【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

45 / 196
【Déjà-vu】:既視感 デジャヴ
実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象。
「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。


45 Déjà-vu

 

 

 

 

 

 

「!!……トレーナーさん、気づいてたの?」

 

「…ああ。……あの時のウイニングライブ、君本来の笑顔じゃなかった…気はしてた。ただ、確証はなくて…俺からも言いだすべきか少し悩んでたんだ。悪かった」

 

「ううん、いいの!…気づいてくれてただけでも嬉しいし、私も隠してたし。……うん、阪神で、GⅠレースで一着を取った……勝ったんだけどね。私、どこか…心の底で感じてたんだ。()()()()()()()()()()()()()…って」

 

「…ファルコンさん…」

 

「…ファル子ちゃん…」

 

「勝ったことは素直に嬉しかったんだよ?子供のころから夢だった、芝のGⅠで勝って…大人数の前で、()()()()として踊れて、みんなが祝福してくれた。それが嬉しかったのは本当。けれど……それだけじゃないの。もやもやが残って……それで、これからのレース、どうしようかな…って、思ってたの」

 

「………」

 

「実は、ついさっきチーム『カサマツ』の先輩たちにも同じ相談してて…ふふ、それでトレーナーさんによく相談してこい!って言われてね。こんな傲慢な悩み、中々言い出せないから…そう、傲慢だって自分でもわかってるんだけどね…」

 

「……いや、ファルコン。よく相談してくれたよ。悪かったな、俺の方から聞いてやれなくて」

 

 俺はファルコンに近づき、その頭をくしゃり、と撫でてやる。

 誰にも相談できない…と、そんな心細い思いをさせてしまったことに、反省する。

 ウマ娘との対話に、メンタルケアに…「答えはない」と。「こうすればよかった」と、そう沖野先輩が言っていたのを思い出す。

 俺は彼女の僅かな逡巡に気づいてはいて、しかし聞くべきか悩み、こうして彼女に負担をかけてしまっていた。

 心から反省するとともに…答えがない、というのはこういうこと、なのだと思う。

 俺が今やるべきは、彼女の悩みに真摯に考えて、答えを見つけてやることだ。

 

「…ファルコン。君が感じたその違和感…納得しきれない思いは、ダートのレースを走っていた時にもあったものなのか?」

 

「…ううん、ダートで勝った時には何の疑問も違和感もなかったの。OP戦でも、精一杯走れて、気持ちよく勝てた…満足できてた」

 

「芝のレースだけ、か……ダートレースで勝ちたい、って気持ちはずっとあったもんな」

 

「うん。けど、芝でも走れるようになりたい、勝ちたい、って思ってたのも事実で…今だって、GⅠをまた走ってみたい、ウマドルとして輝きたい、って気持ちもあるような気がする。トレーナーさんが、せっかく芝も走れるようにしてくれたのに、こんなことで悩んじゃって…」

 

「いいんだ、ファルコン。俺は、君が納得して気持ちよく走れることが何よりも大切なんだ。……芝のレースに出たくない、って気持ちではないんだな?」

 

「うん……出たい、かな。やっぱり、芝のレースのほうが、いっぱい観客もいるし…()()()()()()()()、よりキラキラ輝けると思うし…」

 

「……そうか」

 

 俺は片膝をつき、座ったファルコンと目線を合わせて、彼女のその想いをよく聞いて、咀嚼する。

 芝のレースにあった憧れ。

 ダートレースを走る時の解放感。

 ()()()()として輝ける芝のGⅠ。

 ()()()として駆け抜けるダートレース。

 

 彼女の悩みが、どこにあるのか。

 そして、彼女の中で、それにどう答えを見つけるのか。

 

 数呼吸だけ間を開けて……俺は、スマートファルコンの眼を見据えて、言った。

 

「ファルコン。……君の想いを、確かめてみよう」

 

「…確かめる?」

 

「ああ。まずな、ファルコン。君はまだクラシックに入ったばかりのウマ娘で…俺たちは、出来たばかりのチームだ。こんな話を俺からするのもなんだけど……俺たちは挑戦してみて、それが失敗しても、失うものはないんだ」

 

「…!」

 

「どんなレースに出ても、どんなことをやっても、別に君たちの名誉は損なわれない。俺のトレーナーとしての風評なんかはオニャンコポンにでも食わせりゃいい。そんなのより、ファルコンが()()()()()()()()()()()()()方が大切だ。だから試そう、色々」

 

「……」

 

