【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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62 Coaching

 

 

 渡米して、タイキファームで過ごすことになり早2日。

 5人のウマ娘を前にして、今朝も午前の授業が始まる。

 

「うー…アメリカに来ても勉強するなんてぇぇぇ…!」

 

「ファルコン、君はウマ娘であると同時に学生なんだ。泣き言を言っても課題は終わらないよ?」

 

「仕方ありませんね。海外遠征に行くウマ娘には学園から必ず課題が出ますから」

 

「エルちゃんが課題ないがしろにしてて、日本に戻ってきたら補習地獄になった噂は知ってるの。そうならないように頑張るの」

 

 俺はタイキシャトルの実家の一室、机と椅子を並べた広間にホワイトボードを持ち込み、共に渡米した5人のウマ娘へ教鞭を執っていた。

 彼女たちは学生だ。2週間近い渡米中でも、当然だがトレセン学園のほうでは授業が普通に進んでいく。

 それを渡米中だからと言って、全く勉強していませんでした、レースの為の練習のほかは遊んでばっかりいました…という話は通らない。授業に置いて行かれることがないように、学園から課題が出され、それを終わらせる必要があった。

 

 そして何を隠そう、俺は教員免許を持っていない。

 持っていない。

 もう一度言うが持っていない。

 

 それはそうだ。俺はトレーナーである。

 トレーナーの養成学校では教員資格を取るコースも存在しているが、永遠の輪廻に入る前の俺はそれを受講していなかった。

 なんだか偉そうにホワイトボードの前に立っている俺だが、資格という意味では俺は本来ここに立つべき立場ではない。

 そもそも、彼女たちに課せられたのは課題であって、俺がいなくても彼女たちが自主的に行えばそれで学園からは○を貰えるものである。

 俺がここにいる必要はなかった。

 

 ではなぜこうしてここにいるのか。

 答えは、俺が勉強の指導も出来るから。

 1000年近いループの間に、当たり前の如く俺は彼女らウマ娘の、トレセン学園の授業カリキュラムをすべて把握している。

 なんなら担当したウマ娘が補習にひっかかり練習ができないなんてことがないように付きっ切りで教えてやったことも何度もある。

 

 そういうわけで、やらなきゃならない課題であれば俺がきっちり教えてとっとと終わらせてしまおう、というのが俺の案で、彼女たちもそれに応じてくれたというわけだ。

 彼女たちに課された課題はそこまで量があるものではない。1週間も俺が付き添ってやり、午前中を勉強の時間に充てれば全員しっかり終えることが出来るだろう。

 

 また、もう一つこれを行っている理由が俺にはある。

 それは彼女たちの時差ボケの解消だ。

 アメリカに来たことで、彼女たちの時計感覚は一度狂わされている。この時差ボケを早急に解消する必要がある。

 そのために最も効率的なことは、普段と変わらない日常のリズムで生活することだ。

 普段よりも夜更かしして遅く起きて…などとやってしまえばそれこそ時差ボケが解けなくなってしまう。

 俺はそういったことがないように、彼女たちにもキチンと普段と同じ時間に起きて、普段と同じように午前中を授業…課題に取り組む時間に使い、午後に練習をして、夜はいつもの時間に寝るように指示を出していた。

 

「…それにしても、立華トレーナー。その、教えるのが上手ですね…?」

 

「びっくりデース。どこかでセンセーをしていたコトがあったのデスかー?」

 

「先生って言うか、塾講師かな。学生時代にバイトしてた経験があってね」

 

「っ…………」

 

 俺はスズカとタイキから来た疑問に、いつもの方便で答える。別チームでトレーニングなどでも一緒をしない彼女らにとっては俺の手慣れた教鞭の様子に驚きがあるのだろう。

 人生経験だけは積みすぎている俺だ。勿論トレセン学園の教師たちはみな質の良い方々であるが、それに負けない程度には教えられるくらいの経験を積んできている。

 今回は5人だけ、学年も高2と高1の2つだけ。特に教える側で困ることはなかった。

 

 しかし、そんな話をしてたところでフラッシュのペンを走らせる音が止まった気がしたが…どうしただろうか。判らないところでもあったかな?

