【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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53 坂路の鬼、ふたり

 

 

 先週のミーティングで全員の次の出走レースを決め、それぞれのレースに向けてさらに練習に熱が入ってきた5月の初旬。

 GWの初日に、俺は3人を連れて訓練施設に向かっていた。

 今日の練習は坂路だ。ウッドチップを敷いた坂路は芝、ダート問わず脚にしっかりと効くトレーニングを積める上に、脚部への負担も少ないという実に効率的な練習となっている。

 その分使用するチームも多いため、予約がなかなか入れにくいという欠点もあるが、GWの合間である今日は空いているだろうと見計らい、そうして狙い通りに予約が取れた。

 他のチームと合同で利用となるが、俺の愛バ達…特に、ファルコンとアイネスは2400mを減速せず逃げ切るスタミナをつけるために、坂路での訓練が必須と言えた。

 

「よし、それじゃさっき話した通り、それぞれ坂路訓練を始めます。フラッシュは休憩を取りながら8本、ファルコンとアイネスも6本までは頑張ろう。それ以上やりたいときは脚の疲労を見て決めるので、俺に相談するように」

 

「はい!」

 

「はい☆!」

 

「はいなの!」

 

 元気よく返事をする3人を見て、笑顔で頷いて練習を開始する。

 出走レースがはっきりとした3人は、以前以上に練習に対してやる気を見せている。特にアイネスとファルコンがすさまじい燃え方で、成長曲線も予想していた物以上にぐんぐんと伸びてきている。

 やる気がまさしく絶好調といったところ。走りたいレースに出るのが一番モチベーションの向上に繋がるのだ。

 

 そうして、それぞれが練習に入るのを見守りつつ、しかし今日は別のチームも合同で坂路を利用している。

 俺はそちらにも挨拶をするために、チームを率いるトレーナーを探す。

 

「…お、いた」

 

 発見した。今、彼のチームの二人のウマ娘に練習指示を出し、そしてウマ娘達が坂路に向かうのが見えた。

 一人残ったそのトレーナーの元に歩み寄って、挨拶をする。

 

「お疲れ様です、()()()()。今日はうちのチームも坂路を使っているので…お邪魔してます」

 

「…ああ」

 

 寡黙な様子で、こちらに一瞥をくれてからすぐに自分の担当ウマ娘へ顔を戻す、その人は黒沼先輩。

 中距離以上、長距離のレースを走るウマ娘を多く輩出している、チーム『ベネトナシュ』*1を率いるトレーナーだ。

 その寡黙な性格とサングラスをかけた厳つい風貌、見せつけるような胸筋と佇まいで、ウマ娘や新米トレーナーからは距離を置かれたりもしている、そんな先輩ではあるが。

 

 俺は、この人を心から尊敬していた。

 

「……………」

 

「……………」

 

 邪魔にならない程度に、2バ身ほどの距離を空けて隣に立ち、お互いに自分のウマ娘の練習を見守る。

 彼の無言の圧、立っているだけでもおじけづきそうなその雰囲気だが、俺はこれが嫌いではなかった。いやむしろ好きな方に分類される。

 何故なら俺は、これまでの世界線で……この人からとても多くのことを学んだからだ。

 

 黒沼先輩の視線の先、彼の担当するウマ娘が坂路を走る。

 その子はもはや慣れた物、とでもいうかのように坂路を駆け上がる。この学園でも坂路を走らせれば1,2を争うであろう坂路の鬼。現在はシニア級で活躍するウマ娘。

 ミホノブルボン。

 彼女は、苦手と言われる中距離以上の距離適正を乗り越えて、長距離のレースでもよい成績を残していた。

 

 そう。

 彼女の戦績が示す通り、黒沼先輩は、距離適性の壁を超える指導の技術を持っている。

 

「……………」

 

「……………」

 

 心地よい沈黙を味わいながら、そうして俺は過去の世界線の記憶を思い出す。

 特に、ハルウララを担当していたあの永劫の時間。

 ハルウララの芝適性を上げる方法を模索するとともに…彼女の、誰よりも苦手としていたであろう長距離を走らせるために、俺はあらゆる手段、あらゆる方法を試した。

 その中で、比較的早期に頼らせてもらった先輩が、黒沼先輩だ。

 この人のウマ娘に長い距離を走らせるための指導法は、俺の今の指導法の礎となっている。

 体幹トレーニングについてはそれ以前からも指導に入れていたが、より力を入れ始めたのはこの人の教えを受けてからだ。

 

