【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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(安田)
ソングラインありがとう…(三連複GET)




55 隼の休日

 

 

 

Seriously(マジで)!?」

 

 GWの中日、午前中にチーム『フェリス』の練習を終えて自宅に帰り、そうして午後から予定しているスマートファルコンとのお出かけまでの時間を待っていた俺は、自室のPC前で叫んだ。

 英語で叫んでしまっているのは、目の前のPC画面がアメリカのサイトであり、全て英文で書かれていて思考を英語で考えていたからだ。

 

「…嘘だろ、そんなことある?holy shit…」

 

 俺はアメリカ人っぽく大げさに頭を抱えて、PCに映るその論文を改めて読む。

 それは、アメリカにある専門学校…トレーナー養成の専門学校の、卒業論文がまとめられているページだ。

 

 以前の世界線より、俺はあらゆるウマ娘の育成に関する論文を読む癖があった。

 それは勿論、世界線を跨ぐうえで読んだことのあるものも多く、世界線を跨ぐたびに既読の論文が増えていったが、外国語を覚えることで外国のそれも読めるようになり、そうしてトレーニング関係の知識を増やしていた。

 ちょっと間が空いた時など、一般市民が掲示板やSMSを見るのと同じように、俺は世界中の論文を読み漁っている。もはや趣味の一環と言える。

 

 そうして、世界線を跨いでいく中で時々、これまでで見たことがない論文がぽろっと出てくることがある。

 知らないトレーナーがその世界線で新しい論文を書き上げることがあるのだ。

 これはおそらく、俺が世界線を跨いでいくうえでのバタフライエフェクトなのだろう。

 ウマ娘の出走するレース内容が同じようにならないことからわかる通り、それなりの変化がどの世界線でも起きている。

 

 身近なトレーナーの話で言えば、この世界線では北原先輩が最もたる変化と言えるだろう。チーム『カサマツ』はその存在自体が特異点だ。

 また、黒沼先輩だってライスシャワーを担当するという珍しいことをしているし、沖野先輩はヴィクトールピスト、南坂先輩はサクラノササヤキとマイルイルネルを担当するのは俺が知る限り初めてだ。

 こうした変化が、トレーナーとしてのスキルや経験を変えて、新しい論文が出てくる原因となっているのだろう。俺はそう考えていた。

 

 さて、そうして今日その論文を見つけた俺は、驚愕に目を見開いた。

 たまたま、今回の世界線では近日中にアメリカに行く予定もあることからそこの論文を読み漁っていたところで、こんな出会いがあるとは思っていなかった。

 そのアメリカの専門学校を卒業した学生が書いた論文の内容が、あまりにも俺に密接にかかわっているものだったからだ。

 

 ────────『ウマ娘の本格化前後における、体幹トレーニングの重要性』。

 

 そう英語で書かれたタイトルのそれは、俺の育成論に酷似している内容だった。

 もちろん、大まかに内容が近いというそれであって、俺が世界線を跨いで重ねていった、しっかりとした理論に基づいての説明ではない。

 学生の卒業論文ということもあり、実証不足や理論の根拠の引用不足なども散見される。

 

 しかしだ。

 論文の根幹である、体幹トレーニングの実施による地固めの重要性は、ものの見事に説かれていた。

 恐らくは、これを書いた学生は体幹トレーニングを実施したことでウマ娘が強くなったという経験をどこかでしたのだろう。だからこそ、ここまで熱のある論文を書けているのだと俺は読み取れた。

 

「…マジか……マジかぁ。うわ、これ俺の論文出す時に気を遣うなぁ…」

 

 俺自身も以前から言っている通り、体幹トレーニングに関する論文を近日中に世に出すつもりだった。

 既にチームとしての実績は十分以上についてきている。

 早ければ今年の夏にでも、GⅠ()()をさせたトレーナーの育成論として、他のトレーナーに参考になればと草案を提出するつもりだった。

 

