【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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59 日本ダービー 後編

 

 

 

 ゲートが開かれて、まず飛び出していったのはアイネスフウジンだ。

 スマートファルコンほどの神がかった反応ではないそれでも、しかし今日は彼女の絶好調をもってゲートへの反応を抜群とし、誰にもハナを譲らなかった。

 それに続く他の逃げウマ娘達と、後に続く先行集団の中にヴィクトールピスト。

 そしてその後方、差し集団の位置にエイシンフラッシュとメジロライアン。

 最初の位置取りは、観客やトレーナー、レースに出走するウマ娘達の予想を大きくは超えなかった。

 

(…絶対に、仕掛けてくる!アイネス先輩なら絶対…!)

 

(アイネスなら、絶対にやる…!覚悟を決めろ、あたし!このレースは…)

 

 しかして、走る彼女らのうち2名、いや他のウマ娘も予想をしているだろう今後のレース展開に、アイネスフウジンが応えるかのように徐々に速度を上げ始めた。

 

 ────────求めたのは、ハイペースな消耗戦。

 

 これまでのレースでも、ハイペースな展開を何よりも得意とする彼女は、ハナを奪った加速から、速度を低速に落ち着けることなく……これまでマイルのレースでも見せてきたように、レース全体のペースを引き上げていた。

 それについていきながらも、しかし掛かってはいけないという二律背反をレースに参加する全員が強要される。

 スタミナの勝負でありながら、勝負所を間違えないレース勘と加速を求められる。

 スタートして数秒で、ダービーウマ娘になるためには極めてシビアなタイトロープを渡り切る必要があることをレースに参加したウマ娘全員が理解する。

 そのタイトロープの先を握るのは、先頭を走る風神。

 

(このレースは2400m…アイネス先輩は、これまでマイル以上の距離のレースに出たことはない。けど…!)

 

 ヴィクトールピストは先行集団から、前を走るアイネスフウジンの速度に合わせて5バ身ほどの距離をキープしながら思考を巡らせる。

 アイネスフウジンは、世間一般ではマイラーという評価を受けている。

 なにせこれまでに出走したレースはすべて短距離からマイルの短い距離のもの。中距離レースにもまだ出走したことがない。

 選抜レースのころの彼女の風評を聞いていれば、スタミナに疑問を持つのも当然と言えた。

 

 だが、ヴィクトールピストは侮らない。

 アイネスフウジンを…その先、彼女を指導する立華トレーナーを欠片も侮っていなかった。

 あの柔和な笑顔を浮かべる猫トレーナーに、しかし何度辛酸を嘗めさせられたというのだ。

 

(絶対に、2400mを走り切るスタミナはつけさせてるはず!でも、そのうえで揺さぶられたらどう!?)

 

 そのまま、ハイペースで走り切ろうとするアイネスフウジンを放置し、周囲や後方に集中するという作戦もヴィクトールピストは取ることが出来た。

 アイネスフウジンは長い距離のレースは初めてだ。このハイペースが、1600mを超えて、2000m、2400mと保つかと言えば、保たない、と考えるほうが自然であろう。

 だが、侮らない。

 2400mをあのペースで走り切れるものだと信じ切る。

 

 その上で、自分の得意技である牽制…圧を、前方、先頭を走るアイネスフウジンへ飛ばしていく。

 逃げ牽制と呼ばれる技術に加えて、更に後方から追い立てるように位置取りを変えることで、焦らせる。

 焦ることでさらにハイペースになる可能性もあるが、それ以上にスタミナを削ることが出来るだろう。

 そうして、自分も削れているスタミナはあるが…脚を溜めて、最終コーナーから上がりだして加速し、差し切る。

 そのようにこれからのレース展開に見込みを立てて、ヴィクトールピストは走っていた。

 

 

 

(…ヴィックちゃんがアイネスへの牽制を仕掛けてくれている。なら…!)

