「よし、いいタイムだ!そのまま残り400m、スズカに競りかけろ!タイキに抜かさせるなよ!!」
「はい!…だりゃあぁぁぁ!!!」
「先頭の景色はっ、譲らない…!」
「ワタシも忘れてもらっては困りマース!!」
渡米して1週間、俺たちはケンタッキー州の公共の練習コースを借りて、スマートファルコンの脚の
フラッシュとアイネスはまだダービーの疲労が抜けていないので、走らせていない。ドリンクの準備やスタート、ゴール地点の合図などの庶務に努めてもらい、練習後の脚のマッサージだけ参加してもらっている。
まぁもっとも、今3人が走っているのはアメリカではポピュラーなダートのコースである。
二人のアメリカダートの適正は不明だが、基本的にフラッシュもアイネスも芝ウマ娘だ。走れたとしても併走は難しかっただろう。
「……ゴールです!一着スズカさん、約1バ身差でファルコンさん、クビ差でタイキシャトルさん…の順ですね」
「ふう…!気持ちよかった…!」
「…ぜー…!スズカちゃん、やっぱり速い…!最後の伸び、どうなってるの…☆?」
「フー!二人ともいい走りでしたネー!」
「お疲れさん、3人とも。…タイキは悪いな、全力で走らせてやれなくて」
「oh、気にしないでくだサーイ!二人とも速いから、走るの楽しいネー!」
俺は併走を終えた3人に声をかけ、水分補給の指示を出しつつ、タイキシャトルへ謝意を述べる。
今回の併走では、もちろん一番の目的はスマートファルコンの成長だ。
だからこそ、今回併せに付き合ってくれている二人…彼女達に、どのように
まずタイキシャトルについて。
彼女はそもそも、短距離~マイルが専門だ。今回のベルモントステークスの2400mは距離適性の都合で速度を出して走り抜けることはできない。
だから、2400mを走り切る2人に対して、タイキシャトルは800m先、コーナーを曲がり終えたところから併走をしてもらっていた。
もちろんそうなれば、二人よりも短い距離を走るタイキシャトルに有利になり、ドリームリーグを駆ける彼女のことであるから、やろうと思えばスマートファルコンを千切ることは容易だろう。
しかし、それをさせてはいけない。
ファルコンの調子を整えるのに、二人にいつまでも勝てないってんじゃよくないからだ。
だからこそ、俺がタイキに指示を出した。
これによって、最終直線での粘り、競り合いが発生したときにファルコンが逃げ切る根性を鍛えることが出来る。
後ろからドリームリーグのトップウマ娘が追いかけてくるその状況で、砂の隼がまた一段と覚醒してくれることを期待していた。
もちろん、ファルコンはすさまじい成長を見せており、先ほどスズカに一バ身まで迫っていることからも、アメリカのダートにも問題なく適合できていることがわかる。
チーム『フェリス』を結成した当初に行ったチーム『カサマツ』との併走と比べると雲泥の差だ。今ならカサマツのダートメンバーとも全力でいい勝負が出来るだろう。
さて、そうしてタイキには猟犬の仕事をこなしてもらうことになった。これはいい。
しかしもう一人の併走相手であるサイレンススズカ。
彼女へお願いした指示が、中々にスズカにとってはキツい内容になっている。
「よし…じゃああと15分したらまた再開だ。次の併走ではスズカは…
「…また、ですか………」
「そんな顔で見ないでくれ。…頼むよ、ファルコンにどうしても勝たせてやりたいんだ」
「いえ…我慢、しますが。でもその後の併走は私が前に行きますからね…!」
その言葉に思いっきり仏頂面になったスズカからの視線をオニャンコポンでガードする。
スズカに指示した走り方は主に2つ。
1つは、ファルコンの後ろについて、スタートから走ってもらう事。
これはファルコンの領域の発動をもっとスムーズに実施してもらうために、1000m地点で後ろから圧をかけてもらうためだ。
タイキシャトルは先行の位置で走るため、1000m地点でファルコンには肉薄しない。
だからこそ、1000m地点でファルコンを後ろから追い立てる誰かが必要で、それはスズカしかできなかった。
