【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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オニャンコポン…日本ダービーは信じてるぞ…


4 砂の隼、+1

 その後、エイシンフラッシュに名刺を渡して、泣かせてしまったことに謝罪をして別れた。

 家に帰ってから、交換したエイシンフラッシュのLANEに、先ほど話した内容のスケジュール、参考レースの動画、食事メニューを送るのも忘れない。

 練習内容についての注釈や根拠となる論文など示していたらなんかすごい文量(3万文字超)になったがよくあることだ。

 ハルウララにはできなかった理論的な指導を久しぶりに行えてちょっと楽しくなったのは秘密だ。

 

 ああ、しかし、先ほどは心配になりすぎた余りに、彼女自身が組んだスケジュールに対してきつい一言をこぼしてしまったことは心底反省だ。

 数百年の時間を生きているとはいっても、精神年齢はたいして成長しないものだと改めて実感する。三つ子の魂100までというが500を超えても変わるものではないようだ。

 申し訳ないことをしたな、と思うと同時に、彼女に対しての俺の関心はより強いものになった。

 

 エイシンフラッシュ。

 あの後、少しだけ彼女から両親のことを聞いた。

 前の世界線で既に聞いたことがある知識だったが、改めて彼女の口からきくと、その関係はとても尊いもののように感じられた。

 エイシンフラッシュが両親に恥じない自分を、誇りある勝利を求めるのであるならば…俺は、その手助けをしてやれるかもしれない。

 選抜レースがすべて終わったときに、彼女が俺を選んでくれるのなら。

 俺は、喜んで彼女のためにこの3年間を捧げよう。

 

 

 それから1週間が経過した。

 時々エイシンフラッシュからスケジュールに関する質問が来る以外は、特に目立った動きはない。

 彼女はどうやら俺の立てたスケジュールを尊重してくれたらしく、次に選抜レースに出るのは4週目、最後のレースということになった。

 であれば、俺の生活は大きく変わらない。学園に行き雑務を片手間に終わらせて、またレースの情報や論文などを調べる日々を送るだけだ。

 担当のウマ娘がついてからはこういったフリーな時間は意外と貴重になるので無駄にはできない。俺の行動は、ウマ娘のために、という想いを中心として動いている。

 

 そうして一日の仕事を終えて帰り道。

 てきぱきと業務を終えて他の同僚に先駆けて学園を後にする。

 夕暮れ時の色に近づく河川敷にかかる土手を気分よく歩いていた。

 …そういえば、この土手もいろんなウマ娘と一緒に歩いたな…と不意に昔を振り返る。

 

 俺にとって原初の光景である、サイレンススズカ。その次に俺を助けてくれたスーパークリーク。

 その後もいろんなウマ娘と歩いた……オグリキャップ、ダイワスカーレット、ウオッカ、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、ゴールドシップ…ゴルシの時は蹴飛ばされて土手を転がり落ちたなぁ…懐かしい、どんなにループを繰り返しても、想い出は色褪せない。

 今回の世界線でもそんな思い出を作りたいな…とゆっくりと土手を散策していた。

 

 その時だ。

 ()()()()()聞きなれた歌声(・・・・・・・)が、風に乗って耳に入ってきた。

 

「……この声は…」

 

 そう、この声は聞き覚えがある。この歌声に、猛烈に記憶がリフレインする。

 その記憶は、ハルウララとともに駆けたいくつもの3年間の記憶。

 あの、有マ記念を目指して走り抜けていた3年間で、この歌声を、ライブ会場で何度も何度も耳にしたから。

 

 その歌を歌うのは、栗毛のツインテールのウマ娘。

 ハルウララが走ったダート(・・・)のレースで、常に掲示板入りを果たし、かなりの頻度でウララの勝利を阻んだ強者。

 日本一のウマドルを目指し、輝くセンターの座を獲得するために逃げ続ける生粋の逃げウマ娘。

 砂のハヤブサ。

 

「スマートファルコン、か……」

 

