なグラフがはじき出されねーんだ。まずここ直すぞ、ったく』

 

『すまない、不慣れなものでね。…ところで提案なんだけど、これまでの練習内容から今後の成長曲線を自動作成できるようなツールなんて作れると思う?あと、過去にどのレースに誰が出走したかタップ一つで見れるような便利機能とか』

 

『ハァ?………面白ェな。よし、それも機能に追加するぞ。だがあくまでUIは見やすさ優先だからな?出来ることが多くても、操作し辛ェ見辛ェってんじゃ話にならねェ』

 

 その後はそのアプリに、二人でいろんな知恵を絞っては様々な機能を追加した。

 アプリ開発に熱を入れすぎて二人して徹夜をしたこともあった。

 だが、二人で一つのものを作り上げるその経験はお互いの距離を埋め、絆を深めた。

 その結果、俺と彼女は、彼女の求める7cmも埋めきって、トゥインクルシリーズを栄光の道と成すことができた。

 

『…中々いい感じになったよなぁ、コイツも』

 

『うん。……君さえよければ、学園にこのアプリを提供して他のトレーナーにも使ってもらいたいと思っているんだけれど…どうだろうか』

 

『……………………別に、構わねェぜ。オレらだけの間で使ってるってのは意味のねェ独占だ、ロジカルじゃねぇ。これから先、お前が育てる()()()()()にも使ってやれよ。それに……オレはもう、お前と十分に走れた』

 

『…ありがとう。俺も、君の夢を手伝えて本当に楽しかったよ──────()()()()()()()

 

 その瞬間に、俺の記憶はまた3年前に戻されて。

 そうして次の世界線で、俺は彼女から得たアプリ開発の知識と、使用許可と、彼女との想い出を元に。

 また1からアプリを作り上げて、新しい運命と出会い、その子の育成に役立てていった。

 

 

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────────────────

 

 

「何よ、これ……こんな、見たことがないわ、こんなアプリは……」

 

 俺が起動したアプリの画面を見て東条先輩が驚きの声を漏らす。

 それはそうだろう。何といっても、()()の努力と経験と執念の結晶だ。

 シャカールと作り上げたそれは、その後のループの中でやはり新たな改善点、修正点、追加機能などが思いつかれてそのたびに更新を遂げてきた。

 もちろん、見やすく、操作しやすいUIという彼女が求めた根本の理念は変わっていない。

 そんな試行錯誤を数百年と繰り返し続けて使いやすいアプリに仕上げてあるのだ。

 

「よかったら、適当に触ってみてください。中にあるデータは俺の担当のものじゃなくて、サンプルのウマ娘を入れてありますから」

 

「…借りるわ。………ウソ、練習ごとの筋肉疲労蓄積の見込みまで自動算出されるの…?しかも閾値は実際の練習の状況で修正が可能…レース出走登録手続きの入力もデータ化されて…なんで確定申告ツールまであるのよ…!」

 

「レースをタップすると、そのレースに出走出来るウマ娘、出走が見込まれるウマ娘、確定してるウマ娘まで出てきます。それぞれのデータは自動でネットから記事を読み込んで表示してるものなので確実ではないですが」

 

「……………………このアプリ、どこから見つけてきたの?」

 

「実をいうと、()()()()に思い立って俺が作ったものなんです。学生時代や、トレーナーになってからもブラッシュアップは続けてますが」

 

 いつも学生時代を方便としているといずれ無理が出る。俺の学生時代がとんでもないことになってしまう。

 そのため、また新たに若いころから地道に組み上げたという方便でやり過ごす。

 これまでの世界線でこの方便で困ったことはない。

 

「…そう………いえ、よくまぁ、ここまでのものを作れたわね。私も流石にアプリの開発にまでは詳しくないけれど…大変だったんじゃないかしら?」

 

「そうでもないですよ。コツを掴めば適宜機能の追加はできましたし。…それで、このアプリを東条先輩に使っていただけないかなと思いまして。それがいわゆる東条先輩にも得のある話です」

 

「………これを、私に…?」

 

 タブレットを操作しながら、東条先輩は俺のほうに顔を上げて怪訝な表情を浮かべた。

 あれ。おかしいな。結構自信作だったんだけど。

 これを使ってもらう代わりに、このアプリでは補填することのできない…ウマ娘達のメンタルの部分についていろいろとお伺いしたいと思っていたんだけど。

 

「……一つだけ、聞きたいことがあるわ」

 

「はい?なんでしょう」

 

「これを…私が使わないと言ったらどうするつもりだったの?」

 

