「やっほー☆海だー!!」
「ふふ、はしゃぎすぎですよファルコンさん」
「いやー、来たの!夏合宿!」
俺の愛車であるステップワゴンから降りた愛バ達が、海を見ながらとても気持ち良い笑顔を見せてくれる。
夏合宿初日。俺たちは、合宿所のある砂浜へ来ていた。
これから俺たちは約2か月間、合宿により更なる力をつける。
秋からのレースで益々の飛躍を果たすために。
「おーい、景色に見惚れるのもいいけどとりあえず宿に行くぞ。荷物置いて昼飯食べたら、学園の合宿所のほうで初日の全体オリエンテーションだからな」
「はーい☆…うーん、練習が待ち遠しい…!」
「ファルコンさんは最初の週はまだ走れませんからね?トレーナーさんに言われましたよね?」
「……☆」
「構えないで!?砂浜にきたからってテンション上がりすぎなの…!」
「はは、その辺にしておこうな。ほら、宿の人たちに挨拶に行くよ」
ベルモントステークス以降、スマートファルコンの砂への想い…いや、執念が強くなっているように感じられる。
レースで、何か
まだ練習には参加できないが……俺の予想を超えて、彼女の脚はすさまじい速度で回復している。
早く走らせろと。
砂で、私を、走らせろと。
彼女の体がそう言っている気さえする。
だが、以前にミーティングで約束した通り、ジャパンダートダービーは出走を見送った。この点は変わらない。
たとえ回復が想像以上でも、レースに出走するリスクはまだ大きいからだ。
そこはスマートファルコンも理解をしてくれている。せめてもの罪滅ぼしに、この合宿ではさらに砂の隼を高く飛翔させられるよう、俺も全力で彼女を鍛え上げるつもりだ。勿論、他の二人もである。
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「…では、合宿における注意事項はこれくらいですね。質問はありますか?……大丈夫ですね。では、明日からの練習、頑張りましょう!」
大広間に集まったウマ娘達に、たづなさんが合宿における注意事項を説明し終えた。
これで今日のオリエンテーションは終了。明日からはそれぞれのチームで練習が始まり、またトレーナーがついていない、チームに入っていないウマ娘も監督官の下で指導を受けたり、どこかのチームに交ざって練習したりする。
事前に俺のチームの練習に参加してもらうウマ娘には声をかけさせてもらっているので、当日の参加枠はかなり少ない…の、だが。
「猫トレさん!練習の参加枠空いてますか!?」
「ぜひフェリスの皆さんと一緒に練習したいですっ!」
「わた、私、水着で参加させていただきますので…!どうか…!!」
「いや…ごめん。もう結構事前に声かけててさ…」
なぜか、俺のチームの練習に参加したいというウマ娘がかなり多かった。
なぜこうなった?これまでの世界線ではチームトレーナーではなかったにせよ、こんなに多くのウマ娘から一緒にしたいという希望はされなかったのだが。
しかしよく考えてみれば、今回の世界線は3人を受け持ち、その勝ち取った冠の数も単純計算で3倍。そのうち一つは世界レコードだ。
そう考えれば、ウマ娘から見れば俺の練習がどうなっているのか気になっているのだろう。
しかし、すまない。
君たちのことも応援したいという気持ちは間違いなくあるんだが、俺はチーム『フェリス』のトレーナーである。
チームメンバー3人がより成長できる、そのための選択肢しか取れない。
つまり、一緒に練習してより成長できる見込みのあるウマ娘に、声をかけさせていただいているのだ。
「…ってわけで、毎週ごとに一人くらいの追加枠しかないかな…ごめんな、合宿って
「えー!一人だけですか!?」
「けちー!!もっと見てよー!」
「3人くらいになりませんかー!?」
「俺もみんなを見たいのはやまやまなんだけどな…」
そうして俺が追加枠が殆ど無いことを伝えると、ウマ娘達からかなりの非難の声を浴びてしまった。
これは俺が悪い。事前にちゃんと話をしておけばよかったのだ。
しかしそうするとまたその前から参加したいという子で溢れていてしまったかもしれない。
