【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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69 熱伝導

 

 

 

「トレーナーさん……私、譲らないからね…!」

 

「いや、今度は俺も譲らん」

 

 俺とファルコンは、チームフェリスのチームハウス内で若干の口論を繰り広げていた。

 これ前も見たな?

 

 あの激戦のベルモントステークスを終えて日本に帰国して数日のこと。

 俺たちはまず、成田空港に到着してから記者たちの取材を切り抜けてトレセン学園へ帰宅した。

 記者たちはいつものポジション、いわゆるエスカレーター下に集まって俺たちを出迎えていたのだが、そもそもファルコンが歩けない状態であり車いすを使用していたため、エスカレーターを使うことはなかった。

 ウマ娘達は全員エレベーターで裏から空港を抜け出すように指示して、俺と検疫を終えたオニャンコポンだけでエスカレーターのほうに向かい、記者の攻勢を一手に引き受けた。

 そうしてエレベーターでそそくさと空港を抜けて、迎えに来てもらっていた沖野先輩のワゴンで彼女たちは無事学園へと帰り着いたというわけだ。

 俺も記者からの取材には軽く流しておいて、数日時間を空けてから合同のインタビュー会を開く約束を取り付けてその場での大きな混乱はなく空港を後にした。

 これからのトレセン学園での取材については、理事長やルドルフが尽力してくれて過度な取材はないように手配してくれている。本当にあの二人には頭が上がらない。

 

 そしてトレセン学園に戻ってきた翌日。

 学園のみんなが彼女を祝福する準備を整えていてくれたようで、校舎に垂れ幕が張ってあった。

 三冠達成などで見られるそれだが、流石にアメリカの三冠の一つに勝利し、さらに世界レコードまで叩き出せば学校を挙げて表彰したくもなるだろう。

 車椅子でフラッシュに押してもらいながらも、理事長から表彰状を受け取るファルコンの表情はとても誇らしいものだった。俺も感無量である。

 その後もしばらくは遠征組のウマ娘は他のウマ娘から色々根掘り葉掘り聞かれまくったらしい。ここは女子校の常であり、やむを得ないといったところか。これもまた思い出である。

 なおなぜか俺はその後たづなさんに呼び出されて謎のお説教を食らった上で朝までコースで飲みに付き合わされてしまった。どうして。

 

 さて、そうして合同インタビューの日。

 ようやく自力での歩行が出来るようになってきたファルコンと、我らチームフェリスは以前の様に一室を借り切って合同インタビューを受けていた。

 ファルコンのベルモントステークスももちろんだが、日本ダービーの取材もブッチして渡米していたため、そこについての質問などもバンバン出てきて結構な長時間の取材となってしまった。

 まぁ彼女たちの脚はまだ本格的な練習に出せる段階ではない。ちょうどよいタイミングと言えただろう。

 それぞれの記者からの質問に答えたのちに、俺の方から「フェリスの次走は夏合宿終了後に発表する」と説明し、インタビュー会は終わった。

 

 その後のチームハウスでの、スマートファルコンとの口論である。

 

「トレーナーさん!アメリカに行く前に言ったよね!私、ジャパンダートダービーも出るって!」

 

「俺だってそのつもりだったさ、その時はね。…けどファルコン、今の君の脚じゃ()()だ。無茶とか、無謀という言葉を超えている。その脚でジャパンダートダービーで本気を出したら、今度こそ壊れてしまう」

 

「うー…!」

 

「今回は絶対に譲りません。君の事を想ってのことだからね……ファルコン、良く聞いてくれ」

 

 ソファに座ったままぷくー、と頬を膨らませてまんまるになるファルコンに、俺は近づいて膝をついて、目線を合わせて言葉を続ける。

 

「ベルモントステークスで、君は最高の走りをして…俺に奇跡を見せてくれた。俺は君のあの走りを一生誇りにする。……と、共に、君ともっと、これからも走りたいと思っているんだ。日本のダートGⅠ、それを勝ち抜く君を見ていたい」

 

「でも…!だったら、なおの事ジャパンダートダービーにだって…!」

 

「駄目なんだよ。断言できる…君がジャパンダートダービーで走ったら、間違いなく脚が壊れる。治る怪我だったらまだマシさ。二度と走れなくなるかもしれない。そうなったとき、俺はどんな顔をすればいいんだ?…わかってくれよ、ファルコン。俺は君と一緒に、これからも夢を見たいんだ」