 

 そして後方、差し集団を走るメジロライアンもまた、己の勝利の為に取るべき手段を察する。

 差しの位置から逃げの集団への駆け引きを求めるのは難しい。

 そのため、自分が張り合うべき相手は、一バ身ほど前を走るエイシンフラッシュ、その一人に限定された。

 エイシンフラッシュは、アイネスフウジンほどスタミナへの危惧は持っていない。

 彼女の脚質は中距離以上で輝きだすものであり、この2400mでもその豪脚から放たれる末脚が最終直線で繰り出されるだろう。

 ならば、その末脚を少しでも削る。

 前回の皐月賞ではあまりにも静かだったこともあり、またメジロライアン自身がスマートファルコンをより警戒していたこともあって、注意を疎かにしてしまったが、今回は違う。

 全力をもって牽制させてもらう。

 そうして、メジロライアンがエイシンフラッシュの動揺を誘おうと、鋭い眼光で刺し穿つかのように睨みつける。

 

(フラッシュちゃん、君に自由には走らせない…!直線の長いこの東京のレース場だと、自由にさせたら負ける)

 

 それは、メジロライアンの持つ筋肉が、躍動する足音が響かせる純粋な圧。

 それにより、差し集団の自分以外、周囲のウマ娘達がせわしなく位置を上げるべきか、下げるべきかと動き始める。

 それは動揺となり、彼女たちのレースにかかる脚色を衰えさせる原因となり得る。

 

 しかし。

 

(…くっ、動じてない…のか!?フラッシュちゃん、なんて集中力…!)

 

 全く感じないほどではなかろうが、しかしエイシンフラッシュの脚色が衰えない。

 むしろ、彼女も今回は最終直線に全てを賭ける走りではなく、駆け引きを繰り出してくる。

 独占力とも表現される、レースを走るウマ娘全体へかける束縛。

 エイシンフラッシュの走りが、その気配が、全てのウマ娘の魂を揺さぶる。

 

 ────────退()()

 ()()()()で勝つのは、私だ。

 

 そんな、レース前からも見せていたすさまじい気迫が飛び、差し集団、いや先行集団に至るまで、相当に意識が、集中が削られていく。

 

 これがGⅠレースの本質である。

 GⅠレースは、その格式が高くなればなるほど…牽制と、駆け引きが飛び交う戦場となり得る。

 

 その戦場を駆ける17人のウマ娘。

 レースは中盤戦へと差し掛かっていく。

 

────────────────

────────────────

 

『さあただいま1000mを通過!タイムは58.7!速いッ!!やはり仕掛けてきたかアイネスフウジン!2400mの、日本ダービーの速さではないぞ!?そのスタミナはゴールまで持つのか!?』

 

────────────────

────────────────

 

(……ッ!?)

 

 最初のコーナーを曲がり終えてバックストレッチに入り、そうして逃げ集団に牽制を飛ばしていたヴィクトールピストが、その変化を感じて驚愕に表情をゆがませた。

 上り坂に差し掛かったところで、アイネスフウジンが彼女の持つ技術である走法を駆使して、じゃじゃウマ娘のように駆けあがっていく。スタミナの消耗を抑える走り。

 ()()()()()

 それは、レース前から彼女の走りを研究して知っていた。それも見越してスタミナ配分を考えているのだろう。それは、ヴィクトールピストの想定していたレース展開と変わらない。

 驚いたのはそこではなく、中盤に入ってから急に感じられる、この()()

 

(…向かい、風!?でも、今日はそんなに風の強い日じゃないのに…っ!?)

 

 ヴィクトールピストが走る先、アイネスフウジンが先頭を駆けるそちらから、急に向かい風が吹いてきたのだ。

 いや、そう感じられた。そうとしか表現できない。

 その風に押されて、僅かにヴィクトールピストの、いや後ろ全てのウマ娘達の脚色が衰える。速度が落ちる。

 それはまるで、アイネスフウジンの強い意志がそうさせているように感じさせた。

 

 ────────()()()()()()

 ()()()()で勝つのは、あたしだ。

 

 そんな、レース前からも見せていたすさまじい気迫が幻影の風となって他のウマ娘を蝕む。

 この時点で、ハイペースについてこれなかったウマ娘達は徐々に位置を落とし始めていた。

 最終コーナーに差し掛かる前に、最後の末脚を繰り出すだけのスタミナが削られてしまう。

 

 ここからは地力の勝負となる。

 

 先頭のアイネスフウジンに競りかける権利を持つウマ娘は、3人。

 

 

(アイネス先輩のスタミナは牽制で多少は削れたはずっ…!ここから、行く!!)

 

 残り600m地点で、徐々に加速を始めてアイネスとの距離を詰め始めるヴィクトールピストと。

 

 

(アイネス、絶対に捉えきる…っ!あたしの脚はまだ残ってる!!ここだッ!!)