こうして併走で何度も後ろからの圧を体験させ続けることで、もし本番のレースで後ろに迫るウマ娘がいなくても、領域に入らないまでもしっかり加速が出来るように慣れさせるのが目的だ。
しかし彼女を自由に走らせると絶対にハナをとる。
途中でファルコンを抜かしにかかる。
これは確信だ。何よりも信じられる。
なにせ、スズカは俺が初めて運命を共にしたウマ娘だ。
彼女の走りへの想い、癖、仕草。
どれ一つとして、忘れられるはずがない。
だからこそ、その負けん気を諌めるのに大変に苦労した。
オニャンコポンがいてくれて助かった。本当にいつもありがとうオニャンコポン。
さて、そしてもう一つの指示だが、これは彼女本来の走りで、普通にファルコンの前に出て走ってもらうという事。
なぜこれを指示として表現したかという話だが…今のスズカは俺が育てていた時の走りではない、沖野先輩に育てられることで彼女が持つ真の走りに覚醒していたからだ。
それは、
俺が担当していた時は、スタートの瞬間からそこまで距離的アドバンテージを取らなかった。通常の逃げと大差ない走りをさせていた。
故障を恐れた俺がそうさせなかったというのもある。
また、当時まだ未熟だった俺が、大逃げという作戦に若干の忌避感を持っていたことも事実としてあった。
しかし、沖野先輩はそんなトレーナー側からの指示を一切スズカにしなかった。
その一言で、スズカは…東条先輩のチーム『リギル』から特別移籍を行い、スピカへ所属、大逃げに開眼し…のちの活躍は、皆が知るところだ。
やはり沖野先輩へは敬意しかない。勿論、その前に彼女を鍛え上げた東条先輩も。
俺がスズカと共に3年を過ごしたときに出した実績をはるかに上回るこの世界のスズカを見て、改めてお二人への敬意を深めた。
さて、そうして、俺はスマートファルコンに大逃げを覚えさせるために何度も前と後ろを変えて併走を行った。
今回のベルモントステークス、彼女の作戦は大逃げの予定である。
だからこそ、しかしそれが出来る併走相手が得られたことの幸運をかみしめつつ、俺は二人で…いや、最終直線での粘りも持たせるために三人で、何度も併走練習を積ませた。
アメリカに渡る前までに、ファルコンの脚の調子は完璧に仕上げてある。
2週間弱、過度な負担はかけないように調整した併走練習をこなす程度であれば、彼女の脚の輝きは一切失われない。
いや、むしろより強く。ピークをベルモントステークスにぶつけられるように調整してあった。
「ファルコン、事前に説明した通りだが……タイムを意識するな。スズカの呼吸を意識するんだ。全力で気持ちよく駆け抜けて、そうして最後の直線で走れる脚を残す、息を入れるタイミングを盗め」
「はい!何度か走っているうちに、スズカちゃんの呼吸もわかってきたから…次はもっと行けると思う☆!」
「いい返事だ。…よし、じゃあ併走を始めるか。フラッシュ、アイネス。スタートとゴール頼む」
「承知しました」
「はいなの!」
「ああ。…さて、スズカ。この併走と、次の併走が終わったら…一旦長く休憩をとって、君の脚をよく診せてもらいたい。いいか?」
「…ええ。沖野トレーナーからも、そう言われているんですよね?」
「ああ。…万が一にも、君の脚に何かあっちゃいけないからね。俺に触られるのは嫌かもしれないが、我慢してくれるか?」
「大丈夫です。…沖野トレーナーが信頼する貴方を信じます」
「…すまんな」
俺は愛バたちそれぞれに指導と指示を飛ばしてから、スズカの脚の負担について意識を飛ばした。
彼女の脚は、今や完調しているところだが、しかしそのスピードについてこられずに一度壊れたことがある。
沖野先輩が心血を注いで奇跡の復活を遂げさせたその脚を、万が一にも俺が壊すわけにはいかない。
そのために、俺は彼女の脚も触診をさせてもらう許可を沖野先輩から得ていた。
そして、俺を信頼して脚を預けると言ってくれるスズカには、感謝してもし足りない。
「ムー!タチバナ、ファルコンとスズカのことばかりデース!!ワタシのこともかまってくだサイ!!」
「ん、ごめんなタイキ。しかし君の脚は俺から見ても完璧な仕上がりだからな…思わず見惚れちまうほどだ」
「…ワォ♪」
