ルーキー日刊 2位 閃光と隼と風神の駆ける夢
嘘やろ。(昇天)
「───み゛ゃ゛ーーー!?!?」
「え!?なに今の声!?」
スマートファルコンとの邂逅を終えて改めて帰路に着いた俺の耳に、奇妙な叫び声が響いてきた。
といっても声の主にはすぐ予想がついた。先ほどまで話していたスマートファルコンだ。
別れてすぐだったが…あんな変な叫びをあげるほどのことが彼女に起きたらしい。
慌てて先ほど来た道を駆け戻る。
「なんだ、どうしたファルコン!?何があった?!」
「あっ、トレーナーさん!これ、これ見て!どうしよう!?」
先ほどまでいたコンクリートの高架下から少し先、茂みの中で立ちすくんでいたスマートファルコンを見つけて駆け寄る。
何か、足元にあるものを見下ろすような形で呆然としている彼女が指さす先を見れば。
「…段ボール?…猫、か、捨て猫…?」
「すっごい弱ってる!このままだと猫さん死んじゃう…!」
「っ…ひどいな、くそ」
段ボールの中には、汚れ切って横たわる子猫が1匹。
指先でそっと触れてみればまだ生命の熱を感じる。死んではいない…が、呼吸も弱弱しくなっている。
恐らくは何日も雨ざらしでこの箱の中にいたのだろう。
汚れたタオルと、恐らくは食べきってしまったエサの食べかすのようなものが乱雑に段ボールの中に散らばっていた。
「ど、どうしよう、トレーナーさん…!」
「どうするもこうするも…すぐ動物病院に連れていく!」
そういって、猫の入った薄汚れた箱を抱え上げた。
ここからの最寄りの動物病院だとトレセン学園の東のほうに1件ある。まだ営業時間内のはず。
しかし遠い。ここからは2~3キロってところか…ひとっ走りする必要がありそうだ。
タクシーを呼ぶよりは走ったほうが早いだろうと、俺が河川敷を走りだそうとした時…その段ボール箱が、スマートファルコンによって横から奪い取られた。
「…私が連れていく!私が走ったほうが早いでしょ!?動物病院ってどこにあるの!?」
「あ…ああ、学園の東の通りの、1階がスイーツショップ、2階がウマクドナルドになってるビルはわかるな?その隣の建物が動物病院だ」
「わかった!すぐ行くからトレーナーさんも後から来てね!」
「っておい!ちょっ、ちゃんと交通ルールは守るんだぞ!」
と、病院の場所を聞き取ってから一目散にスマートファルコンが走り出す。最後にかけた注意の言葉はちゃんと耳に届いたようで、わかったー!と返事が返ってくる。
その走りは、河川敷の芝の上を走る時から…俺がよく知ってる、砂の帝王の片鱗を見せる力強い走りであった。
そして坂道を一気に駆け上り、土手…彼女の得意分野になってからはさらにすさまじい速度を見せる。
やはり、彼女の脚は本物だ。
「…っと、のんきに見送ってる場合じゃないな!」
それに続くようにして、自分も駆け足で追いかける。信号次第だが15分くらいの時間差で到着することができるだろう。
今はそれ以外のことを考える時ではない。
消えかけている命を守るために、スマートファルコンを追いかけるように動物病院へと急いだ。
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「──極度の衰弱ですな。だが外傷もないし、反応も正常です。2~3日も入院させていけばすっかり治るでしょう、子猫は回復力も強い」
「そうですか…急な外来だったのに、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございましたっ!うう、ファル子恥ずかしい…!」
1時間後、動物病院のロビーで朗報を受けて安堵のため息を零し、頭を下げる俺とスマートファルコンの姿があった。
どうやらスマートファルコンはかなり慌てて窓口に飛び込んだらしく、受付の方や獣医が何とも言えない表情を作っていた。
まぁ、スマートファルコンが走っていったすぐ後に、事前に俺のほうで動物病院に連絡を入れていたので大きな混乱は起きず済んだのだが。