 黒沼先輩は、時折「鬼のような指導をするトレーナー」という風評を受けることがある。

 それは彼の持つ雰囲気が原因の一部でもあるし、また彼の指導が確かにウマ娘に大きく負担をかけるような、大変厳しいトレーニングを積ませる傾向にあることも理由の一つとなっている。

 確かに、厳しいトレーナーではあると思う。

 だが、俺はそれ以上に、誰よりも優しく、そしてウマ娘を思いやるトレーナーであると知っている。

 

 何故なら、彼はウマ娘の希望に沿って指導をしているだけなのだから。

 ミホノブルボンが3冠を、長距離も走れるように希望をしたからこそ、彼はそれに全力で取り組み、そうして夢を成すための努力をして、そうして結果を残している。

 

 ────────敬意しかない。

 

「……………」

 

「………おい」

 

「ん、はい。何でしょうか、先輩」

 

 そうして過去を懐かしみつつ心地よい沈黙を味わっていたところ、なんと珍しく向こうがしびれを切らしたのか、黒沼先輩から声をかけられて俺は返事をする。

 何だろう、とも思いつつ…しかしよく考えてみれば、噂の新人が自分の圧に怖気づくことなく、むしろリラックスして隣にいるのだ。黒沼先輩からしたら何だコイツ、という感じだろうか。

 これまでハルウララを育てていた世界線では俺の方から積極的に声掛けに行って仲を深めていたところもあり、俺の方は全く緊張もない状態だが、そういえばこの世界線ではまだそこまで親しくしているわけではなかった。

 ちょっと申し訳ない内心を抱えつつも、黒沼先輩の話を待つ。

 

「………立華。お前、次のレースは日本ダービーに二人送り込むらしいな」

 

「…ええ。先日発表した通りです。うちのチームからは、フラッシュとアイネスが出走します」

 

「…アイネスフウジンはオークスに行くものかと思っていた」

 

 黒沼先輩の話は、俺のチームの二人…フラッシュとアイネスが同じレース、日本ダービーに出走する件だった。

 先日のミーティングで決定したのち、乙名史記者を呼んで正式に発表し、ウマッターでも公表している。

 その翌日にめちゃくちゃ取材の依頼が来たが、俺はすべて断った。ウマ娘にとって大切な時期だという理由で押し通した。

 なお、ファルコンの次走についてはまだ隠している。ダービーが終わって渡米した後に発表するつもりだ。それこそ、アメリカ3冠レースに挑むなどとニュースになれば、取材がさらなる殺到を見せることが容易に想像できるためだ。

 

「アイネスについては、ある程度自由にレースを組むことにしていたんです。ダービーに出走するのは彼女の強い希望ですね。フラッシュとどうしても戦いたいという…俺は、それを応援することにしました」

 

「……そうか。…ならいい」

 

「はい。…………」

 

 そうしてまた沈黙が戻る。

 俺は黒沼先輩のその言葉に、どんな裏の意図があったのか簡単に察することが出来た。

 俺を…俺と、フェリスのウマ娘たちを気遣ってくれているのだ。

 

 この人もまた、ダービーの持つ意味の重さを知っているから。

 ウマ娘の出走したいレースを、トレーナーが応援するものであることを知っているから。

 

 そして、この世界線では。

 同じチームのウマ娘が、同じレースに出走する場合のトレーナーの大変さを、知っているから。

 そんな彼のチームのウマ娘たちが、併走を終えて戻ってくる。

 

「…マスター、坂路2本、終了しました。予定通り、10分の休憩をとって次のミッションに移行します」

 

「ふぅ…こっちも2本終わったよ、()()()()。ライスも休憩入るね」

 

 ミホノブルボンと、ライスシャワーだ。

 この世界線では、ライスシャワーが黒沼先輩のチームに所属するという、中々珍しいシチュエーションとなっていた。

 

「…休憩中によく水分補給をしておけ」

 

「了解です。…立華トレーナーもこんにちは。お疲れ様です」

 

「はい!…あ、猫トレさんもこんにちは。そういえばフラッシュさん達も走ってたね」

 

