【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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50 皐月賞

 

 俺はオニャンコポンと共に、エイシンフラッシュの控室に来ていた。

 今日の皐月賞はチーム『フェリス』から二人のウマ娘が出走する。

 この場合、それぞれの出走者に控室が割り当てられ、フラッシュとファルコンが同じ部屋で出走を待つことはない。URAの当然の判断である。

 もう片方のスマートファルコンの控室には、アイネスフウジンに控えてもらっている。勿論、この後にアイネスフウジンと入れ替わる形でそちらにも顔を出すつもりだ。

 

「…フラッシュ、調子は大丈夫か?」

 

「はい。脚も気力に満ちており…絶好調、と言えます。これまでのレースよりも、より集中が高まっているような…そんな感覚です」

 

 椅子に座り、静かに呼吸をして落ち着いた様子を見せるフラッシュ。

 確かに、彼女は今ホープフルステークスに臨んだとき…いや、それ以上の集中を見せている。

 オニャンコポン吸いも先ほど済ませたところで、しかし、親友と同じレースに挑むというその状況を、楽しんでいる……というよりも、心待ちにしているといった様子だ。

 早く走りたい。

 勝ちたい。

 親友に、勝ちたい。

 

「いい調子みたいだな」

 

「ええ…勝て、と。私の内の何かが…そう、何かが叫んでいるような、そんな気さえして」

 

 俺は彼女にしては珍しい、そのスピリチュアルな表現に僅かに内心で首をかしげる。

 エイシンフラッシュは理路整然とした会話を好むウマ娘だ。勿論そういった精神論に理解がないわけではないが、自分から言い出すのは少し珍しい。

 何か、彼女の中で今回のレース…()()()()()()()()()()()、そんなシチュエーションにかみ合うようなものがあるのだろうか?

 俺はそんな思考を経て、ふと前回の世界線のことを思いだし、しかしそれは俺のただの未練であり想い出であってこの世界線には何の関係もない思考であることを自覚して考えるのをやめた。

 彼女は俺の愛バのエイシンフラッシュであり、そして挑む相手は季節外れの桜ではなく砂の隼なのだ。

 この世界に持ち込むべき思考ではない。

 

「…この後、ファルコンにも同じことを言ってくるんだけどな。それでも言わせてくれ。…フラッシュ、君が勝てると俺は信じてる。君がクラシック3冠の一つ目を勝ち取る姿を、GⅠ初勝利の姿を俺に見せてくれ」

 

「ふふ、素直なんですから。…でも、ええ。ファルコンさんに申し訳ないとも思いませんが、譲りません。()()()()、必ず、誇りある勝利を。だから、私が勝っても怒らないでくださいね?」

 

 

 

 ………エイシンフラッシュ。怒るよ

 っ!?

 

 

 

 くすりと笑って、譲らないと断言する彼女に、俺もまた微笑みかける。

 もちろん、俺が怒るはずなどない。彼女たちは今日、誇りをかけてぶつかり合い、雌雄を決しようとしているのだ。

 ここまでの指導では俺は全力を費やしたが、今日のレースの、決着は彼女たちだけのものだ。俺が介在する余地はない。

 ただ、悔いのない勝負を。

 

「怒るもんか、本気でぶつかり合う君たちを尊敬してるんだから。…いいライバルを持ったね、君たちは」

 

 

 

 ……良いライバルを持ったね、■■■は

 

 

 

「っ…あ、はいっ。そうですね。自慢の親友です」

 

「頑張ってくれよな。ヴィクトールピストにも、リベンジしてやろう。それじゃあ、ファルコンのほうにも顔出してくる。その後はゴール前で待ってるよ」

 

「はい。ファルコンさんにも、よろしくお伝えください」

 

 そうして、俺はエイシンフラッシュの頭を撫でて、いつものおまじないで3回魔法の言葉を呟いてから、控室を後にした。

 これから始まる大レースに向けて戦意を高揚させているのか、頬を僅かに紅潮させたエイシンフラッシュを見送って、俺は彼女の控室を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

「アイネス、お疲れ。フラッシュのほうに行ってくれるか?」

 