「そうだな…まず、もう一度、ダートのレースを走ってみよう。そのうえで、芝のGⅠもだ。もう一度試してみれば、はっきりするかもしれない。もしかしたらたまたま阪神でそんな気持ちになっただけで、次は勝ったことを受け入れられるかもしれない。もしくは、ダートを走るのがやっぱりいいな、ってなるかもしれない。まずは、少しずつ自分の本当の気持ちを探してみよう。見つからなければまたいろんな方法を試せばいいんだ」

 

「…トレーナーさん…」

 

「───────ファルコン。君のその悩みを俺に分けてくれ。君と一緒に悩んで、そして答えを共に見つけたい」

 

 俺は自分の本心、心からの想いを彼女に伝えた。

 正直に言ってしまえば、この悩みにすぐ答えは出ない。彼女だけの持つ、彼女だけの悩みなのだ。

 だからこうすれば解決するとは言えないし、思い悩むな、なんて言えない。

 ただ、俺に出来ることは、彼女自身が悩みを解決できるように、全力で寄り添い、一緒に悩み、ケアをしてやることだ。

 

「…トレーナーさん!うん、ありがとう!その言葉で、一緒に悩んでくれるって言ってくれて…私…すごく、気が楽になった」

 

「そうか?…それならよかった。いつでも、なんでも相談してくれ。悩みでも何でも、だ。俺は君を一人にしたくないんだ」

 

「うん…私、走ってみる。ダートのレースも…もう一度、芝のレースも。それで、確かめてみる!私の想いを!」

 

「ああ!俺はそのレースで、勝てるように全力で指導するからな!」

 

「うん………トレーナーさん、ありがとう……☆」

 

 涙を一筋、ぽろりと零してから。

 俺は彼女が、前向きに悩みに向き合えた姿を見て、安堵して笑顔を見せる。

 その笑顔に、彼女もまた満面の笑顔を作ってから…俺の胸元に、頭を寄せてきた。

 俺はファルコンを優しくもう一度撫でてやってから、彼女が頭を上げなおしたときには、涙も止まり、すっきりとした表情を見せてくれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

「もういいですか?」

 

「流石にはーなのなんだけど?」

 

「あ、ゴメン…☆」

 

 エイシンフラッシュとアイネスフウジンは、スマートファルコンの悩みを聞いて、立華と同じように彼女のそれに何とかしてあげたいと思っていた。

 しかし、残念ながら、二人とも彼女の気持ちが十全に理解できるとは言えない。

 何故なら、二人とも芝をメインに走るウマ娘。芝のレースで勝つことが、何よりも達成感を得られるのだから。

 ダートを走る足を持ちながら、芝も走れて…しかし、芝の大舞台で勝利してもわだかまりがある、というその複雑な感情を、自分の経験から解読することはできなかった。

 

 だから、二人とも信頼する己のトレーナーに任せた。

 彼であれば…そう。ウマ娘の世話を焼かないと生きていけないような、特別な、私たちの、彼であれば。

 彼女の悩みにも寄り添い、答えを見つけてくれるだろうと。

 

 かくして、答えそのものは今は見つからなくても、一緒に悩んで、寄り添ってあげて。スマートファルコンが思い悩みすぎるような、そういったことにはならなかった。

 これから答えを探していく形で落ち着いて、自分たちも手伝えることがあれば手伝ってあげようと、そう思った。

 

 それはそれとして。

 そこまでいちゃつくんじゃねぇ。

 

「まったく。ファルコンさんの悩みが一先ず落ち着かれたからいいですが…」

 

「これはもうあたしたちどっちかのGⅠに来たら全力なの。手加減ゼロなの」

 

「えへへ、へへ…☆」

 

「まぁまぁ。二人も何か悩みがあったらいつでも相談してほしいよ、俺は。…さて、そんじゃファルコン」

 

 立華は、少し放置してしまった二人の頭も撫でてやってから、ホワイトボードの前に戻る。

 そうして、まずは直近で開催されるダートのレースを示す。2月後半に開催されるヒヤシンスステークス、ダート1800mだ。

 

「まず、これに出走しよう。ファルコンの脚に合った距離だし、4月からのGⅠにも備えられるくらいに期間に余裕がある。久しぶりに、砂の隼として飛び回って来よう」

 

「うんっ!ファル子、全力で勝ってくるね!」

 

 ダートレースへの出走を一つ入れると、スマートファルコンは満面の笑顔でそれを快諾した。

 やはり、ダートのほうが好きなのだろう。それは彼女の事実としてそこに存在している。

 理解を深めつつ、立華は続いて先ほど決めたフラッシュとアイネスのレースプラン…その、4月の出走レースと、さらに5月のNHKマイルカップも書いて、ファルコンに問いかけた。

 

「次に、直近で君が出られる芝のGⅠはこの3つだ。どれにする?さっきも言ったとおり、ファルコンが一番出たい、って思うレースにしよう。二人に遠慮はしなくていいからな」