 

 残り550m地点で、最終コーナーの終わり際から加速を始めて追いつかんとするメジロライアンと。

 

 

 そして。

 

 

「────────勝負です、アイネスさんッ!!」

 

 残り525m地点。

 コーナーを曲がり終え、直線に向かった瞬間に領域(ゾーン)に入り、極限の集中状態をもって爆発的な加速を始めたエイシンフラッシュ。

 3人が、先頭を行くアイネスフウジンの背を捉えるためにその脚を炸裂させた。

 

────────────────

────────────────

 

『さあダービーもあと500mッ!!』

 

『先頭を行くのはアイネスフウジン!!アイネスフウジンだ!!』

 

『二番手から上がってくるのはヴィクトールピスト!!徐々に差が詰まっていくぞ!!』

 

『その後ろからはメジロライアンも上がってくる!凄い末脚!ヴィクトールピストに追いつくか!?』

 

 

 

『だがその後ろ!!来たぞ来たぞ来た来た来たー!!!』

 

()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 

『エイシンフラッシュだ!!エイシンフラッシュだ!!』

 

『スピードが違う!!』

 

『先頭の()()()()()()()()までは6バ身ほど!!』

 

 

 

『まずはメジロライアンを捉えた!!』

 

『ヴィクトールピストも苦しいか!!エイシンフラッシュが今差し切ったぁっ!!』

 

 

『さああと一人、風神の背中は見えた!!』

 

『もはや勝利へのカウントダウン!!あともう5バ身ほど!そして…!』

 

『その差はみるみるうちに…!!…4!!!…3!!────────な、なんとっ!?』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 運命は、繰り返す。

 

 最終直線、その残り300m。

 領域(ゾーン)に目覚めたエイシンフラッシュに、後方から急激に迫られたアイネスフウジンが。

 

 坂を上り。

 

 ゴール板を見て。

 

 

 覚醒(めざ)めた。

 

 

 それは風神の顕現。

 ハイペースによる消耗戦を超え、上り坂でなお脚を溜め、最後の末脚を振り絞る。

 後続をぶっちぎるための全速前進の大爆走。

 

 

 ────────領域(ゾーン)へと、至る。

 

 

 領域(ゾーン)に入った二人の、最終決戦が始まる。

 

 

────────────────

────────────────

 

『その差が3バ身から縮まらないっ!!逃げる!!アイネスフウジンが加速して逃げる!!』

 

『エイシンフラッシュもここまでか!?』

 

『────────否ッ!!さらに加速!!閃光が風神を穿たんと放たれるッ!!』

 

 

 

 ────────────────光芒一閃。

 

 

 

『差が縮まる!!2バ身!!1バ身!!ゴールが近い!!残りあとわずか!!』

 

『エイシンフラッシュが交わすか!!アイネスが粘るか!!これはエイシンフラッシュが速いッ!!』

 

『エイシンフラッシュが競りかける!!アイネスフウジンに並んで──────なんとここでアイネスが再加速ッッ!!!』

 

 

 

 ────────────────お先に失礼。

 

 

 

『交わせない!!交わさせないッッ!!しかしアイネスフウジンも限界か!?エイシンフラッシュが並びかけるッ!!』

 

『並んだ!!並んだッッ!!!もう言葉はいらないのかっ!?』

 

『どちらも譲らないッ!!』

 

『お互いに一歩も譲らないッッ!!』

 

『これは大接戦だッ!!そのまま──』

 

 

 

『─────大接戦のゴーーーーーーーーーーーーールッッッ!!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…………っはぁっ!!はぁっ、はぁー………げ、っほ」

 

「……ぜぇ、ぜぇー…!!……ぜ、ぇ………かっは………」

 

 エイシンフラッシュとアイネスフウジンは、ゴール板を駆け抜けて、そのまま数歩歩き、勢いを殺し切ったところで、二人並んで芝へ倒れた。

 最早一歩も歩けない。

 全てを振り絞った。文字通り、己の全て。

 そうまでしてでも、このダービーでは勝ちたかった。そんな想いが、彼女たちの走りに現れていた。

 

 呼吸が整わない。

 仰向けになった彼女たちは、何度も大きく息を吸って、吐いて、痛いくらいに早鐘を打つ心臓を何とかなだめすかしていた。

 

「…はぁー………ふぅー……アイネス、さん。いい、勝負でした………」

 

