(ダービー)オニャンコポン単勝に諭吉が2人!来るぞ遊馬!
「ふわぁ……」
俺は大きな欠伸を一つ零しながら、自分のベッドから起きる。
今日は2月の14日。いわゆるバレンタインデーというやつだ。
先月、1月に我がチーム『フェリス』の出走プランを組んでから、彼女たちは更なる力をつけるべく、練習に勤しんでいる。
つい昨日にはフェリスにとって今年初めてのレースであるきさらぎ賞にアイネスフウジンが出走し、見事に1位をもぎ取ってきた。
同じレースには彼女のライバルであるサクラノササヤキが出走していたが、まだアイネスには及ばず、4バ身差の2着となっていた。
俺はその様子を観客席からオニャンコポンと、そして彼女の双子の妹であるスーちゃん、ルーちゃんと共に見届けた。
二人は姉であるアイネスが走るレースを現地で見たくて、二人で頑張ってレース場まで来たという話だ。もちろんまだ子供のため、俺が監督役として二人についてやっていた。
二人に応援されてさらにやる気を上げたのか、この日のアイネスはレースレコードを2秒弱更新するというとんでもない離れ業をやってのけた。
スーちゃんもルーちゃんもまだまだ幼く、観戦中もずいぶんとオニャンコポンが引っ張りまわされていたが、子供だしやむを得ないだろう。俺はそのままオニャンコポンを供物として捧げ続けた。
その日の夜にオニャンコポンから執拗に猫パンチを受けてしまったがそれはどうでもいい話。
ふと思うのは、アイネスの現在のライバルであるサクラノササヤキとマイルイルネルのことだ。
彼女たちは少しずつだが、徐々に強くなっていっている。
サクラノササヤキなどは、昨日のきさらぎ賞でアイネスに敗れはしたものの、それでもレースレコードは彼女も更新している。アイネスがいなければぶっちぎりの1位だった。
これまでのループでもいい脚は見せていたが、ここまで早期に輝きを見せだすのは少し珍しい。よほど南坂先輩の指導がいいのか、それともアイネスとのライバル心が彼女たちの成長を促しているのか…わからないが、今後も同じレースに出れば油断はできない相手だ。
桜花賞に向けて、これからアイネスをしっかり鍛えていこう。
…なんて、寝起きに考えてしまうのだから、俺も骨の髄までトレーナーである。
苦笑を零しながらベッドから出て、朝の身支度などを整え、いつも通りオニャンコポンを肩に乗せて出勤する。
今日はバレンタインデーだ。何が起きてもおかしくない。
「……懐かしいな…」
誰にも聞かれぬつぶやきを零す。
バレンタインデーというイベントはもう数えきれないくらい経験はしている。
その度に、担当するウマ娘や、もしくはそれぞれの世界線で親しくしていたウマ娘からチョコなどをもらえたりしていて、そのこと自体は本当に嬉しいものである。
しかし、なにせトレセン学園は女子高である。
青春真っ盛りの彼女らがこのイベントで盛り上がらないはずはなく、その中でどんな事件が起きても不思議ではないのだ。
かつてゴルシと廻った世界線では木炭チョコをもらって腹を壊したし、オグリと廻った世界線では大量すぎるチョコで血糖値がヤバくなったし、クレイジーインラブと廻った世界線では貞操を失いかけた。
想いを受け取るというそれ自体は心から嬉しいのだが、それはそれとしてどんなことが起きるかわからないので行き当たりばったりで何とかしよう、と改めて心に構えて俺はトレセン学園を目指すのだった。
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「おはよー猫トレさん!これ、バレンタインチョコです!」
「あ、立華トレーナーだ!おはようございます!これ義理チョコね!」
「おー、オニャンコポン今日も可愛いー!あ、猫ちゃんだからチョコは食べないかな?それじゃ猫トレさんにこれ、はい!」
「あ、あのっ!これ、受け取ってくださいっ!手作りです!!」
おかしい。
登校中だというのに、すれ違うウマ娘達から既に50は軽く超えそうなほどのチョコを受け取っている。