「やぁ、二人とも。今日はうちのチームも坂路を使わせてもらっているからね。お邪魔してるよ」

 

 俺は二人に笑顔で挨拶を返した。

 この世界線でも、俺は二人とも縁が出来ている。ミホノブルボンは逃げシスに入ったのでファルコンつながりで話すことがあったし、ライスはオニャンコポンが可愛いらしく時々撫でに来る。

 二人とも、才能あるウマ娘で…もちろん、かつて3年を共にしたウマ娘だ。性格も、好きなものも、それぞれの想いも知っている。

 

 その二人が、同じチームに所属するという珍しい世界線。

 この世界線では────────ライスシャワーの、菊花賞のあの事件は起きなかった。

 

 クラシック3冠を駆ける彼女たちは、これまでの世界線でもよく見たように、ブルボンが無敗の2冠を達成。

 しかし、ライスシャワーもまた2冠を達成している。

 …日本ダービーを、同着で駆け抜けたのだ。

 

 同じチームのライバル同士という事実もあり、記者側もライバル同士の決着と銘打った記事を出した結果、菊花賞で勝利したライスシャワーに必要以上の悪意が向けられることはなく、チーム『ベネトナシュ』がその年のクラシック3冠を制覇した、と言われるようになった。

 

 …無敗の3冠を止めたライスが、必要以上に悪意にさらされる世界線を、俺は何度も見た。

 ファンの想いが暴走する事件を経験している俺としては、この世界線の二人の決着は、何よりも優しい、救いの形だと感じていた。

 ウマ娘の流す涙は、レースの勝敗の結果によるものだけでいい。

 世間の悪意を受けるようなウマ娘が一人もいない。そんな世界線を、俺は求め続けている。

 

 …閑話ではないが、休題。

 

「…そういえば、二人ともダービーウマ娘なんだよな。…黒沼先輩。よければ、坂路の休憩の間に…二人からうちの子たちにアドバイスというか、心構え的なものを聞かせてもらいたいんですが」

 

「…立華。お前、結構遠慮ないな」

 

「はは、すみません。ウマ娘のためになることは何でもしてやりたくて」

 

 俺はふと思い立ち、よかったら二人からダービーに出走するときの心構えを聞けないか…と考えて黒沼先輩に遠慮なくずけずけと依頼してみる。

 俺の必殺技、行き当たりばったり作戦だ。

 それを聞いて、黒沼先輩は生意気な後輩だという顔をしながらも、しかし。ふん、と嘆息を一つ零してから、ブルボンとライスに顔を向けた。

 それだけで意図が伝わったのだろう。二人が口を開く。

 

「マスター、私は問題ありません。クラシックを走るチームフェリスの皆様に、私の当時の心境を説明すればいいのですね?」

 

「ライスも大丈夫だよ、お兄さま。今年はクラシック、すごい盛り上がってるし…ライバルに挑む気持ちはわかるから。いい勝負にしてあげたい」

 

「…そうか。……次の休憩をこっちと合わせろ、立華。うちはあと2本走らせたら20分休憩をとる」

 

「っ、ありがとうございます!ブルボンもライスも、ありがとうな。急なお願いに応じてもらって」

 

 二人の快諾を得て、そうして黒沼先輩からも了承の許可を頂いたことで、俺は大きく頭を下げてお礼を述べる。

 構わん、とこちらに顔を向けずに返してくる黒沼先輩だが、やはりその優しさは隠し切れるものではない。

 この人は、その外見に見合わず…優しいのだ。優しいからこそ、ブルボンも、ライスも、他のウマ娘達も彼についていっている。

 やはり敬意しかない。

 

「…ふぅ、トレーナーさん、2本終わりました…おや、ブルボンさん、ライスさんも。お疲れ様です」

 

「…っはー!芝よりましだけどダート走りたーい!…あ、二人とも、さっきファル子のこと抜いていったでしょ!」

 

「坂路、オグリ先輩たちとの併走で得意になったと思ったんだけどなぁ…まだ二人には敵わないの」

 

 約束を取り付けたあたりで、今度はうちのウマ娘達が坂路走行を終えて戻ってきた。

 お疲れさん、と俺は3人に労りの言葉をかけた後、今日の予定を少し変更して、ブルボンとライスに話を聞く時間を取ることを説明する。

 

