【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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52 フェリス旋風

 

 皐月賞を終えた翌日。

 俺は本日発行された新聞や速報を読みながら、チームハウスで3人が集まってくるのを待っていた。

 窓のそばではオニャンコポンが昼食の猫缶を食べ終え、日当たりのいいところでお昼寝じゃい!とすっかり横になっている。

 

「…どの新聞記事もまぁ、いい写真を撮るじゃん」

 

 先日の皐月賞、フラッシュとファルコンが直接対決を行い、結果としてフラッシュが皐月賞を一着で駆け抜けた。

 俺は彼女たちが歌うwinning the soulを号泣しながら見届けて、そうして彼女たちそれぞれへ賞賛と慰めの言葉をかけた。

 ファルコンは、初めての敗北…芝のGⅠレースでの敗北に、しかし話してみれば随分とすっきりした様子であった。

 

『トレーナーさん。ファル子、わかったんだ。私、やっぱりダートを走りたいんだって』

 

 そう俺に言った彼女は、今後は芝のレースに出走せずに、ダートに専念したいという意向を伝えてきた。

 もちろん俺は彼女の悩みが解消されたことを喜び、そうして彼女の言う通り、今後はダートレースに専念し、砂の隼として輝いていくことに賛成した。

 それはそれとして負けたのは悔しいとのことで、いっぱい頭を撫でてほしいとおねだりされ、それに全力で応えた結果、スキンシップが過ぎると残る二人に叱られた。俺が。なんで。

 負けてしまった担当ウマ娘にはどこまでも優しくしてやりたいだけなのに…。

 

「失礼します。こんにちは、お疲れ様ですトレーナーさん」

 

「お疲れー☆いやー今日のカフェテリア混んでたね」

 

「やぁ、二人とも。昨日は本当にお疲れ様」

 

 お昼を取り終えたのだろう、フラッシュとファルコンがチームハウスに入ってきた。

 二人が入ってきたところで、俺はいつもそうしているように腰を上げて一度チームハウスから出る。

 これから彼女たちはジャージに着替えるのだ。

 3人が着替え終わるまでは、チームハウスから一度席を外させてもらうことにしている。

 

 そうしてオニャンコポンは昼寝してたので室内に置いてきて、チームハウスの外に設置したベンチに座ってタブレットを弄って時間を潰す。

 すると、続いて3人目の愛バがチームハウスにやってきた。

 

「…お疲れさま、トレーナー」

 

「ん、アイネスか。こんにちは、もう二人は来てるよ」

 

「そう…ねぇトレーナー、今日はこれからのレース出走プランの相談だよね?」

 

「ああ、まずその予定だな。その後は二人は脚を休めつつ勉強、君は脚が回復し始めてるからプールの予定だけど」

 

「…ん、わかったの」

 

 アイネスフウジンと軽くやり取りを交わしてから、チームハウスに入っていく彼女を見送った。

 ……何だろう。若干、彼女の雰囲気が固いような気がする。

 そういえば、昨日の皐月賞の後、送っていく頃からあまり口数が多くはなかったか?

 勝った子と負けた子が同席しているので、あまり大っぴらに喜んだりはできないよな…と昨日の時点では特に気にはならなかったが、日を跨いでも態度が固いままなのは若干気になる。

 もし何か悩んでいるようなら、相談に乗ってやりたい。今日のミーティングの後にでも本人に聞いてみよう。

 

 タブレットを眺めつつ、たまにチームハウス前を通り過ぎるウマ娘と挨拶などしながら待っていると、ドアを開けてジャージに着替えたエイシンフラッシュが着替えが終わったことを告げてくる。

 そうして俺はチームハウス内に戻り、今日のミーティングを始めるのだった。

 

「……さて、では今日のミーティングを始めます」

 

「はい」

 

「はーい☆」

 

「はいなの」

 

「まず、昨日は二人はお疲れ様な。フラッシュは見事だったし、ファルコンは惜しかった。二人の勝負が見れて、本当に嬉しかったよ」

 

「有難うございます。ファルコンさんの分も、これから益々の努力を」

 

「うん、芝のレースは任せるね、フラッシュさん!私はダートで王になるよ☆」

 

 昨日のレースの勝ち負けについては、二人の中では十分に清算が出来ている様だ。

 同室に暮らす友人同士、万が一にもわだかまりが残ってしまったら…という危惧がないわけではなかったが、そこはしっかりとした2人である。仲が壊れるようなことがなくてよかった。

 

