「すまん、沖野先輩と話し込んじまって少し時間取りすぎちまった……って何!?急に何!?痛い痛い痛い!!」
「えいえい」
「しゃいしゃい☆」
「おらおらー」
「反省しろこの野郎」
俺はチームハウスに戻り、予定よりもちょっと時間を取ったことを謝りつつ部屋を開けると、なぜか4人からアイアンテール*1を受けてぼうぎょが下がった。
しかしその4人の気安い様子に、どうやらうちのチームメンバーは随分とアイスブレーキングが出来たらしいことを悟った。
よかったよかった。雨降って地固まるってやつだな。
これからも4人がお互いに遠慮せず、意見を言い合えるような関係になってほしいものだ。
なぜか全員から本当にもうこのクソボケは…みたいな諦観にも近い表情で見られているのは一先ず置いておこう。
そうして落ち着いたころ。
俺はソファに座る3人の前で、ホワイトボードを準備し、タブレットを起動しながら今日のミーティングを始める。
「さて、それじゃミーティングを始めますか。今年のこれからのみんなの出走プランを組んでいこう」
「はい、よろしくお願いします」
「夏合宿の成果を見せつけてやるー☆」
「勝ちきれるように頑張るの!」
「アタシも試験勉強で日本のレースは覚えてきたけどよ、改めて聞かせてもらうぜ」
いつもの様に今後のレース一覧を表示させつつ、俺はみんなの言葉に頷く。
クラシック前半をそれぞれ素晴らしい成績で走り抜けた。この勢いを後半でも見せつけていきたいところだ。
「そうだな、まずは挑むGⅠレースを決定していって、その後にそれ以外で出走するレースをどうするか決めていく感じで行こう。じゃあいつもの順番で…まずフラッシュ」
「はい。…とはいえ、私は目標レースは変わりませんね。以前言った通り…」
「だな。君が目指すは菊花賞、クラシック3冠ウマ娘だ。10月の後半、秋華賞の翌週、天皇賞秋の前週に開催される…長距離3000mのGⅠに出走する」
俺はフラッシュの出走予定、そこにまず大きく『菊花賞』と書き込む。
これは間違いなくさけることのできない目標レースだ。
ここまで2冠、それもチームメンバーと鎬を削りあっての2冠だ。
彼女にとって、それが意味するところは余りにも大きい。
「はい。…ファルコンさんと、アイネスさんの想いを私は受け継いで、そうして菊花賞へ挑みます。お二人のためにも、必ず、誇りある勝利を…!」
「フラッシュさん…うん!私たちの分まで、頑張ってね!」
「信じてるの!負けたら許さないんだからね!」
「はい、頑張ります!」
凄まじい熱を、モチベーションをフラッシュから感じる。
ライバルの内の一人、ヴィクトールピストは凱旋門に挑むため、恐らく今回強敵になるのはメジロライアンだ。
彼女はこの世界線のレースの歴史で初めて、クラシック期に宝塚記念に勝利するという偉業を成し遂げた。領域にも目覚めており、一切の油断が出来ない相手だ。長距離の適正については100%ではない…などという甘えは捨てたほうがいいだろう。
もちろん、他のウマ娘に対しても油断できない。特に菊花賞は長距離となるため、スタミナの伸び次第でスピードが足りないウマ娘でも上位に食い込んでくることもある。
しかし、俺が鍛えたエイシンフラッシュは、スタミナもスピードも、それぞれ夏合宿で十分に鍛え上げている。
最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞。その冠を勝ち取るための積み上げはしてきたつもりだ。
「気合十分、って感じだな。よし、それじゃ菊の後は以前も話した通り、有マ記念は確定として…ジャパンカップは脚の調子を見るよ」
「はい。…とはいえ、ジャパンカップにも挑みたいという気持ちはありますね。なにせ、アメリカからリベンジに来る方がいらっしゃいますから」
「あはは…マジェスティックプリンスちゃんだね。ごめんね、ファル子がライブで英語知らずに答えちゃったから…」
「フェリスから誰かはお迎えに行かなきゃならないの。あたしでもいいけどね」
「あー、プリンスか。あいつ芝も走れるから強敵になるだろうなァ…アタシがここにいること、アイツも知ってるからな。余計ライバル心持ってくるかもしれねーぞ」
「SSは元々チームのサブトレーナーだったもんな。…あれとまたやるのは若干気が重いなぁ」
フラッシュの話から、ジャパンカップの話が少し広がった。
今年、ジャパンカップに挑みに来るというマジェスティックプリンス。