「ああ、ありがとうストレートバレット。大切に頂くよ」
俺はそれぞれ、チョコをくれるウマ娘達の名前を呼びながらチョコを受け取る。
名前を呼ばれた彼女らは一様にして笑顔を見せながら、オニャンコポンを撫でて去ってくのだが。
それにしたって多い。チョコの数が多い。
おかしい。
これまでの世界線でも、まぁ、それなりにもらえてはいたのだが…今回のように大量にもらえたことはなかった。
「……どうした…?何が起きている…?」
受け取ったウマ娘全員の名前は当然スマホにメモしてあるが、今年のお返しはなかなかにハードになりそうだ。
俺は途中で出会ったゴルシに大袋をもらい、その中に大量のチョコを入れて、まるで季節外れのサンタのような様相でようやくトレセン学園の校門までたどり着いた。
そこにはまた、見知った顔のウマ娘がいた。去年の暮、スマートファルコンと阪神で鎬を削った相手で、アイネスフウジンの同室の子だ。
「あ、おはようございます立華トレーナー!…あはは、既にすごいですね。流石」
「はは…おはよう、ライアン。そっちだってモテるだろう、ずいぶんと貰えるんじゃないのかい?」
「教室で貰うようにはなると思いますが…流石に登校中にここまでにはなりませんよ。みんな渡すチャンス狙ってるんだなぁ…」
お互いに苦笑を零す。
メジロライアンはショートの髪型や本人のさわやかな性格も相まって、女子から人気を集めるウマ娘だ。
彼女がこれまでの世界線でバレンタインで数多くのチョコをもらっていることを俺は把握していた。
「まぁ、気持ちですからね、貰ったら嬉しいですよ。…で、私からも一つ追加していいですか?気持ちで」
「おや、君もくれるのかい?素直に嬉しいよ、ありがとう」
「ふふ、チーム『フェリス』のみんなにはお世話になってますからね!でも、レースでは今度こそ負けませんよ!それでは!」
メジロライアンからも小ぶりなチョコを頂いて、俺は笑顔で礼を返す。
小さいサイズなのは、大量に貰う事の苦労を察してのことだろう。気遣いができる子だ。
ふむ。お返しは何がいいだろうか…と思ったが、正直これだけの人数に一人一人何か選んでたらそれだけで3日くらい使いそうだ。リアルで。
普段から本当にお世話になっている方以外には高級なクッキーとかで許してもらおうか…。
「おんやぁ~?猫トレさん、モッテモテですねぇ~?流石というところですかねぇ」
「ん、おはようセイウンスカイ。どうだろうね、みんなオニャンコポン目当てじゃないかな?」
「それは謙遜が過ぎませんか~?あ、これ私からです、いつもオニャンコポンと昼寝させてもらってるので」
「ん…ああ、これはちゅ~るか。いや、こういうのも嬉しいね、チョコだけだとオニャンコポンにあげられないし。ありがとう」
「いえいえ~、これからも一緒にお昼寝しようね~オニャンコポン。それでは~」
風のようにふらりと現れ、オニャンコポン用のちゅ~るをくれて、そのままセイウンスカイは風のようにふらりと行ってしまった。
彼女と駆けた3年間にも思ったが、本当に気紛れな猫のような子である。今ならオニャンコポンを飼っているので、猫っぽい彼女の気持ちも前以上に理解できるようになったのだろうか。
それでも、チョコではなくちゅ~るを選んでくれているところに、彼女のやさしさを改めて感じた。この学園は気遣いのできる子が多いな。
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俺はその後、午前中の授業に向かうウマ娘達とは離れてチームハウスのほうへ向かっていった。
生徒が授業を受けている間は基本的にはウマ娘達と接する機会はない。
あるとすれば、サボリ組の子たちくらいだろう。少し落ち着く時間になる。
…今のうちにコーヒーを淹れておくか。絶対今日は苦いものが飲みたくなる。
そう思い立ってコーヒーメーカーでコーヒーを淹れていると、窓の外からこんこん、とノックがされた。
おや。誰だろう。サボリ組の誰かだろうか?