「あー…まぁその時は、うちのウマ娘達がいい感じに実績を上げたあたりで学園に全部提供しようかと思ってましたが…」

 

「……は?」

 

「…え、何か怒られるようなこと言いました?」

 

 何を言っているのかしらこのクソボケは、って感じの表情で返された。

 おかしい。俺は先輩の前で偽らずに本心を言っているだけだ。

 

 ここでたとえ東条先輩がこのお誘いに乗らなかったとしても最終的にこのアプリは学園に提供するつもりである。

 というか、これまでの世界線でも全部そうしてきた。

 ルドルフにも言った通り、基本的に俺はウマ娘という存在に対して出来ることは何でもやってあげたい。

 それが各トレーナーの負担を少しでも減らせるようなものならなおのこと。

 まだ何の実績もない俺がアプリをいきなり作ったといっても信頼がないため、こうして東条先輩にも協力してもらってテスターを務めてもらって……。

 

 ……ん?

 これ、俺しか得しない話じゃないか?

 

「…その話が本当なら、私がここで断ってもいずれ私でも使えるようになるということじゃない……何の取引にもなってないわ」

 

「…………いや、ソッスネー……」

 

「…………はぁ、わかったわ。貴方、バカなのね」

 

「よく言われます」

 

 主に俺の愛バ達に。

 さて、そうなるとどうしよう。ここにきて俺の行き当たりばったり作戦が失敗に終わったことを理解する。

 こうなれば土下座でも何でもして東条先輩に頼み込むしかあるまいか。

 なぜかこれまでの世界線でもウマ娘に土下座する機会に恵まれてしまった俺は既にプロの土下座職人(ゲザー)である。1ミリたりともブレのない綺麗な土下座を見せつけて……

 

「………………いいわ、使ってあげる」

 

「…え、マジですか!…や、本当に?」

 

「嘘ついてもしょうがないでしょう。気が抜けたわ、本当にもう…どうしてこの学園のトレーナーってこういうのが多いのかしら」

 

「俺以外にもいるんですね、そんな人」

 

 こんな情けない姿を見せるようなトレーナーがほかにもいるのか。驚きだ。

 誰だろう。あの人か。そうだな。*1

 

「…というより、私は別にこれがなくてもアドバイスをするつもりにはなっていたのよ?急に変な話を持ち掛けてこなければ」

 

「そんなことあります?」

 

「……はぁ。それで?こんな便利なアプリを開発できるような貴方が、私に聞きたいことは何なのかしら?」

 

「あ、それはですね……」

 

 一先ず話の方向が良い形に向かったのを見て、俺は改めて東条先輩に今日聞きたかった内容を説明する。

 ウマ娘達のチームを運営する点での、メンバーのメンタル管理について。

 

 例えば、チーム内の仲のいいウマ娘が重賞で勝ったとして、しかしそれを応援していたウマ娘が別の重賞で負けてしまったら?その逆は?

 同じレースに出走するウマ娘達にはどんな言葉をかけてやればいいのか?トレーナーに出来ることは?

 チーム内で仲たがいをしてしまったときはどうすれば?誰かがケガをしてしまったとき、その子には、周りの子にはどんな声をかけるべきか?

 

 そういった…多岐にわたる、様々なパターンを思いつく限り述べていく。

 もちろん、トレーナーになるための教本にはそういったウマ娘のメンタル管理についても記載はある。

 だがそれは思春期の彼女らを実際に相手にして作られた内容ではない。参考になるがそれ以上の学びはない。

 俺が聞きたいのは、実際にそういった経験を経てどのようなケアをしたのか…実体験を、聞きたかった。

 

「…………なるほど、ね。貴方が気にしていたのはそういうことだったのね」

 

「ええ。そのアプリにもある通り、練習の指導やレースの勝ち方を教える分にはまだいいんです。けれど、俺はチームとして複数のウマ娘を育てる、その経験があまりにも足りていない」

 

「…貴方、そもそも担当を持つことだって初めてじゃない」

 

「あ、()()()()()ね。…とにかく、そういったことの心構え的な部分でも。東条先輩から教えていただきたいんです。お願いできますか?」

 

 俺は改めて、それらのメンタルケアに関する…東条先輩の持つ経験からの答えを懇願する。

 俺の想定し得ないケースだってあるだろう。それを知っているのは、やはりチーム運営の経験が深い先輩方なのだ。

 たとえどんなにループを繰り返したとしても学べなかったものはある。

 俺は再度頭を下げて、目の前に座る女傑に頼み込んだ。

 

「そんなに頭を下げないで頂戴、軽く見られるわよ。…そうね、一先ず内容はわかったし、教えるのもやぶさかではないのだけれど……時間がないわね、もう」

 

