【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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(宝塚)私の夢はディープボンドです。


75 君がいた夏は

 

 

「……あと10分、か」

 

 俺は旅館から夏祭り会場に向かう方角、その途中の公園のベンチに座り、オニャンコポンの毛づくろいをしながら愛バ達を待っていた。

 今日は夏祭りが開催されている。

 夕暮れが空を染めるこの時間に、一度ここで集合し、そうしてみんなで夏祭りに繰り出そう、と待ち合わせの約束をしていた。

 

 ─────いや、君たち同じ旅館に宿泊してるんだから旅館から一緒に行けばいいのでは?

 と考える人もいるかもしれないがそれは浅はかと言わざるを得ない。彼女たちはウマ娘にして、年頃のJKであることを忘れてはならない。

 夏祭りに行く、というシチュエーションで、まぁ一応自分も男性であるからして、それと共に遊びに行く、というデートのような状況であるこれに対し、最初から集まって出かけるという選択肢は得策とは言えない。

 彼女たちはロマンを求め、そうしてデートらしくまずは待ち合わせて、という希望を俺に伝えてきて、当然俺もそれを快諾したというわけだ。

 その辺は流石に心得ている。これまでも担当ウマ娘と夏祭りを回ったことは何度もあるが、ビコーやウララといった大人がついてないと心配が生じるくらいの精神年齢の子以外は、ほぼこうして待ち合わせの上で赴いている。

 

「…………」

 

 俺は期待に胸を膨らませながら彼女たちを待つ。

 フラッシュがいるから、時間に遅れるということはないだろう。慣れない草履を履いていることも加味すれば、余裕をもって5分前に到着するようには旅館を出ているはず。

 浴衣とセットの履物としては下駄か草履か、ということになるが、そこは俺からお願いして草履にしてもらった。下駄も文化的な履物で、風情があり可愛いものも多いとは思うのだが、それはそれとしてあの固い木の板で足裏の可動域が失われてしまう点は脚を用いるアスリートとしてはNGだ。転びやすく、また足裏の筋を傷める可能性が出てくる。草履ならば足裏の部分が柔軟になるためまだましである。

 その部分まで説明した上で草履で頼む、とお願いしたところ愛バたちもトレーナーがそういうならと合わせてくれた。今は草履とはいえかわいいデザインのものが多いので助かる。素晴らしい時代になったものだ。

 

 話が逸れたが、俺は彼女たちが浴衣に身を包んだ姿を見るのを楽しみにしていた。

 浴衣の柄などはカタログを見ながら俺の好みなど伝えたが、最後の浴衣のデザインの決定は彼女たちに任せたし、実際に着用した姿を見るのは今日が初めてである。

 それに、みんな浴衣に合わせて髪を結い上げてくるという話も聞いて俺は内心でガッツポーズを取った。

 旅館の女将さんがウマ娘達を夏祭りに送り出すベテランであり、同じように浴衣を着るウマ娘達へ着付けを教え、きちんと髪まで整えてくれるという事だったので、俺はそちらに一任させていただいた。

 早く見たい。愛バ達の浴衣姿と髪を結い上げた姿を。

 ワクワクが止まらねぇぜ。

 

 そうして、とうとうその時が来た。

 ジャスト5分前。愛バたちが、待ち合わせ場所にやってきた。

 

「………お待たせしました。約束の時間まであと5分。予定通りです」

 

「お待たせ、トレーナーさん☆今日はいっぱい楽しもうね!」

 

「お待たせなの。借りたこの草履、結構歩きやすくて助かったのー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────はっ。

 

 危ない。今、心臓が止まっていた。

 アグネスデジタルの様に、彼女たちの装いのその尊みを目の当たりにして俺の心臓が動くことを忘れてしまっていたようだ。

 

 エイシンフラッシュ。

 彼女の黒髪に溶け込むような黒を基調とした浴衣に、白い花柄があしらわれており、涼やかさと静かさを感じさせる。その佇まいを表すなら黒曜石の輝きと言おうか、彼女らしい落ち着きと知性を印象付ける佇まいを見せていた。

 彼女のボブカットの髪は料理をするときの様に後ろにまとめてさらに編み上げられており、そこから見せるうなじの白さが黒一色の浴衣と合わせて蠱惑的な印象を与えてくる。

 

 スマートファルコン。

 彼女の浴衣は白をベースにして、アクセントにオレンジ色と黒を選んだようだ。その色は三毛猫であるオニャンコポンの色を連想させる。だがその流れるような3色の柄に包まれた彼女は涼やかな印象を与えて、ありていな表現になってしまうが、ただただ美しかった。