「どうぞ。カギは開いてるよ」
「おー!!メリークリスマース!!」
窓を開けて入ってきたのはサンタ服を着たゴルシだった。
どうして。
「やぁゴルシ、授業はサボリかい?随分と素敵な洋服だね」
「おー!このチームハウス煙突がねぇからよー、ゴルシちゃんとしては地味な登場になっちまってちっと不完全燃焼だぜ!!」
「君にひとかけらの理性が残ってくれていてよかったよ」
このチームハウスは学園から受け賜わっている建物であり、管理責任は当然チームのトレーナーに帰属する。
もし彼女がいつか共に走った3年間でやったように、壁をぶっ壊して登場などしたら俺は泣くし修理に時間はかかる。彼女が冷静でよかったな、と心底思った。
「どうしたんだい?サンタクロースの正体がゴルシだと知って随分自分は驚いているけれど」
「はっはっは、バレちまったら仕方ねぇな…!!今日はいい子にしてた猫トレにプレゼントだぜぇーー!!」
そう言いながらゴルシがプレゼント袋から取り出したのは、お菓子の詰め合わせ袋だった。
ああ、バレンタインのプレゼントを渡すために来てくれたのか…と思い至りつつ、詰め合わせは少し珍しいな、とも思う。
いや彼女が常識に縛られないウマ娘であることは重々承知なのだが、それでも普通バレンタインのチョコは1つが基本だ。こうしてまともな品が出てきたことも驚きに拍車をかける。
そうしてプレゼントを受け取りながら憮然とした顔をしていたのだろう、俺にゴルシが解説してくれる。
「いやよ、うちのチームも併走だったりこないだの年始だったりと、猫トレに結構世話になってんだろ?」
「お世話になっているのはこちらも同じだけどね」
「いんだよ細けぇことはよー!んで、だ。うちのチームメンバーで猫トレに何か買って贈ろうぜ、って話になったワケ。なんでその詰め合わせはスピカのウマ娘みんなで選んで買ったものだから、そういうことな!!」
「ああ…なるほど、詰め合わせなのはそういう事か。なるほど納得。嬉しいよ、ありがとう。喜んでいたってスピカのみんなにも伝えてくれるか?」
「おうよー!!そんじゃその様子をみんなに伝えるためにウマホで写真撮らせてくれよー!」
「もちろん。嬉しくて自然と笑顔も零れるしね。それじゃあチョコを抱えながら…なんならオニャンコポンも入れて今日のオニャンコポンにしようか?」
「あっはっは!!────────ふざけんな炎上するだろうが」
急に真顔になったゴルシに止められた。
なぜだろう。俺が入っている写真はSSRとか価値をつけられていて謎の好評を得ているというのに。
「あのなー猫トレ。今、このチームハウスには何がある?」
「何が…って、君達ウマ娘から貰った大量のチョコが、机の上やソファとかに所狭しと置かれてるね。置く場所がなかったから」
「それだよ。炎上するに決まってんだろーが!」
「え、そう?みんなから貰えたのが嬉しくて、ありがとうって気持ちを込めて写真撮ろうかなと思ってたんだけど」
「このクソボケがーーーーーーーーッ!!」
ゴルシから急に繰り出されたドロップキックを食らってしまい俺は困惑した。
過去の世界線で食らい慣れていることもありスタイリッシュにノーダメージで立ち上がったが、それで炎上する理由が全く分からない。
「いいかぁ?今日は大人しくオニャンコポンだけの写真にしとけ。猫トレが写るのもNGだからな!」
「そう…ああ、せめてセイウンスカイから貰ったちゅ~ると一緒に「生徒からのプレゼント」って書いて投稿するのは?」
「そんくれーなら許す…っていうかそれが限度。いいか、アタシも今日のオニャンコポン楽しみにしてるんだからそこでやめとけ。な?」
そう言われてしょうがなく今日のオニャンコポンをちゅ~ると一緒に撮影する。ゴルシにはスピカあての笑顔の写真を撮ってもらったりしながら、俺の午前中は終わりを迎えた。
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さて、お昼になりカフェテリアに向かう。