 しかし、同様の論文が既に出されている。

 さらに言えば、世間に既に出回っている他の体幹トレーニング関係に関する論文よりも、俺の指導に酷似している内容のもの。

 考えたくはないが、このまま俺が何も考えずに論文を後出しするとなると、面倒が生じる可能性がある。

 

 1つは俺の論文がパクリだと指摘される可能性。

 しかしこれは心配する必要はあまりないと考えている。何故なら、俺が書いている論文はきっちりとした実証と、根拠と、理論と、そして結果がついてきているからだ。

 先出しのこれに追従したと邪推されても、件の卒業論文は今年の3月に書かれたものなのでしっかり調べれば違うとわかるだろう。

 

 もう一つは、相手の論文がパクリだと指摘される可能性。

 これについても本来は心配する必要はない。何故なら俺が論文として出す前にアメリカでこの論文が書かれているのだ。

 しかし、俺という人間の知名度がその事実を捻じ曲げる。

 考えたくはない、本当に考えたくはないことだが、俺という世間的には有名になってしまったトレーナーが出した論文に似たものがあるとして、俺の論文よりも根拠資料が少なく、しかし結論だけが近いようなものがあるとすれば…世間は、どう思うだろうか?

 そういった逆転現象は往々にして起こり得るものだ。悲しいことだが。

 

 …危惧しすぎなのかもしれない。

 これはアメリカの論文であり、俺は当然論文は日本語で書き上げるため、この二つの論文の関連性は気付かれずにそれぞれ評価を受けるかもしれない。

 

 だが、俺が知ってしまったのだ。

 知ってしまえば、俺は素直に今書いている論文を出すことはできない。

 俺が迷惑をこうむるだけならともかく、万が一にも相手方に迷惑をかけたくない。

 

「………はぁ。これ書いた人に連絡とるかぁ…」

 

 そうしてため息を零しつつ、自分の論文提出に若干の陰りが出てきたことでもんにょりとした気分になった。

 これからスマートファルコンと会って、楽しく休日を過ごせると思っていたのに。

 

『~♪』

 

「……ん、きたか」

 

 家のチャイムが鳴る。その音で、俺はもやもやした今の気持ちを振り払い、玄関に向かう。

 扉を開ければ、そこにはいつもの装いとは違い、髪を下ろしてお洒落な服装に身を包んだスマートファルコンがいた。

 

「えへへ、トレーナーさん☆こんにちは!ちょっと早く着いちゃったかな?」

 

「っ…」

 

 普段しているツインテールとは違う。広がった髪を胸元のあたりに降ろしてふわりと軽めのパーマが掛かったそれは、ずいぶんと彼女に大人びた印象を抱かせた。

 ちょっと…いやかなりグッときた。テンションがうなぎ上りになりそうなのを努めて抑える。

 先ほどまでの論文絡みのもやもやなどどこかへブッ飛んで行ってしまった。

 

「…いや、気にしなくていいよ。すぐ準備するから行こうか。一度上がって待っててくれ」

 

「うん☆お邪魔しまーす」

 

 そうして一度ファルコンを家に上げてリビングで待ってもらってから、俺は急ぎ外出の準備をする。

 大した準備というものは男性には不要だ。ウマ娘の嗅覚でも利きすぎない薄いコロンを軽く振って、髪だけ整えて、身軽なバッグを手にして、オニャンコポンを肩に乗せて完了だ。

 しかしオニャンコポンが自室にいなかった。どこ行ったあいつ?と探しにリビングに戻ってくると、ファルコンの尻尾に本能を刺激されぴょんぴょんしているオニャンコポンを見つけた。これで準備おしまい。

 

「準備OK。そんじゃ行こうか、ファルコン」

 

「うん!まず水族館からだね!」

 

 オニャンコポンにちょいちょいと指で合図をして、肩に上らせ定位置に収め、そうして二人で自宅を出た。

 今日はこの後、水族館でゆっくりしてからショッピングモールを見て回り、ゲーセンなどで時間を潰し、そうして夕飯を一緒する予定だった。

 道路側に自分を挟むようにして、ファルコンと並んで駅まで歩く。

 ウマ娘とは言っても歩いているときは普通の女の子と同じ速度だ。何も考えずに歩けば歩幅の分だけ俺が速く歩きすぎるので、彼女の足取りに合わせるようにする。

 当たり前のことすぎてこの描写いらないな?