「まぁ、無事であったことは何よりです。さて……ええと、立華さん、でしたな」
「はい。もちろん入院費用や治療費は私のほうでお支払いさせていただきます」
「ああ、それは助かります。…それで、その後はどうされるおつもりです?捨て猫だったとお伺いしました。新たな飼い主を募集することもできますが…」
「いえ、俺が飼います。体調が戻ったら予防接種もお願いしていいですか」
「えっ、トレーナーさん……猫、飼えるの?」
獣医と話して、猫を引き取ることについて話していると、スマートファルコンから疑問が飛んできた。
恐らくは俺がトレーナー寮に住んでおり、そこはペットNGであるのでは?という当然の疑問だろう。
しかし残念ながら俺はただの新人トレーナーではない。
強くてニューゲームの権利を持つループ系トレーナーだ。
「ああ、先月からトレーナー寮を出てトレセンの近くで一人暮らししてるからね。ペットNGとかでもないし」
「ええーっ!トレセンの近くに!?お家賃とか、すごい高いんじゃないの…?」
「いや普通に家買った」
「家を!?買った!?!?おいくら万円!?!?」
「日本ダービーの賞金くらい」*1
「そんなに!?!?」
なお40年ローンである。中央のトレーナーの金融的信用は強いので問題なく契約できた。
「…見えないなぁ、意外。トレーナーさん、実は名門のトレーナー一門の出身とか?」
「いや、そういうわけでもないんだが…まぁ色々だ」
そう、金はある。というか現在進行中で増えてる。
世界線を超えた直後から、俺は自分の貯金とか使える金をすべて株式につぎ込んでいるのだ。
同じ時代を3年間繰り返し続ける俺は、どこの企業の株が伸びるとかどこの株が落ちるとか、そういうものをすべて記憶している。
つまりは答えの見えてる株回しだ。レバレッジ全開で仕事の合間にぶん回すと貯金が1か月で10倍くらいになる。大体半年くらい続けると1年間に開催される全GⅠに勝利するのと同じくらいの金額が懐に入る。流石にそこまでやらないけど。
そんなわけでちょっとローンを組んで家を買ったりしてもすぐに返せるのだ。
もちろん株で稼いだ金で特別贅沢をしたりするわけではない。
ほとんどすべては担当ウマ娘のために投資する。
身嗜みを担当するウマ娘に合わせて品格のあるものにしたり、遠征用のワゴン車を買ったり、ウマ娘たちの遠征などの時に不自由させないようにしたり、などだ。
ウマ娘を育てる中で、お金がなくて不自由をさせるようなことはないに越したことはない。
一人暮らしをしているのもそれが理由。寮に住むよりも、トレセンの近くで一人暮らししていたほうが何かと便利なことが多いのだ。掃除は若干手間だけど。
閑話休題。
「というわけで、自分のほうで飼うようにしますので、落ち着くまでよろしくお願いします、先生」
「わかりました。いい人に拾われたようで何よりですね。可愛がってあげてください」
「よかった…よかったねぇ、子猫ちゃん」
そういうことで、何の縁か俺は猫を飼うことになったのだ。
これまでのループでペットを飼ったことはないが…まぁ何とかなるだろう。新しい経験が得られる周回は歓迎するべきだ。
後で猫の飼い方についてばっちり調べねばなるまい。
さて、治療費なども支払いを終えて、ファルコンと共に動物病院を後にする。
「トレーナーさん」
「ん、なんだ?」
「…ありがとね、子猫ちゃんのこと助けてくれて…そのうえ、飼ってもらうことにもなっちゃって」
「お礼を言われることじゃない。飼おうと思ったのも何かの縁だと思ってのことだし…ファルコンが見つけてくれて命を拾った猫だからな、むしろ褒めます。えらいぞファルコン、よく見つけた。すぐに病院に届けてくれたし。優しいな、君は」
「…やだー!そんなに褒められるとファル子照れちゃう!うん、でも…本当に良かった」
外に出ると、いつの間にか夜になっていた。
河川敷にいたのが夕方だからな、そりゃ時間もかかるか。
……ん?夜?