なぜか「持ってけ。いいから。絶対使うから」と言われてゴルシにまたもらったサンタの大袋を隣の椅子に置きながら、俺は今日の昼食をとる。
この後チョコを食べる予定もあるため、少ない量で栄養価を十分にとれるメニューを選んで、カフェの隅の方の席についてお昼を食べ始めようとしたところで、いつの間にかウマ娘がじり…じり…と周囲を囲い始めているのが見えた。
何だろう。素直に怖い。
「あ、あのっ!猫トレさん!!これ、バレンタインチョコです!」
「猫トレさん、今度またオニャンコポンモフらせてね!これ、義理ね!」
「また併走誘ってくださいねー、これー、チョコですー」
「チームフェリス、応援してます。食べきれなければ無理しなくていいですからねー」
俺はそれぞれにお礼を伝えながら、なるほどこれを見越して袋を準備してくれていたのであろうゴルシに脳内で感謝しつつ、みんなから貰ったチョコを袋に入れていく。
ふむ。プレゼントをくれたウマ娘の名前をメモしていたメモ帳がこのお昼で200行を超えたな。
どうすべ。
「…あー、やっぱりこうなってたか。大変ですね、立華トレーナー」
「競争率高すぎるよねやっぱり…!!立華トレーナー、お疲れ様です!!この間はアイネス先輩にお世話になりました!!!!」
そうして続いてやってきたウマ娘は、この世界線でも特に見覚えのある二人だった。
アイネスフウジンのライバルであり、チーム単位でも、個人間でもそれなりに親しい仲になった、サクラノササヤキとマイルイルネルである。
「やぁ、二人とも。ササヤキはこの間のレースではお疲れ様。いい勝負だったよ」
「むー、それでもスピードで先輩についていけてないんだから悔しいですよ!次は勝ちますからね!!」
「ああ、楽しみにしてるよ…負けないけどね。…それで、二人もプレゼントくれるのかな?」
「ええ、お世話になっていますからね。練習が始まった後だと渡せませんし」
「ライバルのトレーナーとは言え、気持ちは籠ってますからね!!二人で選んだものです!!」
どうぞ!!!と大音量が耳に響きながら二人から受け取ったそれは、どうやらチョコレートではない。
何だろう、と思って中身を見れば、どうやら茶葉のようだ。しかも一般的な茶葉ではない、胃腸に優しいと書かれた蕎麦茶。
「おお。これは意外なプレゼント。…もしかして気遣ってもらった?」
「立華トレーナー、絶対チョコ大量に貰うと思ってましたからね…普通にチョコを渡すよりも、こういうのが喜ばれるかと思って」
「私はチョコのほうがいいって言ったんですけどね!でも、この量を見ると正解だったかも…?」
「いやいや、その気遣いは本当に嬉しいよ。間違いなく数日は胃にもたれる生活を送るだろうから。ありがとう、ササヤキ、イルネル」
「っ…喜んでもらえたならよかったです。これからもよろしくお願いしますね、立華トレーナー」
「ヒョエッ…はい!お返しは期待してますからね!!」
笑顔で礼を返すと、二人は若干顔を赤らめながら去って行ってしまった。
どうしてだろう。このプレゼントが他と違って恥ずかしいとか思っているのだろうか。心遣いがこれほどありがたいと思ったことはないのに。
このプレゼントにはしっかりとお返しをしようと心に誓いつつ、袋にちゃんとしまっておく。
その後も随分と長いウマ娘の列を捌き終えて、俺はかなり長くなってしまった昼食をとり終えて、午後の練習のためにチームハウスへ戻る。
ただ、その前に1か所立ち寄るところがあるため、そちらに足を向けた。
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俺が向かった先は、チーム『リギル』のチームハウスである。
今日は東条先輩とアプリの件で軽い打合せがあった。
去年相談させてもらってからずいぶんと親しくさせていただき、今日はアプリの件で、使用感や今後のリリース予定の相談である。
