【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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57 頼れる先輩

 

 カランコローン。

 この世界線ではだいぶ聞き慣れたベルの音を鳴らして、俺はいつものバーにお邪魔する。

 GWもあけてウマ娘達も本格的な練習に戻ったころ、俺は先輩方を誘って飲みに来ていた。

 

 無論だが、練習は手を抜いていない。俺の愛バたちはそれぞれが大切なGⅠに向けて仕上げている時期である。

 今日もフラッシュ、アイネスには2400mを全力で走り切れるスタミナをつけるために低酸素状況下でトレーニングをさせて高山トレーニングに近い効果を生むようにして、ファルコンはアメリカのダートに足を備えるためにオールウェザーのコースを走らせつつ、こちらもスタミナトレーニングを実施。

 3人ともGWでの息抜きがいい影響を与えたのか、伸びが著しい。アプリで計算した成長曲線を超える数字を見せている。

 その成長は俺にとっても嬉しい事であり、無理をしすぎて足に負担をかけないように、かつ彼女たちが全力でのびのびと走れるように今後もしっかりと指導をしていこう。

 

 なお余談になるが、練習後の脚のマッサージ中に彼女たちが皆なぜか髪型を変えるようになった。

 フラッシュは髪を後ろに結うようになったし、逆にファルコンやアイネスは髪をほどいたりしている。

 なぜ急にそんなことをするようになったかわからないが、俺はそちらに視線が行きそうになるのを何とかこらえながらマッサージしなければならなくなった。

 どうした急に。

 

 閑話休題。

 

 さて、そうしてバーに入り、先に来られていた先輩2名と挨拶を交わす。

 

「お疲れ様です、沖野先輩、東条先輩。遅れてすみません」

 

「いいってことよ。お前んところのチームは人数少ないけどサブトレいないもんな。お疲れ」

 

「お疲れ様。そうね、貴方のチームの実績は素晴らしいの一言だけど、サブトレーナーはある程度長くチーム続けないとね…」

 

 お二人の横に座って、マスターにいつもの酒を注文しつつ、二人より労りの言葉を頂戴する。

 現在のチームフェリスはウマ娘3人を率いており、チームの人数としては当然、少ないほうに分類される。

 それなのになぜ俺の方が仕事に時間がかかっているのかといえば、それはサブトレーナーの有無によるものだった。

 

 俺以外の学園の大手チーム…『スピカ』『リギル』『カノープス』『カサマツ』『レグルス』『ベネトナシュ』『ファースト』などは、それぞれチームトレーナーのほかにサブトレーナーを設定していた。

 サブトレーナーは学園に勤務する俺たちのようなトレーナーが務めることもある他、実績を残したウマ娘が在学中にトレーナーB級資格を取って、生徒とサブトレを兼任することもある。

 

 『スピカ』ではサイレンススズカと、意外にもゴルシがサブトレーナーを兼任している。

 『リギル』ではルドルフとフジキセキ。

 『カノープス』ではナイスネイチャとイクノディクタス。

 『カサマツ』は説明不要で、ベルノライト。

 『レグルス』ではメジロブライト。

 『ベネトナシュ』ではミホノブルボン。

 『ファースト』では、この世界線では桐生院トレーナーがサブトレーナーについていた。

 

 大手チームはサブトレーナーを併設しているため、例えば練習後のミーティングや片付け、チームハウスの戸締りなど、そういった雑務を所用がある時などはサブトレに任せることもできるのだ。

 しかし、サブトレーナーがついていない俺のチームでは、監督責任上、きっちりチーム練習を終えて戸締りまで確認しなければならない。

 以前たづなさんに「サブトレーナーでもいない限り担当を増やすつもりはない」と言ったのはそういう事情もあった。

 まぁ、サブトレーナー云々の前に今の俺はあの3人に全霊を込めていきたいと考えているので、積極的にサブトレーナーをつけようと俺も動いてはいないのだが。

 

「すみませんね。お二人もお忙しい所で、こうして誘わせていただきまして」

 

「気にすんな、たまには俺達も息抜きが必要さ。それに…なんか話があるんだろ?お前から誘うのは珍しいからな」

 

「ウマ娘に関する話だとは分かっているわ。どんな話なの?」

 

「はは…いや、相談があるのはその通りなんですが。そんなに俺ってわかりやすいです?」

 

