日本ダービーが終わり、翌日の月曜日。
ここトレセン学園の執務室では、鳴り止まぬ記者からの電話の応対に務める駿川たづなの姿があり、しかしその顔はまだ午前中だというのに既に疲労困憊の表情を見せていた。
「…はい、はい、すみません…はい、インタビューもお断りさせていただいておりまして…はい、申し訳ありません。失礼致します」
これで何度目のお断りを入れただろうか。
駿川たづなは受話器を置きながら、はぁ、と大きくため息を零してしまった自分を自覚する。
まだ朝だというのに、大変に疲れ切っている。
恐らくこのような事態になるだろう、と事前に
また鳴り響くコール音に反射のように受話器を取り、同じような取材の依頼に対してまた丁重にお断りを入れながら、駿川たづなはこのような事態になった原因である彼について、ふと思い返した。
────────────────
────────────────
それは日本ダービーが行われるよりも前。
彼…立華トレーナーから、駿川たづなは今後の彼のチームのレース出走申請の用紙を受け取っていた。
学園でレースに参加するウマ娘達は、出走登録を必ず駿川たづなを通してURAに申請する手続きの流れを取っており、全てのウマ娘の出走レースを駿川たづなは把握している。
しかし、その日彼から受け取った用紙には、これまで駿川たづながほぼ見たことがない、外国のレースの名前が記載されていた。
「立華さん…これは、本気なんですね?スマートファルコンさんをベルモントステークスに出走させるという…」
「ええ。冗談でそんなもの提出しませんよ…本気です。既にチームメンバーには伝えていますし、この後申請させていただきますが…スピカのサイレンススズカと、リギルのタイキシャトルも併せウマ娘として同行してもらうことになっています」
「…なんと、まぁ…いえ、確かにスマートファルコンさんであれば…しかし、大丈夫ですか?」
駿川たづなは立華へ、心配からくる言葉をかける。
それも当然というものだろう。トレセン学園には海外のレースに挑むウマ娘もおり、その出走手続きや遠征にかかる支援なども行ってはいるが、しかし彼はまだ年若く、チームトレーナーとしては新米でもある。
遠征は間違いなく初めてとなる彼に、駿川たづなは純粋に彼が無理をしていないか心配をしていた。
もちろん、彼の育成手腕についてはもはや疑う所はない。チームを結成してからチーム外のウマ娘に負けたレースはただ1件、それもアクシデントに見舞われてのこと。
彼がチームを受け持つことになったあの日、理事長室で見せた彼の熱い眼差しが…嘘偽りのなかったことを、彼は結果で証明して見せた。
しかし、今回は事情が違う。海外遠征なのだ。不慣れな環境に適応できず、遠征を失敗した例など枚挙に暇がない。あの皇帝ですら、それで失敗しているのだ。
だが、立華が駿川たづなを真正面から見据えて返す言葉の、その表情は…その瞳は、いつか見たあの熱を携え、駿川たづなの心を揺らした。
「大丈夫です。…チームのメンバーだけでしたら、俺だけで出来るかという不安もありましたが…今回はスズカとタイキが助けてくれる。彼女たちは信頼できるウマ娘です。俺は二人を信じてますし、頼れる子たちです。きっと俺を、ファルコンを助けてくれる。そのうえで、俺が出来る最高の指導と支援をファルコンに出来るよう…ずっと前から準備していました。勝ちに行きますよ」
「…っ……」
「…向こうでのことは心配しないでください。それより、たづなさんに一つお願いがあるんです」
立華のその瞳に貫かれるような熱を駿川たづなは己の胸中に感じながらも、しかし自分へのお願いの話が出てきたため、こほん、と誤魔化すように咳払いをしてから聞いた。
「ええ、もちろん…立華さんのお願いでしたらやれる限りのことはしますよ?これまであまり頼っていただけていませんでしたからね」
「恐縮です、たづなさん普段から忙しそうにしてるから…こっちも遠慮しちゃって。けど、このお願いはたぶん、たづなさんに負担がかかってしまって…けど、たづなさんにしかお願いできないんです。…頼らせてもらえますか?」