元はSSが所属していたチームのウマ娘であり、ベルモントステークスで一度は破った相手であるものの…あのウマ娘の脅威度は一切変わらない。
大逃げを打てたファル子の、そうしてゼロの領域による奇跡も加わって大差と言う決着になったが、あれは相性と言う意味でも奇跡の嚙み合いが起きたが故の結果だ。
フラッシュやアイネスが挑むとなれば、領域…そして、走り自体もさらに仕上げてくるであろう彼女に対して、改めて対策を考えなければいけないだろう。
まったく恐ろしいウマ娘である。
「ま、それは出走が決まってから考えるとして…じゃあフラッシュ、君の挑むGⅠについてはこれでいいけど、そうなると菊花賞まで…どうする?どれかレースに出るかい?」
俺は9月に開催される重賞レースの一覧を見せて、フラッシュに確認する。
流石に今の段階でOPに出走することは意味が少ないこともあって重賞に限定して表示した。10月のレースも選択肢になくはないが、脚の負担を考えると出るのは9月のレースの方が好ましい。
この後他の二人にも見せるため、俺は一旦重賞レースについてホワイトボードに書き出した。
まず短距離。
9月前半、GⅡセントウルステークス1200m。
9月後半にGⅠスプリンターズステークスもあるが一先ずは除外する。
次にマイル。
9月前半、GⅡローズステークス1800m。
9月前半、GⅢ京成杯オータムハンデキャップ1600m。
マイル戦は10月前半にも毎日王冠と府中ウマ娘ステークスがあるが、これは流石に秋華賞や菊花賞に向けては間隔が短すぎる。天皇賞秋やエリザベス女王杯を狙うウマ娘向けのレースだ。
そして中距離以上。
9月前半、GⅢ新潟記念2000m。
9月前半、GⅢ紫苑ステークス2000m。
9月後半、GⅡ神戸新聞杯2400m。
9月後半、GⅡオールカマー2200m。
9月後半、GⅡセントライト記念2200m。
最後にダート。
9月後半、GⅢシリウスステークス2000m。
あとはOP以下のレースとなり、11月前半にJBCが待っている。
さて、この中からフラッシュには菊花賞前に挑むレースを選んでもらう必要がある。
もしくは出ないという選択肢ももちろんありだ。
出走するならレース勘を取り戻せて、勝てば勢いをつけることもできる。
出走しないなら脚を溜めてさらに練習を積み、実力をつける期間に充てられる。
そうして選択肢を示し、フラッシュの出した答えは。
「……神戸新聞杯へ。出走したいと思います」
「ん、OK。菊花賞のトライアルだしな…一応、出走する理由とかは聞いてもいいかい?」
「距離が一番長いですから。2400m、己のスタミナを確かめるには最適かと」
「OK。確かに、君の距離レンジはおおよそこの距離が最適だからな。判った、前哨戦としてまた閃光を放ってこようか」
「はい。勿論、トライアルとはいえ油断はしません。誇りある勝利を」
フラッシュの言葉に俺も頷いて、彼女の出走レースを決定した。
神戸新聞杯、2400mのレースであるそれは菊花賞のトライアルとなっている。距離も長く、そこそこ負担もあるが、菊花賞に挑むまでに十分な間隔を空けている。脚のダメージは俺とSSでケアすれば問題ない。
決まった。
フラッシュは、まず神戸新聞杯、そうして菊花賞へ挑み…その後の脚の状況を見てジャパンカップに出るかどうかを決めて、最後に有マ記念だ。
「よし、フラッシュのレースはこんなところだな。では次…ファルコン、決めようか」
「うん!」
フラッシュの予定を決定稿として仕上げて、そうして次に俺はファルコンの出走レースを決めていくことにした。
とはいえ、彼女の言いそうなことは察していた。
ゼロの領域に至り、本能が高まっている彼女が言いそうなことは。
「これからの全部のダートレースに出たい☆!全部勝つの☆!」
「却下ァ!」
「ファルコンさん、流石にそれは無茶です」
「脚が治ったからって調子に乗ったらダメなの!」
「あー……気持ちがわからなくもねェが。やめとけ、きちんと勝てるスパンでレースを選べるのも強いウマ娘の条件だぞ」
予想通りの答えが返ってきて俺は即却下した。
周りからも厳しくツッコまれてしまい、へへぇ…と苦笑を零すファルコン。
まぁ半分以上は冗談だろうが、しかし本気の色もわずかに含まれていたのを俺は見落とさなかった。
本能に、魂に引っ張られすぎである。
駄目です。
