【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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56 風神の休日

 

 俺は我が愛車のステップワゴンのエンジンをかける。

 時間は早朝、まだ日も昇っていない時間。

 5月初旬のGWの休日のうち、今日はチーム練習もなく一日休みとなっている。

 今日一日を、俺はアイネスと一緒に過ごすこととなっていた。

 

「ガソリンよし、匂い消しヨシ…と」

 

 ウマ娘を車に乗せるときには注意が必要だ。

 彼女たちは種族として人間よりも優れた嗅覚を持ち、そして狭い所を苦手としている。

 車内のたばこ臭とか匂いの強い芳香剤とか、ああいった酔いやすい匂いを苦手とする子は一定数いる。

 今日は特に、アイネス以外にも車に乗せる子がいる予定なので、匂い消しは念入りに行っていた。

 ループを繰り返したおかげでウマ娘のそう言った性質も知っており、ウマ娘にとって不快にならない匂いというのも把握している。

 後は運転技術だが、これは説明不要だと思う。俺という存在が何年ドライバーをしているかもうわからないが、安全運転が骨の髄まで染みついているのでこれまで大きな事故はなく過ごせていた。

 

「よし、オニャンコポンも乗ったな。行きますか」

 

 俺は車を出して、まず最初の目的地であるトレセン学園へ向かう。

 今日の予定は、トレセンから高速道路を走らせて1時間半程度の距離にある彼女の実家へアイネスと出向き、そこで彼女の双子の妹であるスーちゃんとルーちゃんを乗せて、さらに30分ほどかけて某所にある夢の国へ。

 そこで1日彼女たちと遊んで、実家まで送り届けるのが俺のミッションだ。アイネスはそのまま実家で一泊していくらしい。

 

 休み一日を使い家族で楽しむこの小旅行について、なぜ俺が呼び出されたのかというと、これはアイネスのご両親の都合が絡んでいた。

 1年と少し前、アイネスの父親が倒れて、それの影響で金銭的な負担などかかったりと色々あった彼女ら家族だが、今は父親も回復し、以前の生活に戻れている…いや、アイネスがレースで勝つようになり賞金を得て学費や奨学金などで悩まなくなったので、以前よりも裕福な暮らしが出来ている。

 ただ、父親は回復したのだが、そもそも母親が元々体の弱いウマ娘であり、それで苦労していたという事実があった。

 だからこそ、以前に父親が倒れてしまったときに普通以上に負担が家族にかかってしまった。生活するうえでも、父親や幼い双子に介助の負担が行き過ぎないように、今ではアイネス自身が賞金から家事代行サービスを雇うことで、母親の生活を助けているという話だ。

 俺の家に家事代行サービスでやってきたときには説明しなかったが、自分が働くことで業務内容などに明るくなり、実家で働いてくれるいい人はいないか探す目的もあったらしい。

 

 そんな母親が、タイミング悪くGWの中日の今日に定期健診で総合病院へ通院しなければならず、父親はそれに付き添う予定が入っているという。

 だが、せっかくのGWである。アイネスの奮闘により金銭的な余裕はある今であれば、幼い双子には以前より楽しみにしていた遊園地などに連れていってあげて楽しんでほしい。想い出を作ってやりたい。

 そんな両親の想いとアイネスの想いが一致し、そしてウマ娘に頼まれればブラック企業の営業マンよりも軽く安請け合いをする俺が話に絡んで、今日の送迎、および遊園地での監督役を任されることになったのだ。

 この事情をフラッシュとファルコンにアイネスが説明したところ、アイネスの家庭の事情も知っている彼女らも快諾し、そうしてトレーナー利用権(丸1日)をアイネスが手にすることが出来た。

 

「家族想い…いいことだよな」

 

 俺はトレセン学園へ車を走らせながら、アイネスら家族の仲の良いそれを尊く思う。

 …なんだかこう表現すると、俺の家族のほうはどうなんだ、という話になるが、ループを繰り返すことで俺の両親がいなくなるとか、絶縁してるとか、そういうヘンテコな話には一切なってない。

 ただ、元々俺の両親は放任主義、独立自尊を家訓としており、家族それぞれが生きていける力があればよい、という想いの下で俺も育てられた。

 そのためトレセン学園に就職してからは特に会ったりしていない。たまにLANEで近況報告をするくらいで、年末年始なども「仕事が大切ならそっち頑張れ、無理に帰ってこなくていいぞ」というエールを貰えるような関係だ。