どうすべ。
「……………」(にこり)
「…………☆」(しゃい☆)
「………なの」(にこにこ)
「「「「「「────────!!」」」」」」」
おや。急に静かになったな。どうしたんだろう。
俺はなぜか俺の後ろに視線を向けて静かになってしまったウマ娘達に怪訝な顔を向ける。
どうしたってんだ。後ろに鬼か悪魔かたづなさんがいたわけでもあるまいに。
「……大人しくじゃんけんで勝った子が参加できるってことにしようか!!!」
「そうね!!!毎週一人だけ、決めましょうか!!!」
「参加させてもらうにしても練習にしっかり、真面目に取り組みましょうね!!!!!」
冷や汗をかきながらじゃんけん大会を始めるウマ娘達。
どうした急に。
しかし彼女たちが納得して決めてくれるなら、俺が口をはさむところではない。
でも、参加したいと言ってくれたウマ娘達にはやっぱり申し訳ないなと思うので、今ここにいる子たち全員の顔と名前はわかるから、後で何か甘い物でも奢ってやろう。
なぜか肩の上のオニャンコポンがため息を零したような気配を感じたが気のせいだろう。今日も可愛いやつである。
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そうして、夏合宿の練習が始まった。
最初の2週間は、主にスピードを鍛える訓練だ。
1週目はファルコンは海水に足を
やはり海水は良く効く。効きすぎている感じもあるが、しかし何度触診しても問題なかったので、当初の2週間の安静の予定を変更して、翌週から練習に参加してもらうことにした。
なお触診のし過ぎでファルコンにはくすぐったがられ、残り二人に砂に埋められた。どうして。
「うおー!勝ち取ったフェリス枠!頑張りますよー!!」
「む、元気がいいなキタサン!ターボも負けないぞー!!」
「っしゃ!俺も行くぜェー!」
「…なんだってこんな五月蠅いメンバーに囲まれてやがんだ、ッたく。練習データ取るのに邪魔だってェの…」
フェリスの3人のほか、今日の走行トレーニングに参加しているのは4人。
まず一人目に、キタサンブラック。彼女はじゃんけん大会で当日参加枠を勝ち取ったウマ娘で、今年の新入生。勿論トレーナーはまだついていない。
この世界線の彼女はまだ本格化しておらず、しかしその体が秘める才能は俺が知っている。
かつて、共に3年を駆けたことのあるウマ娘だ。
彼女のタフさは、本格化前の今であっても、問題なく俺の練習についてこられるほどのそれを誇っていた。流石だ。
そして二人目はツインターボ。チーム『カノープス』所属のウマ娘だ。
スズカと同じで大逃げを戦術とする彼女は、しかしその脚が途中で止まることが多く、破滅逃げと評価されることもある。
しかし彼女のその全てを振り絞る加速の才能は稀有なもので、特に砂浜の走行トレーニング、逃げの心意気を学ぶのには最適な相手だ。ファルコンとアイネスにとってよき併走相手となるだろう。
……ウララにも、そうして教えた。
三人目はウオッカ。今年シニア級に入った、『スピカ』のウマ娘だ。彼女についての詳細な説明は不要だろう。
昨年の桜花賞をダイワスカーレットに譲り、しかしその後に出走した日本ダービーで勝利。
次走である秋華賞ではまたダスカに敗北を喫してしまうがその差はわずか。
ジャパンカップでは4着、有マ記念では3着と好走を見せる。
そうして今年、シニアウマ娘となり覚醒した。
ヴィクトリアマイル1着、安田記念1着。
その後、宝塚記念ではメジロライアンと競り合っての2着。これは連闘の影響もあったとは思う。
ああ、勿論それにライアンを貶める意味はない。彼女もまた領域へと至り、すさまじい強さを発揮し始めている。
今後さらにフラッシュ達のライバルとして鎬を削りあう事になるだろう。
さて、そうして4人目は合宿前に向こうから声をかけてきたエアシャカールである。
彼女が声をかけてきた理由は、実に彼女らしいものだった。
『よぉ、猫トレ』
『ん、シャカールか…なんだい?俺に何か用かな?』
『アンタが開発したっていうこれについて聞きてェ。……アンタ、どこでこれを覚えた?』