 

「いつでも来てください」

 

「かかってこいなの」

 

「格ゲーの選択画面みたいなこと言われてる☆!?…うーん、でも、その3つなら……」

 

 スマートファルコンはわずかな逡巡ののち、はっきりと自分の望むレースを口にした。

 

「───────────皐月賞へ」

 

「ん。OK。……一応聞いておくけど、選んだ理由は?」

 

 立華はその彼女の希望を優先し、皐月賞の出走欄にスマートファルコンを追加する。

 そうして、彼女がそのレースを選んだ理由を確認した。

 反対する気持ちは一切ないが、それでもやはり理由は確認しておきたい。出来ることもあるかもしれないからだ。

 

「えっと…やっぱり、子供のころからクラシック3冠、皐月賞に出たいな、って思ってたのもあるし……ほら、ライブの曲がwinning the soulでしょ?」

 

「ああ、そうだな。クラシック3冠は全部それだ」

 

「うん。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからかな…また、あの曲を、今度はウイニングライブで歌いたい。…もちろん、センターで。ファン一号さんの為に」

 

「───────」

 

 立華はスマートファルコンのその言葉に、かつての、出会いの時を思い出す。

 夕暮れ時の河川敷、高架下で歌っていた彼女と出会って、そこで初めて歌ってくれた曲…それが、winning the soulであったことは、彼も覚えていた。

 皐月賞を走る理由に、自分という存在が入っていることに僅かに照れたか、照れ隠しに鼻の下を指で擦りつつ、立華勝人は応える。

 

「ちょっとドキっとした。ファン一号の特権かな…これは」

 

「ふふっ☆ファン一号さんのために、私頑張っちゃうからね!」

 

「おや、私の存在を忘れていませんか?ファルコンさんにはセンターでは歌わせませんよ?」

 

 また二人の空間を作りそうになっていたところ、エイシンフラッシュのカットインが入る。

 もちろん、彼女としてもスマートファルコンと戦えることについては何の反対もない。

 同室であり、親友である彼女らだが、しかしライバルであることもまた事実として存在する。

 むしろ、このチームに入るまで…立華の元に着くまでは、走るレースが異なり、実際に共に走れることはないだろうと思っていた。

 

 そんな二人がこうして今、GⅠの大舞台で雌雄を決することができるのだ。

 高揚感を隠し切れない。エイシンフラッシュもまた、笑顔というには随分と好戦的なその表情を見せて、スマートファルコンを見た。

 それを見返すスマートファルコンも同じだ。

 戦いたい。

 戦って、勝ちたい。

 強い熱が、想いが、二人の間に奔っていた。

 

「うんっ!フラッシュさんも、手加減抜きで全力で来てね!!私、負けないよ!」

 

「ええ、負けませんよ」

 

 

 

 彼女の夢は知っている。

 

 まけないよー!負けませんよ、と笑顔で言い合ったこともある。

 

 

 

(……?)

 

 エイシンフラッシュは、不意にわずかな既視感を覚えて、しかしすぐに霧散した。

 既視感は珍しいことではない。特に気にせず、改めてスマートファルコンと笑いあって、戦意を高揚させあっていた。

 

「よし。それじゃあレースプランについては今日はこんなもんかな。ファルコンは一度芝のGⅠを走ってみてからまた考えていこうな」

 

「うんっ!」

 

 立華は、そこまでのプランでスマートファルコンの出走予定を組むのを一度止めた。

 彼女の悩み、それが解決すればその後のレースプランが大きく変更になるかもしれないからだ。

 芝を走ることにためらいがなくなれば、クラシック戦線に殴りこんでいくかもしれないし、ダートを望めば今度はダート戦線、ダートのGⅠもすぐそこである。

 彼女がどんな道を選んだとしても、十全に対応できるようにしておこうと考えた。

 

「さて…みんなに言った通り、クラシックは出られるレースも、出走するライバルも変わる。出たいレースとかで相談があれば、フラッシュもアイネスも、いつでも相談してくれ。今年もみんなで頑張っていこう!」

 

「はい。みなさんで、頑張っていきましょう!」

 

「うん!ファル子も、この悩みの答えを見つけるために…そして勝つために!頑張るぞー!」

 

「チーム『フェリス』旋風を今年も巻き起こしてやるの!」

 

 おー、と4人と一匹で気合を入れて。

 チーム『フェリス』のクラシックの一年が、始まろうとしていた。




エイシンフラッシュのヒミツ②
実は、()()()()で敗北してから、妙に既視感を覚える回数が増えた。



【スキル解明】
エイシンフラッシュ
シックスセンス(■■■)→シックスセンス(既視感)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。