「あ、はーいなの。それじゃファル子ちゃん、がんばってね!」

 

「うん!アイネスさん、ありがとね!」

 

 俺はファルコンの控室に入り、アイネスに入れ替わるように指示を出して、彼女に付き添う。

 ファルコンもまた、フラッシュと同じように…今回のレースに、気合十分に臨めている様だ。

 その顔にやる気がみなぎっている。

 

「ファルコン。……とりあえずオニャンコポン吸うか?」

 

「うん☆やっぱりGⅠの前はオニャンコポンを吸わないとね!」

 

 先ほどフラッシュにもキメさせていたオニャンコポン。

 俺たちの会話で己の身が酷使されることを悟ったのだろう、俺が降ろすまでもなく肩から降りてファルコンの手の中に入っていくオニャンコポンは本当に賢い猫だ。

 そうしてファルコンがオニャンコポンに顔を埋めて深呼吸を開始する。

 俺の愛バ達は、GⅠレースの前に必ずオニャンコポン吸いをすることをルーチンとして決めてしまった。勿論、先週のアイネスも桜花賞の控室でこれをキメている。

 大丈夫かな。違法薬物としてURAに取り締まられないかな?

 

「すぅー……っはぁー!うん!これで準備ばっちり!」

 

「ん、いい顔だ。…不安はないか?」

 

 オニャンコポンが解放され、俺の肩に戻ってきながら、俺はファルコンに改めて確認する。

 芝のGⅠを走るうえでの、彼女の悩み。魂が納得しないような違和感。

 それが、今の段階で何か不安として表れてないか確認したところ、しかしファルコンは首を横に振って、大丈夫、と返してきた。

 

「…芝を走る時の、微妙な感じはいつものことだから。でも大丈夫、このレースに挑むことについての心配とか不安はないよ☆フラッシュさんと走れるし…もちろん、ライアンさんやヴィクトールちゃんにも、勝ちたい。勝ちたいって気持ちは、これまで以上に強いかも」

 

「そうか、なら安心だ。…ファルコン、俺は君を信じてる。今日までに、君に俺のできる最高の指導が出来たと思ってる。フラッシュにも同じことを言ったけど…」

 

 そこで俺は、片膝をついてファルコンと目線を合わせて、微笑んでから言葉を紡ぐ。

 

「…君が勝てると、信じている。この皐月賞で、君が勝ちきれた時に…君の悩みが解消されればいいな、と思ってるし。悩みが残ってしまっていても、ちゃんと俺は君と一緒に、また考えていくからな」

 

「…っ、うん!ありがと、トレーナーさん!その言葉でファル子、今日は何にも悩まず走れるよ!」

 

 にっこり、という表現がよく似合う笑顔で、喜色を見せるファルコン。

 そうして、いつものように、彼女が頭を俺の方に向けて差し出してくる。撫でて、というおねだりだ。

 どうにも俺との付き合いが長くなってから、彼女は俺に頭を撫でてもらいたがる。勿論可愛いので何のためらいもなく俺も撫でてやるのだが。

 

「えへへ……☆」

 

「頑張ってきてくれよな。今日はライアンも前以上に鋭い差し足を繰り出してくるだろう。フラッシュ以外にも油断は禁物だぞ」

 

「うん!ファル子、頑張るね!」

 

「ああ。……それじゃあ、ゴール前で待ってる。君たちの勝負の決着を、俺に見せてくれよな」

 

 そうして俺はファルコンの控室を後にした。

 レースが始まるまではもう間もなくだ。フラッシュの控室から出てきたアイネスと共に、俺はゴール前に向かう。

 彼女たちの勝負を見届けるために。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…すぅ…はぁ。……よし、落ち着けてる…」

 

 ヴィクトールピストは、一足先にゲート前に出て、己の集中を高めていた。

 今日は皐月賞。栄えあるクラシック3冠のその初戦。

 今年が始まってからチームスピカで鍛え上げたその脚が、エイシンフラッシュに通じるか…それを確かめるレースだ。

 前回の勝ちは、借りのようなものだ。

 それを熨斗を付けて返し、私がクラシック1冠目を手にする。

 