 髪は以前ゴールデンウイークで見せたような、流しておろしたそれではなく、彼女もしっかりと編み上げてきた。ひとまとめにしたうえで左側でお団子状にまとめてかんざしを挿したそれは、普段の少女らしい彼女の印象を大人びたものへと変えていた。

 

 アイネスフウジン。

 彼女は彼女のトレードカラーである桃色の花柄をちりばめた、白を基調とした浴衣をチョイスしている。その色合いは普段の彼女らしい快活な印象を見た者に与え、しかし気崩したりすることなくしっかり緑色の帯を締めており彼女の真面目さ、面倒見の良さもまた同じく表していた。

 髪型は髪を複雑に幾つも編み込んで後頭部にまとめて、ふわりふわりと揺れるように髪房を人間の耳のある部位から流している。活花のような完成された美を感じてしまうほどに似合っていた。

 

 

 一言で表そう。

 全員、最高。

 

 

「……生きてて、よかった……ッ!!」

 

「嬉しいけど泣くほどかな☆!?」

 

「トレーナーさん、さっき心音が止まっていましたよね…!?」

 

「喜んでくれたのは本当に嬉しいけど掛かりすぎなの!?」

 

 俺はベンチの上でベルモントステークスのぱかちゅーぶで泣いてしまったルドルフ*1の様に顔を両手で抑えて感動を全身で表していたところ、愛バ達に随分と呆れられてしまったらしい。

 しかしこんなに素晴らしい装いの愛バが見れた。しかも3人だ。3人だぞ3人。心臓だってちょっとは止まるわ。

 俺は呼吸を落ち着けてから、取り乱したことを謝りつつ、改めてそれぞれの浴衣姿を本心から褒めちぎったところ、みんな喜んでくれたみたいで夕暮れでもわかるくらいに頬を赤くしてくれていた。可愛いやつらめ。

 

 

────────────────

────────────────

 

「はい、トレーナーさん。あーん」

 

「あー…ん。ん。んまい。屋台のたこ焼きって、普段と違う独特の美味しさがあるよなー」

 

「ふふ、トレーナーさん、りんご飴も食べるー?あーん☆」

 

「りんご飴であーんは結構難易度高くない?あーん。ん。固い、うまい」

 

「齧ってるの…ワイルドなの。ほら、わたあめも。あーん」

 

「あーん。…ん、やわらかい。近い。近い近い!顔につく!」

 

 それぞれから餌付けをされるのを素直に受け取り食べる俺に、俺のリアクションが面白いのだろうか、ふふっと笑顔を見せる愛バたち。

 俺たちは夏祭り、その会場を歩き回り満喫して、今はベンチで軽く休憩をしているところだ。

 流石に人が多い。有名ウマ娘達も多数参加するこの夏祭りは地元の名物となっており、県外からも観光客が集まる。

 警備員などもURA主導の下で手配されており、取材なども入ることがあって、夏の一大イベントになっていた。

 その分敷地も広くとられており、人の密度は過剰というほどではないが、歩き続けていれば疲れてしまうため、こうして休憩をはさんでゆっくり回ることにしたのだ。

 先程までは屋台が並ぶ道を4人と一匹で歩き、色んな屋台に顔を出した。

 

「…角度と速度を考えれば、この位置から……って、きゃあ!?」

 

「わ!?こら、オニャンコポンー!?」

 

「もー!いたずらっ子なんだから!!」

 

「ははは!!そんなことある!?何やってんのお前!!」

 

 金魚すくいでは真剣にポイを構えていた3人に、しかしオニャンコポンが本能を刺激されたのか彼女たちの手を渡るように歩いたせいで全員一匹も掬えずに穴が開いてしまい、全員で爆笑してしまった。

 その後店主からはいいものを見せてくれたお礼ということで、お情けで一匹ずつ貰えた。なお金魚については旅館の水槽に放してよいと、事前に旅館から話を頂いている。なんでもウマ娘達が夏祭りで掬った金魚として名物になるらしい。ウマ娘が来た証を残してくれる旅館最高。

 

「……よしっ!あと一発当てれば落ちますね…!」

 

「ふぇー、フラッシュさんすごい…。うーん、中々うまく当たらないなぁ…」

 

「あたしも駄目だったのー。トレーナー、あれ取ってぇ…」

 

「任せろ(チャキ)」

 

 続く射的ではフラッシュが中々の命中率を見せ、残る二人が苦戦していた。俺はファルコンとアイネスが欲しがっていたものをそれぞれ1発で落としてやったところ大変喜ばれたが、急にフラッシュの命中率も落ち出したので結局彼女の欲しがっていたものも俺が落とすことになった。みんな笑顔で喜んでくれたのでよかったよかった。

