「夏祭り、よければみんなと一緒に回りたいんだ」
8月上旬、朝食の席。
旅館でチームのみんなで食事をとっていたところで、俺は3人に話題を出した。
「………」
「………」
「………」
しかし、その言葉を受けた3人は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔を俺に返してくる。
え、なんで?
「…あれ。もしかして、予定とか入ってたか?」
「…っ、ええ、いえ。特にプランは立てていないのですが…」
「うん、むしろ私達から誘おうと思ってた…んだけど…☆」
「トレーナーから言い出してくるとは思わなかったの。急に積極的で…珍しいこともあるなって」
「ああ、予定がなかったならよかった」
一先ずフラッシュの言葉に俺は胸をなでおろし、そうして改めて約束を取り付ける。
その上で、急にこんな誘いの言葉を出してきたことへの疑問について返事をする。
「いやさ、こないだ…まぁ、情けない俺の事をみんなが助けてくれたじゃないか。あれ、本当に嬉しくてさ。だからこそ、みんなの為にこれまで以上に指導も頑張ろうって思ったし…その。もっと一緒にいたいなって思って」
「ッ……!」
「……☆!」
「…なの♪」
「そのお礼…になるかはわからないけど、夏祭りでも想い出を作りたいなって…なんか、言ってて照れくさくなってきたけど。本心から、みんなと一緒に夏祭り、行きたくなった。オニャンコポンも一緒にさ」
改めて俺は自分の心情を述べる。
先日の、永遠の輪廻に囚われかけた、危うい思考に向かいかけた俺を掬いだしてくれた3人に、俺は心から感謝していた。
あの時、俺のことを抱きしめてくれて、共に悩んでいきたいと言ってくれた愛バたちに、これまで以上に俺は想いを深めていた。3人とも、大切な子たちだ。
この子たちがいなかったら、下手をすれば俺は狂っていたかもしれない。
だからこそ、もっと彼女たちといたいと感じてしまった。
もちろん、これはトレーナーとしては正しい感情ともいえる。担当するウマ娘との絆をより深めたいというそれ。
向こうが嫌がらないのであれば、やはり彼女たちと想い出を作ることはとても大切なことだからだ。
これまでも述べていた、いわゆる「甘え」という部分である。
俺は、彼女たちに甘えさせてもらいたい、と感じたのだ。お互いの距離を縮め、信頼を深めるために。
しかし俺が照れ隠ししながらそうして本心を述べたところ、みんな顔を伏せて俯いてしまった。
どうしたのだろう。まさか食べていたものが喉に詰まってしまったか?
食事中に出すべき話題ではなかったかもしれない。反省しつつ、心配の言葉をかける。
「…あれ、大丈夫か?」
「大丈夫。大丈夫です」
「ものすごく大丈夫☆」
「極めて大丈夫だから心配しないでほしいの」
大丈夫だったか。よかった。下手に喉に食べ物を詰まらせてしまえば、人間もウマ娘もないからな。
最悪の場合は応急処置で背部叩打法や胸骨圧迫をしなければならず、呼吸が止まれば人工呼吸もしなければならならなかった。
まぁ俺がいるので最悪の事態には絶対にさせないが。特に応急処置技術についてはレスキュー隊にも負けないぞ。
「よかったよ。…それじゃあ夏祭り、楽しみにしてるな。ここの旅館はウマ娘向けのレンタル浴衣もしてくれてるらしいよ」
「はい。私達も楽しみです。…浴衣、ですか」
彼女らと予定をすり合わせつつ、レンタル浴衣の存在についても教えておく。
この旅館はウマ娘を夏休みに宿泊させることに特化しており、もちろん夏祭りに行く子たちにそれぞれ体のサイズに合わせた浴衣のレンタルなどもやってくれているのだ。
事前に依頼をしておけば体が大きくても小さくても、サイズの合った浴衣を準備してくれる。
そうして浴衣という言葉を聞いて、愛バ達が目線でやり取りをし始めた。
まぁ、浴衣は確かに夏に着る衣装としては映えるもので、俺としても髪型を結い上げることが多いその装いを見たくないかと言われれば嘘になる。
ただ下駄を履けば歩きにくかったり、涼しい衣装というわけでもないし、着用については特に無理強いさせるつもりはなかった。
(…間違いなく髪を結い上げますよね?悩む必要はないですね?当然浴衣です。皆さんもそうですよね?)