 仲が悪いわけではないし、ループを繰り返す俺であっても自分の両親への敬意は忘れてはいないが、必ず顔を合わせて家族が共にいる時間を作るだけが家族の在り方ではない。

 お互いの個を尊重し、会わなくてもお互いに心配しない絆がある、そんな在り方で家族全員納得しているし、何かあればすぐ帰れる程度の所に実家はあるので、特段会いに行く必要がなければ帰省などはしていなかった。

 帰る理由が出来るとすれば、両親に紹介する嫁さんでもできた時か。その時は流石に一度両親へ挨拶をしに行かなければならないだろう。

 まぁ、少なくともループし続ける3年間でそんな予定は絶対ないので、結局ループし続けるほうの俺の意識はあんまり両親と顔を合わせることはなさそうだ。

 顔を忘れない程度に各ループ1回くらい日帰りで顔を出す、その程度の、しかし心地よい距離間の両親には心から感謝と敬意を。

 

 閑話休題。

 

「はろはろ~!朝早くから悪いね、トレーナー!」

 

「…ああ、おはよう」

 

 まだ早朝と言って差し支えない時間のころに、俺はトレセン学園でアイネスと合流して拾っていった。

 ここからは高速も使ってアイネスの実家へ向かい、そこでスーちゃんとルーちゃんを拾って夢の国だ。

 

 トレセン学園の校門前で荷物を抱えて待っていた彼女は、しかしその装い、特に髪型が普段と違っていた。

 彼女のトレードマークともいえるサンバイザーはつけられておらず、さらに言えば休日などはよく被っている帽子も今日はない。純粋に彼女の黒鹿毛が外目にさらされている。

 そして普段は左の高い所でひとまとめにしているサイドポニーだが今日はそれがなく、後頭部のあたりで綺麗に編み込まれており、ずいぶんと印象が大人びて見える。

 どうした?俺にブッ刺さるぞ?

 そんな俺の視線を感じ取ってしまったのだろう、ふふっとアイネスが笑って自分の髪に触れて、魅せつけてくる。

 

「ふふー、今日はお出かけだからちょっと髪型変えてみたの!どう?」

 

「……似合ってる。綺麗だよ…それしか言葉が出てこない」

 

「…♪」

 

 心底から零れてしまった俺の評価に随分と気をよくしたようで、笑顔になりながら助手席に乗り込むアイネス。

 気を付けよう。

 マジで気を付けよう。

 運転中にこの愛バの可愛い髪型に視線を奪われたら事故る。

 

 運転中はしっかりと運転に集中しなければならないだろう。オニャンコポンにはヘイト管理のタンク役を全力で担ってもらうことになるな。

 お前がアイネスを、いやスーちゃんルーちゃんが乗ったときには彼女たちの意識を全部集めて俺に話題が振られないようにするんだぞ。

 

「じゃ、出発するか。高速の途中で一回パーキングよるからな、コーヒーとか買いたいし」

 

「オッケーなの!安全運転でよろしくね!」

 

「もちろんだ」

 

 俺はエンジンをかけなおして、運転に集中することにした。

 オニャンコポンを膝の上に乗せたアイネスが、してやったりといった表情を浮かべている様な気配を感じるがそちらに目線を向けることはできないのだ。危ないから。

 今日も随分ハードな一日になる予感を覚えながら、俺は彼女の実家へ向かうのだった。

 

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 そうして高速道路を走らせて1時間程度。

 早朝だったので混むこともなく、予定通りにアイネスの実家へ到着した。

 随分と待ちかねていたのか、アイネスが玄関を開けたとたんに尻尾をぶんぶんと振りながらスーちゃんとルーちゃんが突撃してきたようだ。早速アイネスの尻尾を引っ張り出している。

 子供が元気なのはいい事である。俺も思わずほっこり笑顔。

 

「わー!お姉ちゃん!今日はきれーだね!早くいこー!」

「んもー!遅ーい!早くしゅっぱつしよー!?」

 

「時間通りなのー!それに、まだ朝早いから大丈夫。二人とも慌てないの!」

 

 そんな妹たちの頭を撫でながら、アイネスも随分と気持ちの良い笑顔を見せる。

 やはり家族が、妹たちが可愛いのだろう。彼女の走るモチベーションでもあるそれは、とても輝かしく尊いもののように俺には見えた。

 

「…立華さん。今日は本当にお世話になります。すみません、うちの子たちの我儘を聞いてもらってしまいまして…」

 

「本当に、普段から娘がお世話になっているというのに、お休みを使って頂いてまで…」

 