「ああ、それは是非ご拝聴させていただきたいです。お二人に…ダービーに勝ったお二人にだからこそ、聞きたい話がいっぱいあります」

 

「あたしもなの!ブルボンちゃんの逃げは参考にさせてもらいたいし、後ろから黒いのが差してくるときの気持ちとか聞いてみたいし…」

 

「私も一緒に聞きたいなー☆二人の当時の話とか、絶対面白そう!」

 

「決まりだな。併走の間に何を聞くか考えておくんだぞ」

 

 そうしてウマ娘達が笑顔を見せながら話し合っているところで、黒沼先輩が改めて俺に声をかけてくる。

 

「立華」

 

「はい」

 

「…同じレースに出たウマ娘は、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。…ほとんどはそうだ」

 

「…はい。俺も、それは覚悟しています」

 

「ああ。…()()()()()()()()()

 

「っ…はい!」

 

 そうして先輩から頂いた言葉は、レース後のウマ娘達に寄り添えという、トレーナーの心構え。

 それは、どのトレーナーも持っており、そして何よりも大切なこと。

 ウマ娘達がレースに勝った時、負けた時…寄り添ってやるのが、トレーナーの務めなのだ。

 ライバル同士のウマ娘を担当し、そしてクラシックを駆け抜けた先輩の…想いの籠った、真摯な助言に、俺は改めて頭を下げて礼を述べた。

 

 

 なお、その後の座談会ではどこで仕掛けるかなどの実践的な話をあらかた終えたのち、5人のアイスブレーキングとして提供したはずのオニャンコポンに話が向かったらしく、最終的にオニャンコポン吸い大会になってしまい、予定時間を大幅にオーバーしてしまって俺は黒沼先輩に睨まれることになった。なんで。

*1
独自設定







以下、感想欄で生まれた閑話。
猫吸いしてるウマ娘達を眺めている黒沼パイセン視点です。


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────────────────



 ペットか。悪くない。

 ────────立華の猫が極めて優秀な、稀に見る人懐こい猫だということは理解している。
 なにせ人の肩に大人しく乗るような猫だ。
 そんな猫を、俺は他に一匹しか知らない。ああして種族的には圧倒的強者たるウマ娘達に囲まれてもなお、リラックスして腹を見せているあの猫が、他と同じとは考えてはいけない。

 だからこそ、ペットとして選ぶならば別の物を選ぶ必要がある。
 チームで飼うペットとして、ウマ娘達のメンタルケア、および動物博愛の精神を育むために何を飼うべきか。

 実を言えば、この話は以前に立華を除くトレーナー間で話題提起があり、その有効性につき検討、共有されていた。
 チーム『フェリス』を率いる立華の、そのすさまじい成績をたたき出している根幹は何か。
 無論、この男がトレーナーとして極めて優秀であることはもはや論議に上がらない。
 その実力を認められないようなトレーナーは中央にはいない。
 彼から学べることは学び、そうして己の担当するウマ娘の為にと尽力できるものこそが中央の門戸を叩けるのだ。
 そこに新人もベテランもない。立華はその手腕を見習われる立場に立っている。
 どうやら本人に自覚はないようだが。

 さて、そうして先ほどのトレーナー間での話題提起に話を戻すと、チームメンバーが優秀な成績を収められている原因の一つに、ペットをチームで飼っていることが挙げられるのではないか、と議題に出た。
 オニャンコポンと名付けられているかの猫が、彼女らチーム『フェリス』のウマ娘のメンタルを解きほぐし、とてもいい影響を与えているのではないか、と。
 アニマルセラピーという言葉はもはや一般化しているだろう。ペットと触れ合うことで人は、ウマ娘はそのメンタルにいい影響を与えるものだ。

 しかしペットを飼う、と言っても一概には難しい。
 立華が飼育しているこの猫でさえ、その賢く大人しい面があるためこうして学園でも違和感なく受け入れられており、彼のチームハウスでも3人がそれぞれ面倒を見たりしているのだが、これをじゃあ他のチームでも早速やろう、とすればそこには様々な障壁が発生する。

 まずもって、飼えるのか?という現実的な面。
 エサの準備、ペットによっては飼育ケージ、気温管理。勿論糞尿やトイレの始末だって必要だ。
 そしてチームハウスとは常にだれかがいるところではない。夜はトレーナー、ウマ娘ともに不在にするし、長期休みなどもってのほかだろう。オニャンコポンはあくまで立華の飼い猫であり、彼の家で生活しているからこそその健康を保てている。
 チームハウスで飼うというのは現実には厳しい所だ。