 

「…フラッシュ?質問があれば聞くよ?」

 

「あ、いえ…大丈夫です。少し考えていただけです」

 

 そうか。しっかり者の彼女がそういうなら大丈夫だろう。

 そうして俺は改めて5人の課題の進行状況を見守ることにした。

 だがここにいる5人のうち、3人は勉強について特に心配していなかった。

 

 フラッシュは皆が知っている通り、博学で頭の回転が速い。この年齢で、言語としては最難関を誇る日本語すら修めているのだ。

 アイネスとスズカも優等生だ。それぞれ普段の学業でも優秀な成績を収めており、スズカなどは渡米の為に英語を覚える要領の良さもある。

 彼女たち3人からの質問は殆ど来なかった。

 しいて言えば、フラッシュが初日に、現代文の内容で「登場人物の気持ちを答えろ」系の問題で、答えがわかるがそもそも答えを一つに絞る必要がないのでは、という質問を出してきた。

 思春期によくある、文学が好きな生徒に見られる疑問だ。

 

「…確かに、文脈から過不足なく読み取れるのはこの②の選択肢で、これが答えだということは理解できます。ですが、①も③も、決して間違いではない、そう解釈する余地はあると思うのです。どうして日本ではこういう問題が多いのでしょうか?」

 

「フラッシュ、君の疑問も尤もだと思う。そして俺は現代文の教師じゃないから、これから言う答えは適切じゃないかもしれないけれど…君の疑問に答えよう」

 

 過去の世界線で、シャカールやハヤヒデなどにも同じような質問をされたのを思い出す。

 そして当時の俺が、愛バが心から納得できるように真剣に調べて、考えて、出した俺なりの結論を彼女にも返す。

 

「…日本語は比喩表現や敬語、同音異義語が多い言語だ。特に文章を読むうえでは、読む人次第で色んな解釈が分かれることも多い。物語なんて特にそう。…けれど、色んな解釈をされてはいけない、答えが一つでなければならない文章、というものが大人になるといっぱいあるんだ」

 

「…それは、どういったものが?」

 

「例えば裁判の判決結果。例えば保険契約の約款内容。君達に絡むことであれば、レースのルール条文。これが、読む人それぞれで解釈が分かれてしまったらどうにもならないだろう?それらの文章が示す内容や意味は一つだけなんだから」

 

「っ。…なるほど、確かにそうですね…」

 

「うん。…で、そういった文章はすべからく、読みづらい遠回しな書き方であったり、漢字を多く使った格式ばったものが多い。それはなぜかというと、さっき話した通り解釈の余地を許さないためであり……話が戻って、そういった解釈を正しく文章から読み取る力をつけるために、国語や現代文にはそういった質問があるのさ。……半分以上、俺が大人になってから感じた答えだけどね。参考になったかい?」

 

「はい。すんなりと腑に落ちました。そういう意図で出されている問題だと思えば、答えは②しかないですね」

 

「ああ。…もちろん、物語を読むうえで色んな解釈をすることもとても大切だと思うから、そういった疑問があったらまた質問してくれ」

 

 そうしてフラッシュも笑顔を見せて、それを聞いていた他の4人も得心してくれたようで、現代文により精力的に取り組んでくれるようになった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、課題の話に戻って、俺が懸念していたのは残る2人である。

 スマートファルコンとタイキシャトル。

 この二人は、言ってしまえば赤点組だ。補習を受ける姿を、俺は過去の世界線で何度も見てきている。

 ファルコンは今回の世界線では俺の愛バなので、俺の臨時教師の甲斐もあって何とか平均点くらいの成績にはなってきているが、タイキが大丈夫だろうか、と思っていた。

 彼女が実家に戻ったことで成績がなお悪くなる様なことがあれば、俺は東条先輩に怒られてしまう。

 

 そうしないためにも、俺は試しに事前に一つの策を打つことにした。

 そしてこれがなんと、見事な大当たりを見せる。

 

