実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象。
「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。
「!!……トレーナーさん、気づいてたの?」
「…ああ。……あの時のウイニングライブ、君本来の笑顔じゃなかった…気はしてた。ただ、確証はなくて…俺からも言いだすべきか少し悩んでたんだ。悪かった」
「ううん、いいの!…気づいてくれてただけでも嬉しいし、私も隠してたし。……うん、阪神で、GⅠレースで一着を取った……勝ったんだけどね。私、どこか…心の底で感じてたんだ。
「…ファルコンさん…」
「…ファル子ちゃん…」
「勝ったことは素直に嬉しかったんだよ?子供のころから夢だった、芝のGⅠで勝って…大人数の前で、
「………」
「実は、ついさっきチーム『カサマツ』の先輩たちにも同じ相談してて…ふふ、それでトレーナーさんによく相談してこい!って言われてね。こんな傲慢な悩み、中々言い出せないから…そう、傲慢だって自分でもわかってるんだけどね…」
「……いや、ファルコン。よく相談してくれたよ。悪かったな、俺の方から聞いてやれなくて」
俺はファルコンに近づき、その頭をくしゃり、と撫でてやる。
誰にも相談できない…と、そんな心細い思いをさせてしまったことに、反省する。
ウマ娘との対話に、メンタルケアに…「答えはない」と。「こうすればよかった」と、そう沖野先輩が言っていたのを思い出す。
俺は彼女の僅かな逡巡に気づいてはいて、しかし聞くべきか悩み、こうして彼女に負担をかけてしまっていた。
心から反省するとともに…答えがない、というのはこういうこと、なのだと思う。
俺が今やるべきは、彼女の悩みに真摯に考えて、答えを見つけてやることだ。
「…ファルコン。君が感じたその違和感…納得しきれない思いは、ダートのレースを走っていた時にもあったものなのか?」
「…ううん、ダートで勝った時には何の疑問も違和感もなかったの。OP戦でも、精一杯走れて、気持ちよく勝てた…満足できてた」
「芝のレースだけ、か……ダートレースで勝ちたい、って気持ちはずっとあったもんな」
「うん。けど、芝でも走れるようになりたい、勝ちたい、って思ってたのも事実で…今だって、GⅠをまた走ってみたい、ウマドルとして輝きたい、って気持ちもあるような気がする。トレーナーさんが、せっかく芝も走れるようにしてくれたのに、こんなことで悩んじゃって…」
「いいんだ、ファルコン。俺は、君が納得して気持ちよく走れることが何よりも大切なんだ。……芝のレースに出たくない、って気持ちではないんだな?」
「うん……出たい、かな。やっぱり、芝のレースのほうが、いっぱい観客もいるし…
「……そうか」
俺は片膝をつき、座ったファルコンと目線を合わせて、彼女のその想いをよく聞いて、咀嚼する。
芝のレースにあった憧れ。
ダートレースを走る時の解放感。
彼女の悩みが、どこにあるのか。
そして、彼女の中で、それにどう答えを見つけるのか。
数呼吸だけ間を開けて……俺は、スマートファルコンの眼を見据えて、言った。
「ファルコン。……君の想いを、確かめてみよう」
「…確かめる?」
「ああ。まずな、ファルコン。君はまだクラシックに入ったばかりのウマ娘で…俺たちは、出来たばかりのチームだ。こんな話を俺からするのもなんだけど……俺たちは挑戦してみて、それが失敗しても、失うものはないんだ」
「…!」
「どんなレースに出ても、どんなことをやっても、別に君たちの名誉は損なわれない。俺のトレーナーとしての風評なんかはオニャンコポンにでも食わせりゃいい。そんなのより、ファルコンが
「……」
「そうだな…まず、もう一度、ダートのレースを走ってみよう。そのうえで、芝のGⅠもだ。もう一度試してみれば、はっきりするかもしれない。もしかしたらたまたま阪神でそんな気持ちになっただけで、次は勝ったことを受け入れられるかもしれない。もしくは、ダートを走るのがやっぱりいいな、ってなるかもしれない。まずは、少しずつ自分の本当の気持ちを探してみよう。見つからなければまたいろんな方法を試せばいいんだ」