「…しっかり集中できてるみたいだね、ヴィックちゃん」

 

「ライアン先輩…今日は、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。アタシも今日こそは、って気持ちだからね。負けないよ」

 

 そんな彼女に声をかけるのが、同様にクラシック3冠に今後挑んでいくメジロライアンだ。

 彼女もまた、チーム『フェリス』には借りがある。

 阪神ジュベナイルフィリーズでスマートファルコンに敗れ、そして弥生賞でフラッシュに後れを取っている。

 どちらとも対戦経験のある彼女は、しかし今日より気を付けるべきはスマートファルコンと考えていた。

 

(フラッシュちゃんは、同じ差しの脚質…コース取りや威圧で牽制が出来る。でも、ファルコンちゃんは逃げだ…牽制が通じにくい。前みたいに、欠片でも侮れば、勝てない)

 

 そう。彼女の芝適性への疑問を抱えながら走った阪神ジュベナイルフィリーズでは、その油断で敗北した。

 今回は油断しない。

 欠片も侮らない。

 全力のマックイーンを相手にしているような緊張感をもって相対する。

 

 そうして二人がともに、己のライバルに勝つために集中を高めていると……ゲート前、パドックを通りその二人がやってきた。

 閃光と、隼。

 

「…ヴィクトールさん、ライアンさん。今日は、よろしくお願いします」

 

「二人とも、よろしくね。…負けないからね」

 

 十分な集中と、そして気迫をもって、二人がヴィクトールピストとメジロライアンと挨拶を交わす。

 その佇まい、圧は、既に立派なクラシックを走る有力ウマ娘としての強さを持っていた。

 しかしそれに気圧されぬように、ヴィクトールピストもメジロライアンも、気合を引き締めなおして己のライバルを見据える。

 

「はい。フラッシュ先輩、今日はあの時の借りを返します。全力で、かかってきてください」

 

「フラッシュちゃんも…ファル子ちゃんも。あの時のようには行かないよ!アタシが差し切って見せる!」

 

「はい。…私の本気を、見せます」

 

「ファル子の本気もね。…いい勝負にしようね」

 

 にぃい、と音が聞こえそうなほどに、それぞれが戦意に溢れる獰猛な笑顔を浮かべて。

 4頭の…いや、レースを走る18頭の獣が、ゲートに入っていった。

 クラシック期の頂点を決める戦いへ。

 

 

『────────さぁ、各ウマ娘ゲートインが完了しました。クラシック三冠の初戦、皐月賞!……今スタートしましたっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

(ファルコン先輩、流石ッ…!知ってたけど…それでもこのスタートは、すごいっ…!!)

 

 ヴィクトールピストは、よいスタートを切れたと感じたその直後、己の前を走るスマートファルコンの背中を見て、驚愕と感嘆を覚えた。

 今日の作戦は逃げ。それも、スマートファルコンの後方についての逃げ。

 スリップストリームを併用してスタミナを維持しつつ、スマートファルコンの動揺も誘い、そしてスマートファルコンには()()、己の末脚を発揮して最終コーナーから加速を始めて末脚で駆け抜ける。

 全体の展開をそのように考えてレースに臨んでいた。

 かつてアイネスが選抜レースでササイル相手にやったような作戦だ。強い逃げウマ娘を潰しつつ、自分はスタミナの維持を図り、そして最後に差し切る。

 ただしあの時と条件が違うのは、ヴィクトールピストは牽制や圧を飛ばすこともまた得意としている点である。当然、前を走るスマートファルコンにも、後方から迫ってくる先行、差し集団へも、それぞれ走りによる牽制を飛ばし続ける。

 

(このレースは私がコントロールする…もちろん、ファルコン先輩の領域(ゾーン)だって!)