 であればトレーナーが飼うのか?という面についてもこれは難易度が高い。
 そもそもがトレーナーのほとんどは寮生活だ。近くに家を持つ者がいてもそれは家庭を持っていることと同義であるし、立華の様に近所に一軒家で一人暮らしをしておりペットも飼える、という条件に合ったトレーナーなど片手の指で数えるに事足りてしまう。
 トレーナー業そのものが多忙な仕事であることも事実として存在し、その傍らでペットの世話、そうして責任まで持つというのは難しい話である。

 それに、ペットもそれぞれで難しい面がある。
 立華はこうして賢い猫だからこそ学園にも連れてきているが、他の猫では絶対にこうはいかない。理事長の飼う猫やオニャンコポンのような賢い猫ばかりではないのだ。
 では知能指数として高いとされる犬でも飼うか、という話もあり、間違いなく一番可能性は高いとは思うが、犬だって相当の食事量を必要とする。トイレの世話や始末も大変なものだ。そういった大変さもペットを飼う醍醐味ではあるし、それをみんなですることでチームの絆が深まり、動物愛護の精神も出てくるものだとはわかってはいるが。
 しかし、犬や猫が厳しい、となればどうするか?ハムスターやウサギのような小型の動物も選択肢に上がっては来るが、しかしそうなってしまうと今後は中々レース場などには持っていけないものになる。
 単純にペットとして飼う、というだけでは望む効果である「ウマ娘達のレースへの意欲向上」にはつながらないかもしれないという懸念。
 中型で、犬や猫より飼いやすいペット。そんな命題は誰にも分らない。タヌキでもどうかと話を上げた者もいたが、タヌキってペットで飼えるのか?
 そういった諸々の事情があり、チームでペットを飼うことによる成績の向上の因果関係というそのトレーナー間での話題は、現状では難しい、という結論に落ち着いた。

 しかし、それは現状である。
 ペットなら、ということで東条女史がその話を引き継ぎ、近日中にエルコンドルパサーを問い詰めて(彼女が鷹を寮で秘密で飼っている、というのはトレーナーやウマ娘の間では公然のものとなっている)、鷹を公認で飼ってOKにする代わりに、チームでも面倒を見させてもらって、ウマ娘達のメンタルやペットを世話するときの気持ち、またそれに伴ってレースの成績や練習の成果などがどうなるかを見てみるとのことだ。
 それでさらに有用な結果が得られるようであれば、学園も本腰を入れてチームペットの話に前向きにとらえていくだろう。なにせあの理事長だ。ウマ娘の為になる事なら何でもする。
 そうなれば、チームハウスではなくどこか一括で飼育小屋のようなものを作り、ウマ娘に世話をさせる傍ら、チームに一匹ペットを配属して日中はそちらで世話をする…といったこともできるかもしれない。

 なにぶん、誰もやっていないことだ。
 これ自体が結果を生まない可能性がある。また、ペットがもし不慮のそれで亡くなったときなどのペットロスの問題もある。
 それでも、ウマ娘達のためになるのであれば。彼女たちが、さらなる好走をみせ、素晴らしいレースを見せてくれるのであれば。
 少なくとも、俺に反対するつもりはない。
 当然、この立華という男にもないだろう。
 学園にいるトレーナー全てが、ウマ娘のことを想ってここで仕事をしているのだ。
 だからこそ、俺たちはこのトレーナーバッジを胸に、今日も彼女らの練習を考えている。


「……その、黒沼先輩。時間超過は申し訳なかったと思ってまして…なんで、そんな睨まないでくださいませんか?」


 そんなことを考えていたら、立華から随分と恐縮した様子で声をかけられた。
 む。考えに没頭しすぎたせいで顔がこわばっていたか。
 すまんな。そんなつもりではなかった。ただ、お前という特異点のトレーナーが出てきたことで、周りのトレーナーがみんな、考えることが増えたという事だけは理解してほしい。
 だからこそ、俺は言葉を返してやった。

「気にするな。………お前の責任ではあるがな」

「ひぇい」

 そうしてなぜか情けない顔をさらすこの男。
 どうにも憎めないやつだ。

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