 

「…ねぇ、トレーナーさん」

 

「ん、なんだい?」

 

「さっきさ、玄関で迎えてくれた時…なんか、表情が暗くなかった?何かあったの?」

 

 歩きながら取り留めない話をしている中で、ファルコンから先ほどの俺の様子を指摘された。

 気づかれるほど顔に出ていたか。

 担当ウマ娘に心配されてしまったことと、せっかくこうして楽しみにしていたお出かけの最初にあんな表情を見せてしまったことを、俺は深く反省した。

 

「ああ…まず先に言っておくと、今日のお出かけは俺も心から楽しみにしてたからな、それは勘違いしないでくれ。君がそうしておしゃれしているのを見てその時抱えてた悩みは既に吹っ飛んだよ。…髪型、可愛いよ」

 

「…☆♪♥」

 

「…で、まぁその前のことだけどな…大した話でもないんだけど。聞いてくれるか?」

 

「うん。トレーナーさん、あんまりああいう顔しないから…ファル子少し心配したよ?教えてほしいな」

 

 そうして、駅に着くまでの時間つぶしに、俺は先ほどの話を軽く説明する。

 俺が出そうとしている体幹トレーニングの論文に似たやつをアメリカで見つけた。

 ばっちり似てるってわけじゃないけど根幹の部分は同じよう。

 論文発表するときにパクりとか言われないといいなー、と。そんな内容。

 

「…ってことで、まぁちょっとマジかよ、ってなってただけさ。それも落ち着いてよく考えれば…別に大したことでもなかった。相手の人に連絡とって論文発表の許可取ればいいだけだし」

 

「んー…論文のあたりはファル子詳しくないけど、実はどうでもいい話だったってこと?」

 

「そゆこと。だから心配しないでくれ。それよりも、今日をいっぱい楽しもうぜ」

 

「ふふー、ならよかった!それじゃ、いっぱい遊ぼうね!」

 

 心配が杞憂であったことを知ってファルコンが笑顔を見せる。

 俺もそれにつられて笑顔になりながら、オニャンコポンとも一緒にのんびりと散策するのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 そこからの一日は、心底楽しかった。

 というよりも、掛かり気味だった。

 主に俺が。

 

「あっ、トレーナーさん見てみて!熱帯魚可愛い☆どうしてお魚さんってこんなにきれいな色してるんだろうねー」

 

「……ああ、そうだな…」

 

 トレセン学園に一番近い水族館で、俺はファルコンが楽しそうに各水槽を見回るのを眺めた。

 ぶっちゃけると、もうここは何百回と来ている。

 流石にもう慣れた物なのでなんならどの水槽にどの魚がいるか空で言える。トレセンのウマ娘水族館好きすぎ問題。

 

 …ああ、いやトレーナーでも好きな人はいたか。桐生院さんだ。あの人ともよくここで会ったな、ハッピーミークと一緒に。

 ずいぶんと大きい水族館なので、ゆっくりしたものを眺めるのが好きなミークがいると時間が鬼のように溶けていったのを覚えている。楽しかったけど。

 

 さて、そうしてそんな見知った水族館ではしゃぐファルコンを見ている俺だが、不意に気が緩むと彼女の髪に目を奪われてしまっていた。

 こう…何というか…駄目だ。彼女の普段の印象と違いすぎる。

 彼女は普段、髪をツインテールに結いこみ…その黄金比とも言おうか、まんまるな雰囲気がある、彼女の明るさをよく表した髪型をしている。

 しかし今日はお出かけで気合を入れてきたのか、髪が下ろされて胸元のあたりでふんわりと広がるセミロングのそれが…俺にブッ刺さった。

 いかんいかん。元旦の初詣で煩悩は落としてきたはずだろう俺よ。

 こんな目で見られていると知られれば、ファルコンだって嫌な気持ちに───

 