 

「あ……この屋台もやられてますね」

 

「うーん。作り溜めてたのも全部持ってかれてる感じだね☆」

 

「あれ、でもお店の人意外と笑顔なの。一気に売れたからかな?」

 

「オグリやスペが買ってった店、って箔つくしな。…お、あの店美味しそうだな、あそこ行かないか?」

 

 屋台の食べ物もウマ娘仕様の店が多い。オグリやスペもこの夏祭りには参加しているので、店の食べ物がなくなっているところはそれらの襲撃があったのだろう。しかしそんな襲撃にも備えるために食事系の屋台は数えきれないほど並んでおり、俺は過去のループで知っている顔、味が当たりの店を選んではそれとなく彼女たちを誘導して、うまいたこ焼きやりんご飴、綿あめをほおばることが出来ていたというわけだ。

 

 

 ────────楽しい。

 愛バ達と回る夏祭りが本当に楽しい。

 

 これまでも、もちろん担当のウマ娘と夏祭りを一緒したことは何度もあり…それぞれも、かけがえのない俺達だけの想い出であるが、相手が3人になったことでより楽しめている今を否定できない。

 そうか。チームトレーナーってこんなに楽しいことが増えるのか。

 その分仕事が増えるのは当然ではあるが、しかしこんなに楽しめるようであれば悪くない。

 

 そんな想いが出てきて、自然と笑顔を浮かべていると、のぞき込むような視線が隣に座るフラッシュから向けられていた。

 その角度だと君のうなじと結いあげた髪が見えて俺が掛かってしまうが?色気がJKのそれではないが?

 

「…ふふっ。よい笑顔を浮かべていたので、見惚れてしまいました。楽しんでいただけてますか?」

 

「ッ…もちろんだよ。君達とこうして夏祭りを回れて、本当に楽しい。勇気を出して誘ってよかったなって思うよ」

 

「ホント☆?よかったー。私達も、すっごく楽しいよ☆」

 

 続けて逆隣りに座るファルコンがにっこり笑顔で俺を見上げてくる。

 あーダメダメ。君のその一纏めにした髪型は俺に特効です。それに向かう目線をごまかしきれません。駄目だね。駄目よ。駄目なのよ。

 

「トレーナーとの想い出はいっぱいあるけど…今日のことも、きっと忘れることはないの。来年もまた来ようね?」

 

「勿論だ。…また、来年も4人で来ような」

 

 俺の正面でしゃがみ込むアイネスが、しっとりとした笑顔で俺を上目遣いに見つめてくる。

 彼女の髪、編み込むのに相当頑張ったのだろう。これはもう芸術として日本が国を挙げて文化財に指定しなければいけないのではないか?政府に直訴したら怒られるかな。

 

 しかしそうして4人でまた、と話をしていると、仲間外れにされたと思ったのか、オニャンコポンが俺の肩から頭にひょいっと飛び乗ってきて、ニャーと鳴きながらぺちぺちと叩き始めた。

 ああ、もちろんお前を忘れるはずがないだろう。お前に俺たちがどれだけ助けられていると思っているんだ。

 俺は手を伸ばして頭の上のオニャンコポンを撫でてやる。お前は最高の家族だよ。どうかオニャンコポンも健やかに、楽しく過ごしてほしい。

 

 

 ────────ドンッ!

 

 

「あ…始まりましたね、花火が」

 

「ふふ、ベンチに座れててラッキーだったね☆」

 

「なの。このまま見てこうか」

 

 そうして、俺たちがお互いの絆を感じていると…夜空に一輪の花火が上がった。

 花火大会が始まったのだ。

 夏の夜空だけに浮かぶ、一瞬で燃え尽きてしまう大輪の花。

 それがいくつも弾けて煌き、そうして消えていく。

 華々しさと、一抹の寂しさを味わう、夏の醍醐味。

 それはきっと、花火が終われば、この祭りも終わってしまい、夏も終わってしまう…という、そんな気持ちを見る人に感じさせるからなのだろう。

 

 俺は、何発も上がる花火からそっと目を離して、隣にそれぞれ座る愛バ達の、花火の光に照らされるその横顔を見る。

 みんながそれぞれ、空に上がる花火に魅了され、瞳を煌かせてそれを眺めている。

 その美しい横顔に、俺は改めて満足感を感じていた。

 

 ウマ娘には、笑顔が似合う。

 この笑顔を見るために、俺は己の全てを懸ける。

 これまでも、今日も、そしてこれからも。

 

 だって、俺はトレーナーなのだから。

 

 彼女たちと共に、これからも未来を紡いでいこう。

 

 

*1
当然だが後日視聴している


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