「だから二人ほど心配はしていなかったんだが…でも、不調や違和感が少しでもあったらすぐに相談してくれよな。スズカもだけど、もちろん君のことも気にしてるよ。それは本当」
「……フーム、そこまで言うなら許してあげマース…ンフフ…♪」
そうして二人のことばかり気にかけていたら仲間外れにされて寂しかったのか、タイキシャトルから抗議の声が上がった。
しかし彼女の脚は、その豪脚を発揮する、パワーに溢れた大黒柱だ。
俺が最終的にウマ娘に求める、ダイヤモンドのような筋肉が恐るべき密度で備わっている。完成形と表現してもいい。
東条先輩の指導と彼女の才能が、その脚を黄金よりも価値のあるものへと仕上げていた。
たとえ大雨の重バ場の中であっても、彼女はその力を地球へ100%伝えきるだろう。
そんな俺の想いを、俺なりにわかりやすくかみ砕いて彼女に説明したところ、納得してくれたのか一先ず笑顔を見せてくれた。
その笑顔が普段のアメリカンなそれとは違う、なんだかとてもしっとりとしたもののように感じられたが、些細なことだろう。
よかったよかった。
「…………」
「……なの」
「………☆」
妙だな。
スズカとタイキのことを気にかけていたら、何故かスタート地点と、ゴール地点と、スタート準備を始めるファルコンのほうから急な寒気を感じ出した。
まさか────────風邪か?
いや、勘弁してくれ。彼女らを率いる俺が体調を崩してどうするというのだ。
しかし、しばらくしたらその寒気は気のせいだったのか、すっかり感じなくなっていった。
よかったよかった。
────────────────
────────────────
さて、そうして練習を積む日々を過ごしつつ。勉強もやっと終わりを迎え、土日では休みの比重を多くとりながら、タイキファザーから借りたエルモンテRVでウマ娘達と日帰りの旅行などもして調子を絶好調に整えて1週目を終えて。
2週目、午前中の時間を俺はファルコンの挑むベルモントステークスのレースに関わる勉強の時間に充てていた。
「…さて。先日発表された通り、これが今回ファルコンが挑む相手…ベルモントステークスに出走するウマ娘達だ」
俺は自分の開発したアプリで、誰がベルモントステークスに出走するのかの情報はあらかじめ仕入れていた。
もちろん、ファルコン以外はすべてアメリカのウマ娘である。トレセン学園にいれば中々情報などは耳にしない相手だ。
しかし俺
レース映像なども過去走ったものがウマチューブなどに上がっていれば、それを読み込んで表示することが出来た。
これは調べようと思えばネットで誰でも調べられる情報であり、しかしその手間を省いてくれるのがこのアプリのいい所だ。
俺と
「勿論、全部のウマ娘の走りや作戦をこれから頭に入れてもらうわけだけど…まず、一番注意するべきはやはりこのウマ娘だな」
俺は大部屋に集まる彼女たちに、プロジェクターを使って拡大したタブレットの画面の映像を見せて、今回ベルモントステークスに出走するウマ娘の中で最も気を付けるべき相手の情報を表示する。
このウマ娘が出走するからこそ、俺はファルコンに大逃げの作戦を取らせることになった。
「アメリカ三冠、そのうち
画面に表示される、長い栗毛を纏わせたウマ娘。
その名を。
「
「…外国のウマ娘は、名前が長い方もいると聞きましたが、この方がそれですね」
「トモが見てわかるくらい発達してるの。絶対走るの、この子…」
「…これまで無敗。先行で走って、最後の直線で圧倒的な末脚を見せている…」
「ムー。身長は私くらいデスねー」
俺は彼女のデータを示したグラフなどを見せながら、各々の感想を聞いて頷く。
三冠にリーチをかけた、すさまじい実力をもつウマ娘。
もちろん、他全員がライバルであり気を抜けないことは確かだが…このウマ娘が、ベルモントステークスを勝ちきる上で間違いなく大きな壁となることも確かであった。
特に、その
「とりあえず、過去のレース映像を見てもらうか。一度見れば恐ろしさが分かると思う。気付きがあったら言ってくれ」
俺は自分で何度も研究して見ていた、彼女のレース映像をスクリーンに映した。
彼女が走ったGⅠ、アメリカ三冠の1戦目、ケンタッキーダービーの映像だ。