「───────────」

 

 …少しだけ、ファルコンが振り返って俺を見た気がした。

 水族館の中は暗く、表情は見えなかったが…雰囲気が、何となく。してやったり、というか…誘っているような気さえする。

 何だ?俺は担当ウマ娘から何を感じ取ろうとしているんだ?

 落ち着け。掛かっているぞ俺は。

 夢を懸けるべき担当ウマ娘に俺の嗜好という夢を掛けるんじゃないよ。バカか俺は。

 

「……ふふ、トレーナーさん?さっきからどうしたのかな…ちょっと、上の空じゃない☆?」

 

「っ、いや…そんなことはないよ。水族館の静かな雰囲気が好きでね、思わず没頭してただけさ」

 

 そんな邪な思考を振り払おうとしていると、いつの間にか至近距離でスマートファルコンが俺を見上げるようにのぞき込んできた。

 いけません。その角度は髪型がじっくり見えてしまってヤバい。

 

「ふ~ん…☆?まぁ、そういうことにしておこうかな?ふふ、それじゃあ次のところ行こう?ペンギンがいるって!」

 

「ああ…そうだな。次はマカロニ(伊達男)ペンギンがいるんだったかな、確か」

 

 しばらく上目遣いで俺を見つめてきたファルコンだが、意を得たり、といった具合に距離を戻してから、そうしてまた水族館の観覧に戻る。

 振り返る彼女のふんわりと揺れる髪を無意識でまた目で追いそうになりかけて、俺は彼女に聞かれぬように内心でため息をついた。

 刺激が、強い。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして、その日は随分とファルコンに振り回されて一日が終わった。

 水族館の後に立ち寄ったショッピングモールでは、夏に着る水着を選びたいと言われて、女性向けの服飾店に入っていった。

 男一人でこの空間に入るのは中々にキツい。オニャンコポンがいなければヤバかった。

 

 そうしてその後のゲームセンターでは、今年に入ってからURAより打診を受けてつい先日完成した、フェリスの3人のぱかぷちがクレーンゲームに入荷していたので、それを取ろうと二人で並んでクレーンゲームに勤しんだ。

 隣にいるファルコンが、アームの位置が見えないから!と自分にすり寄ってくるので俺はまたしても髪に目を奪われてしまった。

 その内ファルコンが何回か失敗をして俺に交代してきたので、1回のプレイで10体のぱかぷちを拾い上げたら、ファルコンと周りのギャラリーから信じられないようなものを見るような眼を向けられた。

 悪いな。このクレーンゲーム、目をつぶってても取れるくらいにはやりこんでるんだ。

 

 そうして夕食の時間になり、ファルコンの希望もあってラーメンという色気のない食事となったが、それはそれで俺の脳が破壊された。

 女性がラーメンを食べるときは、得てして髪を手でかきあげながら食べるものだ。

 テーブルに座ったのが失敗だった。カウンターに二人で並んで座るべきだったのだ。

 俺は目の前のファルコンが何度も髪をかきあげる様を目の当たりにして、狼狽を隠すのに必死だった。

 ラーメンの味は覚えていない。いや、食いなれた味なんで思い出せるけど。

 

「……ふー……楽しかったが疲れた……」

 

 俺はファルコンを寮まで送り届けて帰ってきた自宅の、自室のチェアに腰を落として天井を仰ぐ。

 今日のファルコンは、何というか……強かった。

 自意識過剰でなければ、かなり距離を詰めてきている感じがした。

 フラッシュやアイネスなどはそういった雰囲気で時折接してくることもあるので慣れていたが、ファルコンまでこうグイグイ来るとは、少し意外だ。

 二人に何かしら影響を受けているのだろうか?これまでの世界線では、少なくとも前者二人と比べれば、ウマドルとして異性との距離感は大切にしている印象があったのだが。

 