「…トレーナーさん…」
「───────ファルコン。君のその悩みを俺に分けてくれ。君と一緒に悩んで、そして答えを共に見つけたい」
俺は自分の本心、心からの想いを彼女に伝えた。
正直に言ってしまえば、この悩みにすぐ答えは出ない。彼女だけの持つ、彼女だけの悩みなのだ。
だからこうすれば解決するとは言えないし、思い悩むな、なんて言えない。
ただ、俺に出来ることは、彼女自身が悩みを解決できるように、全力で寄り添い、一緒に悩み、ケアをしてやることだ。
「…トレーナーさん!うん、ありがとう!その言葉で、一緒に悩んでくれるって言ってくれて…私…すごく、気が楽になった」
「そうか?…それならよかった。いつでも、なんでも相談してくれ。悩みでも何でも、だ。俺は君を一人にしたくないんだ」
「うん…私、走ってみる。ダートのレースも…もう一度、芝のレースも。それで、確かめてみる!私の想いを!」
「ああ!俺はそのレースで、勝てるように全力で指導するからな!」
「うん………トレーナーさん、ありがとう……☆」
涙を一筋、ぽろりと零してから。
俺は彼女が、前向きに悩みに向き合えた姿を見て、安堵して笑顔を見せる。
その笑顔に、彼女もまた満面の笑顔を作ってから…俺の胸元に、頭を寄せてきた。
俺はファルコンを優しくもう一度撫でてやってから、彼女が頭を上げなおしたときには、涙も止まり、すっきりとした表情を見せてくれた。
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「もういいですか?」
「流石にはーなのなんだけど?」
「あ、ゴメン…☆」
エイシンフラッシュとアイネスフウジンは、スマートファルコンの悩みを聞いて、立華と同じように彼女のそれに何とかしてあげたいと思っていた。
しかし、残念ながら、二人とも彼女の気持ちが十全に理解できるとは言えない。
何故なら、二人とも芝をメインに走るウマ娘。芝のレースで勝つことが、何よりも達成感を得られるのだから。
ダートを走る足を持ちながら、芝も走れて…しかし、芝の大舞台で勝利してもわだかまりがある、というその複雑な感情を、自分の経験から解読することはできなかった。
だから、二人とも信頼する己のトレーナーに任せた。
彼であれば…そう。ウマ娘の世話を焼かないと生きていけないような、特別な、私たちの、彼であれば。
彼女の悩みにも寄り添い、答えを見つけてくれるだろうと。
かくして、答えそのものは今は見つからなくても、一緒に悩んで、寄り添ってあげて。スマートファルコンが思い悩みすぎるような、そういったことにはならなかった。
これから答えを探していく形で落ち着いて、自分たちも手伝えることがあれば手伝ってあげようと、そう思った。
それはそれとして。
そこまでいちゃつくんじゃねぇ。
「まったく。ファルコンさんの悩みが一先ず落ち着かれたからいいですが…」
「これはもうあたしたちどっちかのGⅠに来たら全力なの。手加減ゼロなの」
「えへへ、へへ…☆」
「まぁまぁ。二人も何か悩みがあったらいつでも相談してほしいよ、俺は。…さて、そんじゃファルコン」
立華は、少し放置してしまった二人の頭も撫でてやってから、ホワイトボードの前に戻る。
そうして、まずは直近で開催されるダートのレースを示す。2月後半に開催されるヒヤシンスステークス、ダート1800mだ。
「まず、これに出走しよう。ファルコンの脚に合った距離だし、4月からのGⅠにも備えられるくらいに期間に余裕がある。久しぶりに、砂の隼として飛び回って来よう」
「うんっ!ファル子、全力で勝ってくるね!」
ダートレースへの出走を一つ入れると、スマートファルコンは満面の笑顔でそれを快諾した。
やはり、ダートのほうが好きなのだろう。それは彼女の事実としてそこに存在している。
理解を深めつつ、立華は続いて先ほど決めたフラッシュとアイネスのレースプラン…その、4月の出走レースと、さらに5月のNHKマイルカップも書いて、ファルコンに問いかけた。
「次に、直近で君が出られる芝のGⅠはこの3つだ。どれにする?さっきも言ったとおり、ファルコンが一番出たい、って思うレースにしよう。二人に遠慮はしなくていいからな」