『……はは、一応トレーナー向けのものなんだけどな、その
彼女が自分のノートパソコンの画面に示したのは、何を隠そう、俺が
以前東条先輩とも打ち合わせたとおり、6月の後半ごろに俺はアプリを学園に提供し、テスト期間としてこの合宿前に各トレーナーに配布されていた。
もちろんそれは彼女の専属のトレーナーにも配布されており、そうしてPC関連に詳しい彼女もそれを目にしたのだろう。
アプリの中身がどうにも
もちろん俺は方便でやり過ごした。
そもそも、これまでの世界線でも、アプリを提供した後に同じように彼女から聞かれたことが何度もある。
そして、俺はいつもこう答えるのだ。
『君が太鼓判を押してくれるなら、これほど心強いことはないな。…もし、改善点が見つかったら教えてくれ、参考にするから』
『…チッ、このアプリに改善点なんてあるかよ。オレの求めたモノ、
『……ありがとう。君にそう言ってもらえると、本当に嬉しい』
その話の流れで、合宿でも一緒に練習しないか、と俺から誘わせてもらった。
彼女の論理的なトレーニングは、特にフラッシュに覿面だ。
俺たちチームの3人が、彼女たちと共に行うこの練習はかつてないほどの素晴らしい効果を生んでくれる。
いわば、友情トレーニングと言ったところか。
その機会が、夏合宿では溢れている。
一日たりとも無駄にはできないのだ。
「ふっふーん!!ターボが一着だー!!…っぜぇー!ぜぇー!!有マでも、今年は一着になってやるぅー…!」
「いやターボ先輩、一発目の併走からそんな疲れてどうすんスか…!ほら、呼吸整えて。全部息吐き切ってから、一気に空気取り込むといいッスよ。あと、有マは今年こそ俺も譲らねーんで!」
「水分補給は忘れずにしましょうね!私、飲み物取ってきます!皆さん何がいいですか!?」
「おー。そんじゃ飲みもんついでにオレのラムネも取ってきてくれ。糖分も補給しねェとな」
「……ふーっ!素晴らしく、脚に効きますね、やはり、砂浜トレーニングは…!」
「なの…!ダートとも違う、足腰に効くの…!……だってのに……」
「え、何?ファル子また何かしちゃった☆?」
俺はみんなの様子を見て苦笑する。
説明する必要もないと思うが、最初の1回目の並んでの併走、そこで全力を出したツインターボが一着を取って以降は、スマートファルコンが常にハナを取り続け、他の追随を許さなかった。
砂の上にてハヤブサは最強。
こうして夏合宿の最初の2週間、俺たちは最高のスピードトレーニングを積むことが出来たのだった。
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さて。
そうしたスピード重視のトレーニングを終えた、夏合宿が始まって2週間がたったころの、平日の夜。
俺は俺の愛バたちが宿泊する部屋にオニャンコポンと共にお邪魔していた。
夜に女子生徒の部屋に何用かと思われるかもしれないが、至極真面目な、まともな理由だ。
今日は、GⅠレースが開催される。
スマートファルコンがその参加を諦めた、ダートGⅠレース。
ジャパンダートダービーの開催日だ。
「夜に走るレース…なんですよね、ジャパンダートダービーは」
「ダートGⅠだと多いよね、夜の開催。ファル子どっちかっていうと夜型だから心配してないけど…」
「ナイターって独特の雰囲気あるの」
「だな。俺はこの雰囲気、結構好きだけどな……」
俺たちは部屋に設置されたテレビでジャパンダートダービーの観戦をしていた。
GⅠレースを見て学ぶことは大切である。ファルコンにとっては、これから共に走るライバルたちのレースでもある。
誰がどのような走りを見せるか。レースの戦術眼を磨くには、やはりレースを見るのが一番効率が良い。
さて、しかし、今回のこのレース。
事前に発表されている出走ウマ娘の中で、俺はよく知った名前を見つけており、それに若干の驚きを覚えていた。
2番人気、8枠7番。
ハルウララ。
彼女もまた、このレースに出走している。
2月にヒヤシンスステークスでファルコンに敗れてから…彼女は、強くなった。
