「ごめんなさーい、ちょっと遅れちゃった☆」
「お、これで全員揃ったな」
俺は、走ってきたのか軽く息を切らせてチームハウスに入ってきたスマートファルコンに声をかけて迎える。
今日は年始最初のチームミーティングの日。
これから、3人の今年のレースプランを組む予定を立てていた。
「まだ集合時間の2分47秒前です。間に合ってますよ、ファルコンさん」
「気にしなくていいの、あたしもさっき来たばっかり!」
「そう?えへへ、ごめんね…ふー。間に合ってよかった」
ファルコンがソファに座り、改めて3人が揃って自分を見てくる。
俺はオニャンコポンを肩からおろして3人の膝上で遊ばせてやりながら、今後のレース予定を書いたホワイトボードの前に立って、ミーティングを始めることとした。
「じゃ、今年初めのチーム『フェリス』のミーティングをはじめます。今年もよろしくな、3人とも」
「はい。改めてよろしくお願いします。今年こそ、誇りある勝利を」
「はーい!よろしくお願いします、トレーナーさん!」
「今年もいっぱい勝つの!よろしくお願いします!」
元気よく挨拶を交わし、オニャンコポンもニャー、と鳴いて、チーム『フェリス』の今後のレーププランを立てていく。
それぞれ順番にレースの希望を聞いていき、すり合わせる…所だが、その前にまず俺は、3人に先に伝えるべきことを述べた。
「さて…まず、最初にみんなの意向を確認しておきたいことがある。これはクラシックに入ってから相談しようと思ってたんだけどな」
「なんでしょうか?」
「みんなの?」
「何なの?」
「ああ…それは、これから君達がクラシックのレースを駆ける上で、全員がGⅠを取りに行ける実力があり、それを目指していくことになるが……恐らくは、
3人は俺が伝えた内容に、その懸念は既にあったのかそこまでは驚かず、それぞれが顔を合わせて目線でやり取りをし始めた。
この事は、俺が以前にチームをどう運営していくか悩んでいた時期に、一番懸念した点である。
同じレース、例えばGⅠレースでそれぞれが出走を求めた場合にどうするか。
勝ったウマ娘には、負けたウマ娘にはどう対応すればいいか。
しかし、俺は東条先輩、沖野先輩らに心構えを聞いて、既に覚悟はできていた。
彼女たちを信じている。
勝っても、負けても、俺は彼女たちを信じて、そして俺の本心で誠意ある対応をする。そう決めていた。
だが、だからと言って「じゃあGⅠレース被っても気にしないでくれよな」と俺からは言えない。彼女たちの意向も確認して、チーム全体でどうするかを目線合わせしたい。
もし同じGⅠレースに出走したくない子がいれば、もちろんその希望を優先したいとも考えていた。
しばらくの逡巡ののち。
しかし、彼女たちの返答はとてもはっきりとしたもので、俺の想いと同じものだった。
「…もちろん、望むところです。私たちは、仲間であると共に…ライバルなのですから」
「うん、ファル子も一緒。負けたくないし、走りたいって思うな。もっとも、流石にダートで一緒にはならないから、私が攻め込む側になりそうだけど…☆」
「右に同じなの。あたしは走れるレースも多いし、明確に出たい!ってレースもないから…積極的に合わせにはいかないと思うけど。同じレースに出ることになれば、遠慮も容赦もしない」
「………そうか。なら決まりだ。俺は君たちのその答えを尊重する。そして、同じレースに二人以上出ることになっても、それぞれに全力で指導することを誓うよ」
明確に、望むところだ、という答えを示した。
仲間であり、そしてライバルである彼女たち。
沖野先輩の言う通り、彼女らウマ娘は…試したい。自分と相手で、どちらが速いのか試したい。
それがたとえGⅠという大舞台でも、いやだからこそ、彼女たちは競い合い、勝ちたい。
本能に刻まれたものなのだろう。
であれば、それを全力で応援し、支援するのが俺の仕事だろう。
「じゃあ、今日これから決めていくレースプランでも…遠慮せず、自分が出走したいレースを言っていいからな」
「はい。それぞれの意志で決めたレースを走るのが一番、ですからね」
「うん…わかった☆」