「いえ、そんなに遜らないでください!若輩ですし、敬語も不要です。今日は全くお気になさらないでください、私自身も楽しみにしていましたし…むしろアイネスに普段お世話になっているのはこちらですからね。それのお返しみたいなものです」

 

 そうして、続いて玄関先に出てきたアイネスのご両親と俺は挨拶を交わす。

 彼女のトレーナーになるにあたり、当然LANEで挨拶は交わしており、お互いに面識はできていた。

 しかしこうして顔を合わせるのは初めてである。

 アイネスから俺のことも随分と聞いているようで、彼女が俺の家の家事代行をしてくれているのもご存じだ。

 

「そう…かね、では恐縮だが。立華さんには本当に日ごろからアイネスがお世話になっていて…娘からも色々と聞いているよ。信頼できる人だとね。…今日は娘達のこと、よろしくな」

 

「はい。しっかりと見守り、送り届けますので。任せてください」

 

 敬語をやめて、肩の力を抜いて接してくれるアイネスの父に、俺も笑顔を見せて返事をする。

 フラッシュの父親と話したときはお互いドイツ語だったので敬語のやり取りは浅かったが、そもそもが俺は自分が他人から見れば若造と思われても仕方がない年齢であることを自覚している。

 愛バたちのご両親に挨拶をする機会もこれまでに何度もあったが、そのたびに敬語はやめてほしいとお願いしていた。

 むしろ俺の方が恐縮してしまう。俺からすれば、ウマ娘の親御さんというのはトレセン学園に入学できる年齢までウマ娘を立派に育て上げた、俺が経験したことのない子育てという偉業を成し遂げた方々なのだ。敬意しかない。

 そんな人が自分のような若造に遜られてしまうとこちらもぎくしゃくしてしまう。

 そうして敬語はやめるようお願いしたところ、お父さんも随分と雰囲気を柔らかいものにしてくれた。うん、これくらいのほうが俺はありがたい。

 

「……いいこと、アイネス。立華さんが疲れてるようだったら帰りにちゃんと誘うのよ。お泊りさせる準備はできてるからね……」

 

「……助かるの…無理強いはしないけどそれとなく話に出してみるから……」

 

 ふと顔を向ければ、あちらではアイネスとその母親が何やらウマ娘同士でギリギリ聞こえる程度の小声でひそひそと会話をしていた。

 何を喋っているのか俺には聞こえないが、それなりに表情が真剣なものなので、双子の妹の面倒をしっかり見るように、とかそんな内容だろうか。

 まぁこれから向かうのは夢の国、しかもGW仕様だ。心配する親御さんの気持ちもわかるというもの。俺も絶対に双子からは目を離さないようにしようと改めて心に誓った。

 

「ねーぇー。まだしゅっぱつしないのー?」

「はやくいこー!!ルー、ジェットコースターのりたいー!」

 

「そんなに慌てないのー!でも、そうだね…そろそろ出発しよっか。トレーナー?」

 

「ああ、それじゃ行こうか。…では、お預かりしていきますね」

 

「よろしくお願いします。スー、ルー。お姉ちゃんと立華さんの言うことを良く聞くんだよ」

 

「「はーい!!」」

 

 アイネスの尻尾を掴んではやくー!と催促する双子に、苦笑を零しながら俺たちは車に乗り込んだ。

 二人の面倒も見てもらうため、アイネスは助手席ではなく後ろの座席に双子と並んで座ってもらう。

 俺はそちらにオニャンコポンを投げ込んで供物として捧げ、車のエンジンをかけた。夢の国まではここから近い。30分、渋滞しても1時間と掛からずにつくだろう。

 

「スーちゃんもルーちゃんも、今日はお姉ちゃんとお兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くこと!手を繋いで、迷子にならないようにね!」

 

「「はーい!!」」

 

「そしてトレーナーは有名人だから、トレーナーさんって呼んじゃうと周りから注目されちゃうの。だから『おにい(義兄)ちゃん』って呼ぼうね?」

 

「「はーい!!」」

 

 そんなほほえましいやり取りがされているのを俺は振り向かず耳だけで聞く。

 どうやら俺は今日一日、双子たちのお兄ちゃんになるらしい。まぁこんなにかわいいウマ娘のお兄ちゃんになれるのならそれは喜ぶべきことだろう。

 二人とも以前にアイネスのレースを見に来た時に俺が監督してたことがあるので、俺のこともよく覚えてくれている。

 その時にオニャンコポンを捧げたおかげで随分と俺にも懐いてもらっているし、子供らしい元気さもあるがご両親と姉の教えがよいらしくとてもしっかりしているため、深く心配はしていなかった。