「鏡見ろ」

 

「自覚した方がいいわ」

 

「ははは」

 

 人生経験の深い先輩方の言葉が俺に刺さる。

 何か俺がやろうとすると、それは大抵ウマ娘絡みのことだということが二人にはバレてしまっているようだ。

 まぁこれは俺の思考が100%ウマ娘関係に染まっているのが悪い。いや悪い事でもないか。

 

「ええ…実は、結構大きな相談がありまして。お力を貸していただきたい…というより、助力の口添えを頂きたい、という所なんですが」

 

「口添え…?なんだ、併走で誰か呼びたいって話か?今度のダービーの件ならヴィイは流石に貸せないが、ウオッカやスペだったら全然かまわないぞ?」

 

「うちからも特に反対は起きないと思うわ。ルドルフでもブライアンでも、他の子だって…紹介してもいいけれど?」

 

「や、それもすごい有難い話なんですが…違うんです。併走よりももっとこう、重い話と言いますか…ええと、まずこれ見てもらえます?」

 

 俺はタブレットを操作して、画面を表示して二人に見せながら説明を続ける。

 

「記者たちが騒ぐのを危惧してまだ公表はしてませんが…スマートファルコンの次走、これを予定しています」

 

「お、スマートファルコンの話か…って、お前マジか!?これ行くのか!?」

 

「ベルモントステークス…!?貴方、アメリカ3冠に挑むつもり!?」

 

「ええ。彼女なら…砂の隼なら十分に勝ちきれる力はあると考えています。既に彼女にも話して、出走手続きは済んでます。GⅠ勝利経験もある彼女なら抽選にも漏れないでしょう」

 

 俺は今年のベルモントステークスの開催情報をお二人に見せて、スマートファルコンの次走を伝える。

 流石に先輩方も驚いたのだろう。現在、世間の風評的にはスマートファルコンはジャパンダートダービーに出走するのだろう、と予想が立てられていた。

 もちろん、そちらにも出走する予定ではある。だがその前に、彼女にはアメリカ3冠のうち1つをもぎ取ってきてもらう予定を立てていた。

 負けるつもりはない。

 だが、勝つために、俺は不安要素として考えていた部分を、二人に相談する。

 

「ただ、なにせアメリカです。俺も行ったことがないわけではないんですが…現地の情報や、レース場の特徴、日常生活…渡米に関しての心配事は尽きない。なのでお二人に相談したかった…お願いがあるんです。アメリカ遠征の経験があるサイレンススズカや、アメリカ出身のタイキシャトル、エルコンドルパサー、グラスワンダー…そういったウマ娘に、一緒についてきてもらえないか……口利きしてもらいたいんです」

 

 今日の本題はこれだ。

 アメリカという土地は、俺もこれまでのループで何度か行ったことがある。

 それは勿論、旅行ではなく担当したウマ娘がアメリカのレースに出走した際の付き添いだ。

 向こうのレースの情報や、レース場の特徴、出走手続き、道路交通法や社会的ルールなどは把握している。当然英語も話せるため、単純に自分一人でチーム3人を引率してこい、と言われれば、まぁこなすことはできるだろう。

 

 だが、愛バたち3人からすればどうだろうか。

 俺はあくまでまだ若手のトレーナーであり、社会経験を積んでいると周りから見られないことは理解している。

 3人のうち、英語が出来るのがエイシンフラッシュのみで、彼女も生活していくのに万全と言えるほど修めてはいない。ウマホによる翻訳ツールなどもあるが、間違いなく渡米することへの不安もあることだろう。

 そこに俺が付き添うわけだが、俺一人だと3人の面倒を見切れるか不安なところがある。

 そのために、留学経験のあるスズカか、アメリカからやってきた3人か、そういった向こうでの生活に困らないウマ娘を何とか同行させたいと考えていた。

 その子たちをチームで率いるお二人と縁が出来ていたのは本当に良かった。

 

 そうして俺は、改めて二人に頭を下げて頼みこむ。

 スマートファルコンが、何の懸念もなくベルモントステークスに挑めるようになるために。

 俺は俺の人脈でも何でもすべて使って、彼女を万全に仕上げてやりたかった。

 

「……なるほどなぁ。いや、すげぇ挑戦だとは思うが…確かにスマートファルコンのあのパワーなら…」

 