また、練習でもリギルと併走させていただいたりなど、大変お世話になっている。
「失礼します。フェリスの立華です」
「どうぞ」
チームハウスの扉をノックすると、中から東条先輩の声が返ってきた。
俺は扉を開き部屋に入る。中には、東条先輩の他、ルドルフとタイキシャトル、そしてフジキセキがジャージに着替えて練習の準備を始めているところだった。
「お疲れ様です、東条先輩。今日は時間取ってもらってすみません」
「気にしないで頂戴。こちらにも有意義な時間なのだから」
「恐縮です。…ルドルフ、タイキ、フジキセキもこんにちは。今日は君たちが練習かい?」
「ああ。この後他にも何人か来るがね。こんにちは、立華トレーナー」
「ハーイ、タチバナー!!オニャンコポンも元気そうですネー!!」
「やぁ、立華トレーナー。すごいらしいじゃないか、今日は。噂になってるよ、サンタみたいに袋を抱えていたと」
東条先輩、そしてウマ娘達とも挨拶を交わして、今日のことをフジキセキから指摘される。
俺は肩を竦めつつ、原因がさっぱりわからない今日のラッシュについてちょうどいいやと聞いてみることにした。
「そうなんだよ、まさかこんなにもらえるとは思って無くて。…もしかして生徒たちの間で、俺に渡しまくろうみたいな悪戯とか仕掛けてない?」
「ははは。立華トレーナー、君は周りのウマ娘のことを本当によく見ているのに、自分のことは全っっっっ然!わかっていないんだな!」
ルナちゃんが異様に強調して俺のこと叱ってくる。なんで。
「そうですネー、どんな相談にも親身に乗ってくれるタチバナがウマ娘達からどんなふうに見られているか、ジメーのリーチですネー」
「君は一度鏡を見るべきだと思うね…いや、それでも自覚がないから君は君なのだろうけれど」
「…どうしてこの学園の男トレーナーって言うのは、こう…」
タイキとフジキセキからもダメ押しを食らい、さらに東条先輩からもため息をつかれてしまった。
なんで。俺が何をしたというのだ。
ただ俺はオニャンコポンを肩に乗せながら、ウマ娘が困っていたら相談に乗っていただけだというのに。
「…はぁ。でも、立華トレーナー。お世話になっている私達からも一応準備しているわ。…貰いすぎて困っていれば、遠慮するけど」
「え、準備していただいてたんですか!?いえいえとんでもない、どんなに貰っても気持ちの籠ったプレゼントは嬉しいです!ありがたく受け取ります!」
「…ほら。絶対こういうって言っただろう、彼は」
「OH…タチバナ、流石デス…」
「うん。クソボケというやつだね」
俺は東条先輩から代表して渡される、高級なお菓子の詰め合わせを受け取って恐縮していると、3人が何やらひそひそとこちらを向いて話をしている。
よく聞き取れなかったが、なぜだろう。しょうがねぇなコイツはって感じの顔で見られている気がする。
「………ふぅ。大変ね、貴方も」
「えっと、心当たりはありませんが、心配していただいてすみません…?」
「………はぁ…」
そして今日の東条先輩はため息が多いな。大丈夫かな。疲れていらっしゃるかもしれない。
今日の打合せは軽めに済ませておこう。
そんなわけで、チームリギルからもプレゼントを受け取ってから、俺は改めて東条先輩とアプリの使用感、改善個所などを相談し、学園全体への提供は夏合宿前のころ、大きなGⅠレースが少ない時期に、と予定を立ててからリギルのチームハウスを後にした。
この後はうちのチーム『フェリス』の練習が待っている。
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さて、そうしてリギルから撤退しフェリスのチームハウスへ向かう途中で、また別のウマ娘に出会った。
もちろん見覚えがある。というか、今回の世界線で一番お世話になってる、新鮮な相手。
「あ、立華トレーナー!お疲れ様です!……右!…左!……よし、3人は周りにいない…!」