 いろいろな思い出が脳裏によみがえる。

 ああ、彼女は本当に…本当に強かった。

 ハルウララを育て始めたころ、有マ記念への挑戦の前にまず彼女という壁を越えなければならなかった。

 何十回も繰り返し、俺の育成論も磨きがかかってきたころでも、スマートファルコンが同じレースに出走するときは気を引き締めてかからなければならなかった。

 どのウマ娘がダートで最強かと問われたら、ウララには申し訳ないが真っ先に名前を挙げるであろう、ダートの帝王。

 

 そんな彼女の歌声が、土手を歩く俺の耳に入ってきた。

 そういえばこの河川敷の橋の下で、よくライブの練習をしていたな、と。

 様子を見に行くつもりで、俺は土手から降りて歌声の聞こえるほうに歩みを進める。

 

 果たしてそこにいたのは、制服姿で振り付けを決めながらwinning the soulを歌うスマートファルコンだった。

 足元には荷物とスマートフォンが置いてあり、絶賛ライブパフォーマンス中。

 …だが、観客は一人もいない。

 この世界線では、スマートファルコンはまだ未デビュー組のウマ娘である。

 

「光~のはっやっさっでー、駆け抜ける衝動はー……っと、あれ?お客さん?」

 

「ああ、気にしないでくれ。素敵な歌声が聞こえてきてね、気になっただけだ」

 

 こちらにファルコンも気が付いたようで、歌いだしで一旦歌うのを止めてしまった。

 それは本意ではない。邪魔をするつもりで来たわけではなかったのだが。

 

「やだ、素敵だなんてー!もしかしてお兄さん、ファル子のファンになっちゃった?」

 

 そうしていたらなんとまぁ、気の早いお話が飛んできた。

 が、ファンかどうかと言われたらその答えは決まっている。

 絶対にYESだ。

 

 申し訳ないが前前前世からとっくの昔にファンである。

 その力強く雄々しい走り。差しに行ったウララから逃げ切る姿に、何度脳が破壊されたか知れない。

 ウララ一筋じゃないのかって?うるせぇファル子の歌を聞け。どっちの歌も好きだよ普通に。

 

「ああ、そうだな…少なくとも、もっと君の声を聴きたいとは思ったよ。つい今、ファンになった」

 

「ほんとー!?えへへ、うれしい!ファン第一号だねっ!それじゃファンのためにはりきって歌っちゃおー!1曲目はー…」

 

 その言葉にさらに気をよくしたのか、笑顔になりながらもスマホを弄って曲を選び始めるファルコン。

 なんと驚いたことにどうやらこの世界線では俺がファン第一号のようだ。

 満面の笑みで1曲目を歌いだすファルコンに、俺がこの場を立ち去ることなどできようか?できるはずがない。

 その後は1時間ほど、冬の寒空の下でスマートファルコンの単独ライブを独占し続けたのだった。

 

 歌い終えたスマートファルコンが水分補給をしながら、ファン第一号である俺に声をかける。

 

「っはー!いい汗かいた!お兄さんありがとねー、コールが完璧だったから楽しかったよ☆」

 

「あー、まぁウマ娘たちが歌う歌は全部覚えてるしな……これでも中央のトレーナーだし」

 

「え!?お兄さんトレーナーだったの!?」

 

 驚くスマートファルコンに、胸元についてるトレーナーバッジを示し、名刺を渡して証明する。

 

「立華勝人だ。といってもまだ新人だから担当とかはついてないけどな」

 

「ホントだー…あれ、でもこの間の選抜レースにトレーナーさん、いた?」

 

「ちゃんといたさ。ただ、誰かに声をかけたりはしなかったけどね…」

 

 声をかけなかったのは2週目の選抜レースの話である。

 1週目でエイシンフラッシュに声をかけて、そちらに自分の関心が向いたこともあり、積極的にウマ娘に声をかける理由がさらになくなっていたため、選抜レースはほぼほぼ情報収集と見学だけに終わっていた。

