ベルモントステークス当日、俺達6人と一匹はベルモントパークレース場へ着き…そこで、一人のアメリカウマ娘と出会っていた。
「やぁ、久しぶりだねスズカ。元気だった?タイキも…他の皆様も遠路遥々ご苦労なことで」
「
「久しぶりデース!今日はそっちの性格デスねー?」
「仮面はだいぶ前に捨てたのさ。ふふ、懐かしいな」
オベイユアマスター。
アメリカ出身のウマ娘にして、日本のレースであるジャパンカップで
彼女がベルモントパークレース場で俺たちを出迎えてくれていた。
彼女と親交の深い…アメリカ遠征時代に生活で世話になっていたサイレンススズカと、トレセン学園に転校する前に旧知の仲であるタイキシャトルが、笑顔を見せてあいさつを交わし、それぞれにオベイユアマスターがハグで返す。
俺もまた、彼女らのトレーナーとして挨拶をしようと英語で話しかける。
『やぁ、オベイユアマスター、初めまして。俺は彼女たちの監督で同行している───』
「───英語は不要だよ、カズト=タチバナ。…現状でGⅠ5勝、敗北はアクシデントかチーム内での食い合いしかない、そんな化物チーム『フェリス』を率いる若き天才トレーナー。お会いできて光栄だ」
「…君ほどのウマ娘に承知いただいていたとは恐縮だね」
笑みを浮かべながら、彼女は名乗っていない俺の名前を答える。
そうしてチームの戦歴さえも、あえてこの場で言葉に出した。
その笑顔の意味を俺はよく知っている。策士のウマ娘がやる顔だ。
しかし、今日は彼女らは一先ず俺たちの味方でいてくれる。
ベルモントステークスの、この不慣れなレース場で出走登録手続きまでと控室などを案内してくれることになっていた。
そこについて俺はまず感謝の気持ちを伝える。
「…今日はありがとうな、俺たちの案内を買って出てくれて。不慣れなレース場だったから助かるよ」
「気にしないでほしいな、日本の友からの頼みだ。スズカやタイキともこうして会えたしね。…オグリやタマは元気かい?」
「元気さ。オグリは相変らずよーく飯を食べて俺の財布を空にするし、タマのツッコミはキレにさらに磨きがかかってる。…二人ともオベにも会いたがってたぞ」
「……ははっ。タチバナ、私が事前に仕入れた情報通りだな、貴方は」
「ん、俺のことまで調べていたのかい?テレるね、弱点とかも探られてたかな?」
彼女があらゆる情報を収集するのを武器としていることは知っている。
なにせ、かつて俺と彼女はジャパンカップで覇を争った。
その時の俺の愛バは後ろにいる三人ではなく、白い稲妻であり…その時俺は情報戦の恐ろしさを初めて味わった。
アプリの開発がその世界線の次の次くらいだったので、アプリで情報収集できるように仕上げたのはこの子の影響が大きい。
情報を制する者がレースを制する。
なお、そんな彼女がこうして案内を買って出てくれた理由に、オグタマが絡んでいる。
スズカの知り合いでもある彼女だが、それ以前にジャパンカップで鎬を削った二人とは交友があり、今回俺が口利きをお願いして、オグリから連絡を入れてもらい、こうして本日顔を合わせているというわけだ。
「気にしないでいい、貴方と私がターフの上で走ることはないのだからね。…行こうか、受付はこっちだよ」
「ああ、助かる。それじゃ行こうか、みんな」
「…………」
「………☆」
「……なの」
まだ俺何もしてなくない?