(ファル子も当然着るけど?歩いてる最中に下駄の鼻緒が取れちゃったらトレーナーさんにおんぶしてもらおうっと)
(トレーナーなら着付けとかもできそうなの。服が乱れたら直してもらえそう…なんなら髪もトレーナーに結い上げてもらう?みんなで…)
随分と目線のやり取りが長いな。
もちろん俺たちは一心同体のチームであって、ある程度の気持ちは目線でやり取りが出来るようにはなっているが、しかし彼女らは時折テレパシーでもやっているんじゃないかというくらい目線で意思をやり取りすることを俺は知っている。
もしかするとウマ耳の動きとかで人間よりも深い意思のやり取りが出来るのかもしれない。今後の世界線で暇が出来たときにちょっと研究してみようかな。
「…よければ、私達全員で浴衣を着たいです。日本の文化的衣装、楽しみですね」
「トレーナーさん、どんな柄の浴衣が好み?ファル子、それに合わせるよ☆」
「後で着付けとかも教えて?あと、髪も…気合入れないとね」
ふむ。みんな浴衣で来てくれるようだ。楽しみである。浴衣も結い上げた髪も。
「ああ、それじゃあ今度カタログで柄とか選ぼうか。みんな綺麗だから、何を着ても似合うと思うけど」
「もう。いつも口が上手いんですから」
フラッシュに苦笑をされてしまったが、これは本心だ。
ウマ娘はその存在そのものが尊く美しいので、基本的に何を着ても映えるだろうと俺は常に思っている。
どんな服を着ても似合っていると感じてしまうのだ。
しかし最近見たウララのあの新しい勝負服、晴れ着のようなそれは正直に言えばデザインセンスが最高と思っていて、どうにも女性の服飾センスでは初咲さんに完敗している。
後で彼からウマ娘に似合う服とかそういうコツを聞き出さねばなるまい。*1
そうして俺たちは夏祭りの約束を取り付けて、朝食を終え、今日も練習に励むのだった。
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『では第1問!東京レース場のゴール板の手前、そこにある坂道の高低差は────────』
「(ピンポーン)200m!!」
『違います!登山か!!名実況に魂を奪われすぎです!』
「(ピンポーン)2mです」
『ハイ正解!フラッシュに1ポイント!』
さて、今日の練習はクイズ大会だ。
は?クイズ大会?と思う方もいるかもしれないが、これはれっきとしたトレーニングである。
問題を理解する賢さ、そしてレースに関する知識量を深めるのに最適だ。
クイズ大会、と楽しませる工夫を持たせることで、勉強が苦手な子でも楽しく取り組むことが出来るし、問題の内容はすべてレースに関することなので参加しているだけで知識が増える。
またボタンを押す反射神経なども鍛えられ、レクリエーションとしてウマ娘達の仲をより深めることもできる。
今間違えてしまったウマ娘、アフィリエーション*2が頭を抱えておぎゃー!と奇声を上げつつ、正答したフラッシュがやった!と全身で喜びをあらわにする。
あの物静かで冷静沈着な彼女があそこまで喜んでいる姿を見てわかるだろう。とにかくウマ娘達にとって楽しい練習なのだ。
このクイズ台の前に立てば、たとえタイシンだろうがブライアンだろうがカフェだろうが、どんなウマ娘でもニコニコ笑顔になる。
その顔を見て俺もニコニコだ。
「やー…ひっかけ問題かと思ってネイチャさんボタン押すの躊躇っちゃいましたよ。一問目からそこまで意地悪な質問は来ないか…」
「むぅー。東京レース場って走ったことないからぱっと出てこなかったなぁ。カレンに不公平な問題だと思いまーす!」
「私も東京レース場、苦手だからなぁ…でも、京都レース場の問題ならいけるはず!次の問題は負けない!」
「私も、東京レース場にはあんまりいい思い出がないです…猫トレさん、意地悪です」
「まぁまぁ。いろんな問題がこれからも出てくるからさ、勘弁してくれ」
俺は問題を出す手元のマイクを止めて、一問目にボタンを押せなかったそれぞれのウマ娘…今日の練習を一緒にする、それぞれのウマ娘達の顔を見た。
ナイスネイチャ。
カレンチャン。
ファインモーション。
ニシノフラワー。
それぞれが頭の回転が速く、聡明で、そうして特に賢さを上げるトレーニングではご一緒すると素晴らしい恩恵を受けられるウマ娘達だ。
それぞれに声をかけさせてもらい、こうしてともに練習してくれている。
しかし彼女たちに指摘されて、俺は確かに一問目としては申し訳ない内容だったかな、と反省した。
カレンは東京レース場で走ったことがなかったはず。