 

 その、ファルコンにとって残酷な現実を俺は断言した。

 彼女が今、少しでも全力で走ろうものなら脚が間違いなく壊れる。

 これは俺の1000年の経験をかけてもいい。絶対に無茶はさせられない。

 

 正確に言えば、6月いっぱいを休養に充てれば、走ることくらいは何とかなるだろう。

 しかしレースで、彼女の普段通りの豪脚を発揮できるかとなると絶対にNOだ。

 ダートのレースは力を使う。重心も安定させられないダメージの残った脚で走れば、さらなる負担が関節や筋肉にいってしまう。

 7月の頭から夏合宿に参加はするが、そのうち2週間は彼女は脚を海水に()()()*1のを中心に、やってもせいぜい泳ぐ程度。走らせるのは完治してからだ。

 そんな彼女が7月2週目に開催されるジャパンダートダービーに出走などしてみろ。

 最悪の事態にしかならない。

 

「ファルコン。俺にだって出来ないことはあるんだ…悔しいけどな。今の君を、7月上旬に間に合わせることはできない。……君だって、全力で走れないことが分かっていて、負けるレースに出たくはないだろう?」

 

「……うっ……」

 

「…だから、俺の我儘だと思って、ここは譲ってくれ。ファルコン、約束したじゃないか。ベルモントパークレース場の控室で。君の我儘を一つ聞くから、俺の我儘も一つ聞いてくれ、って。ここでそれを使わせてもらう」

 

「……うー!!ずるいー!!そんなこと言われたら、ファル子、もう何も言えなくなっちゃうじゃん…!」

 

「君たちのためなら、俺はいくらでもずるくなるよ。……ファルコン」

 

 俺は彼女との距離を縮めて、ベルモントステークス出走前にそうしたように、彼女の頭を胸元に抱いて、その耳を心臓に充てる。

 ぴと、とあちらからも耳を俺の胸元にぴったりと充ててきた。だいぶこれを気に入ってくれたらしい。

 

「…俺がもっとうまく君を指導出来ていたら。俺がもっと相手の力量を読めていたら。もっとしっかり作戦を伝えられていたら……って、ここ最近はずっと考えていたさ。けど、それじゃあ俺たちは前に進めなくなる。…ファルコンは、俺にそう思い悩んでほしいかい?」

 

「…嫌。トレーナーさんが、最高の指導をしてくれて、そして応援してくれたから…ファル子は勝てたの。トレーナーさんが、自分を責めるのは、嫌……」

 

「…ずるい質問だったな。けど、俺もその反省を生かして、前に進んでいきたいんだ…君と一緒に。…だから、わかってくれるな」

 

「………うん。……わかった………」

 

 そうして、俺はスマートファルコンを説得することに成功した。

 彼女の想い、ダートで勝ちたいという強い想いは理解している。

 だが、無茶をさせられないのも事実。俺がもっとうまく彼女に走らせていれば、こうはならなかったかもしれない。

 …けれど。

 俺たちは、あのベルモントステークスのレースがベストだったとも信じている。

 だからこそ、俺たちはこれからも前に進むために。今は雌伏の時、次の…秋からのシニアも交ざったGⅠ戦線へ乗り込んでいくために。

 胸元に抱いたファルコンの頭を、俺はそっと撫でてやり…彼女もまた、頷いてくれた。

 

 

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「もういいですか?」

 

「流石にはーなのなんだけど?」

 

「あ、ゴメン…☆…っていや!今回はトレーナーさんが悪い!私の事抱きしめれば何とかなるちょろい女だって思ってるでしょ!!」

 

「誤解だ…」

 

 ファルコンのジャパンダートダービーについての話を終えて、俺たちは改めてミーティングを再開した。

 今日はこれからの予定についての再確認だ。その後彼女たちの足のマッサージを中心として過ごす。

 

「…今日のミーティングは7月の初頭から始まる夏合宿についてだな。昨年は出走レースもあったし参加はしなかったが、今年はチームで参加してそれぞれ更なるレベルアップに励んでもらう」

 

「はい。合宿…実力をつけるチャンスですね」

 

「んー、砂浜走るのも楽しそう☆!」

 

「海もいっぱい泳ぐの!夏祭りも楽しみー!」

 

「練習も休養もいっぱい取って来ような。また思い出を作ろう」

 

 俺は彼女らに学園謹製のパンフレットを配って、内容について簡単に説明を行う。

 