 

 そう、ヴィクトールピストはこれまでのレース映像からスマートファルコンの領域(ゾーン)についても理解を深めている。

 中盤、恐らく1000m付近で後ろに追いすがられていた時に加速をするものだ。今回は自分がそのトリガーとなりうることについても当然わかっている。

 だが、その加速は最終コーナー付近まで続かない。そこから出来る限り減速しないように走り抜けるのがスマートファルコンの特徴だ。

 だからこそ、あえて領域(ゾーン)に入らせる。己の、どこからでも加速を繰り出せる末脚であれば、最終コーナー以降の直線で、スマートファルコンを差し切れるであろうと見積もっていた。

 芝の適正に疑問はもはやないが、それでも極めて得意としているわけではないことも、阪神ジュベナイルフィリーズのタイムが証明している。

 他のダートレースではすべてレースレコードをたたき出している彼女が、芝のレースでは一着としては凡庸なタイムとなっている。

 であれば、十分な勝算を持って。逃げる隼のその脚に縄をかけんと、スリップストリームを意識した位置で駆け抜ける。

 

(フラッシュ先輩がぶっ飛んでくる、その瞬間が勝負…!そっちはライアン先輩が少しでも削ってくれていれば…!)

 

 ヴィクトールピストが、コーナーに差し掛かるところでちらりと後続を確認する。

 そこではエイシンフラッシュと並んで走るように、差し脚を溜めながら走るメジロライアンの姿があった。

 

────────────────

────────────────

 

(あれだとファル子ちゃんは領域(ゾーン)に入る…けど、2000mなら差し切れる!)

 

 前方の逃げ同士の争いを観察しながらも、メジロライアンは脚を溜めながら走る。

 以前見た、スマートファルコンの領域(ゾーン)…その発動は間もなくだろう。

 しかし今回は以前のようには行かない。

 彼女を無礼(なめ)ていない。

 そのため、前のようには掛からない。

 

(……っ!!行った!!いつ見てもすさまじい加速だよ…!!)

 

 そうして1000mを過ぎたあたりで平均ペースで進行していたレース、その先頭を走るスマートファルコンがぶち抜けるような加速を繰り出したのを見届けた。

 間違いなく領域(ゾーン)が発動している。

 しかし、今回はそれを見るのは二度目だ。ヴィクトールピストも、事前にレース映像を当然見ていたのだろう、掛かる様子はなく、しかしじわりじわりと加速して再度スマートファルコンとの距離を詰めていく。

 

(あたしも仕掛け処は見誤らない…前のレースよりも400m長いんだ、ファル子ちゃんは差せる!)

 

 1200mを過ぎたところで、以前は既に仕掛け始めてしまい届かなかった彼女の背中だが、今回は芝の2000m。

 仕掛け処は落ち着いて判断することができた。

 だから今自分がやるべきことは、仕掛け処を誤らないために前の展開を見失わないことと、そして。

 

(…フラッシュちゃんが大人しすぎる。どうして?結構、牽制とか飛ばしてくるイメージだったけど)

 

 そう、自分の1バ身後ろを走るエイシンフラッシュへの注意だ。

 彼女とも弥生賞で以前走ったことがある。

 その時は、独占力とでも表現しようか…彼女の強い圧に押されながらの差し合いで彼女に後れを取った。

 スマートファルコンのそのレース限りの駆け引きや、アイネスフウジンのハイペース展開に持ち込む焦りの技術ではない。純粋な、牽制としてのその圧、他の走者の走りを縛る力。

 それを彼女が持っていることを知っており、しかし今回はそれが少ないことにメジロライアンは疑問を抱かざるを得ない。

 

(何か狙ってる?けど、それにしたって仕掛け処はもうすぐそこだ…ここまでくれば、あとは地力の勝負!)

 

 メジロライアンは彼女の策につき考えを巡らせようとして、そして止めた。

 既にレースは1500mに差し掛かっており、もう間もなくすべてのウマ娘が仕掛け始める時間だ。

 先頭を走るスマートファルコンへも、ヴィクトールピストがかなりバ身を詰めている状況。このままヴィクトールピストは最後の末脚を繰り出して、直線でスマートファルコンを交わすつもりだろう。

 もちろんそれを黙ってみているつもりは毛頭ない。自分も筋肉に任せて加速し、スマートファルコンを、ヴィクトールピストを差し切らなければならない。

 そして、後ろから来るであろうエイシンフラッシュに差し返されないようにしなければならない。

 

(まだ……まだ動かないか、フラッシュちゃん!でも、もうギリギリだ!お先に、失礼っ!!)