スタートして、問題ないスタートを切ったマジェスティックプリンスが先行の位置につき、そうしてレースが進行していく。
ここまでは特に問題ない。通常のレースと同じ展開。
しかし。
500mを越えた時点で、事態が一変する。
「…!!これは…!」
「
「早いの…しかもこれ、かなり特殊なタイプなの」
「……彼女を中心として、
「ムー。しかもそのドームがビッグデース…半径50mはありマース」
流石はトレセンが誇る稀代のウマ娘たちだ。領域の発動を、その形状と範囲を一目で見破った。
だが、一番問題なのはその効果だ。
「…トレーナーさん。これ、このドーム状の
「正解だ、フラッシュ。…みんなも、ドーム内のウマ娘の表情をよく見てくれ」
「…うわ、すごく苦しそう…!」
「あたしも先頭を走ってみんなの速度を落とすためにハイペースにしたりするけど…その効果が前にも後ろにも…!?」
「…かなりの広範囲、そこを走るウマ娘全員のスピードを奪う…」
「厄介な相手デース…」
「みんなの言う通りだ。…だが、真に厄介なのはここからだ。よく見てほしい。」
そうしてマジェスティックプリンスは1500mほど、最終コーナーを抜けるあたりまでその
奪うということは、己のものにするという事。
そうしてスローペースの展開になった最後の直線で、奪った速度を己の脚に乗せて、他のウマ娘をぶっちぎって一着を取っていた。
「────────」
そこで映像が終わり、少しの静寂。言葉もないといった様子のみんなを見てから、俺は俯いているファルコンに向けて、言葉を紡ぐ。
「…これが君が戦う相手だ、ファルコン」
「……うん。ものすごく、相手が強いってことはわかった…」
「…マジェスティックプリンスに勝つには…
そう。
マジェスティックプリンスとまともに戦おうとすれば、相当な実力差をもってぶつからねばならない。
もちろん、それでファルコンが及ばないとは考えない。砂の隼として覚醒している彼女であれば、領域の影響を受けてもなお、なんとか勝負はできるだろう。
だが、
勝てる可能性が、濃いとは言えない。
俯く彼女の気持ちもわからないわけではない。不安も覚えていることだろう。
「50m…おおよそそれだけの距離を彼女からとりながら、1500m地点までは走り続ける。相手の
「…わかったよ。でもね、トレーナーさん」
映像を見終えてから俯き加減だったスマートファルコンが、顔を上げた。
その顔は、
口を細く下弦の月のように形作り。
「
「っ」
「私は…相手がどんなに強敵でも、負けない。砂の上では、誰にも負けるつもりはないから」
「……ああ、その意気だ。その言葉を、俺は待ってたよ」
不安なんてとんでもなかった。
彼女がため込んでいたものは、闘志。
相手がどんなに強くても、絶対に負けてやるもんかという強い意志。
「トレーナーさん。この子に勝たせて。レースに出走するウマ娘、全員に追いつかせない…そんな走りを、ファル子にさせて?」
「ああ、勿論だ」
「私が、砂の上では最強だってことを…貴方の手で、証明してほしいな」
「任せろ。そのために、俺はここにいるんだからな」
そうして、俺はスマートファルコンの頭を撫でる。
任せてくれ。
君が、そうして勝ちたいという強い意志を持つ限り。
俺も、君の勝利を諦めるはずがない。
「あと1週間。…頑張ろう、ファルコン。そして、みんなもファルコンが勝てるように…力を貸してくれ」
「勿論です!」
「はいなの!」
「ええ。先輩が最強を証明して…そうしたら、いつか私とも洋砂の上で走ってくださいね」
「オット!その勝負はマイルでやりまショー!私も参加しマース!」
「みんな…うん!えへへ、ありがとー!!」
強敵を目の当たりにしてもなお、俺たちは勝利に向けて意識を新たにして。
そうして、更なる研鑽と研究を進めていった。
積み上げるものは、砂の隼の誇りと魂。
異国の地で、俺は必ずスマートファルコンに砂のGⅠの冠を。
ベルモントステークスが、もう間もなく始まろうとしていた。
ライバルウマ娘の名前は無敗でアメリカ二冠を達成した史実馬より拝借しています。
が、能力とか性格とかはオリジナルのものです。名前かっちょよすぎたのでお借りしました。