俺はただ、この世界線では初対面のウマ娘と挨拶を交わして親交を深めていただけだというのになぜか振り返ってみた俺の愛バたちはトライフォースの構えを取ろうとしてくる。
オニャンコポンがオートガードを発動し事なきを得たが急にどうした。
外国の、アウェイの雰囲気で高ぶっているのだろうか。よくないな、少なくともファルコンは控室でしっかり落ち着かせないと。
「……なぁスズカ。彼らはいつもああなのかい?」
「そうね、いつもああなの。距離感は大切にした方がいいわ…」
「ンー…4人目としてエントリーすべきか悩みマース……」
そして歩く先、仲のいいアメリカ組3人が俺の耳に届かない程度の小声でひそひそと話していた。
彼女らも積もる話もあるのだろう。別に俺に聞こえるように話してくれても構わないんだが。
そうして俺はスマートファルコンの出走受付を終えて、控室へ向かったのだった。
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「すぅー……はぁー………」
控室で、スマートファルコンがいつもの様にオニャンコポンをキメて気持ちを落ち着けている。
今、部屋の中にはオベイユアマスターを除いた6人が集っている。
オベイユアマスターは俺たちに場内を案内し、控室に着いた時点で別れている。
「一応、私もアメリカ側のウマ娘で…情報戦で戦う事も有名だからね。控室まで一緒にいるわけにはいかないだろう。貴賓席で君達のレースを見届けさせてもらうさ」
そう気遣いの言葉を零して、貴賓席へ向かっていった。
なお、貴賓席についてだが、これは日本の大きなレース場にもある、レース場独特の設備だ。
かつて優秀な成績を残したウマ娘は、ここで無料でレースを観戦する権利を与えられる。
彼女らへの特典でもある他、そういった有名ウマ娘が観客席に普通にいるとファンが混乱を起こす可能性があり、それへの対策という意味合いもある。
日本ではルドルフやマルゼンスキーなどがよく使っているシーンを諸兄らもご存じであろう。
閑話休題。
「……ファルコン」
「うん……大丈夫。落ち着いてる……落ち着いてるよ……!…私、絶対勝つよ………!」
俺は彼女の名を呼ぶが、オニャンコポンから顔を上げた彼女を見て、僅かに懸念を持った。
熱が強すぎる。
その瞳から溢れる熱は、これまでのどのレースよりも強く燃え上がっている。
彼女自身は自覚はないのだろうが、脚もわずかに震えている。
恐怖や委縮ではない。武者震いだ。
それはわかる。戦意が、走りたいという想いが、勝ちたいという想いが溢れて起きるそれ。
その、テンションの高さ自体は悪い事ではない。
以前より砂のGⅠでの勝利を求めていた彼女は、しかし海外でのレースという特殊な状況でさらに熱意を高めてしまい、それが暴走しかけている状態だ。
熱すぎる。もう少し、冷静な思考を取り戻さねばなるまい。
このままレースに臨んでしまったら、興奮しすぎて
「……ファルコン、もう少し落ち着こうか」
「落ち着いてるって!この日を、このレースをずっと待って…!」
「ファルコン」
俺はそんな昂る彼女に近づいて、小柄な彼女をそっと両腕で抱きしめてやった。
息を呑むような音が複数聞こえるが、今は彼女の気持ちを落ち着けることが何よりも大切だ。
「っ……!」
「…俺の心臓の音を聞いて」
これまでの世界線でも、同じように昂りすぎたウマ娘を落ち着けるために、俺がしてきたこと。
心臓の音を、その耳に聞かせる。
もちろん、俺の心臓だってこれだけ大きなレースを控えた直前だ。それなりに早鐘を打っている。
だがウマ娘であり、高ぶっているファルコンほどの早さではない。
心臓の音のリズムの違いを、その大きなウマ娘の耳に直接響かせることが、一番落ち着ける手段であると俺は結論を出していた。
「……う…………ぁ………」
「…俺も、緊張してるさ。相手は強敵、君の初めての2400m、外国のレース…挙げれば、不安はキリがない。けどな…」
「……………」
「俺は、君が勝てると信じている」
「っ☆」
俺は胸元にファルコンの頭を抱いたまま、本心を想いを籠めて零す。
勝てると、信じている。
その言葉に嘘はない。
そうして、彼女がレース前によくおねだりしてくる…その、形の良い頭を撫でてやりながら、言葉を紡ぐ。