「っ…くすぐったくなる言い回しが得意なんですから。ええ、何でも言ってください。私は何をすればいいですか?」
彼が普段のトレーナー業については全く問題がなくこなしてしまうため、これまで駿川たづなに何か特別に頼ったことがなく、その件について駿川たづなは思う所があった。
もちろん、彼がトレーナー業をきっちりとこなしていることについては素晴らしいの一言に尽きる。時折遠目に観察しても、トレーナーとしてウマ娘を指導する彼は何の心配もいらないといった風に、ベテランの風格さえ漂わせるほどのそれであった。
しかし、それでも最初の面談で、なんでも頼ってくださいね、と言った手前、何かしら相談してもらいたい、という…少し年上の自分からの、手間のかからない弟を、それでも心配に想う姉のような気持ちを抱えていたのも事実だった。
そして、ようやく本日、彼が自分を頼ってくれた。
彼はアメリカにまで行って愛バを勝たせようとしているのだ。そのために、自分に出来ることならばもちろん全力で支援してあげよう、という気になっていた。
そうして立華の依頼を、駿川たづなは安請け合いすることとなった。
「記者からの取材を最小限に抑えたいので、ダービーの翌日にベルモントステークスの出走は発表する予定なんです。そして、その日のうちに俺達チームメンバーとスズカ、タイキはアメリカに飛びます。その後予想される記者からの取材依頼、たづなさんのほうから丁重に断ってもらっていいですか?」
「もちろん、それくらいのことでしたら!学園のことはお任せください!」
────────────────
────────────────
……あの頃の私を止めてやりたい。
駿川たづなは鳴り響く受話器にまた手を伸ばしかけ、もう面倒になって一度大きく背伸びをして、しかし流石にまずいと改めて受話器を手に取った。
勘弁してほしい。
この番号を知る、全ての記者、週刊誌から連絡が来る勢いではないか。
しかしそれも当然のことだ。
あのチーム『フェリス』の次走、どこに行くかと様々な予想がされていたスマートファルコンがまさかのアメリカ3冠の最終戦に出走するという大ニュースなのだ。
これを記事に出来なければ、レース記者としては名折れになるだろう。
もちろん、他にも昨日の大接戦、レコードを記録した日本ダービーの事もあり、話題が尽きないチームである。
そんなチームを取材したいというパパラッチの皆様の気持ちはわかる。勿論わかるのだ。
だが、それが出来ない明確な理由がある。
「ですから…もう、学園にはチーム『フェリス』の皆様はいないんです!アメリカに行っちゃったんですよぉ!」
最後は
もうまぢムリ。
新人トレーナー呼んで電話対応させょ…。
帽子の中でへにょり、と体の一部を折り曲げながら、駿川たづなは受話器を置いて机に突っ伏した。
駿川たづなは決意した。
これはもう、彼がアメリカから戻ってきたら一杯奢ってもらって、一晩中愚痴を聞かせなければならない。
シメのラーメンは大盛でトッピングマシマシにしなければならない。
脳内で、子供みたいに笑う立華の素敵な笑顔に後ろ蹴りを食らわせて留飲を下げながら、駿川たづなは担当のついていないトレーナーにヘルプの電話を入れるのだった。
────────────────
────────────────
ここは自由の国、アメリカ。
広大なる国土を誇るその経済大国に、我らチーム『フェリス』はやってきた。
「……こう、香りが違いますね。洗剤の匂いとでも言いますか…」
「コストコみたいな匂いがするねー☆んー、でもヤシの木とかあんまり生えてないね」
「それはハワイなの…でも、窓から見える駐車場の車とかはやっぱり外車ばっかりで、なんだか新鮮な感じなの」
空港に降り立ち、俺の愛バ達がそれぞれコメントを零す。
現地時間は午後三時を回ったところだ。
長時間のフライトに揺られてたどり着いたのは、ケンタッキー州のルイビル国際空港。
もちろんそこには、フェリスの3人のほか、俺の願いで付いてきてくれた二人も一緒に来ていた。
「私はこの空港の匂い、久しぶりって感じがするわ…ケンタッキーに来たのは初めてだけど」