「行ける……かも、しれないわね。…時期は、どれくらいを予定しているの?」

 

「ダービーが終わったらすぐにアメリカに飛ぶ予定です。そうしてベルモントステークスが終わったらすぐ戻ってきます。勿論ですが、手続き関係や金銭的な部分での負担はかけません。俺のほうで全部賄います」

 

 日本ダービーが開催されるのは5月の最終週。

 ベルモントステークスが開催されるのは6月の上旬で、今年は2週目の土曜日だ。

 約2週間ほどアメリカに滞在することになる。その期間でファルコンには向こうのダートの感触に慣らしていってレースに挑んでもらう予定だ。

 

「なるほどな…そんくらいなら……よし。スズカに確認してみるわ。アイツも時々、向こうの生活のこと話しててな…また行ってみたい、って気持ちはあったようだし。勉強も困ってないしな」

 

 そうして俺の言葉を聞いて、すぐに沖野先輩がLANEでスズカへ通話し、話を通してくれる。

 サイレンススズカは、現在はドリームリーグを走るウマ娘だが、かつて天皇賞で沈黙の日曜日を経験している。

 だが、それを沖野先輩との二人三脚のリハビリで克服して完全復活して、その後にアメリカへ遠征するという道程を辿り、今はスピカに戻っている。

 彼女の脚も既にアメリカのダートに適合しており、もしついてきてくれるならスマートファルコンの併走相手にうってつけだろう。

 逃げ切りシスターズというアイドルグループでも既に仲を深めており、精神的にもかなり安心できる相手だ。

 

「…そう、ね…うちからは、タイキなら。エルとグラスは安田記念の出走を予定しているから流石に出せないわ。けれど、タイキはドリームリーグだし…時間的な余裕もある。あの子こそ、結構ホームシックになるからね…喜んでついていくと思うわ」

 

 東条先輩もまた、タイキシャトルへ連絡を入れて話を進めてくれた。

 エルコンドルパサーとグラスワンダーが難しいのは残念だが、しかし一人だけでもついてきてくれるのであればありがたいことこの上ない。

 タイキシャトルのあの溢れるパワーをファルコンが少しでも身に着けてくれれば、それは素晴らしい武器になる。

 またスズカとも仲が良く、学年も全員が高等部のため、最高の同伴ウマ娘と言えた。

 

 ────────先輩たちの助けが有難すぎる。

 俺という生意気な後輩の為に、しかしこうして自分のチームの大切なウマ娘に話を通してくれて、力を貸してくれるのだ。

 泣きそうになる胸中の感動を堪えて、二人がスマホで件のウマ娘達と通話する様子を俺は見守った。

 

「…ああ、そうだな…詳しくは立華君からも説明があると思うが。ああ、併走も間違いなくやるだろうさ。ははっ、そうか?…ま、そうだな、オッケ。じゃあスズカ、頼むな。また明日詳しく話す。そんじゃ」

 

「…ええ、…そう?…あー…どうかしらね、そこは立華トレーナーとも相談してみて…ええ、でもこの人よ、快諾するかも……ええ、わかったわ。ゆっくり羽休めしてらっしゃい。話がまとまったらまた連絡するから…ええ、それじゃ」

 

 どうやら二人とも話が終わったようだ。

 俺は話していた二人の様子から、いい方向に話が進んだであろうことを察しつつも、改めてどうだったか聞いてみる。

 

「…えっと、どうでしたか?二人は…」

 

「おう、スズカはオッケーだとよ。向こうで友達になったウマ娘とも会いたいし、スマートファルコンと併走が出来るならぜひ…ってさ。前から一緒に走ってみたいって言ってたんだわ、芝とダートで中々機会がなかったが、向こうの砂ならスズカも走れる。ノリノリだったよ」

 

「!ありがとうございます!!助かります…ファルコンの併走相手としてこれほど適任はいませんから!」

 

 先ず、サイレンススズカはOKを得た。

 心からの感謝で沖野先輩に頭を下げる。有難すぎる。

 続いて、東条先輩のほうはどうだったか、と顔を向けると、若干の苦笑を称えて彼女が応えてくれる。

 

「タイキもOKよ。ただ…一つ条件が出てきたわ。貴方にとっても悪い話じゃないと思うけど」

 