「俺が見い出して、俺が育てて、チームのみんなで成長してきた。…君は、俺の誇りだ」
「……うん……」
「だから、そんな君が…落ち着いてレースに臨み、勝つ姿を見たい。信じてるぜ、ファルコン。砂の隼として世界に羽ばたく君を」
ファルコンの呼吸と心音が随分と落ち着いたものになってきたので、俺はそこまで言って一度体を離した。
俺の胸元から顔が離れ、見上げるように俺の顔を眺める彼女の表情は、ずいぶんと蕩けたようなそれだった。
この方法で、この表情を作れたウマ娘は、この後必ず好走を見せてくれることを俺はこれまでの世界線で学んでいた。
「……次、次は絶対に私もアレをやってもらいます…!」
「ズルいの、あたしにもやってもらうの…!」
「掛かってる…ウソでしょ…」
「ワタシもアレやってほしいデース…」
「ウソでしょ…!」
そんな様子を見守っていた他のウマ娘達がなにやら小声でやり取りしているが、俺はそちらに気を取られることなく、ただファルコンを見つめ返し続けていた。
みんなには悪いが、これから人生の大一番を迎えるファルコンが今は何よりも大切だ。
「……もうすぐ始まりだ、ファルコン。行こうか。砂の栄光が、君を待っている」
「…うん☆ファル子、絶好調!全力で走る私を見守ってててね、トレーナーさん!」
時間が来た。
俺たちは、控室を出てレース場へ向かう彼女の背中を見送ったのだった。
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ベルモントパークレース場。
ゲート前に集まる14人のウマ娘達。
その中に、観客の歓声を一身に浴びるウマ娘がいた。
『プリンス!プリンス!プリンス!』
『ハーッハッハ!!ファンの皆様はアメリカ三冠ウマ娘の誕生を心待ちにしているようだね!』
砂の上で高笑いをかます、栗毛のそのウマ娘。
マジェスティックプリンス。
当然の一番人気に選出された、無敗の二冠ウマ娘だ。
彼女はこのクラシック三戦目、ベルモントステークスで己が勝利することを確信していた。
脚の調子もいい。コンディションも抜群。
アメリカ三冠は3つのレースの間隔が短く、特にこの三戦目は最終戦になる上に長い距離を走るため、調子を落とすウマ娘も多く、それで涙を呑んで3冠目を獲得できなかったウマ娘も多い。
そのため、日本以上に三冠ウマ娘が生まれにくい歴史をたどっていた。
だが、今日のマジェスティックプリンスは明らかに調子を仕上げてこのレースに臨めていた。
観客のテンションもうなぎ上り。
最高潮の熱をもって、ファンファーレが鳴らされる。
そうしてファンファーレののち、このベルモントステークスにおける文化の一つである、観客全員による『ニューヨーク・ニューヨーク』の大合唱が行われる。
その合唱の中、一人のウマ娘が拙い英語でマジェスティックプリンスに声をかける。
『今日は、よろしく。マジェスティックプリンスさん』
『おや?君は日本からの挑戦者であるスマートファルコン君だね。ハーッハッハ!今日は頑張ってくれたまえ!私が歴史にその名を刻む、そんなレースになるだろうけどね!』
その不慣れな英語をあざ笑う意味ではなく、元々のテンションのそれでマジェスティックプリンスがスマートファルコンに返事を返す。
その流麗な英語の、その意味をスマートファルコンは十全に理解できたとは言えない。
彼女は英語が得意ではないのだ。
だが、君は勝てないよ、と言われているのだけはわかった。
だから、トレーナーと事前に考えておいた、決め文句だけをスマートファルコンは返した。
『……砂の上では』
『なんだって?』
『──────砂の上では、誰にも、負けるつもりは、ない』
その一言だけ、最後に述べてから。
ゲートに向けて意識を集中し始める。
先ほど、トレーナーが解してくれた緊張を、更なる闘志と変える。
だがそれは暴走した熱にはならない。
焦るな。
落ち着け。
ゲートを出る瞬間に、ミスをするわけにはいかない。
そう叫んでいるような気さえして。
(…見ててね、トレーナー)
いつか、彼に見初められて初めて走った選抜レース、ダートレースに挑むときのように。
スマートファルコンは、想う。
貴方が見つけてくれた、私が。
砂の上でどれだけ輝けるのか。
貴方に、魅せたい。
私は、このレースに
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『……………』