「ワタシはすっごく懐かしいデース!!ンンー、帰ってきまシタ~!!」
サイレンススズカとタイキシャトル。この二人も、今回の遠征についてきてくれた。
沖野先輩と東条先輩の口利きを受け、快諾してくれた二人には感謝してもしきれない。
二人の先輩の大切な愛バ達だ。きちんと様子を見て、無事に返せるように俺も大人として努力しよう。
ああ、もちろん、忘れてはいけないもう
「…お、来た来た。オニャンコポン、無事だったかー?大変だったな」
俺は空港係員からペットケージを受け取り、その中に入ったオニャンコポンに声をかける。
流石に飛行機輸送で疲れたのだろう。だいぶへにょへにょとした顔だった。
入国検疫をこの後に受けて、ようやくこいつも俺の肩に戻れるようになる。
「大変でしたね、オニャンコポン。後でいっぱいブラッシングしてさしあげますね」
「ふふ、時差ボケで眠そう☆でもオニャンコポンも無事に着けてよかったぁ」
「これで全員揃ったの!」
「そうですね…立華トレーナー、この後はタイキの実家に向かうんですよね?」
「ああ。迎えが来てくれるってことだけど…」
「きっとパパが来てますネー!ロビーに向かいまショー!ハリーハリー!!」
無事オニャンコポンの入国免疫も終えて、俺たちはそれぞれの手荷物を受け取ってロビーに向かう。
大きな荷物については事前にタイキシャトルの実家へ国際便で輸送しており、現地で受け取らせていただくように手配済みだ。旅は身軽な方が良い。
特に、ダービーを走り終えた直後のフラッシュとアイネスには、重い荷物などを抱えてほしくなかった。
あの激走を終えたのち、俺は二人の脚を触診して…かなりの疲労が蓄積されているのを読み取った。
特にアイネスがかなり際どかった。幸いにして、骨折や筋膜剥離など、後に響くような症状は
この二人については今回の遠征の間はトレーニングは禁止だ。俺のほうで毎日のマッサージとストレッチを行い、脚の回復と、観光、そして応援に精を出してもらう予定である。
『…あっ、いた!ダディー!!会いたかったー!!』
『ヘイ、タイキ!!随分とでかくなったなぁお前ぇ!!そんで、そっちがフェリスのみなさんだな!!』
そうして空港ロビーに向かえば、タイキシャトルの父親が待ってくれていた。
以前の世界線で一度だけ見たことがある、大柄で胴回りが太く、いかにもカウボーイチックな方だ。
被っているカウボーイハットとサングラスがこれ以上なく似合っている。
俺はタイキに続くように近づいて、挨拶を交わす。
『ハロー、初めまして。チームフェリスの立華です。この度は本当にお世話に…』
『ハハハ、そんなかしこまりなさんな!ニッポンからやってきた若きチャレンジャー!俺はアンタを歓迎するぜ!』
『…サンキュー、じゃあ肩肘張らずにやらせてもらうぜ。これからうちの子たちが面倒かけるかもしれんがよろしく頼むな、ダンナ!』
『オーライ!!任せな、ポニーちゃんたちの最高の思い出にしてやるぜ!!さあ乗った乗った!我が家へご招待だ!!』
ヘーイ!とガッツリ握手を交わして、俺とタイキファザーは意気投合した。
以前の世界線の記憶が活きている。俺の知る彼はずいぶんとさっぱりとした大人であり、こうしたさわやかなやり取りを好みとしていることを俺は把握していた。
HAHAHA!!とアメリカ流の笑いをお互いに零しつつ、俺たちは駐車場へ向かう。
そこにはタイキファザーが俺たちの送迎に準備してくれたらしい、大型キャンピングカーであるエルモンテRVがあった。
『グレイト…随分イカした車じゃねぇか!いいねぇ、こういう車憧れてたんだよなぁ』
『fooo!この車も久しぶり!でもダディ、今日は友達が乗るから安全運転じゃないと駄目よ?』
『分かってらぁ、娘のダチに怪我一つでもあっちゃ悪いからな!肩の猫ちゃんも眠っちまうくらいの安全運転キメてやるよ!それとタチバナ、お前らがこっちにいる間はこの車貸してやっからよ、自由に使ってくれや!』
『
「…トレーナーさん、ああいう表情もできるんですね…素敵です…」
「うん…いつも以上にテンション高くて子供みたいで…グッときちゃう…☆」