『んー…タチバナ、ここの計算問題の解き方が分からないわ。前のページにあったこの公式を使ってみたんだけど』

 

『ん。…ああ、惜しいな。これも使うんだけど、このタイプの問題で使うことが多いのは…このページの公式なんだ。この二つの公式をしっかり仕組みから覚えることでこのタイプの問題はすんなり解けるよ。例題を一度解いてみようか』

 

『oh、なるほど!だったら、ここがこうなって…こうなるってこと?』

 

『正解。使い方もバッチリだ。その調子でここのページは全部解けるはず。頑張ってみよう』

 

『OK!』

 

 俺はタイキシャトルと英語でやり取りをしながら、彼女が取り組む数学の問題集…()()()()()()()それを見て、そして彼女の回答を導く計算式が間違っていないことを確認した。

 

 そう、俺は彼女に英語の教科書と問題集を準備してやっていた。

 これが覿面に効いた。

 理事長と、タイキの学年主任に相談して、渡米の間は彼女が日本語の教科書ではなく英語の教科書、そして問題集を解くことに対してOKを貰っている。

 タイキシャトルがこれまでトレセン学園で授業に苦労していたのは、()()()()()()()()()()()()()というそれに尽きたのだ。

 

 同じ悩みはエルコンドルパサーや、他の海外から留学しているウマ娘も数多く該当するだろう。エルなどは日本語を書くのも中々苦労するさまだ。

 ごく一部の例外として、フラッシュやグラスワンダーなどがいるが…彼女たちだって、先ほど現代文で質問があったように、日本語に完全に順応しているとは言えない。グラスは日本文化好きなのでまた枠が違うが。

 俺は今回の海外挑戦で、この事実を初めて実感することになったのだ。

 

 この渡米が終わって日本に戻ったら、一度教科書の見直しについて理事長に打診するべきであろう。

 もちろん、日本に留学に来ているのだから日本語を覚えなければいけないのは理解しているし、現代文などは変わらず実施するべきだが、それでも例えば日本語と外国語両方が書かれた教科書などを使うなどして、海外出身のウマ娘達の学習に陰りが出ないようにするべきだと思う。

 ずっと日本にいるというウマ娘もいるかもしれないが、フラッシュのようにいつかは故郷に戻るウマ娘も多い。そんな子たちは別に母国語を使って授業に参加してはいけないというルールはない。

 何なら業者に頼んで日本語の教科書や問題文に彼女らの母国語を赤書きする作業をさせるだけでも、彼女らにとってはだいぶ助かるものになるのではないだろうか。

 

 …若干話が逸れてしまったが、とにかくそういった構造化を行うことでタイキシャトルはもりもりと勉強に励んでいた。

 これまでの遅れを取り戻さんといった具合だ。素晴らしい事である。俺も聞かれたらよく教えてやろう。

 

 さて、ここまでつらつらと述べてきたが。

 結論として。

 

「……つかれた…☆」

 

「ファルコン。…休憩までもう少しだから、頑張ろう。判らないところはあるか?」

 

「ふぇ~ん……こことここが分からないですぅ…☆」

 

「はいはい…」

 

 今回の渡米の主役である、スマートファルコンの指導が俺の中で最も大きな懸念点となってしまったということだ。

 頑張れファルコン。とっとと課題を終わらせて何の懸念もなくベルモントステークスに挑めるようになろう。

 

 

────────────────

────────────────

 

「…時間だな。それじゃ休憩にしようか」

 

「はい。…結構いいペースで進めました。今週中には終わりそうですね」

 

「あたしもなの!2週間分って渡されたけど、集中してやればなんとかなるもんなの」

 

「フフー。ワタシも絶好調デス!説明が分かりやすくて助かりマスねー、戻ってもタチバナに教師やってほしいデス!」

 

「それは無理でしょ…?でも、うん、私も何とかなりそう。……あとは…ファルコン先輩?」

 

「………スズカちゃん。助けて……」

 

「先輩、学年が違うから助けられないわ…ごめんなさい…」

 