「………まぁ、悪い事じゃないか」

 

 俺は彼女の様子にそう結論を出した。

 距離感が近いということは、信頼の現れだ。パーソナルスペースはウマ娘それぞれで違うが、信頼した相手への距離はどんな子だって詰まっていく。

 フラッシュやアイネスはその距離が近いほうだったが、ファルコンも同じくらいの近さになったという、それだけ。

 そしてそれは、俺を信頼してくれているということの裏返しでもある。喜ぶべきことだろう。

 でもあの髪型を常にやられたら俺は掛かってしまうので、ごく時々にしてほしい。

 時々は見たい。

 

「…いやアホか」

 

 俺はそんな浅ましい己の思考に蓋をして、オニャンコポンを吸うことでメンタルを落ち着ける。

 オニャンコポン吸いはあらゆる精神安定剤を超えた完全メンタリストだ。

 こいつをキメれば大体の悩みは何とかなる。偉いぞオニャンコポン。やっぱりお前がナンバーワンだ。

 

「……さて、明日は早起きしなきゃな」

 

 明日は練習の予定は入れておらず、チームフェリスは一日休みである。

 その日はアイネスフウジンと遊ぶ予定が入っており、そのために今日は早く寝る必要があった。

 一日休みの日をアイネスが勝ち取れた理由については明日になればわかるだろう。事情を説明されたフラッシュもファルコンも、彼女がその日を使うことを快諾した、とても彼女らしい理由だ。

 

「そうだ、寝る前に……」

 

 俺はPCの電源を入れて、今日の昼頃に見ていた論文を改めて確認する。

 これを書き上げたトレーナー、恐らくは専門学校卒業直後なのでまだトレーナーの卵であるその人だが、そちらに連絡を入れることにした。

 

 そうして論文のページに入り、相手の情報を収集しようとしたが…ここで一つの問題が発生した。

 筆者の名前が書かれていない。

 サイトを調べると、卒業生の作品となるこれらの論文は正式に世間に公表という形をとっていないため、責任を持たせないためにも名前は記載されていないらしい。

 論文の末尾に書かれる紹介欄には、どの学部の学生であるかと、イニシャルしか記載がなかった。

 ただ、作者へ感想などのDMを送ることはできる様だ。

 

 なら話は早い。

 俺はこの論文についての感想や内容の素晴らしさ、自分の指導の経験から生まれる根拠などをがーっと(3万字超)書き上げて、そうして末尾に自分も同様の論文を考えており、発表するにあたり相談したい旨を入力する。

 これで返事が来ればよし。

 返事がなければ、落ち着いたころにこの専門学校に問い合わせて筆者について当たればいい。

 

 そうして送信する前に、論文をもう一度読み返して、その内容を見て改めて敬意が生まれる。

 俺が世界を何度も繰り返して出した結論を、この人は1回の人生で、しかも学生という若さでそれに近い論文を書けるほどにトレーニングに関しての見識が深いのだ。

 すごいことだよな、と改めて思いながら…論文の最後、これを書いた学生のイニシャルを見た。

 

「─────()()か。どんな人なんだかな…」

 

 俺は送信ボタンを押して、いきなり知らない人から長文を投げかけられたS・Sさんがどんな反応をするものかな、と若干楽しみになりながら、そうして風呂に入って眠りにつくのであった。