「被ればそれはそれで、って感じで行くの」
ホワイトボードに
『同一出走』
『O K』
と記入しながら、では早速、とレースプランを立てるために、一人ずつ声をかけていく。
「じゃあ、まず……一番はっきりとしてそうなフラッシュからかな。フラッシュ、希望を聞かせてもらえるか?」
「はい。……まず、弥生賞。そして皐月賞。日本ダービーを経て、菊花賞。その後はジャパンカップ、有マ記念…ですね」
「うん。そういうと思ってた。俺からも特に反論はないよ」
ほぼほぼ俺の想定と同じ、クラシック3冠を経て中距離、長距離レースのシニア混合の舞台であるJC、有マへの出走。
レースにもいろいろ格式があるが、ド王道の3冠路線であり、何より誇りある勝利を求める彼女であれば、この流れになるだろうなとは思っていた。
くす、とお互いに笑顔になって、フラッシュのレースプランをホワイトボードに記入していく。
「…ああ、ただ一点だけ。菊花賞が長距離で、ジャパンカップまでは一か月とちょっとだ。菊花賞後の脚の負担次第では、ここは相談させてほしい。いいか?」
「はい。脚の負担管理につきましては一任していますし…全力が出せないコンディションで無理に出走はしたくありません。全力で走れる状態でなければ誇りある勝負とはなりませんし、その時はおっしゃってください。私も三冠は是非とも、という気持ちですが、ジャパンカップは今後も走れますから」
一応懸念点である部分を指摘し、そこは柔軟に理解をもらえた。
エイシンフラッシュの脚は頑丈な方ではあるが、長距離レースに出た後はどのウマ娘も相応に脚にダメージが残る。
それが取れるまでに短いスパンでレースに出走させると、故障率がハネ上がるのだ。
これが
基本的に俺は、俺の担当するウマ娘の脚の負担は減らす。出来る限り怪我や故障がなく長く走ってもらいたい。
「菊花賞の前にトライアルレースに出るかどうかは、その時までの勝敗の結果も見てから考えようか。今回組んでるのは1年のプランだしな、またいつでも調整や相談はしていこうな」
「はい。よろしくお願いいたします」
これでフラッシュのレースプランニングは完了した。
さて、次はファルコンかアイネスだが…と二人に目を配るが、ファルコンがその俺の様子を見て口を開く。
「あ、トレーナーさん、ファル子のプランは最後でいいよ?遅れてきちゃったし…、それに相談もあるし…☆」
「ん。そうか?なら…次はアイネス、君のプランを決めようか」
「はいなの!」
ファルコンから、決めるのは最後でよいと意向を頂いたので、次はアイネスの出走プランを考える。
「さて…芝のマイルから中距離、場合によっては短距離も走れる君の場合は、かなり選択肢が多い。一つだけ最初に言うと、もうジュニア期みたいな中2週での出走はよっぽどのことがないとさせたくないっていう俺の希望はあります」
「あはは、あたしも今は余裕が出てきたし…無理な出走は考えてないの。脚に負担かけすぎず、楽しく走れて…あとはそう、大舞台を走れれば!そこで勝つあたしを、家族に見せてあげたいの!」
アイネスフウジンは、既にジュニア期に5つの重賞を勝利したことで、チーム加入のきっかけにもなった家庭の金銭的な事情はほとんど解決していた。
なんなら最優秀ジュニアウマ娘にも選出されている。当然だろう、ジュニア期にGⅠ含めた5つの重賞を勝ち取るウマ娘など、歴史的に見てもいるかどうか。
そういった走る大きな理由が一つ解決したが、その後は家族にこれまで負担や心配をかけていた分、楽しく走る自分の姿を見せてあげたい、という理由が新しく走るモチベーションとなっていた。
「そっか、いい心がけだな。じゃあ…GⅠが始まる4月まではどうする?賞金額的には十分すぎるほどだ。直行でGⅠでも問題はないが」
「んー、一応2月のマイルGⅢのどれかには出ておきたいかな。レース勘をなくしたくはないの。その後の3月ごろのトライアルのGⅡレースはあんまり考えてないの」
「そっか。まぁな…2月3月4月とレースに出ても脚が休まらないし、練習する時間も取れないし。いいんじゃないか?トライアルで勝ち進んできたウマ娘と、GⅠで白黒つけてやろう」