 俺はあまり根を詰めすぎないように、1時間に1度は、15分の休憩を設けることにしていた。今日はこの休憩が終わったらもう一度勉強してから昼食の予定だ。

 それぞれ、まぁ何とか順調に進んでいるといった具合か。

 恐らくフラッシュとアイネスは課題が早く終わるだろうから、そうしたらファルコンを見てもらうことにしよう。

 

 さて、彼女たちはいわゆる勉強をしており、頭の体操を存分に終えたところだ。

 体の運動であれば塩分補給が欠かせないが、頭の体操には糖分補給が欠かせない。

 しかしここはアメリカ。甘いものと言っても、アメリカンなお菓子は砂糖を大量に使っていたりして、口慣れない物も多いだろう。タイキは問題なく喜ぶかもしれないが。

 なので俺はそういったこともちゃんと考えて、彼女たちのためのお菓子を日本から手配していた。

 これから毎日お菓子が届く予定である。

 ウマ娘の調子を整えたければ甘味を与えろ。古事記にもそう書いてある。

 

『ヘイ、タチバナ!!日本からお前が送ったらしい荷物がクール便で届いたぜ!』

 

『お、サンキューダンナ、ナイスタイミングだぜ!』

 

 休憩中の部屋に、タイキファザーがやってきて大きな段ボールを一つ持ってきてくれた。

 ちょうどいい。彼女たちにそれぞれ配ろう。

 昼飯前だが、彼女たちウマ娘にとってこの程度のおやつであれば小腹を満たす程度にもなるまい。

 だが、食べなれた甘味というのはやはり異国の地では普段以上に美味しく感じるものである。

 

 俺は段ボールの包みを開けて、中から冷凍で届いたお菓子を取り出す。

 6月のケンタッキーは暑い。それも考慮し準備した、冷凍菓子。

 

「よし、おやつ食べようか。一人1パックまでな」

 

「…これは!トレーナーさん…日本から送ってたのですか!?」

 

「あ!これ好き…☆!」

 

「日本の味なの!」

 

「雪○大福…!!大福、好きなんです…!」

 

「オー!このアイスは私も大好きデース!」

 

 赤と白のパックに包まれたそれは雪○大福。

 サイズも大きすぎず、食べやすく楊枝も入っており、そして上品な甘さの味わい。

 嫌いなやついる!?いねぇよなぁ!!!!

 

『ホー、見たことねぇアイスだなそりゃ。何だい、ジャパンじゃ大人気なのか?それ』

 

『ダンナ、このアイスを売ってねぇ食品店は日本にゃねぇよ。…ああ、もちろんこのファームで働いてる人とタイキのご家族の分までちゃんと数は用意してある。冷凍庫に入れて後でみんなで食べてくれ』

 

『ダディ、このアイス本当においしいのよ?ほら、あーん…』

 

『お?どれどれ……あー……ん、んん!?皮の食感面ッ白ぇ!!薄い甘さがWABI-SABIだ!!ハハハ!!こりゃみんな喜ぶぞぉ!!』

 

 タイキがファザーに試食させたところ、ずいぶんと気に入ってくれたらしい。笑顔で段ボールを運んで行ってくれた。

 まあそりゃそうだろう。外国にはない、薄い餅で包んだアイスだ。珍しさの頂点と言ってもいい。

 そういったウケも考えてこれからのお菓子も選んでいる。明日は宇治抹茶チョコである。

 

「いい感じに糖分回ったかな?それじゃ、今日はもうひと踏ん張り頑張ろう!」

 

「ごちそうさまでした。ふふ、美味しかったです」

 

「よーし…ファル子頑張る!」

 

「こういう所まで気を配ってくれるの、本当に助かるの。よし、あたしも頑張ろー!」

 

「大福…もう一個くらい…」

 

「スズカ、お昼もちゃんと準備してますから食べるのはまた後デス!」

 

 甘味を食べてやる気アップした彼女たちは、またバリバリと課題に取り組んでいった。

 学生らしい、午前中の一幕であった。




調べたらアメリカでも「mochi」っていう雪見大福によく似たアイスがあるらしいですね。
まま、えやろ。

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