「なぁファルコン。門限大丈夫か?」
「門限?………あー--っ!?!?」
ヤバっ!?といった風にスカートのポケットに手を入れてウマホを取り出そうとするスマートファルコン。
しかし、そこにはあるべきものがないようだ。
ぱんぱん、と両方のポケットを探しても何も出てこず、そういえば今自分が手ぶらだったことに気づくスマートファルコン。
「…河川敷に全部置いてきちゃった。てへ☆」
「何やってんのお前…」
いや、緊急事態だったし慌てていたことは間違いないので、責めるつもりもないが。
小さくため息を零して、こうなれば今日は最後まで付き合うことにした。
「…河川敷に取りに戻ろう。夜だし誰もあの辺りは通らないから無事…だと思う」
「そ、そうだね!ファル子が歌っててもほとんど誰も来ないようなところだし…」
「そのあと寮まで送るよ、夜も遅いしな。それに事情があるわけだから、大人の俺も一緒に説明すれはフジキセキも怒らないだろ。なんかあったら俺の責任にしていいし」
「え、そんなそこまで…………イエ、オネガイシマス…」
悪いと思ったのか一度は断りかけて、しかしフジキセキの圧のある笑顔が思い浮かんだのだろう。素直に付き添いをお願いするスマートファルコンに、俺は肩を竦めて苦笑した。
そうして二人して河川敷に小走りで戻る。とはいえウマ娘の小走りについていくのは人間にとっては結構な速度だ。
今日一日で5キロくらい走り回ったか。いい運動になってしまった。
「あ!よかった、荷物全部置いてある…!取られてなくてよかった~☆」
「なくなってても警察か学園に届けられてたとは信じたいけどな。中身はちゃんと確認しておけよ?」
「うん、バッグの中もしっかり……うわ。フラッシュさんからすごい着信入ってる…」
河川敷に到着し、自分の荷物が無事残っていたことにファルコンが安堵したのもつかの間、ウマホに恐ろしい数の通知が入っているのを見てスマートファルコンは冷や汗をかいた。
あの時間に厳しい心配性の同居人のことである。
恐らくは正確に5分刻みでコールを入れていることだろう。
「ちょっとフラッシュさんに電話するね?………あ、もしもし☆」
『ファルコンさん!?無事ですか!?何の連絡もないから心配したんですよ!?』
「うわーんそう言われると思ったー!ごめんなさーい!!これには深い事情があってぇ…!」
スピーカーモードにして通話を始めたファルコンのウマホから、聞きなれた声が響いた。エイシンフラッシュだ。
何の連絡も入れていなかったことを怒るフラッシュに、ごめんねーすぐ帰りまーす!と半泣き顔でぺこぺこ謝るファルコンの後ろから、そっと声をかける。
「…フラッシュ、そう怒らないでやってくれないか?ちゃんとした事情があったんだ」
『…えっ、その声…トレーナーさん!?』
「や。ちゃんとスケジュール通り足のケアはしてる?今日の夜は股関節周りのストレッチを重点的にだったね」
『あ、は、はい…大丈夫です、しっかりこなしています。貴方から貰ったスケジュール通りに』
「ならよし。ファルコンは俺がすぐに送っていくから、もう少し待っていてくれるかな、待っててくれるね、ありがとう」
グッドトリップ。そのままウマホに指を伸ばして通話終了のボタンを押した。
すると、ぽかーんとした顔でスマートファルコンが俺の顔を見ているのに気付いた。
「……トレーナーさん、フラッシュさんと知り合いなの?」
「ん?ああ、まあな。こないだの選抜レースでちょっとアドバイスした仲かな」
「そうなんだ……そう、なんだ」
「言ってなかったっけ?…まぁいいさ、それより早く帰ろう。これ以上はもっと冷え込むぞ」
実際、冬の夜の冷え込みが一番激しい季節である。
ここまで走ってきたので俺の体はだいぶ温まっているが、ファルコンは制服のままで足もスカートだ。冷え込みもひとしおだろう。
俺は自分の上着に羽織っていたコートを脱いで、スマートファルコンの肩にかけてやった。
「あ……トレーナーさん?」
「俺はさっき走って暑いくらいなんだ。それ羽織っててくれ、女の子が体冷やしちゃいけないしな。行こう」
「…うん」
荷物をしっかりと持ったファルコンと俺は、学園に向けて歩き出した。
フラッシュに一応の連絡を入れたし、忘れ物もとったのでもう急ぐ必要はない。
ファルコンの歩調に合わせて肩を並べて夜道を歩く。
意外にも、というべきか…学園までの道のりで、ファルコンから何か話しかけられたりなどはしなかった。
結構元気な子だと思っていたのだが、先ほどフラッシュに怒られたのが効いたのだろうか?