昇竜ステークス、端午ステークスと短距離のOPでそれぞれ2着、1着と優秀な結果を重ねて。
そうして俺たちがアメリカから帰ってきた後に開催されたユニコーンステークス、GⅢのマイルレースでもハナ差の2着を取っていた。
ハルウララの距離適正については、誰よりも俺がよく知っている。
彼女は短距離を最も得意距離としており、マイルに距離が伸びた時点で僅かにその適正が鈍る。
中距離、長距離となると正直に言えば絶望的であり、その絶望を覆すために俺はあの永劫の時間を費やしたのだ。
そんなマイルレースでも好走をしている、この世界線のウララの実力は本物だ。
初咲トレーナーがどんな指導を彼女に施したのかは知らないが、やはり熱い心を持ったトレーナーなだけはある。俺なんかよりよほど才能に溢れたトレーナーなのは間違いない。
このままさらにウララが成長すれば、マイルのダートGⅠでファルコンと対決する未来もあるだろう。その時が楽しみだ。
しかし、このジャパンダートダービーは2000mの
彼女の距離適性を知らない人が見れば応援したくなるそれではあるが、ハルウララが勝つには厳しいだろう。
その距離適性については当然俺は知っているほか、初咲トレーナーも練習でそのことは把握しているとは思う。
であればこのレース自体に出走していることに疑問も浮かぶが、彼女が挑める初めてのGⅠなのだ。一度試してみるという意味合いも強いのかもしれない。
自分の距離適性を自覚するのは大切なことでもあるし、たとえ厳しいとしても、ウララの走りを、彼らの挑戦を俺は心から応援するつもりだった。
「あ、パドック始まった☆!」
「ファルコンさんは芝のレースも出ていましたから事前に作っていましたが、ダートを走る方々はここでようやくの勝負服のお披露目になりますね」
「わー、みんな可愛いの!!」
「可愛さもいいが、ちゃんと脚とかも見るんだぞ?相手の強さが分かるのも、そのウマ娘の強さだからな」
俺は冷茶の入ったコップをあおって喉を潤しながら、彼女たちと主にパドックを映すテレビを見る。
ダートのGⅠ。地方を走っているウマ娘も参加するほか、中央トレセンで走るダートウマ娘の多くはここが初のGⅠの舞台となる。勝負服もおろしたてのものだ。
それだけ熱も入っているのだろう。パドックに次々と出てくる勝負服のウマ娘達、それぞれが表情に熱いものを持っていた。
みんないい顔をしている。今日は熱いレースになるだろう。
そうして、
次、
の────────
ガシャン!!
「?トレーナーさん?」
「あ、お茶零しちゃってるの!もー、どうしたの急に?」
「んもー、ウマ娘がいっぱいいるとそっちに集中しちゃうんだから!……?トレーナーさん?」
誰だ。
────────君は、誰だ?
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────────────────
「ほら、拭いてあげるから…コップ割れなくてよかったの」
「ん、あ、あ……。すまんなアイネス。ちょっとぼーっと、してた…」
「畳でよかったですね。板張りでしたら割れていたかもしれません。洗ってきますね?」
「オニャンコポンもびっくりしちゃったよねー、ふふっ☆」
アイネスフウジンが布巾を手に取り、立華の手から滑り落ちたコップが零したお茶をふき取る。
畳の上のため割れずに済んだコップをエイシンフラッシュが手に取り、一度洗いに洗面台に向かった。
そうして音に驚いて立華の肩から飛び降りたオニャンコポンを、スマートファルコンが胸元に受け止めて、おっちょこちょいな我がトレーナーの顔を見ようとした。
しかし。
彼の視線は、テレビから微動だにしていなかった。
その表情が、これまでに、見たことがないような、そんな気がして。
(………?)
スマートファルコンがその顔に奇妙なものを感じて、つられるようにテレビに目を向ける。
そこには。
桜色の髪を、
赤を基調とした、
瞳から、桜色の炎を漏らすほどのやる気に満ち溢れたウマ娘がいた。
そのウマ娘の名は。
「…ウララちゃん…?」