 ウマ娘からすれば誰にも声をかけずにただただ情報を取り続ける変なトレーナーだと思われただろう。そもそも注目すらされてなかった可能性大。

 そういうわけで、スマートファルコンが自分のことを初対面だと思うのも十分に納得がいった。

 

 もっとも、こっちはしっかりとスマートファルコンの情報は把握している。

 

「芝のレース1600m。5着、惜しかったな」

 

「う゛っ…」

 

 つぶれたような声を出して、スマートファルコンがため息を出して俯く。

 …正直な話をすれば、彼女が芝のコースを走っていることに思いっきり首を傾げた。

 彼女もまたハルウララと同じで、ダートに適性を持ち、芝を苦手とするウマ娘だ。

 レース展開も想像した通り、芝を走ることによって持ち前のパワーが活かしきれずにバ群に飲まれての5着だった。

 見るものが見れば……その2本の脚にはダートの適正、すさまじい才能の塊が宿っているのがわかるのだが。

 

 

「うーん、ちょっと調子が悪くって…ファル子失敗、てへ☆ けど、次のレースではちゃんと勝ち切って…」

 

「…なぁ、スマートファルコン」

 

 俯いた顔から空元気で笑顔を見せようとするスマートファルコンに、その先に続く言葉を切って声をかける。

 彼女自身、気づいてはいるのだろう。いや、中央に入学できている時点で自覚はあるはずだ。

 自分はダートのほうが早く走れるということを。

 

「ダートの選抜レースに出るつもりはないのか?」

 

「………」

 

 その言葉に、またスマートファルコンはうつむいてしまった。

 重ねる言葉を見つけるより先に、スマートファルコンの口が開く。

 

「…トレーナーさんも、そういうんだね」

 

 そうして、ぽつぽつとスマートファルコンは思いを吐露し始める。

 ダートのほうが走れることを自覚していることを。

 けれど、芝のレースで、大舞台のGⅠで勝つことを諦めきれないことを。

 ウマドルとして…大きなレースで勝つことで、みんなに見てもらいたいことを。

 おおよそ、俺の知っているダートの覇者、砂のハヤブサの言葉とは思えないような……彼女の本心を、聞いた。

 

「そう、か……そうか……」

 

 その想いを聞き遂げて、俺の感情は一言で表せば。

 ()()だ。

 

「…スマートファルコン、君……ダートのレースを見にいったことは?」

 

「えっ、…ええと、映像では見たことあるけど、現地に行ったことは……」

 

「そうか。……まずは一度見に行こう。明後日、時間あるか?」

 

 声に怒りが乗らないように努めて話して、彼女の想いを否定する。

 いや、否定というよりは……知らないことへの怒りだ。

 

 スマートファルコンは、芝のレースのほうが、ダートのレースよりも輝ける場所だと思っている。

 それをすべて否定はしない。今の日本のレースは、芝至上主義といってもいいくらいには、芝のレースが優遇されている。

 だが、それでも…ダートのレースでも本気で走るウマ娘がいる。そこを走ることに魂をかけるウマ娘たちが存在するのだ。

 それを知らないままに、否定の言葉は吐かせない。

 

 たとえ…そう、たとえ最後の目標を芝の有マ記念としていても、ハルウララと走り抜けた3年間はダートが主戦場だった。

 あのころの、熱い想いのぶつけ合いを、誰よりもスマートファルコンにだけは、否定してほしくない。

 だからこの誘いは、いわば俺のわがままだ。

 

「明後日?うん、特に大切な予定とかはないけど……」

 

「明後日、東京レース場でフェブラリーステークスが開かれる。それを一緒に見に行こう」

 

「え、えっ!?」

 

「…嫌か?」

 

「えっ、う、ううん、いやじゃないけど…でも、なんで?」

 

「君は、ダートのレースを一度見るべきだと思ったからだ。君が…誰よりも輝ける世界がどんなところか、知ってほしいんだ」

 