「いつでも来てください」
「かかってこいなの」
「格ゲーの選択画面みたいなこと言われてる☆!?…うーん、でも、その3つなら……」
スマートファルコンはわずかな逡巡ののち、はっきりと自分の望むレースを口にした。
「───────────皐月賞へ」
「ん。OK。……一応聞いておくけど、選んだ理由は?」
立華はその彼女の希望を優先し、皐月賞の出走欄にスマートファルコンを追加する。
そうして、彼女がそのレースを選んだ理由を確認した。
反対する気持ちは一切ないが、それでもやはり理由は確認しておきたい。出来ることもあるかもしれないからだ。
「えっと…やっぱり、子供のころからクラシック3冠、皐月賞に出たいな、って思ってたのもあるし……ほら、ライブの曲がwinning the soulでしょ?」
「ああ、そうだな。クラシック3冠は全部それだ」
「うん。…
「───────」
立華はスマートファルコンのその言葉に、かつての、出会いの時を思い出す。
夕暮れ時の河川敷、高架下で歌っていた彼女と出会って、そこで初めて歌ってくれた曲…それが、winning the soulであったことは、彼も覚えていた。
皐月賞を走る理由に、自分という存在が入っていることに僅かに照れたか、照れ隠しに鼻の下を指で擦りつつ、立華勝人は応える。
「ちょっとドキっとした。ファン一号の特権かな…これは」
「ふふっ☆ファン一号さんのために、私頑張っちゃうからね!」
「おや、私の存在を忘れていませんか?ファルコンさんにはセンターでは歌わせませんよ?」
また二人の空間を作りそうになっていたところ、エイシンフラッシュのカットインが入る。
もちろん、彼女としてもスマートファルコンと戦えることについては何の反対もない。
同室であり、親友である彼女らだが、しかしライバルであることもまた事実として存在する。
むしろ、このチームに入るまで…立華の元に着くまでは、走るレースが異なり、実際に共に走れることはないだろうと思っていた。
そんな二人がこうして今、GⅠの大舞台で雌雄を決することができるのだ。
高揚感を隠し切れない。エイシンフラッシュもまた、笑顔というには随分と好戦的なその表情を見せて、スマートファルコンを見た。
それを見返すスマートファルコンも同じだ。
戦いたい。
戦って、勝ちたい。
強い熱が、想いが、二人の間に奔っていた。
「うんっ!フラッシュさんも、手加減抜きで全力で来てね!!私、負けないよ!」
「ええ、負けませんよ」
彼女の夢は知っている。
まけないよー!負けませんよ、と笑顔で言い合ったこともある。
(……?)
エイシンフラッシュは、不意にわずかな既視感を覚えて、しかしすぐに霧散した。
既視感は珍しいことではない。特に気にせず、改めてスマートファルコンと笑いあって、戦意を高揚させあっていた。
「よし。それじゃあレースプランについては今日はこんなもんかな。ファルコンは一度芝のGⅠを走ってみてからまた考えていこうな」
「うんっ!」
立華は、そこまでのプランでスマートファルコンの出走予定を組むのを一度止めた。
彼女の悩み、それが解決すればその後のレースプランが大きく変更になるかもしれないからだ。
芝を走ることにためらいがなくなれば、クラシック戦線に殴りこんでいくかもしれないし、ダートを望めば今度はダート戦線、ダートのGⅠもすぐそこである。
彼女がどんな道を選んだとしても、十全に対応できるようにしておこうと考えた。
「さて…みんなに言った通り、クラシックは出られるレースも、出走するライバルも変わる。出たいレースとかで相談があれば、フラッシュもアイネスも、いつでも相談してくれ。今年もみんなで頑張っていこう!」
「はい。みなさんで、頑張っていきましょう!」
「うん!ファル子も、この悩みの答えを見つけるために…そして勝つために!頑張るぞー!」
「チーム『フェリス』旋風を今年も巻き起こしてやるの!」
おー、と4人と一匹で気合を入れて。
チーム『フェリス』のクラシックの一年が、始まろうとしていた。
エイシンフラッシュのヒミツ②
実は、
【スキル解明】
エイシンフラッシュ
シックスセンス(■■■)→シックスセンス(既視感)