「ああ、二人の勝利のために俺も尽力しよう。…さて、それじゃあ今日のミーティングはこれからのレースプランについてだ」

 

 俺はホワイトボードに、改めて今後開催される、それぞれが出走できるレースについて記入する。

 今日はひとまず夏休み終了くらいまでの出走プランを組む予定だ。

 俺はそれぞれの愛バの顔を見て、まず最初に一番プランがはっきりとしているエイシンフラッシュに声をかけた。

 

「…フラッシュは大体決まっているな。この後は日本ダービーへ。…希望があれば、宝塚記念とかへの出走も視野に入れて練習プランを組んでもいいけど、どうする?」

 

「そうですね…基本的には、3冠を目指すのが私の目標です。宝塚記念を考えなかったわけではありませんが、軸からはブレてしまうものかと。ダービーから菊花賞へ、事前のプラン通りに行きましょう」

 

「…Jawohl(了解)。そうだな、君がそう言うのなら最初に立てたプランの通りに行こうか。日本ダービー、勝つぞ。君を2冠…いや、3冠ウマ娘にして見せる」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 うん、フラッシュの出走プランは本当に悩まずに決まるな。

 俺は日本ダービー→菊花賞、と彼女のレースプランを決定して、これからの練習についても脳内でプランニングする。

 そうしながら、続けて次の子のレースプランを組むために、アイネスへ声をかける。

 

「アイネス。次は君の出走レースだ。一応予定ではオークスとしていたが、NHKマイルも選択肢には入っていた。どうしたい?」

 

 出走できるレースが多い彼女のプランにつき、まず直近の出走レースにつき決めていこうとそれぞれのレースをホワイトボードに記入する。

 NHKマイルに出走するならその後の安田記念、なんなら宝塚記念だって彼女は走り抜ける脚を持っている。

 オークスであればやはりトリプルティアラを目標に据えて今後のレースを考えていける。

 どのレースにだって出られることが出来る彼女は、しかし、俺の問いかけに沈黙をもって返してきた。

 

「……………」

 

「……アイネス?」

 

「……………ねぇ、トレーナー。前のミーティングで話したよね。出たいレースに出よう、って」

 

「…ああ。それは勿論、君たちが一番出たいレースに出走してくれるのが俺の望みでもあり、そして勝ちきれるように指導するのが俺の仕事だ」

 

「だよね。……あたしは────────」

 

 普段以上に、表情を引き締め…決意を込めた瞳を向けてくるアイネスに、俺は僅かにたじろいだ。

 昨日までの彼女にはなかったもの。

 そうして彼女は、その熱の籠った瞳を隣に座るフラッシュに向けた。

 

「──────日本ダービーに、出たい」

 

「…アイネスさん?」

 

 日本ダービーへの出走。

 彼女が求めるレースは、フラッシュと雌雄を決するというもの。

 俺はそれを聞いて……もちろん、反対する理由はない。だが、きちんと理由は聞きたかった。

 

「……アイネス。君がダービーに出たいというなら俺は応援しよう。だが、理由は聞かせてほしいな」

 

 その言葉に、アイネスが頷いて己の心情を吐露する。

 

「フラッシュちゃんの夢を邪魔するつもりは、なかったの……()()()()()。でも、あたしは昨日の…皐月賞の、二人の走りを見た。()()()()()。あんな、最高の走りを見せつけられて…試してみたいって、あたしが二人に通じるのか、勝てるのか…走りたいって、思っちゃったの。思っちゃったら、もう止まらなくなった」

 

「……」

 

「…アイネスさん……」

 

「日本ダービーで勝ちたい。二人に、皐月賞に勝ったフラッシュちゃんに…あたしは挑みたい」

 

「…そうか」

 

 俺はホワイトボードを記入するペンの蓋を一度閉じて、改めて二人を見る。

 その瞳に、勝利を渇望する炎を宿すアイネスの視線を、フラッシュが受けて…そうしてまた、彼女も。

 負けないと。

 勝つと。

 そんな、想いの籠った瞳でアイネスを見返しているのを、俺は見た。

 

「…フラッシュ。アイネスはこう言っているが、君はどう思う?」

 

「愚問です。…ファルコンさんの時にも申し上げたはずです。私は、たとえ相手がファルコンさんでも、アイネスさんでも…誇りある勝利を。全力で掛かってきてください、アイネスさん」

 

「…!ありがとう、フラッシュちゃん!…あたしは、貴方に挑む。そして、ダービーで勝つ!」

 