「ちょっとカワイイの…」
「ウソでしょ…?」
まさかキャンピングカーをお借りできるとは思わすテンションが爆上がりの俺の様子に、愛バ達から謎の熱視線が注がれていたがそれはオニャンコポンがオートガードでその視線を防ぐ。
…いや駄目だオニャンコポンだいぶバテてるわ。流石にアメリカまでの空路はキツかったか。すまんな。
肩の上でへなへなになったオニャンコポンを落とさないように気を付けながら、俺たちはキャンピングカーに乗り込んで、タイキシャトルの実家、大牧場を経営するそこへと向かった。
────────────────
────────────────
そうして車をしばらく走らせて、地平線に沈む綺麗な夕焼けなどを眺めながら、夜の帳も降りたころにタイキシャトルの実家に到着した。
それは俺にとっては見覚えのある、どこまでも広大な大農家。
俺たちはここで約2週間を過ごすことになる。
『よぉ、タチバナ。後ろのポニーたちに窓の外見るように言ってやんな。あっちの建物の方角だ』
『へぇ?なんかあるのかい?じゃあ…』「…みんな、窓の外見てみなってさ。右手の建物のほうだ」
『ふふー、きっと驚くよ?私の家、いつでも準備してるからね……あ、上がった!』
「…!すごい…!」
「わあ☆!花火!?きれーい!!」
「ウェルカム、って書いてあるの!!うわー、写真撮ろー!!」
「タイキ…ホントに実家に常備してたのね、ウェルカム花火…!」
大農家の建物、その方角から上がるウェルカム花火。
タイキシャトルが常に家に準備していマース!と豪語していたそれが、俺たちという来客に向けて、夜空へ盛大に放たれていた。連発だ。
こりゃすげぇ。
俺も思わず驚愕と感嘆で目を見開く。
以前の世界線でタイキの家に来た時は昼間だったから、これを見るのは俺も初めてだ。
ワクワクするのを抑えきれない。1000年たっても、やっぱりこういう刺激は心が躍る。
『HAHAHA!!気に入ってくれたようで何よりだぜ!ようこそタイキファームへ!!ゆっくりしてってくれよな!!』
農場につき、笑顔で俺達チームフェリスとスズカを迎えてくれる、タイキの家族たち。
それに深々と日本流のお辞儀を返して、それがまた向こうに受けた。ジャパニーズ文化はアメリカの人には良くウケる。今度忍術でも披露してあげよう。
そして到着してすぐ、俺たちはさっそくバーベキュー大会に巻き込まれることになった。
流石はタイキシャトルの実家だ。一休みという概念は彼らにはなく、盛り上がって楽しむことを何よりも大切にしているのだ。
懸念として考えられるのは、こう毎日バーベキューを開かれてしまうと、うちのウマ娘達も気疲れしてしまわないかという点。
だが、もちろん俺も事前にそこは相談しており、バーベキューを開くのは到着した今日と、今週末の日曜と、そしてレース後の合計3回までとさせていただいて、残りの日は食事はある程度落ち着いた場にしてもらう予定だ。
レースに出走しないただの観光であればもっとはしゃいでもいいかもしれないが、今回の渡米の主目的はあくまでスマートファルコンの出走するベルモントステークスに勝利することである。それは忘れてはならない。
しかし、同時に彼女たちは思春期のウマ娘であり、青春真っ盛りの時期だ。
思い出も、作ってもらいたい。
「さあ、みんな。タイキシャトルのご家族の歓迎会にあずかろうか。今日は食べまくってよし!」
「ふふ、楽しみです。脚の疲労回復のためにも、いっぱい食べないとですからね」
「ファル子もいっぱい食べちゃうぞー!めざせ食い倒れ!」
「いやー絶対美味しいのあの肉…超上質なやつなの…サイズもすげーの!」
「タイキが日本のバーベキューは肉が小さい、って言ってたのが理解できたわ…以前の遠征じゃバーベキューはしなかったし…」
「今日は盛り上がりまショー!!ハウディー!!」
そうして、夜も更けるまでバーベキューで大盛り上がりをして。
俺たちのアメリカ遠征、その初日はそんなあわただしくも楽しい一日となったのだった。
アメリカっぽい描写は大体筆者の脳内イメージの捏造です。
余談