「…ぜぇー……うん、フラッシュちゃん……全部、あたしも振り絞ったの………後悔は、ないの……」

 

 二人は並んで倒れたまま、腕だけ何とか動かしてハイタッチをしようとするが、それが疲労により腕がおぼつかず、見事に空を切る。

 その様子に気が抜けて、お互いに失笑が零れて…そうして、少しは元気が戻ってきたか、ゆっくりと上体を起こし、芝の上で二人で並んで座る。

 

「……しかし、本当に全霊を込めてしまいました。脚が先ほどから震えています…痛みとかはないですが。アイネスさんは大丈夫でしたか?」

 

「へへ、あたしもめちゃくちゃ震えてるの…けど、大丈夫。変な痛みとかは()()()()。トレーナーによくマッサージしてもらうの」

 

「そうですね…。……結果は、まだ出ませんね」

 

 二人が着順掲示板を見る。

 そこには、3着から5着までの着順が示されていた。

 先頭から2バ身差で3着メジロライアン、クビ差で4着ヴィクトールピスト。大差がついて、5着。

 しかし、1着と2着が表示されない。その横には写真判定の文字。

 レースを走ったウマ娘達も、観客たちも、固唾を呑んで着順掲示板を見守っていた。

 

「……勝ったのは、私だと思いましたが…」

 

「いやいや、あたしなの。…けど、本当に際どかった…どっちになるだろ………っ、あ」

 

 アイネスフウジンが掲示板に新しい表示が出たのを見て、その一瞬後にレース場全体が爆発的な歓声に包まれる。

 

 掲示板に表示されたのは、一つの赤文字。

 時計の横に示された、「レコード」の文字だ

 

 彼女たちは、ほぼ同時に駆け抜けたこのレース、日本ダービーのレコードを更新していた。

 そんな二人に、会場から惜しみない歓声と拍手が沸き起こる。

 

『フラッシュ!!フラッシュ!!フラッシュ!!フラッシュ!!』

 

『アイネス!!アイネス!!アイネス!!アイネス!!』

 

「…ふふ、レコードですって、私たち」

 

「やー、嬉しいの!これであたしは3回目だけど、ダービーで出せたのは胸を張れるの!」

 

「おや、私も弥生賞はレコードでしたよ?……でも、まだ結果は出ませんね……」

 

「ここまで来たら恨みっこなしなの。ほら、前にホープフルでトレーナーが言ってた…」

 

「…誇りある敗北、ですか?そうですね、今日のレース自体を私も誇れます」

 

「そうそれ!本当に楽しかったし…いいレースだったの!!…とは言っても勝ちたいぃ~…!」

 

 二人のコールが混ざり合うレース場に、しかしまだ二人の結果は出ない。

 ある程度呼吸も整ってきて、座ったままレース後のストレッチに入りながら、ただその結果が出るのを待った。

 

 写真判定の時間は10分にも及んだ。

 その間、二人のコールはずっと続いて……………そうして、結果が示される。

 日本ダービーの勝者が、着順掲示板に表示された。

 

 運命の、勝利者は。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『1着 エイシンフラッシュ』

 

 

『2着 アイネスフウジン』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「~~~~~~~よしッッ!!!」

 

「うわぁーーーー!!!負けたのーーーーー!!!!」

 

 表示されたその名前を見て、エイシンフラッシュは全身で喜びを表現し、片手を天に挙げ…二本指を立てる。

 二冠ウマ娘となった己の勝利を、誇る。

 

 アイネスフウジンは、己が2着、僅かにエイシンフラッシュに及ばなかったことを理解して、だぁー、と声を上げて再度芝の上に横になった。

 そのままゴロゴロと頭を抱えて横になり、全身芝まみれになり悔しさを必死に散らす。

 

 ターフビジョンに示された写真判定では、本当にごくわずか、5cmの差をもってエイシンフラッシュが先にゴールに入ったことを示すそれが表示されていた。

 

 そうして、東京レース場が爆発した。

 本日一番の、爆発的な歓声と拍手。

 最高のウマ娘達が、最高のレースを見せてくれたことへの、敬意がこもったその祝福。

 

 その歓声に、エイシンフラッシュも、またアイネスフウジンも、手を振って応えた。

 

 誇りある勝利と、誇りある敗北。

 それぞれを胸に抱えて、日本ダービーは決着と相成った。

 

 

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