 ダートを走るならば、彼女は日本一…いや世界一を目指すことだってできると俺は信じている。

 そんな彼女が、知らないままで芝にしか希望を見いだせていないなんてことを、許すことはできなかった。

 

「せっかくだしお昼も奢るよ。11時ごろに学園寮に迎えに行くから。よろしくな」

 

「は、はい…って、その、待って!」

 

 約束を取り付けて帰ろうとした俺の背に、スマートファルコンが声をかけて止める。

 

「…トレーナーさん、なんで私にそんなにしてくれるの?今日、初めて会ったばかりの私に」

 

 ついこの間もエイシンフラッシュから聞いたような言葉が、スマートファルコンからも帰ってきた。

 その問いには、シンプルに答えられる。

 もちろんエイシンフラッシュの時と同じように、嘘はつかない。本心の、俺の気持ちで返事をした。

 

「ファン第一号だからな。ファンが推しを推すのは当たり前だろ?君に誰よりも、輝いてほしいだけさ」

 

 夕日を背に振り返りながら、俺の想いを返してやった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 その表情に、思わず息を呑んだ。

 私、スマートファルコンの、初めてのファンになってくれた、新人の変なトレーナー。

 その人が夕日を背にしてこちらに振り返り、君を推すよ、と返事を返す。

 シチュエーションがあまりにも少女漫画チックすぎて、胸がきゅう、と締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「────あっ」

 

 思わず惚けてしまったのだろうか。いつの間にか、件の…立華トレーナーは土手を上り帰路についていた。

 遠くへ、小さくなっていく彼の姿をまた目で追いながら、先ほど受け取った名刺を見る。

 ウマ娘がトレーナーから名刺を受け取る理由はただ一つ、スカウトだ。

 

(……今の、スカウトだったのかな?)

 

 結局、彼と交わした約束は、明後日に一緒にフェブラリーステークスを見に行くという、それだけ。

 実際に専属になるといった言葉を交わしてはいない。

 だが、スカウトする気もないウマ娘にここまで世話を焼いてくれるものなのだろうか?いやない。少なくとも自分の周りの友人間では聞いたことがない。

 ファンだから、と彼は言っていたが、それにしたって行動が急すぎるし…絶対に、それ以外の理由があるはずだ。

 

「…期待して、くれてるのかな、私に」

 

 そう、ダートを走る私に。

 彼も、私が芝で走ること自体は否定して……あれ?否定してたっけ?

 いや、してなかったっけ?えーと、さっきはダートレース見たことあるかって話をされて、一緒に行こうって話をしただけ?

 ……????

 

「…うー!よくわかんない!なんだったの今の!!」

 

 あまり考えることが得意ではない私は、奇妙な出会いと、少しときめいてしまった夕日を照らすトレーナーの顔と、理由がわからない明後日のレース観戦に考えがこんがらがって、しっぽを感情に任せてぶんぶんと振った。

 これでは、改めて歌っていこうという気分にもならない。

 

「帰ろっか…もういい時間だもんね」

 

 高架下に置いた自分の荷物やスマホを片付けて、自分も帰路に就こうとコンクリートで固められた河原に一度しゃがみ込む。

 そうしてバッグを開けようとしたところで。

 

 か細い、小さな鳴き声が耳に入ってきた。

 

「……んー?猫ちゃん?」

 

 猫の鳴き声だ。私の持つ大きめのウマ耳は、その声を聞き逃さなかった。

 この河原はそれなりに野生動物も出没する。狸の目撃証言があるくらいで、都内の河原としては動物たちが過ごしやすいところなのだろう。

 猫ならそれこそ珍しいものではない。どこにいるのかな、とウマ耳をきょろきょろさせて、興味本位で茂みの中に探しに向かう。

 

 そうして探していると、小さい鳴き声の発生源を見つけた。

 小さな段ボールだ。…段ボール?

 

「───み゛ゃ゛ーーー!?!?」

 

 捨て猫が、息も絶え絶えな様子で横たわっているのを見て。

 私は思わずウマドルらしからぬ汚い悲鳴を上げてしまった。

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