 トレセン学園には夏合宿というものがある。

 それはトレセン学園に在学する生徒たちが自由に参加できるほか、チーム単位でもそれぞれ参加が出来るものだ。

 トレーニング専用に整備されている広い砂浜や、近くに各距離を走れるコースなどがあり、ウマ娘達はそこで夏の間、更なる密度の練習を実施することが出来る。

 この夏合宿は彼女たちのテンションも高まることから、学園でやるトレーニングよりも効果が高くなるのは諸兄もご存じのとおりである。

 練習についてはチーム単位だけで練習する所もあるにはあるが、別のチームやチームにまだ入っていないウマ娘も自由にやりたい練習に参加することが出来る。

 練習にはそれぞれのチームのトレーナー、サブトレーナーが監督し、交流も多く生まれる場となっている。

 例えば、俺がチームフェリスを砂浜走行のトレーニングの監督をしているところに、スピカから1名、リギルから1名参加したり、などといったことが可能であり、逆も然りだ。

 この夏で、どれほど有力なウマ娘達と一緒に練習できるかが、彼女たちの成長具合を決める。

 この世界線では幸いにも多くのウマ娘と関係を作れている。後でめぼしいウマ娘に夏合宿で練習一緒にやろうって誘っておこう。

 

 閑話休題。

 

 そんなわけで夏合宿の予定について説明していたが、一つ彼女らに事前に確認を取っておくことがあった。

 それは、我らチーム『フェリス』の合宿所の事である。

 

「学園からそれなりに予算も貰ってるんで、俺たちの宿泊場所は学園生徒の多くが宿泊する合同合宿所じゃなくて、近所の宿泊施設になるんだが……いくつか候補があるんで、選んでほしい」

 

「候補、ですか?ということは…」

 

「もしかしてリギルが泊ってるあのホテルも!?」

 

「あそこすごいサービスがいいって聞くの…!」

 

「ああ、あそこも候補の一つだな。勿論どこにするにせよ、君たちに宿泊中の金銭的負担は掛からないから」

 

 俺はいくつか事前に調べていた候補をホワイトボードに記入し、印刷しておいた施設の情報なども見せる。

 リギルが毎年宿泊している高級ホテルは有名だ。ウマ娘の食事量にも配慮し、また格別のサービスが約束されている。

 もちろんそこも候補ではある、のだが……一つだけ問題があり、俺はそこに決定とはしなかった。

 というか、この後に説明する内容を聞いたら彼女たちの選択肢は一つになると信じていた。

 

「で、ここがまぁまぁのホテル…こっちが練習場の近いホテルで……で、最後にここ。旅館だな」

 

「…風情がある建物ですね」

 

「あれ、これ確かスピカのみんながよく宿泊してるところじゃない?」

 

「あー、そういえばウオッカちゃんから聞いたの。雑魚寝もできるし温泉あるし結構たのしーって言ってたけど…」

 

「なお、オニャンコポンが一緒に部屋で泊まれるかを事前に確認したけど、許可が下りたのはこの旅館だけでした。他の所だとペットホテ…」

 

「「「そこで」」」

 

 ですよね。

 決定!と大きく書き込んで、俺は事前に調べておいた旅館のパンフレットを渡しつつ話を続ける。

 

「…いや、少し意地悪だったかな。ただ流石に宿泊施設ってなると、猫同伴はいい顔されなかったよ。旅館だけはウマ娘のファンの人が多くて、俺たちのことも知ってくれてて…オニャンコポンちゃんならぜひ!って言ってくれてさ」

 

「ありがたい話です。そのような優しい方々が経営されているのなら、何の懸念もございません」

 

「いいホテルって話ならアメリカでもうニューヨークで泊ったもんね!旅館の畳の上でのんびりするのも楽しそうだし…☆」

 

「スピカの皆もいるなら夜も遊べそうだし!異論はないの!」

 

「…だとさ。よかったな、オニャンコポン」

 

 俺は肩に乗っていたオニャンコポンに、彼女たちからも君を想った言葉が出てきたぞ、と意思を籠めて喉元をくすぐる。

 すると何となくそんな雰囲気を察したのか、俺の肩から降りて彼女たちの膝の上に行き、それぞれにすりすりと頭をすり寄り始めた。

 賢い猫である。

 

「よし、それじゃ宿泊施設は決定だな。君達は3人部屋になる予定だからそのつもりでな。俺は沖野先輩の隣の個室に泊まります」

 