ファインもフラワーも、東京レース場のGⅠでは勝利していない。苦手としている、と表現してもいいだろう。
確かにそんな彼女たちが、フラッシュの様に東京レース場をこそ主戦場とするような子たちと比べれば回答が遅くなるのは予想できた。
1問目はもうちょっとアイスブレーキング的な問題でもよかったかもしれん。次から気を付けよう。
『よし、では第2問!レースでは様々な距離の単位が使われますが、そのうちハロン────────』
「(ピンポーン)201.168m!!」
『ブブー。アイネス残念!1ハロンは確かにそれで正解ですが、ではそれをフィートで表────────』
「(ピンポーン)約660フィート!!」
『正解!流石、ファインモーション1ポイント!フィートは北欧でよく使われるもんな』
「やったぁ!」
「ひっかけ問題ズルくない!?」
「ヤードならアメリカ遠征の時に勉強してて分かったのに…☆!」
俺は問題の解説を述べながらも、頭を抱えるアイネスとコロンビアポーズをとるファインを見て笑顔になる。
このクイズ大会、問題を出す側もとても楽しく、かつ怪我の心配がないので少人数のトレーナーでも出来るのがいいところだ。
ここ最近はうちのチームも結構ハードな練習をしていたため、脚を休めて体力を回復させる意味でも、この練習はとても良い効果を生むだろう。
そうして俺は午前中、クイズ大会の運営を続けていくのだった。
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そうして1時間ほどで一度休憩を取り、ウマ娘達を休ませて浜辺で遊ばせていると、二人のトレーナーが自分の担当ウマ娘の様子を見にきていた。
先輩であるそれぞれに、俺は挨拶を交わす。
「お疲れ様です、南坂先輩、小内先輩。こちらは順調に進んでますよ」
「お疲れ様です、立華トレーナー」
「お疲れ様です…どうですか、ニシノフラワーの様子は」
ナイスネイチャを担当するチーム『カノープス』の南坂先輩と、ニシノフラワーを担当するチーム『レグルス』の小内先輩だ。
生真面目なお二人である。お互いに丁寧にお辞儀をしあってから、俺はウマ娘達の方を見て述べる。
「フラワーは今のところ2位…ですね、流石です。あの年齢で、よくぞあそこまでの知識を持てている。小内先輩の教えがいいんですね」
「恐縮です。ニシノフラワーは、私が言わなくても彼女自身が勤勉ですから…ディクタストライカにも見習ってほしいところです」
誰に対しても敬語を使うこの小内先輩は、その大きな体躯からニシノフラワーと並んだ時の衝撃がすさまじいことでウマ娘達の間では有名である。
また、アグネスタキオンもチームに加入しており、その
2mを超える巨体がレース場で七色に輝く姿はまぁ、人の目を引く。そのうえでたくましくトレーナーをしている小内先輩には敬意しかない。
「ネイチャさんはどうですか?今日は随分と気合を入れて臨んだようでしたが」
「ネイチャは今3位です。順位を上げたいかむしろ下げたいか、という葛藤で回答が遅れてしまって結局3位をキープし続けてしまってますね…彼女らしいというか、なんというか」
「はは…あまり、3という数字にこだわってほしくはないんですけれどね」
南坂先輩からも問われて俺はネイチャの順位を伝える。
彼女は最早魂がその運命をなぞることになってしまっているのではないかというくらい、3という数字に縁がある。
このクイズ大会でもそれが遺憾なく発揮されてしまっていた。
それに対する南坂先輩の苦笑もわかるというものだ。俺も彼女を担当していた当時、3着ではなく1着を求める彼女の本心を受けて、そうできるように尽力した。
南坂先輩ももちろん彼女の勝利を求めており、そのために尽力できる、内心に静かな熱い炎を持つ先輩である。
今年とうとう『カノープス』がGⅠ勝利を収めたこともあって、彼のチームもこれから益々、と言ったところだろう。
サクラノササヤキとマイルイルネルは、アイネスと秋華賞でぶつかることになる。負けないぞ。
「では、引き続きよろしくお願いします、立華トレーナー。私は来週からのタイヤ引きトレーニングでは監督としてご一緒させていただきますので、そちらもよろしく」
「明日のクイズ大会には、タキオンも参加しますので…またお世話になります、立華さん」
「ええ、しっかりと監督させていただきます。お疲れ様です、お二人とも」
二人に改めて挨拶を返して、俺はその後の午後のクイズ大会でもしっかりと監督に努めたのだった。