「へ、そうですか?…うわ、結構時間たってますね」

 

 カフェテリアに設置されている時計を見ると既にお昼も迫ってきているころだ。

 もう間もなく、生徒たちがお腹を空かせて集まってくるような時間だ。

 そんな中で生徒のメンタル管理に関する話を聞くことなんてできるはずもない。

 

「いいわ、また時間を取ってあげる。そうね……今夜、時間ある?」

 

「今夜ですか?ええ、問題ありません。練習が終わった後は特に予定はないです」

 

「そう、なら行きつけのバーを紹介するからいらっしゃい。他の客も少なくて色々話しやすい所なのよ…それまでに私なりにレジュメも作っておくから」

 

「いいんですか!?有難うございます!!」

 

 この場ではなく、時間をおいてしっかりとした資料を頂けるという話になった。何とありがたいことだろうか。

 お店自体は俺も過去のループで何回かお誘いを受けているので知ってはいる。あそこの酒もかなり好みの味だったので、ダブルで嬉しい。

 そしてあのバーといえば。恐らく、東条先輩であれば……

 

「ああ、ついでに…()()()()誘うつもりだけれど、構わない?」

 

「もちろんです、先輩(沖野)トレーナーですよね?その方からもぜひ教えてもらいたいです」

 

「気が合うと思うわよ、貴方と。……じゃあ、そういう話で。タブレット返すわね」

 

 こうして夜の約束も取り付けて、俺は自分のタブレットを一度返してもらった。

 返すまで、話をする中でも機能を確かめていた東条先輩のそのトレーナー業への熱意には心から感服する。

 

 俺はタブレットのアプリを落として今後の連絡の為に東条先輩とLANEを交換した。

 そうしてカフェテリアから去っていく東条先輩を頭を下げて見送るのだった。

 

 

*1
沖野。




立華君まだ迷走中。次の話で落ち着きます。



↓以下、感想欄で素晴らしい感想を頂いて生まれた幻覚。



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────────────────


「…………」

 おかしいな。
 感謝の言葉を述べてから、シャカールが随分と静かになってしまった。

 先ほど、俺は感覚で理解した。
 どうやら、俺は()()()()()のようだ。この永遠の輪廻から、一足お先に抜け出させてもらったらしい。
 俺の背中を見て、また次の世界線に行く俺がいるのだろう。
 それに内心で別れを告げながらも、しかしそうしてじっと俺の方を見ているシャカールに、俺も見つめ返し続ける。

「…………?」

「……ええと、何かな?」

「……イヤ…お前……お前さ。……なんでいんの?」

「急な暴言。」

 首を傾げて、しかしなぜか泣きそうな顔をしたシャカールから放たれた言葉は、いきなりの大暴投であった。
 なんでって。君の担当トレーナーだからだよ。

「君の担当トレーナーだからだけど」

「…違ェよクソボケが!!俺の計算ではお前は!!今日、この時間!!────────いなくなるはずだったんじゃねぇのか!?」

「……ッ。シャカール、気づいてたのか?まさか…」

「この阿呆が、あんだけ匂わせぶりな会話しといて気づかないバカがいるかよ。…3年でアンタ、ループしてきたんだろうが!?…今日の、この時間に!!お前、行っちまうんじゃねェのかよ!?」

「…はは、そこまでバレてればワケないな。ああそうさ…今、間違いなく行ったよ。俺の片割れがね」

「………は?」

 流石はシャカールだ。俺の普段の会話の端々から、3年でループしていることを読み取ったのだろう。
 まさかここまで正確に、俺が分かたれる時間まで読んでいるとは思わなかった。
 しかし、当然だが残る半身、俺の意識もここに残っている。そこまではどうやら彼女も想像できなかったらしい。
 ぽかんとした顔。ここまで間の抜けた表情をする彼女も珍しい。

「………撤回する」

「何て?」

「撤回だッつってんだろが!!このアプリは俺とお前にしか使わせねェ!!!学園のヤツらにも他のウマ娘にも使わせてやらねェからな!!」

 どうしてだろう。急に、先ほどの言葉を撤回されてしまった。
 しかし時すでに遅い。恐らく、分かたれた方の俺は君から降りた使用許可を元に、今頃は1からアプリを作り直していることだろう。
 機を逃したなシャカール君。はっはっは。

「その笑顔がムカつくッ」

「ひでぶっ」

 見事な蹴りを腹に受けて俺は沈み込んだ。
 この子は、そう。自分のキャパを超えた感情に襲われると、手が出るのが速いのだ。
 まぁそういう所も可愛いのだが。

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