「はい。色々と準備をしていかないと、ですね」

 

「えへへ、今からワクワクして来ちゃった!ジャパンダートダービーに出られない分…しっかり休んで、合宿で猛特訓しないとね!」

 

「特訓だけじゃなくて宿題も頑張らなきゃね?ファル子ちゃんにはあたしたちが教えてあげるの」

 

「任せてください。8月に入る前にファルコンさんの課題を終わらせてみせます」

 

「ええー☆!?スパルタは練習だけでいいんだけどぉ!?」

 

「ははは。心配はいらなさそうだな」

 

 やはり彼女たちは青春を駆けるウマ娘。合宿という一大イベントに、テンションも絶好調といった具合だ。

 あとは6月中、彼女らの体力を全回復できるように調整し、しっかりと脚の調子を整えて、合宿で全力で練習が出来るように俺も尽力するとしよう。

 

 

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 場面は切り替わり、ここはチーム『スピカ』のチームハウス。

 沖野トレーナーに、次走の希望を伝えるヴィクトールピストの姿があった。

 

「…ヴィイ、もう一度だけ確認させてくれ。……次走は、このレースでいいんだな?」

 

 沖野は、手に持った出走希望の用紙を見て、改めて彼女に確認する。

 そこには、ヴィクトールピストが希望する、次走のレースが書かれていた。

 

 『ニエル賞』と、『凱旋門賞』。

 

「ええ。…皐月賞と、ダービーで負けてから…私に足りないものは何かずっと考えてた。指導は十分、脚だって…練習のタイムじゃ、フェリスの先輩たちに負けていない。それなのに、勝てなかった…」

 

「……ああ。彼女たちは強かった。俺も…改めて、自分の至らなさを思い知ったよ」

 

「ううん、沖野トレーナーは悪くないわ。指導は最高だったと胸を張って言えるもの。けど、何かが足りない。……そして、先日のファルコン先輩のレースを見て、わかった。私に足りないものは、『挑戦する意思』なんだって」

 

 ヴィクトールピストは、先日のスマートファルコンのベルモントステークスを見届けた。

 そうして、胸に凄まじいほどの熱が生まれたのが分かった。

 海外のレースでも、輝けるのだと。

 それは、挑戦を恐れない心が、そうさせるのだと。

 

「私は、フラッシュ先輩と…アイネス先輩に勝つために。私が走れる、最高のレースに挑戦したい。菊花賞は捨てるわ。それよりも、今は自分の力を全力でぶつけられる、最高峰のレースに…!だから、沖野トレーナー!」

 

「っ……」

 

 沖野は、そうして強い語気をぶつけるヴィクトールピストの眼を見る。

 その瞳には、魂がこもっていた。

 ()()()()()()、という果てしなく強い意志。

 

 沖野は知っている。

 スペシャルウィーク。サイレンススズカ。メジロマックイーン。トウカイテイオー。

 彼女たちが、奇跡を起こす前にこのような瞳の色を見せていたことを。

 

「…わかった。よし、わかったよ!俺もお前の挑戦を応援してやる!それがトレーナーってもんだ!」

 

「…!沖野トレーナー!」

 

「ああ、決めたぜ。この夏でお前を最強にする。そうしてフランスに殴り込みだ!アメリカをスマートファルコンが制したように、俺たちはフランスを制してやろうぜ!」

 

「はいっ!!」

 

 ヴィクトールピスト、凱旋門へ。

 このニュースはまだ、世間に知られるところではない。

 その物語を語るのは、夏合宿が終わったころに。

 

 

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 さらに場面は切り替わる。

 

『宝塚記念も残り500mッ!先頭を走るタンホイザーが厳しいか!続いて迫るはナンカイトリック!おっとここでアドマイヤツクバも上がってくる!!メイショウエレコムもいい脚だ!!叩き合いだ!カワカミプリンセスが来たぞ!!』

 

 宝塚記念。その、レース終盤。

 グランプリレースであるそれに出走している、有数のシニアウマ娘が全力で走り抜ける。

 今年のグランプリウマ娘の名を獲得するために。

 

 なにせ、今年はクラシックウマ娘がとにかく強い。

 その走りはファンを魅了し、ニュース記事でも大々的に報道されており…そんなクラシック級のウマ娘から、このレースに一人のウマ娘が参加していた。

 メジロライアンだ。

 

(勝つ…!勝つんだ!!フラッシュちゃんや、ファル子ちゃんや、アイネスと戦ってきたあたしが!!シニア級にも負けないってことを見せつけてやるんだッッ!!)