「うん!それで、4月だけど…やっぱり桜花賞かな。多分、あの二人も出てくるし」
2月のGⅢレースであるクイーンカップ、きさらぎ賞、共同通信杯のどれかへの出走、そしてその後は桜花賞。
あの二人とは、サクラノササヤキとマイルイルネルのことだろう。学園生活でも仲良くしているみたいだし、彼女らはライバルとしてお互いに磨きあっている。
それはとてもいいことだと思う。勿論負けるつもりはないが。
俺はその希望をホワイトボードに記載していき、話を続ける。
「桜花賞への出走は全く問題ない、勝ちきれるように練習しよう。…さて、そうなると次のGⅠは5月前半のNHKマイルカップか…トリプルティアラを狙うのなら、5月後半のオークスって感じになるが。どうする?」
「んー…………悩むの!正直、トリプルティアラを必ず!って気はないし。けどチームでクラシック3冠、ティアラ3冠、なんてのも面白そうだし…マイル路線で行ってもよさそうだし…」
「…ふーむ。確かにマイル路線で行くなら、6月の安田記念って選択肢もあるしな。シニア混合だが勝ちきれるくらいにはアイネスの実力はあると思うし。……んー、じゃあこの辺ははっきり決めないで行くか?」
「…それでもいい?」
「ああ。明確に出走したい!ってレースじゃない場合、走っても後悔する可能性もあるしな。まだ考える時間はいっぱいあるし、1年は長いんだ。レースの出走変更は柔軟にやっていこう」
「うん、それでいくの!じゃあ一先ずはトリプルティアラ路線、って感じで予定組んでおいてもらっていい?」
「わかった」
アイネスのレースプランを、仮にトリプルティアラとして、桜花賞、オークス、秋華賞と書いていく。
だが、彼女はかなり広い距離を走れるウマ娘だ。
望めばNHKマイルカップから安田記念、というプランも組めるし、なんならスプリンターズステークスだってそれ用に夏合宿で仕上げれば勝ちきれるだろう。
下手にプランでガッツリ固定して、後でやっぱりあっちのレースに出たかった、なんてことになってもつまらない。
レースの勝敗や、周囲の友人たちとの話の中で…また、出走したいレースが変わるかもしれない。
その時には真摯に相談に乗らせてもらうとして、一先ず仮組のプランを作成する。
「じゃあ、秋以降…秋華賞の後は、エリザベス女王杯、マイルCS、ジャパンカップのどれかって感じになるかな。連続出走するにしてもエリ女からジャパンカップだけど、中2週だからあんま無理はさせたくないな…」
「うん、そこは大丈夫。どれか1つにするの!一先ずはマイルCSかな?ジャパンカップでフラッシュちゃんと走っても楽しそうだけど…まだ出走が決まってないしね」
「おっけ。じゃあプランはこんなところか…気持ちが変わったらいつでも相談してくれていいからな」
アイネスのプランが決定した。
基本はトリプルティアラを狙い、秋口にマイルCS。
しかしいつでも変更可能。柔軟に、出たいレースに出走する。
彼女が望んで別のレースに出ることがあれば、勝ちきれるようにしっかりと指導してやろう。
「…よし、それじゃあ最後にファルコンだが…相談があるって?」
「あ、うん☆……そうだね、トレーナーさんだけじゃなくって、二人にも聞いてもらいたいな。相談というより、悩み事なんだけど…」
「悩み…ですか?ファルコンさん、何かお悩みが?」
「え、ごめん。全然気づけなかったの…!」
年末年始と一緒にいることが多かったこの4人だが、フラッシュとアイネスは、ファルコンが何かしら悩みを抱えていることに気づけなかった。
しかし、ファルコンもまたその悩み自体をはっきりと自覚していたわけではないし、表に出していなかった。二人が気づかなかったのは、むしろファルコンの努力の結果であり、責められるようなことではないだろう。
だが、俺は。
正直なところ、彼女の引っ掛かりについては……気づいていた。
「………阪神ジュベナイルフィリーズ、か?」
アイネスフウジンのヒミツ②
実は、最優秀ジュニアウマ娘に選ばれたことを家族に伝えたら、家族全員大泣きしてしまった。
ちょっと長くなったので分割。
次回、彼女の話が動きます。