タイキシャトルとかエルとか日本語トンチキ勢は母国語になると雰囲気変わると思うんですよね。
個人的にはグラスが英語だとガラ悪い口調になる概念推し。
そうして感想欄で生まれたグラス口わるわる概念の妄想は以下の通り。
────────────────
────────────────
ここはチーム『リギル』の一室。
練習の合間に、補習を受けまいと必死に勉強をするタイキシャトルと、そのそばでストレッチに勤しむグラスワンダーの姿があった。
『ねぇグラス。ごめん、ここ教えてくれない?』
そうして問題の途中で躓いたタイキシャトルは、グラスワンダーに問題の答えを聞きに行く。
しかしその言語は英語であった。
タイキシャトルもグラスワンダーも、アメリカ出身のウマ娘である。
普段は勿論周囲に合わせて日本語を使う彼女たちだったが、こうして二人きり、もしくはエルコンドルパサーも含めた3人の時には、英語で会話することもよくあった。
『Whats that?…おいおいタイキ、簡単な現代文の問題だろ。アタシの学年だって解けるぜ』
しかしグラスワンダーが英語で返したその口調、言葉遣いの内容に、もし彼女と英語で話したことがなく、かつ英語の文法を詳しく知るものが聞けば余りの違いに驚くだろう。
普段、日本語を使うグラスワンダーのその口調は、大和撫子に憧れを抱く彼女らしくのほほんしっとりとした丁寧な言葉遣いである。
だが、アメリカ時代…タイキシャトルとつるんでいたころのグラスワンダーは狂犬だった。
日本文化に、大和撫子への憧れに目覚めてお淑やかさを身にまといその暴力的な狂気を抑えることに成功している今の彼女は、しかし英語でしゃべる時だけ過去の癖が顕著に表れる。
『日本語難しいのよ…なんで日本語ってこんなに漢字使うのぉ?ひらがなにカタカナとあって漢字まであって、本当に訳が分からないわ…!』
『ハッ、それがいいんだろうが。ムダに雰囲気を作って、それを味わうのがニッポンのWABI-SABIってヤツさ。どれ、見せてみな…あー……この問題、意味は分かってっか?』
『えーと、この「坊ちゃん」って人の気持ちを答えろって問題でしょ?でも、どこにそれが書いてあるのよ…わからないぃぃ…』
『バーカ、こんなのは大抵、問題文で線が引かれてる箇所の手前にヒントがあるんだよ。そのあたり重点的に探してみな?』
『フーム?そんなコツがあったのね…あ、もしかしてこれ!?ここの気持ち!?』
『だろうな。答えまでみてねェから確実じゃねーけど、十中八九それだろーよ。意外とシンプルなもんさ』
『ありがとー!いやー、グラスは日本語得意だから助かるわ!』
『どーもォ。あんまりアタシばっかり頼ってねェで早く自分で解けるようになりな』
タイキシャトルに回答を示し終えたグラスワンダーは、そうしてまたストレッチに戻る。
解き方のコツを教えてもらったタイキシャトルは、そうしてまた現代文の問題に戻り、うんうんと唸りながら解き進めようとしていた。
その時である。ガチャリ、とチームハウスの扉が開いて、彼らのチームトレーナー、東条ハナが入ってきた。
「…あら、早いわね二人とも。タイキはもしかして、また補習?」
「オー!トレーナー、これはホシューではなくヨシューデース!次のテストで赤点取らないために頑張るデスねー!」
「お疲れ様です、東条トレーナー。ふふ、とっても真面目に頑張っておりますよ、タイキさん」
東条ハナが、当然であるが日本語で二人に話しかけたところ、二人も思考を日本語に切り替えて言葉を返す。
似非外国人のような、時々エルコンドルパサーとも語尾が被るタイキシャトルの独特のその口調と、そうして物静かで丁寧なグラスワンダーの日本語。
その普段通りの様子に、東条もくすりと微笑んでチーム運営業務に入った。
二人の母国語で会話するときの本当の姿を知るものは、少ない。
そう、それはグラスワンダーと同室で、彼女にある意味での恐れを抱くエルコンドルパサーであったり。
または、同じく英語圏からやってきた数人のウマ娘であったり。
もしくは、英語を使うのを苦にしない、いつか海外遠征に赴く、肩に猫を乗せたトレーナーであったり────────