 

 溜めに溜めた足を、残り400mでぶちまける。

 メジロライアンは、これまでGⅠ勝利がない。

 世代の中でも辛酸を嘗めている立場だ。

 

 一時期は、それに悩まされたこともあった。

 同室のアイネスフウジンは朝日杯と桜花賞。

 彼女と同じチームであるエイシンフラッシュは二冠ウマ娘。

 そして、かつて二度も鎬を削りあったスマートファルコンは、ベルモントステークスでの世界レコード。

 後輩のヴィクトールピストだってホープフルステークスで勝っている。

 

 同世代が強すぎた。

 そう、記事にされたこともある。

 勝てないのは、彼女が弱いのではなく、周りが強すぎるのだと。

 

 つい最近まではそれに悩まされた。

 なぜ勝てないのか、と自分のトレーナーにあたってしまったこともある。

 

 だが、皐月賞の。

 日本ダービーの彼女たちの走りを見て。

 ベルモントステークスでの、砂の隼の羽ばたきを見て。

 メジロライアンは己の考えを改めた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな彼女たちに競り合えている自分に、恥じるところがあるだろうか、と。

 自分が、この世代の強さを誇れるような強さを、ファンに見せたい。

 私も世代の代表なんだと、叫びたい。

 

 そうして、己の敗北をすさまじい情熱の燃料へと変え、それは彼女の末脚に更なる輝きを生んだ。

 ダービーを走ってもなお衰えぬその純粋な想いの籠った筋肉を纏う豪脚。

 それが、シニア級ウマ娘という更なる強敵に囲まれた絶体絶命の状況で。

 

 開花した。

 

「────────だああああああああああああああ!!!!!!!」

 

「っ、し!来たな!だがっ!!俺も、負けねぇええええええええ!!!!」

 

 後方、16人中の9位の好位置から、メジロライアンが超絶的な加速を見せる。

 それは、前方で加速する宝塚記念の一番人気のウマ娘、ウオッカと共に二筋の矢の如く先頭集団へと放たれた。

 

 2200mの彼女の脚質に最も合った距離。

 最強のシニアウマ娘達を相手どり、全てを振り絞る全力の勝負の中で。

 

 彼女の筋肉は、覚醒した。

 

 

 ──────────【レッツ・アナボリック!】

 

 

 それは彼女の領域(ゾーン)の目覚め。

 領域(ゾーン)は、クラシックやシニアといった下らない壁を容易くブチ壊す。

 理外の領域に至るからこその領域(ゾーン)

 

 そうしてその暑苦しい筋肉によるメジロライアンの加速は、先頭を捉えきるに至った。

 ウオッカも追い抜いて、そうしてウオッカの前に垂れた先頭集団のウマ娘のバ群が壁となる。

 

 だが、その状況こそウオッカの真骨頂。

 

「うおおおおあああああああッッ!!!かっ飛ばしていくぜぇッッ!!」

 

 

 ──────────【カッティング×DRIVE!】

 

 

 バ群を、まるですり抜けるようなステップを踏んですさまじい加速を果たす。

 勝負は完全に二人の世界に入った。

 

 残り100m。

 ウオッカが、再度メジロライアンに並びかける。

 

 勝負の行方は。

 

『ウオッカ苦しい!ウオッカ苦しい!!だがウオッカが来た!ウオッカが来た!!』

 

『安田記念の再現だ!!ウオッカ迫る!!ライアンに迫るッッ!!だがメジロライアンが譲らないッ!!クラシックのウマ娘が譲らないッ!!』

 

『メジロライアンが先頭だ!!これはどうだ!?際どいぞッ!!ウオッカ迫る!!ウオッカ迫る!!だがライアンだ!ライアンだ!!メジロライアンゴールインッッ!!!』

 

 

 

『とうとうやったぞメジロライアンッ!!数多の惜敗、そんな彼女がようやく報いた一矢は!!何とグランプリの冠をブチ抜いたッ!!!!この世代には化物しかいない!!クラシック級のウマ娘が!!なんと!!宝塚記念を制覇しましたぁっ!!!』

 

 

 

 

*1
高知の方言。水に浸すこと。ケガしたウマ娘の脚が良く治ると言われている民間療法

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