「望むところです。私も、最高の栄誉…ダービーを譲るつもりはありません。よい勝負にしましょう」

 

「…ふぅ。スピカに負けないな、うちのチームの負けん気は…OK、それじゃあアイネス、君の次のレースは日本ダービーだ。フラッシュと一緒にな」

 

「はいなの!…わがまま言ってごめんね、トレーナー」

 

「全然オッケー。トレーナー冥利に尽きるってもんだよ。こりゃ発表したときは記者がまた喜ぶかな」

 

 肩を竦めて、そうして俺は彼女のレースプランからNHKマイルとオークスを消して、日本ダービーへと変更した。

 オークス出走も見越してアイネスのスタミナは鍛えこんでいたため、走り切れないということはない。

 チーム『フェリス』の芝のエース同士の対決。このレースを、俺自身も見たいという気持ちもある。

 

「…じゃあアイネス、その後のレースだが、流石に菊花賞まで出走する、ってことは考えてないか?ダービー以降については」

 

「うん、そこは大丈夫なの!またティアラ路線に戻ってもいいし、なんなら天皇賞秋だっていいし…その前のGⅡだって視野に入ってるの。夏のアガりを見てまた相談しよ?」

 

「わかった。菊まで出るとなれば長距離走れるような指導も必要だったが、そうじゃないならいい。じゃあ、君をダービーで勝ちきれるように仕上げる。…もちろんフラッシュにもね。二人とも、全力でぶつかれるようにな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いするの、トレーナー!」

 

 これで二人目の出走レースが決まった。

 前日までは話にもなかったアイネスのダービーへの参戦だが、しかしこれは俺の中ではある程度、あり得る未来として考えていた進路だ。

 何故ならアイネスはこれまでの世界線で、日本ダービーへの出走が多いウマ娘だったと記憶していたからだ。

 このチーム『フェリス』に所属し、マイルでのレースを中心に出走することが多くなり、またフラッシュという存在もあってクラシック3冠への望みは薄れていった…のかと考えていたが、しかしその、ダービーにかける想いが彼女の中で再燃した。

 であればこのような形の勝負になることもあるのだろう。俺は彼女たちが悔いなく走り切れるよう指導するだけだ。

 

「よし…それじゃこれで二人。あとはファルコンのレースを決めるだけだな…ファルコン?」

 

 そうして最後に、ダートのレースに本腰を入れたファルコンのレースを決めようと彼女に視線を向けると、ぶすーっとした様子でまんまるな顔が膨らんでいつも以上にまんまるになった、不満げな様子の彼女がそこにいた。

 

「……二人だけの世界を作られてちょっとねー☆昨日負けたファル子はもういいんだよねートレーナーさんは☆」

 

「おいおい、何言ってんだ。俺はファルコンのことも大切に想ってるよ。だからそう拗ねないでくれ」

 

 俺は苦笑を零しながら、膨らんだそのファルコンのほっぺをオニャンコポンにするようにもみもみと両手で包んでほぐしてやる。

 ぷひゅ、と息が漏れて、んもー、って顔になったファルコンが機嫌を直してくれた。

 

「えへへ…☆…で、私のレースだよね?ダートのレースなら何でもいいよ?勝つから」

 

「ん、そうか。一先ず目標はダートGⅠだと考えてるんだけどな…実は今日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。良く聞いてくれ、ファルコン」

 

「…え?」

 

 そう言ってホワイトボードに戻る俺に、ファルコンが首をかしげる。

 隣のフラッシュとアイネスも、なんだろ?と目を合わせて同じように首を傾げた。

 

 彼女らが疑問に思うのも当然だろう。

 クラシック期のダートの重賞、これはかなり明確に出走できるレースが定められている。

 OP戦も増えてはいるが、重賞に限定すればまず6月後半に開催されるユニコーンステークス。7月前半にはプロキオンステークスと、GⅠであるジャパンダートダービー。8月前半にはエルムステークスとレパードステークスがあり、夏休みに多い印象だ。

 なので今後のプランとしては、ユニコーンステークス→ジャパンダートダービー→エルムかレパードか、といったイメージで間違いはないのだろう。恐らくファルコンもそのようなレース出走をイメージしていたはずだ。

 

 だが、俺は一つ、彼女が皐月賞に出走すると決まったときから考えていたことがあった。

 

 彼女の今の脚の適正は、芝でもダートでも走れるようになっている。

 もう少し表現すれば、()()()ダートへの適正はまだ完璧には仕上げていない。

 今後日本のダートレースを走っていくうえで、既に適性のある彼女の脚をさらに日本のダートに慣らしていく必要は、間違いなくある。俺もいずれその練習はさせるつもりだ

 