「やぁ、ベルノライト。奇遇だね、今日はどうしたんだい?」
チーム『カサマツ』のベルノライトだ。
説明するまでもないが、カサマツとは何度も併走で練習を共にしており、もちろんベルノライトも随分と親しくさせてもらっている。
最近は彼女がトレーナーとしての知識をどんどん吸収してくれるので、教えるこちらも嬉しい限りだ。
北原先輩からもいい影響を受けて、一人前のトレーナーまでもう少しといったところだろう。
そんな彼女と出会い、しかしなぜか周囲を索敵する彼女に、俺は心当たりがなく首をひねった。
「いえ、ちょっと立華トレーナーを探してまして。ほら、チームでお世話になってますから…カサマツのみんなからも、バレンタインプレゼントをお渡ししてあげようと」
「ああ、君達からも貰えるのか。いや本当に嬉しい限りだ、みんな気遣いができるいい子だな」
「ふふ、その様子だと他のチームからも貰ってますね?そんなことだと思ってましたけど。では、カサマツからはこちらです」
どうぞ、と渡される箱を俺は受け取る。その箱はどうやら笠松のある岐阜の土産物のようで、五平餅のようだ。
なるほど、チョコではなく笠松のお土産をチョイスしてくれたのか。甘味ではなくしょっぱい物なのも正直なところありがたい。
「いいね、味のあるプレゼントで心から嬉しいよ。オグリがいるからとんでもない量になるかとちょっと思ってたけど」
「ふふ、前にアルダンさんやディクタストライカさんから怒られて、プレゼントの量はちゃんと減らすようになったんですよ」
「そっか。ありがとう、カサマツの皆にも俺が喜んでたって伝えてくれ」
「はい!…では私は失礼しますっ!!!」
俺がお礼を伝え終わったところ、ベルノライトはいつぞやのメイクデビューでも見せつけた逃げ足で走り去っていってしまった。
ううん、いつ見てもいい逃げ足だ。勿体ないと思ってしまう。
とはいえ彼女は今や立派なトレーナーだ。そう思うのは野暮ってもんだ。
俺は苦笑を零しつつ、また増えたプレゼントを抱えながら我がチームハウスへ向かっていった。
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チームハウスにたどり着くまでに15回ほどまた別のウマ娘からプレゼントを受け取りつつ、俺はようやく我がチームハウスへ到着した。
見慣れたその扉を開ける…前に、一度ノックをする。
もしかすれば、我が愛バ達が既にチームハウスに来ており、合鍵で中に入って着替えの最中かもしれない。
この辺りは常にやらかさないように心掛けている。俺は気配りのできるトレーナーなのだ。
「立華だ。誰か中にいるかい?入ってもいいかな?」
「……どうぞ」
どうやら想像通り中に既にいたようで、エイシンフラッシュの声で入室の許可を頂いた。
OKということは、着替え中だったりはしないのだろう。一安心である。
そうして俺はドアを開け────────ようとして、戦慄した。
────────このドアを開けたら死ぬ。
そんな、謎の恐怖がドアノブから感じられたのだ。
どうしたというのだろう。
俺自身に全く心当たりはないが、なぜか開けたら死ぬという確信を得てしまっていた。
…あ、いや、心当たりあったわ。
そういえば午前中からというもの、チームハウスにはウマ娘から貰ったチョコが大量にあった。
ゴルシの来訪もあって机の上やソファに置かれていたそれは、もしかすれば彼女たちの着替えの邪魔になっていたかもしれない。
それは失念していた。きちんと部屋の隅にでも片付けておくべきだった。
であれば愛バ達が怒るのもやむを得ないというものである。
アイネスが最近は掃除好きになってきているし、片付けてくれていないだろうか…などと、甘い期待を持ちつつ、しかしよく考えれば扉を開けるだけで死ぬはずもない。
俺は一度首を振って変な思考を頭から飛ばし、改めてドアノブに手をかけてチームハウスに入った。