 とはいえ行くのは夢の国、子供の脳破壊が日本で一番得意なアミューズメント施設だ。気は抜かないで行こう。

 

「近くの駐車場に止めて、そこからちょっと歩いて入園だな。もうすぐ着くよ」

 

「わーい!楽しみー!」

 

「いっぱい遊ぶぞー!」

 

「ふふ、あんまり走っちゃだめだからね!」

 

 

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 そうして俺たちは、夢の国で一日中遊びまわった。

 やはりというべきか、実際に園内に入ったことでスーちゃんとルーちゃんのテンションがうなぎ上りになってしまった。

 それを走り回らせないために、俺⇔ルー⇔スー⇔アイネスと手を繋ぎながら園内を歩くことにした。

 しかし彼女たちはウマ娘である。ルーちゃんとスーちゃんがどこかに行きたい!と走り回ろうとするのを俺とアイネスで止めて、順番に回りたいところを回らせるのにまぁだいぶ苦労した。

 腕がちぎれるかと何度思ったかわからないが、俺はトレーナーであるからしてウマ娘の扱いにかけては誰よりも長けている。何とか手綱を握りぬいた。明日は腕が筋肉痛になりそうだ。

 無論だが、今日はスーちゃんとルーちゃんの二人が楽しんで回れるのが一番の目的だ。それぞれ一つずつ乗りたい乗り物を選んで、そうして乗って、見に行って、と随分と園内を歩かされてしまった。

 

 お昼は園内のレストランで取った。ウマ娘の食事量にも当然対応しているそこでは、値段も流石に夢の国相応のものであったがそこは俺がいる。何の懸念もない。

 今はアイネスも賞金があり十分に使える金はあるのだが、そこは当然の大人の義務として全部奢った。アイネスの家族の為にようやくお金が使えるのだ、躊躇うことがあろうか?いやない。

 夢の国のキャラクターグッズなども買いそろえて、耳が4つになってしまった彼女たちの写真などもとりつつ、午後もそうしてアトラクションを回って、明るい時間から始まるパレードも見て、お土産も買って、夕暮れが空を染めるくらいの時間に夢の国を後にした。

 

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「……ぐっすり寝ちゃってるの」

 

「だろうな、朝早くに出て一日中はしゃげばそうもなるさ」

 

 俺は帰り道、オニャンコポンを抱えながら仲良く肩を並べて眠っている双子の姿をバックミラー越しにちらりと見た。

 夕日を染め終えてもうすぐ夜の帳が下りようとする空を眺めながら、アイネス達を家まで送るドライブの最中である。彼女たちを家まで送り届けるのが俺の今日のミッションだ。

 

「…ねぇ、トレーナー」

 

「ん。…なんだい」

 

「…今日は本当にありがとね、私たち家族の我儘に付き合ってもらって。…疲れなかった?」

 

「疲れ…がないとは言わないけどね。けど、本当に楽しかった」

 

 俺は運転中のため、顔は正面に向けたままで言葉を紡ぐ。

 

「実はさ、俺って一人っ子だったし、男だったからあんまり遊園地に家族で行ったって記憶がないんだ」

 

「…そうなの?…そういうもの?」

 

「そういうもんさ。家族仲は悪くないけどね…だから、実はこういう、家族連れで遊園地に行くっての、前からやってみたかったんだよ。憧れてた。今日はそれが出来て、大変さもわかったし…その何倍も楽しめるってこともわかった」

 

 言ったことは、嘘は0割、事実は5割。残り5割は永遠の輪廻に溶けている。

 確かに俺は家族に遊園地に連れて行ってもらった記憶がない。だがそれは、ループを繰り返す中で、トレーナーになる以前の俺の記憶が擦り切れてなくなってしまったからだ。

 実際、俺の親のさっぱりした感じであればあんまり遊園地とかは行かなかったとは思うが。

 だからそこが事実が10割にならない理由。だが、嘘は欠片も混ざっていない。

 今日、アイネスと一緒に、子供たちを連れて遊園地を回り、はしゃぐ二人を見て、そしてそれを見て笑顔になるアイネスを見て、俺は本当に嬉しくなった。

 

「だから、むしろ俺の方がありがとう、って感じさ。…いつか俺に家族が出来たら、今日みたいに子供を連れてきたいな、なんて思ったよ」

 

「っ…そう。トレーナーも楽しんでくれたなら、何よりだったの」

 

 俺は素直な心境を吐露する。

 今日は、本当に楽しかった。遊園地に子供を連れてくると幸せになれることが分かったので、この世界線で共に歩む側になったときは、いつか子供が出来た時はまたここに来よう。