 

 ギリギリまで加速を繰り出す判断を伸ばし、しかしエイシンフラッシュの気配が動かず…メジロライアンは、残り400mから加速を繰り出そう、とした。

 

 しかし、そこで信じられないものを2つ、見た。感じた。

 それを味わったのは、このレースを走る他のウマ娘全員だ。

 

「っ、嘘ッ!?」

 

 それはヴィクトールピストの叫びだ。

 最終コーナーももう間もなく終わりを迎えるといった、そこで。

 スマートファルコンを抜くための加速をしようとした、その瞬間。

 

 

 ────────スマートファルコンが、更なる加速を繰り出した。

 

 

「フラッシュちゃん…ッ!?」

 

 その叫びはメジロライアンのもの。

 スマートファルコンの加速も見届けて、それでもなお差し切るために加速を繰り出した残り400m。

 他のウマ娘も全員が上がりだして、各バ一斉に加速を始めた勝負所、そこで。

 

 

 

 ────────エイシンフラッシュが、そのままバ群に落ちていった。

 

 

 その二つの眼に見える動き、加速と停滞に全ウマ娘に動揺が走る。

 それはレース場全体に広がり、実況が叫ぶ。

 

『さぁ残り400mを越えて!!ここで何とスマートファルコンが加速したっ!!まさかの二の足!!ヴィクトールピストとの距離をさらに開けて、しかしここで来たぞ来たぞメジロライアンが加速────っ、エイシンフラッシュがまだ来ない!!まだ来ないッ!!まさか!?脚が残っていないのか!?何ということだ!エイシンフラッシュが厳しいかっ!!残り310mしかありませんッッ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(そんな…!フラッシュ先輩、来ないの…!?)

 

 ヴィクトールピストは、目前で加速したスマートファルコンを、しかし捉えるために己も再度足に力を込めて振り絞り加速する。

 気配で後方の様子は察した。既に全員加速し始めて、メジロライアンがその中でもすさまじい加速を見せており、ぐんぐんと迫ってくる。

 しかしその中、己の描いていた彼女が来ない。エイシンフラッシュの閃光が、来ていない。

 中山の直線は短い。

 

(……っ!!それでも、だからこそっ!!)

 

 そうだ、エイシンフラッシュが来なくても私が勝たなければならない相手は他にもいる。

 後ろから迫るライアン先輩、そして目の前で全力で走るファルコン先輩。

 この二人に勝たなければならないのだ。

 今度こそ、後ろを振り向いている暇はない。

 

(勝つ!勝つ!!ファルコン先輩を、捉えるっ…!)

 

 更なる加速。

 柔軟かつ強靭な足腰から、どの脚質からでも繰り出せるその末脚。

 ヴィクトールピストが己の勝利の為に加速する。

 

 

(…ファル子ちゃん!やっぱりすごい!二段階加速まで覚えてきて…でも、あたしが勝つッ!!)

 

 メジロライアンもまた、正面だけを見据えて走る。

 エイシンフラッシュは来なかった。

 牽制をあまり飛ばさない様子から疑問には思っていたが、不調だったのかもしれない。

 けれど、もうそんなことは関係ない。

 残り300mの最終直線に入っているのだ。

 今はただ、己の全力の末脚で、筋肉で、前を走る2人を差し切る。

 

(…行ける、この距離なら……捉えきれる!!今度こそアタシが勝つんだ!!!)