「やぁ、すまんな。片付けるのを忘れてたよ、着替えの邪魔になったか?」
「来ましたねウマたらし」
「はーなの」
「猛省して☆」
どうしてこうなったのだろう。
俺が一歩足を踏み入れたチームハウス内は、2月と言えど限度があるほどの氷点下の気温となり、そして猛省をうながされてしまった。
以前にもこんなことがあったな?メイクデビューの時だ。あの時は反省で済んでいたが猛省が必要なことを俺はしてしまったらしい。
その寒気を受けてオニャンコポンは早々に俺の肩から飛び降りて、日当たりのよい机の上で昼寝を始めてしまった。
何ということだ。メイン盾を失ってしまったのは痛い。
見れば、俺が散らばらせてしまっていたチョコたちは、恐らくは愛バ達の手によるものだろう。綺麗に部屋の隅の一か所にまとめられていた。
「あ、すまん…いや、流石の俺も猛省している。君たちが来るのがわかっていたんだから、ちゃんと片付けておくべきだったよな」
「……………」
エイシンフラッシュが無言で俺の横を通り過ぎて、チームハウスの唯一の出入り口であるドアに鍵をかけた。
どうした急に。
「…ああ、えっと。でも、片付けてくれてありがとうな。なぜか今日はみんなからチョコばかり貰ってな…俺もここまでもらうとは思わなくて……」
「……………☆」
スマートファルコンが無言で俺が今抱えているチョコ袋を奪い取り、そうして部屋の隅に運んでくれた。だがその背中には何やら鬼が宿っているようにも見える。
どうした急に。
「…………あー。その?みんな?」
「……いいから座ろっか、
アイネスフウジンがなぜか俺のことをトレーナー、ではなく名前で呼び、有無を言わせぬ気迫を込めてソファに座れと言ってくる。
どうした急に。
そうして促されるままにソファの真ん中に座った俺に、左右をエイシンフラッシュとスマートファルコンが固める形で座り、アイネスフウジンが俺用のオフィスチェアに逆向きに座って間近に位置する。
久しぶりにトライフォースの構えになってしまった。
「……トレーナーさん。私たちは別に怒っているわけではありません」
「そ、そう?すごい圧を感じるけど?」
「怒ってないよ☆ただね、トレーナーさんの愛バって、ここにいる3人だよね?」
「それは勿論だ。君達3人を誰よりも大切に想っている」
「だったら、まず何か言うことがあるよね?どうなの?」
「………あ!」
ようやく。
ようやく俺はここで理解した。
そうか。彼女たちの機嫌が悪いのは、俺が他のウマ娘から次々とバレンタインのプレゼントをもらっていたからか。
確かに、3人から見ればチョコを次々受け取ってしまっている俺が、もしかすれば
ちょうど今年の選抜レースの時期でもあるし、彼女たちと出会ったのもこの時期だ。
2月末になればスカウティングも過渡期になり、他のチーム、または今年新たに入った新人のトレーナーなどは新たにウマ娘と契約を交わす時期である。
実際、俺もたづなさんから新しくチームのウマ娘を増やさないか打診を受けてたりはする。
ただ、現状は3人を集中して育てるのに手いっぱいだし、彼女たちの大切な時期でもあるので、サブトレーナーがつかない限りは増やすつもりはない、と説明し、遠慮させてもらっていた。
そうか、そこの説明を失念していた。
なるほどこれは怒られても仕方がない。全く俺という人間もどこまでも朴念仁である。
だから俺は、俺の本心を彼女たちに伝え、その上でしっかり謝ろうと口を開く。
「すまない、説明不足だったな。まず、俺の運命のウマ娘は君達3人だけだ。これは断言する…今、俺は、
「…ッ」
「確かに、俺は色んなウマ娘の相談に乗ったりしてたから…こうしてお礼の形を受け取らせては貰っていたけど、本当に、真剣に向き合うのは、君達3人だけだ。他のウマ娘には1トレーナーと1生徒以上の
「…☆」
「ああ、不安にさせてしまったことは本当に謝る。けど、心配しないでくれ。俺は、君たちと…今後も