 まぁまず俺に相手が出来るかという問題があるのだが。こちとら1000年近く独身である。婚活ってなぁに。

 

「ふふ、じゃあまた私達で行きたい、って言ったら、お願いしてもいい?」

 

「もちろんだ。君たちのレースや練習に影響でないように日程調整するから、その時は早めに声かけてくれよな」

 

「うん!………ホントに、キミは優しいね……」

 

「…ん?すまん、車の音でよく聞こえなかった、なんて?」

 

 最後にアイネスが何か小声でつぶやいたようだが、ちょうど大型車が近くをすれ違ってそちらの音に気を取られ、よく聞こえなかった。

 赤信号で止まっているところだったので、アイネスのほうを向いてなんて?と聞き直す。

 

「んーん、何でもないの!…ねぇ、トレーナー。今日、結構疲れたでしょ?」

 

「そう?…んー、まぁ疲れたのはそうだね、確かに。でもそれはアイネスだって同じだろ?」

 

「…よかったら、私の家で休んでいかない?なんなら泊ってっても…」

 

「いや、そこまでしてもらわなくても平気。今日はアイネスも久しぶりの家族団欒なんだ、そこに俺が交ざっても恐縮しちゃうよ」

 

 なんと、ずいぶんと俺のことを気遣ってくれていたようだ。

 まぁ確かに双子に一日振り回されたことでそれなりに疲労はあるが、しかしそれだって大したことじゃない。

 無人島に流れ着いて数日サバイバルしたり、ウマ娘を追いかけるために車より速い速度で走ったり、そう言ったときの疲労に比べれば可愛いもんだ。

 帰り道の高速でも、パーキングに早めに入りコーヒーを飲めば全く心配なく着けるだろう。

 

「心配しないでいいよ、アイネスはゆっくり家族の時間を過ごしてくれ。年始に帰ってから、しばらくぶりの団欒だろ?」

 

「…家族の誰だって、トレーナーがいても全然気にしないんだけどなぁ」

 

「俺が気にしちゃうって話。今日のメインは後ろの二人の監督だしね…例えば、そうだな。君がこれからもレースで素晴らしい成績を残して、そうしていつか走り切ったときに、お世話になったお礼…とかって話なら、遠慮なくお邪魔するよ」

 

「……随分と先の話なの。あたし、ドリームだって走るつもりだけど?」

 

「はは、じゃあドリーム昇格祝いの時とかかな。勿論、君がドリームリーグに上がれるくらいの実績を積めるように、俺は君を育てるつもりだからいつかの未来さ」

 

「…はぁ。そうね、それじゃあ無理強いはしないの。でも、帰り道はホントに気を付けてね?暗くもなるし…」

 

「もちろん。ちゃんとパーキングで一息つきながら帰るさ、心配してくれてありがとうな」

 

 その言葉を最後に、もう間もなく到着する彼女の実家までの僅かな時間、車内に静寂が生まれる。

 後部座席に座るスーちゃんとルーちゃんの、静かな寝息がタイヤの音にかき消されながら、俺は最後まで気を抜かずに安全運転で、彼女を家まで送り届けたのだった。

 

 

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 そうして、双子を起こしてアイネスと共にしっかりと送り届け、ご両親にご挨拶をして俺は今日のミッションを完遂した。

 ご両親からもご休憩されていかないかと心配されたが、丁重に遠慮させていただいて、俺はトレセンへの帰路に就いた。

 アイネスはこのまま1泊して、明日は練習もお休み。GWが終わるころには学園に電車で戻ってくる予定とのことだ。

 

 さて、余談にはなるが。

 アイネスの実家からの帰り道の高速で俺は聞き慣れたエンジン音が後方から迫ってくるのを耳にした。

 懐かしい。この痺れるようなエンジン音は…。

 

「……ッフゥーーーー!!!アゲアゲで行くわよ~~~~っ!!!」

 

「まるっ、マルゼンスキー!?!?頼むから速度を落としてくれ!!!!」

 

 第一車線を走行する我がワゴン車の高い視点から、追い越し車線をぶち抜いていくカウンタックを見下ろす。

 あれはマルゼンスキーの愛車だ。そして助手席に座っているのは…シンボリルドルフだ。彼女が助手席にいるのは珍しい。

 恐らくたづなさんにドライブの生贄に捧げられたのだろう。車内に皇帝のキラキラがまき散らされないことを祈るのみである。

 あと道路交通法は守ろうな、マルゼン。


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