「ありがたい事で…ええと、条件ですか?」

 

「ええ。…タイキの実家のことはご存じかしら?」

 

「勿論です。確か、ケンタッキー州で大きな牧場を経営されていたものと記憶していますが」

 

 無論であるが、俺はかつての世界線でタイキシャトルと共に3年を駆けたこともある。

 その時に彼女から実家のことは聞き及んでおり、その見た目とは裏腹に結構な寂しがり屋である彼女がよくホームシックになっていたことを思い出す。

 俺が共にした3年では、確か3年を駆け終えて彼女の実家に一度里帰りしよう、という話で共にアメリカに渡り、実家の家族を紹介されたあたりで意識が分かたれたのだったか。

 懐かしい。あの後、向こうに残った俺はどうしているのだろうか。バーベキューで食べ過ぎて太り気味になっていそうだ。

 

「そうね、それで…まぁ、貴方も知っている通り、あの子は寂しがり屋で、家族が大好きでね」

 

「…あ。何となく話読めました」

 

「わかる?…ええ、よかったら渡米中、彼女の実家でみんな泊って過ごさないかって。牧場のそばにしっかりしたダートの練習場もあるし、練習も困らないから…ってね。あの子、そういうの好きだから」

 

 東条先輩が続ける話の先を俺は察して、そうして先輩が話した内容はその通りのものであった。

 タイキシャトルの実家は大きな牧場を経営している。大農家と言えるだろう。

 そんな中で育った彼女だが、家族愛に溢れている分ホームシックにもなりやすい。一時的にでも、アメリカに帰れるのは彼女にとっては渡りに船の話だっただろう。

 そして当然、アメリカに戻るとなれば家族に会いたい。なんなら友達たちを連れてみんなで毎日お泊り会したい。バーベキューもしたい。

 そんな風にタイキシャトルが考えるのは自明の理というものであった。

 

 そしてこれは、俺にとってもかなり有難い話だ。

 タイキシャトルのこの話がなければ、俺はレース場近くのホテルを2週間分借りて、そこを拠点として過ごして現地の練習場を使って…と考えていた。

 だが、ホテル暮らしというものは結構な精神的疲労がたまる。3人部屋を取るか個室を取るかは相談次第だが、心の底から休まらないのも事実だ。

 そんなところでタイキシャトルのこの話。彼女の牧場は一度俺も見て知っている通り、大変に大きなところで、客室なども完備されている。

 バーベキューも、毎日のように開催されればちょっとまずいが、定期的に開催されるのであればウマ娘同士の絆を深めるには最高だ。想い出にもなるし、肉を食べることは筋肉をつける上でも大切なこと。

 遠征中に、友達と楽しめる…楽しんで、メンタルを整えた中で練習が出来るとなれば、それを断る理由は俺にはなかった。

 ベルモントステークスが開催されるニューヨーク州にあるベルモントパークレース場だって、飛行機で2時間程度で着く距離だった記憶がある。レース開催の前日に入れば観光しつつ脚を休めつつ、レース場の下見をしてロイヤルなホテルでゆっくり1泊させて万全に挑める。

 

 何の懸念もない。

 俺はタイキシャトルのその提案に、乗らせていただくことにした。

 

「素晴らしい提案ですよ、即決で快諾です。みんなも楽しんで過ごすことができてリラックスできる。その方向で是非、よろしくお願いします」

 

「そう?ならよかったわ…タイキも家族に会いたがっていたし、こちらとしてもwinwinね。向こうであの子のこと、よろしく頼むわね」

 

「うちのスズカもな。ま、立華君なら心配することはないだろうが…併走の時は脚の負担はよく見てやってくれよ」

 

「はい!…本当に、お二人とも…有難うございます!!」

 

 俺はこの最高の先輩たちに、心からの感謝と敬意をこめて改めて頭を下げた。

 人の縁が環境を作り、そしてウマ娘達を強くする。

 俺はスピカの、リギルの力を…輝きを借り受けて、ベルモントステークスに万全の態勢をもって挑むこととなった。

 

 アメリカ三冠、その中で最も過酷と言われるそのレース。

 テスト・オブ・チャンピオンの冠は、チーム『フェリス』の砂の隼が頂いていく。

 

 

 




今回の話で出てくるサブトレ云々やらタイキの実家云々はほぼ独自設定です。
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