「…はーなの」
本心を伝えきって、俺は真剣に3人の顔を見た。
そう、俺は今、彼女たちを
だから新しいウマ娘を担当する余力も今はないし、
これから先、少なくとも…彼女たちが走るのをやめる選択をする、
それをしっかりと伝えたところ、愛バたちは顔を赤くしたり目をそらしたりしてしまっていたが、何とか想いは伝わったようで、プレッシャーは徐々に落ち着いていった。
よかった。わかってくれたらしい。
「……はぁ。どうしてこう、私達ってこんなにすぐ絆されてしまうのでしょうか…」
「うーん…でも、ね。確かに、この
「この様子だと、そういう雰囲気にもなってないみたいだし……うん、今日はこの辺りにしてやるの」
はぁー、と大きなため息が3方向から聞こえて、そうして俺はトライフォースの構えから解放された。
ううん、やはり俺という人間はどうにもウマ娘を相手にするときに説明不足になってしまう癖があるようだ。これは恐らくこれまで何度もループを繰り返してきたせいで、言わずともわかってくれる、といった甘えが俺にあるのだろう。
信頼関係を生むうえではこういった甘えも適度にあった方がいいとは思うのだが、それはそれとして説明不足では彼女たちも怒るというもの。
悪癖とはわかっているので、今後はもう少し改善できるように努力していこう。
「本当に悪かったな。……ところで、だが」
「…はい、なんでしょうか?」
そうして解放されてから、俺は改めて彼女たちに問いかける。
いや、ぶっちゃけると今日一番期待しているのは彼女たちから貰えるバレンタインチョコだ。
こうして一度怒らせてしまってから言うのは大変に恥ずかしいが、それでも流石に愛バ達からは貰えるだろうと朝からワクワクしていたのである。
「えっと。……その、3人からは…」
「……おやぁ?トレーナーさん、こんなにチョコ貰ってるのに私達からも欲しいんだ☆?」
「いや、その、朝からそれを一番楽しみにしてたんだけど…」
「ふーん…欲しい相手がいるのに、それでも他の子から貰うのは断り切れなかったの?このウマたらしさんは」
「意地悪はやめてくれ…そのために俺は今日、貰ったチョコ一つもまだ食べてないんだ。君達から貰えるものを最初に食べたいと思って…」
「……ふふ。そこまで言われてしまっては仕方がないですね。全く、トレーナーさんは…本当におバ鹿さんなんですから」
俺が弱みを見せるとそれに気分を良くしたのか、ものすごい悪戯っ子な表情を作る3人の愛バ達。
うぐぐ。我慢だ。からかわれようが俺はこの3人からチョコが欲しいのだ。
想いを形にして受け取れるというのはとても幸せなことで、こういうイベントがあるからこそ俺はこの永劫の時間を狂わずに過ごしていられるのだ。理由が想像以上に重くて自分でもドン引きだけど。
「ちゃんと準備していますよ。私達3人で作ったチョコケーキです」
「フラッシュさんが作り方を教えてくれて、私たちもしっかり手伝ったよ!」
「冷蔵庫に入れてあるの。取ってきて、切り分けてあげるね。みんなで食べよ?」
「!!ああ、俺は幸せ者だ…君達からチョコを貰えるのが本当に嬉しいよ。ありがとう、3人とも!」
こうして、ようやく落ち着きを取り戻したチームハウス内で、俺は3人の手作りであるチョコケーキを受け賜われることになった。
コーヒーも淹れて、練習前に4人でケーキを食べて、つかの間の歓談。
一口食べて感動のあまり涙を流した俺に、しょうがない人なんだから、と3人から呆れを含んだ笑顔を向けられたが、これもまたいい想い出である。トレーナー冥利に尽きるというものだ。
彼女たちへのお返しをどうするか色々と考えながら、そんなこんなで俺の慌ただしいバレンタインの一日は過ぎていった。
オニャンコポンのヒミツ②
実は、ご主人が寝てる時によく昔の女の名前を呟くのを知っている。
追記
BOSSの公式怪文書読みました。
あいつウマ娘の話になると早口になるの最高だな…(シンパシー)