 

 更なる加速。

 その恵まれた体躯と鍛え上げた筋肉が唸りを上げて、暑苦しさすら感じるほどの豪脚を発揮する。

 その姿正に昇り龍の如く。前二人を、捉えきるに足る加速に乗った。

 

 

 ────────────────その瞬間。

 二人の全身に、怖気が走る。

 

 この感覚を、ヴィクトールピストは知っていた。

 この感覚を、メジロライアンは知っていた。

 

 それは、これまでチーム『スピカ』の先輩たちと走っているときに、垣間見た。

 それは、これまでメジロ家のシニア級のウマ娘と走っているときに、垣間見た。

 

 それは、このレースでも()()()()()()()()

 

 

 ウマ娘が。

 領域(ゾーン)に、目覚めた瞬間の圧。

 

 

 コースの最内。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 その閃光の名は。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さあ叩き合いだ!!先頭はいまだスマートファルコン!!しかし後続の二人の追い上げが迫る!ヴィクトールピストが!!メジロライアンが迫っているぞ!!徐々に距離が詰まって────────』

 

 

『─────な、なっ!?何だッ!?』

 

『最後方から吹き上がる一陣の黒い風ッ!!!』

 

 

『内ラチギリギリに黒い旋風が、いや()()が放たれるッッ!!』

 

『その閃光が今ッ!!メジロライアンを切り裂いたッ!!』

 

『そしてその閃光はヴィクトールピストをも撃ち落とすッ!!!』

 

 

『そう!この閃光は見知らぬ輝きではない!!』

 

『その閃光の名は!!』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()ーーーーー!!!!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ふぅーーーーーーーーーーーーーッ………!!!」

 

 大きく、長く息をついて、エイシンフラッシュが最後の直線、己が末脚をいかんなく発揮し吶喊する。

 末脚は私の代名詞。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……なぜなら私は。

 ■■■さんが、ここまでやれるのを知っていたから。

 

 

 

「───ッ!!」

 

 皐月賞、その残り300mまで、待ち続けた。

 この距離が、私の『全身全霊』を繰り出せる距離。

 

 冷静に、待って、待って、待ち続けて。

 そうして見えた、最内を辿る一本の光の筋。

 バ群を割って突き抜ける、私だけの道。

 

 領域(ゾーン)に、入った。

 

 極限の集中状態を纏って駆ける先、自分の予想通り、彼女は先頭を走っていた。

 スマートファルコン。

 私の親友にして、ダートを走る彼女は、私が信じていた通り、先頭を走り抜けていた。

 

 

 

 だから、この■■で、走る前から彼女の事を欠片も侮らなかった。

 最終直線で、先頭を走っているのは彼女だと、そう信じられた。

 

 

 

 だから勝つ。

 私は勝つ。

 彼女に、スマートファルコンに、絶対に勝つ。

 

「…ふふ」

 

 なぜだか、笑みがこぼれた。

 だって、知っている。

 わからないけれど、覚えてないけれど、知っている。

 

 二段階の加速を繰り出し、そうして最終直線を走る彼女が、その先。

 残り200mを切った地点で。

 ()()()()()姿()()を見せて、末脚による3段階目の加速を繰り出していた。

 

 だから私は、それを差し切るために走る。

 

 そう。

 全身全霊では足りなかった。

 「差し」穿つようでは足りなかった!

 頭を下げて、姿勢を低く、風を切るような走りでは足りなかった!!

 

 もっと。

 もっと加速するために。

 

 顎を地面に擦りつける様に。

 地を這うように。

 漆黒の、閃光となる。

 

「はぁぁぁぁぁ─────────!!!!!」

 

 

 ────────光芒一閃。

 

 

 今、光の速度と成りて、隼を撃ち落とさんと閃光が征く。

 

 先頭を走る、桃色の勝負服を、桜色の頂点を穿つため。

 

 

────────────────

────────────────

 

 残り50m。

 

 隼と、閃光が、交錯する。

 

 その並走は一瞬で。

 

 しかし、永遠の時間のように、二人には感じられた。

 

 

 

 

「─────────────ありがとう、フラッシュさん」

 

 

「─────────────こちらこそ、ありがとう、ファルコンさん」

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『エイシンフラッシュが迫るッ!!スマートファルコンに迫るッ!!残りはもう100mを切った!!エイシンフラッシュさらに加速ッ!!並んだ並んだ交わした交わした!!そのままゴールインッ!!!エイシンフラッシュが差し切ったーっ!!!最後にすさまじい末脚を見せましたエイシンフラッシュ!!まさに閃光の切れ味ッ!!皐月賞、その一着に輝いたのはエイシンフラッシュですッ!!2着は最後に伸びたヴィクトールピスト、3着はスマートファルコン………』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………はぁ、はぁっ……!!」