 そう、日本のダートに慣らす必要があるのだが。

 まだその段階ではない。

 彼女は、今、どのバ場でも柔軟に適応できる脚を持っている。

 

 その事実が、俺のこの先の発想に持って行った。

 ダートの王を求める彼女の次走。

 俺が、これまでの世界線でも担当ウマ娘を()()()()()()()()()()()()()()()()へ。

 

「…アメリカで6月に開催される、アメリカクラシック3冠の最終レースであるベルモントステークス。出られるが、どうする?」

 

「え?……ふぇええ!?」

 

「アメリカ三冠!?」

 

「それは…確か、2414mのダートレース、でしたよね?」

 

 驚きに染まる3人の、しかしフラッシュが説明してくれた内容に俺は頷いて返す。

 ベルモントステークス。ニューヨーク州にあるベルモントパークレース場で6月上旬に開催される、2414mのレースだ。

 アメリカクラシック3冠の最後のレースとして、現地でもかなりの人気を誇り、そして間隔が狭いアメリカクラシック3冠の中でも最後に開催される一番距離のあるレース。その距離の厳しさから、「テスト・オブ・チャンピオン」という異名を持つそれ。

 それに、スマートファルコンを出走させたいと俺は考えていた。

 

「その前のプリークネスステークスにも間に合うと言えば間に合うんだけどな…皐月賞の脚のダメージを抜き切れないし、二人のダービーとも被るからファルコンをアメリカで一人に出来ないし。けど、ダービーが終わった後にみんなで渡米すれば、そこから現地の砂…向こうのダートに十分慣らしてから挑むことが出来る」

 

 俺は皐月賞以前の記者会見の時に、こう表現した。

 彼女たちが出られるレースには、全て出走登録をしていると。

 それは海外のレースも例外ではない。正式な手続きを踏めば登録料など大したものではなく、学園からのチーム費内で十分に賄えるものだ。

 登録自体はこれまでの世界線でも担当の子を全部のレースに登録はさせていたが、しかしアメリカの3冠はすべてダートのレースである。

 一番縁があるのがタイキシャトルくらいのもので、しかし彼女も中距離以上の距離を得意とはしていない。これまでの世界線で誰かを出走させたことはなかった。

 

 だが。

 この砂の隼は違う。

 

「俺の考えだが…ファルコンなら、勝ちきれると信じている。中距離の限度と言っていい2400mの距離だが、君なら速度を落とさずに走り切れる。これまで苦手な芝でも2000mは走り切れたんだ。3冠の最終レースということもあって、出走してくるアメリカのウマ娘達もかなり仕上がり切った状態で出てくるだろうが…それでも、だ。だからファルコン、後は君の気持ち次第だ」

 

 俺はホワイトボードにベルモントステークスの情報を記入しながら、ファルコンに改めて問いかける。

 

「ファルコン。君はどうし──────」

 

「───()()

 

 そうして、俺の言葉を待ちきらずに、スマートファルコンから言葉が返ってきた。

 そう言い放ったスマートファルコンの表情は、いつか見たことがあるような、戦意が溢れて零れていそうな、それ。

 

 口を細く下弦の月のように形作り。

 愉悦(わら)っていた。

 

「出るよ、トレーナーさん。…ああ、すごい。何だろう。()()()()()()なんて、これまで全然意識したことなかったんだけど…意識した瞬間、()()()()()、って気持ちになっちゃった。絶対に勝ちたい、って…そんな気持ちが、溢れて、溢れて止まらないの…!ああ…出る!ファル子、そのレースに出て、勝つよ!!」

 

「…そうか。よし。決まりだな」

 

「うんっ!!」

 

 満面の笑顔で、しかし溢れるほどの戦意をその表情に浮かべるファルコンに、俺は笑顔で応えた。

 

 

 ──────これで決まりだ。

 

 

 エイシンフラッシュは、予定通りに日本ダービーへ。

 

 アイネスフウジンは、予定を変更し、栄誉あるレースをフラッシュと争うために、共に日本ダービーへ。

 

 スマートファルコンは、まだトレセン学園では誰も成したことのない、アメリカクラシックの冠を奪い取りに、ベルモントステークスへ。

 

 

 チーム『フェリス』は、またしてもレース界に旋風を巻き起こす。

 

 出走するレースに向けてそれぞれがさらに戦意を高めて、その日のミーティングは終了した。


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