オベイユアマスターは、貴賓室からゲート前に集まるウマ娘達を見下ろしていた。
今日のレース、先ほど世話を焼いたスマートファルコンも出走するアメリカ三冠の最後の1冠、ベルモントステークスだが……マジェスティックプリンスが勝つだろう。
そうオベイユアマスターは事前に集めた情報から推理していた。
スマートファルコンも、相当の仕上がりだった。
もちろん、他のウマ娘達もそれなりに仕上げてきている。
だが、マジェスティックプリンスの仕上がりがダントツだ。
この短いスパンのアメリカ三冠の最終戦で、よくぞここまで仕上げ切ったものだ。
(…確か、彼女の所属しているチームは今年になってから
オベイユアマスターは思考を彼女のその仕上りの原因、彼女のチームのトレーナーへと伸ばす。
彼女の所属しているチームはこれまでも優秀なウマ娘を多数輩出している強豪だ。
強い事には強い。だが、それでもここまでキッチリと仕上げ切ってくるとなると、別の要因が加わっているものだと推察できる。
となれば、今年からサブトレーナーとしてチームに加わった
そんな時だ。
一人のウマ娘が、貴賓席に入ってきた。
『…お邪魔するわ』
『ああ……────ッッ!?』
珍しく、オベイユアマスターが驚愕の表情を取る。
それは当然と言えるだろう。
なにせ、入ってきたのは今まさしく彼女の思考が差していた、
『……珍しいじゃない。貴方がここにくるなんて』
『気紛れよ』
そのウマ娘は、ずいぶんとやさぐれた目つきでレース場を一瞥し、どかっとクッション性の利いたソファに腰を預ける。
彼女の気性難は有名だ。
修道院育ちであるため言葉遣いこそ何とかなっているが、自分のやりたいことをやり、周囲をあまり気にかけず、唯我独尊を貫く…そんなウマ娘であることは、当時彼女と共に走ったウマ娘全員が知っていた。
問題は、彼女がまた強すぎたことだ。
今は引退し、専門学校でトレーナー資格を取り、サブトレーナーとなっている彼女が残した実績は、米国年度代表ウマ娘と最優秀クラシックウマ娘のW受賞。エクリプス賞を2つも獲得している。
アメリカクラシック二冠も達成し、化物のような強さと共にアメリカのレースを荒らしまわった。
その走りは、観客に沈黙を強制させる。
『…気紛れ、ね。マジェスティックプリンスへの応援とかそういうのはないのかい?』
『そういう面も無くはないわ』
オベイユアマスターは、先ほどの自分の思考…今回のマジェスティックプリンスの絶好調が、このウマ娘がサブトレーナーをすることで成されたものではないかというそれの裏どりをするために、そのウマ娘へ問いかける。
そうして返ってきた答えがあんまりにも端的で雑な返事だったため、思わず肩を竦めた。
『…元々才能の塊なのよ、あの子は。ただ私が足のケアをしただけ。誰がやっても同じコンディションで今日を迎えているでしょうね…トレーナーからすればつまらないのよ、彼女は』
そんなわけないだろう。
オベイユアマスターはそう零しそうになる己の口を噤み、そして三冠ウマ娘になろうとしている己の指導するウマ娘へ「つまらない」とまで投げかける彼女の気性は、引退しても全く変わっていないことを悟った。
内心でこのウマ娘と並んで観戦することの気苦労でため息をつきながら、改めてレース場に視線を落とすオベイユアマイスター。
そうして、しかしそれでも横の相手は顕彰ウマ娘だ。多少の世間話は新しい情報を集める上でも必要なことと思い、敬意を込めて会話を続けてやった。
『そう…ならそこまで言う貴方は、今日のレースでは誰が勝つと思っているのか聞かせてほしいな』
『レースに絶対はないのよ?知らなかった?』
『そんなありきたりな答えを聞きたいわけじゃない。貴方がこうして貴賓席にまで足を運んでいる。誰か、気にしているウマ娘がいるはずだろう?』
オベイユアマスターは改めて、横に並んで座るそのウマ娘を見て回答を促した。
全身に墨をぶちまけたような黒一色の装い。
そのストレートの長髪の、額の上に白い流星が見える。
その流星は、ありていにいえば不格好。まるで修正液を雑に垂らしたようなそれ。
しかしその瞳が、どこまでも深い熱と闇を感じさせる。
そんな彼女の答えは。
『……砂の隼よ』
『へぇ?日本から来た彼女?面白い答えだね────