 

 勝った。

 エイシンフラッシュは、最後、己の全てを絞り出し、先頭を走るスマートファルコンを差し切って、一着となった。

 文字通り、全てを振り絞った気がする。

 私の、不思議なあの感覚も、想いも、全て。

 走る最中にずっと感じていた既視感が…一切合切、すっかりとなくなっているような、そんな感覚を覚えた。

 

 顔を上げ、掲示板を見る。自分の数字が1着に刻まれている。

 勝利したことを間違いなく確信して、そして、勝利を誇るために観客席に体を向ける。

 

 勝利後の、いつものルーティーン。

 腰の裏に手を当て、観客席に向けて胸を張る。

 勝ち、誇る。

 爆発的な歓声が、エイシンフラッシュに送られた。

 

「……フラッシュさん」

 

「……ファルコンさん」

 

 そうしていると、息を整えたスマートファルコンがエイシンフラッシュに声をかける。

 その顔は、敗北した悔しさをにじませながらも…どこか、すっきりとした顔だった。

 

「ありがとう。一切の手加減抜きで…全力で、走ってくれて。ファル子、これでわかった」

 

「……見えましたか?以前言っていた、悩みの答えが」

 

「うん。私は…やっぱり、芝で輝く隼じゃないって、わかった。私は、ダートを走るよ。今日で、それがわかった。()()()()()()、そんな感じがするんだ」

 

 胸元に手を当てて、スマートファルコンが大切なものを抱えるように目を閉じて語る。

 自分は、砂の隼なのだと。

 芝ではなく、ダートで輝くことを求めていたのだと、わかったから。

 

 その純粋な想いもあって、しかし、それでも。

 彼女たちはウマ娘だから。

 

「…ふふっ、それでも、負けちゃったら…っ…悔しいねっ…!」

 

「…ファルコンさん…」

 

「一着おめでとう、フラッシュさん。…これからも、勝ってね…!」

 

 ぽろり、ぽろりと涙を零し、それでも笑顔を浮かべて。

 スマートファルコンは、エイシンフラッシュをそっと抱きしめる。

 エイシンフラッシュはそれを受けて、しかしレースでの勝敗を、誇りある勝負を汚さないために。

 同情や慰めの言葉は出さずに、ただ、静かにスマートファルコンを抱きしめ返した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 立華が、そんな二人の元へ歩いていくのを、アイネスフウジンは観客席から見届けた。

 二人の元へは彼女は駆けつけなかった。

 駆けつけられなかった。

 

 

 ()()()()()

 

 二人のレースに。

 彼女たちが見せるその走りに。

 またしても、魅せられた。

 その魂の輝きを魅せられた。

 

 彼女たちは、全身全霊で走っていた。

 そして、勝ちたいという想いが溢れていた。

 

 今のあたしに、あるはずのもの。

 走るのは楽しくなった。

 勝ちたいと思って走っている。

 

 だが。

 

 魂が、本当にそれを求めて走っているのか?

 

 

「…………勝ちたい」

 

 そう、自然と呟いた。

 

「…勝ちたい」

 

 誰に?

 

「…勝ちたい」

 

 何に?

 

「…勝ちたい」

 

 どのレースで?

 

 

 あたしは。

 あたしは───────────あの二人に、勝ちたい。

 

 

 アイネスフウジンの中で、決意が生まれる。

 それは、出られるレースに出て、勝ちたいという、これまでのそんな話ではなくなった。

 もっと熱い、魂の求める勝利の渇望。

 

 魂に熱が生まれる。

 そのレースに出て勝ちたいと考えた瞬間に、その熱は炎となって彼女の想いを灼熱へと変える。

 

 

 あたしは。

 日本ダービーで、エイシンフラッシュに勝ちたい。

 

 

 

 

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