お互い無言で、冬の寒空に白い息を零しながら歩いて行った。
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「…お帰り、ファルコン。さて、お話を聞かせてもらおうか?もちろん、そちらのトレーナーさんも」
「心配したんですからね…!…トレーナーさんも、こんな遅くまで女の子を連れまわして…!」
「ご、ごめんなさーい…!でもこれには深い事情がー…!」
「心配かけたのは本当にすまなかった。けどしっかりとした事情があってね。俺のほうから説明させてもらうよ、フジキセキ」
「…そうだね、納得できる理由を聞けないと私もしかるべき報告をしなければいけなくなるからね。中に入ろうか、客室で話そう」
そうして到着した学園内、彼女たちの寮である栗東寮に到着すれば、寮長のフジキセキと同室のエイシンフラッシュが出迎えてくれた。
心配の色が強い表情を見せて、エイシンフラッシュはスマートファルコンと何やら話している。
俺はスマートファルコンからコートを返してもらいつつ…寮内の入り口近くに備えられている客室に通され、今日の事情を説明することにした。
とはいっても、実際に事情があったのだ。
そしてその事情は褒められることはあっても責められる謂れはない。
俺は動物病院で作成した診察券と領収書を見せながら、フジキセキとエイシンフラッシュに今日の出来事を順を追って説明した。
「…というわけで、連絡が遅れたのは緊急事態でウマホを置いて行ってしまったせいだな。そこについては俺も気にかけておけばよかったと素直に反省している。けれど、ファルコンは子猫を助けたいという気持ちで行動していたわけで、何とかお咎めなしで済ませてやってほしい」
「……………話は、わかったよ。なるほど、子猫ちゃんをね…それは確かに斟酌されるべき事情だね」
「ファルコンさん……その、申し訳ありませんでした。そんな事情も知らず怒鳴ってしまって…」
「ううん、いいの!心配してくれてたのはわかってるし、連絡を返さなかったのは事実だから…」
説明を終えて、フジキセキもエイシンフラッシュも納得してくれたようだ。
フジキセキの判決として、ファルコン自体にお咎めはなし、注意として連絡はいつでも取れるように、といったところで落ち着いた。
「……それじゃ、話は終わったかな。寮の中にトレーナーがいつまでもいちゃまずいだろう、俺はもう帰るよ」
「ん、わかった。ファルコンの世話を焼いてくれてありがとう、立華トレーナー」
「感謝されるようなことじゃない、この学園のトレーナーなら誰でもそうするだろうさ」
出された紅茶を飲み干して、席を立つ。
基本的に学生寮は男子禁制、トレーナーなどはこういった事情がない限り入ることは許されていないのだ。
入り口が近いので何も起きないとは信じているが、万が一にも気を抜いて下着姿で部屋の外に出た生徒と廊下でばったり、などということになったら俺の人生が終わる。
速やかに退散させていただくこととした。
「それでは失礼して。……フラッシュ、君は再来週まで、じっくり足をいたわるようにね。最終週の選抜レースの結果、楽しみにしてる」
「はい。…貴方に立てていただいたスケジュール、大変に勉強になりました。調子もよくなってきていると感じます。結果は走りで見せますね」
「楽しみにしているよ。…ファルコンも」
「…あ、うん…今日は本当にありがとうね、トレーナーさん!後で子猫ちゃん、見に行くね!」
「ああ。…あと忘れてるかもしれないから念を押しておくけれど」
「…え?何かな?」
…ああ、やっぱり忘れてるな。まぁ今日は約束した後にいろいろひと悶着あったし、仕方がない。
なので約束を思い出してもらうために、しっかりと声をかけてから帰ることにした。
「明後日のデート。11時に迎えに行くから。楽しみにしてるからな」
「おや?」
「は?」
「えぇ!?ちょっとぉ!?今言う!?」
よし、きちんと思い出してくれたようだ。
そのまま何か追及される前に、客室を後にして寮を出ていった。
後ろでは何やら
こいつクソボケなんだ!
前作でもネイチャにその辺つっつかれてましたね。