↓以下、前日のトレセン寮のやり取り




「フラッシュさん、今日はどうだった?楽しめた?」

「ええ、それはもうとっても。やっぱりあの人は、素敵な人です」

 スマートファルコンは、エイシンフラッシュが満面の笑みで寮の相部屋に戻ってきたのを見て、ずいぶんと楽しい時間を過ごしたのであろうことを察した。
 それは、とてもいいことだと思う。
 この満面の笑み、もしや私達を出し抜いて…とは、スマートファルコンは思わない。
 そもそも、チームフェリスの3人の間では、早い段階で暗黙の了解というか、お互いにきちんと遠慮をしあい、抜け駆けはしないというルールが設定されていた。
 もしそういった雰囲気になって一線を越えかけた時は、きちんとお互いに伝えあう。
 あちら(クソボケ)から万が一にでもアプローチを受ければ、それは祝福する。
 アピールは節度を保って。
 踏み込みすぎない。
 ──────でも外敵は全力で排除する。


 そんな鋼の掟がいつの間にかできていた。

「よかったねー、えへへ、明日はファル子の番だから楽しみ!ねぇねぇ、どんなお話してきたの?」

「ふふ、それがですね…実は、以前にファルコンさんにも試した催眠術をトレーナーさんにも試してみたんですが…」

 そうして、話題は今日のエイシンフラッシュがどんな話をしてきたか、になった。
 エイシンフラッシュとしては、とても楽しく、そして有意義な情報も得られた高揚感もあり、話も随分と熱をもって親友に零しだす。
 しかし、その熱がいけなかった。

「…で、彼の好きなものを聞いてみたんです。いい情報を得られまして───あっ」

「………へぇ?」

 あっ。
 しまった。
 しまりました。
 エイシンフラッシュは自分が見事に失言を零したことを自覚し、耳をぺたんと閉じた。
 そしてスマートファルコンは今やかつての面影もなく恋愛強者となっており、その失言を聞き洩らさなかった。
 ちょうどいい。先日催眠術を試し掛けさせられた時の借りを返す時である。

「…フラッシュさん?どんな情報を聞いてきたのかな?」

「あ、それは、その……」

「フラッシュさん☆?」

「う……いえ、そう、ですね。勿論、ファルコンさんとアイネスさんにはお伝えするつもりでしたよ?」

「いいから。どんな情報?」

「………それは、ですね……」

 苦虫をかみつぶしたような表情になりながらも、エイシンフラッシュが今日仕入れてきた情報をスマートファルコンへ説明する。
 それは、彼がウマ娘の…髪型の変化を、特に好むという事。
 なお、説明に入る前にスマートファルコンがアイネスフウジンにLANEで通話をし、スピーカーモードで共有する準備はできている。

「……と、いうわけなんです。ですから、今後は私…いえ、私たちは、時々髪型を変えると、きっと彼は喜びます」

「……へぇー、へぇ。そうなんだぁ。……うーん、それはいい事聞いちゃったなぁ☆」

『ナイスな情報なのフラッシュちゃん!』

「…嘘ではないですからね?ちゃんと伝えようとしていましたよ?」

「うんうん☆早速明日試してみるから大丈夫!」

『あたしも試してみよーっと。どんな髪型にしようかな…』

「……verdammt(ちくしょう)

 最後にエイシンフラッシュがつぶやいたドイツ語は、二人には言葉の意味は理解できず、しかしその語気で大体察した。

「いや、でもフラッシュさんが抜け駆けしようとしたのが悪くない?」

『自業自得なの。あたしたちは常に平等に勝負するの』

「……わかりました、わかりましたよもう!けど、後で学食でケーキの一つくらいは奢ってくださいね!」

 はー!と彼女らしからぬため息をついてベッドに横になるエイシンフラッシュに、スマートファルコンとアイネスフウジンの苦笑が零れる。
 そうして、スマートファルコンは翌日のデートの髪型を気合を入れていくことになったのだ。


 なお、更なる余談となるが。

「……髪型かぁ……」

「…?かっこいいですよ、ライアンカット」

 アイネスフウジンの同室であるメジロライアンが昨日の彼女達の話を横で聞いており、変えようがない自分の髪型を気にしてしまい、それをメジロマックイーンが気にかけていたのだが、これはどうでもいい話。

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