「えへへ、まぁそれは冗談として…そうだね、まずこれからのダートGⅠには全部出たいな!JBCも…」
「ああ、それは俺も考えてたし、問題ない。少しずつ詰めていこう…まず、ジャパンカップはどうする?」
「うぇー……うーん……☆」
改めて話を戻して彼女の希望を確認したところ、まずは出られる中央のダートGⅠにはすべて出たいという話。
これ自体は俺も以前から考えていた。
彼女が出られる中央のGⅠは3つ。
11月前半のJBCの中の一つのレース。
12月前半のチャンピオンズカップ。
そして12月末の東京大賞典だ。
これはそれぞれそこまで間隔が詰まっているわけでもなく、また距離も最長で2000mと長くはない。
2400mを既にアメリカで駆け抜けて、あの限界を超えた走りでも壊れなかったその豪脚である。ケア自体は全く問題ないだろう。
しかし、このプランでの出走を考えると懸念点もいくつか出てくる。
そのうちまず一つ目、ジャパンカップの件だ。
「…一応言っておくが、JBCに出走したうえでジャパンカップにも出て、そしてチャンピオンズカップに出る、なんてプランは駄目だからな。ジャパンカップとチャンピオンズカップ、どちらか一つだけにしてほしい。中一週も空いてないからそもそも登録すらできないし」
「わかってるー☆うーん、マジェスティックプリンスちゃんの気持ちも汲んであげたいんだけど…ファル子、やっぱりダートを走りたいなぁ」
「そっか。ならそれでいいんじゃないか?別に、絶対にジャパンカップに出なきゃいけないなんてこともないんだし」
「プリンスのほうが本気でファルコンと決着つけてェってんなら日本のダートに向こうがくりゃいいんだ。気にする必要はねェよ」
そのファルコンの想いに、俺とSSがそれぞれ肯定の意を返す。
確かにマジェスティックプリンスはあの場で宣言した通り、ジャパンカップへの出走を予定している。しかし結局のところ、ウマ娘は出たいレースに出るのが一番だ。
ライバルであることは間違いないにせよ、ダートを求める想いが高まったファルコンが彼女との再戦よりもダートでの勝利を求めるのであれば、そちらに出るのが健全というものだ。
それに、俺はアメリカでベルモントステークスの翌日に記者たちに囲まれたときに、ファルコンのジャパンカップについてきちんと記者たちに話している。ライブの発言は彼女が英語をよくわからず回答したもので、出走は未定であると伝え、その後ちゃんとそれを記事にしてくれているのも見た。大きな問題は起きないだろう。
「おっけ、それじゃとりあえずダートGⅠに出走は確定として…それじゃ次は、JBCの出走レースだな。どれに出る?」
「うぅーーん……それもすっごい悩むんだよねぇ…☆!」
「ファルコンさんは短距離もマイルも中距離も走れますからね…」
「なの、あたしと同じなの。どこに出てもシニア級のウマ娘とぶつかることになるだろうけど…」
次に決める内容として、ファルコンがJBC、そのどれに出走するかという問題だ。
レース好きならご存じの通り、JBC…ダートのGⅠレースであるそれだが、同一日に3つのGⅠレースが開催される。
他にもダートジュニアクラシックなども当日に開かれるのだが、GⅠでシニア級も含むレースはこの3つとなる。
であれば、当然すべてのレースに出走することなどできず、どれか一つを選んで出走することになる。
短距離1400mのJBCスプリント。
マイル1800mのJBCレディスクラシック。
中距離2000mのJBCクラシック。
このどれかから、出走するレースを選ばなければならない。
「短距離はたぶん…ミニー先輩やルディ先輩が来るよねぇ…☆!」
「ああ、その二人は短距離マイルが主戦場だからどっちかでくるだろうな」
「中距離だとすればノルン先輩やマーチ先輩が来そうだよねぇ…☆!」
「あの二人は中距離も走れるしな。ハルウララもジャパンダートダービーで勝ったわけだからあるかも…とはいえウララは短距離マイルのほうが得意なのは間違いないが」
「うわーん悩むぅ…!みんなと戦いたーい!!全員マイルに集まってくれないかなぁ!?」
「それはその後のチャンピオンズカップでやるだろ。…一番出たいレースでいいんじゃないか。事前に相談して出走レースを決めるわけにもいかないしな」
「そうだねー…☆それじゃ、JBCレディスクラシックで。マイルに出たいな」
彼女らしい、カサマツのダート組という強敵とむしろ戦いたいという戦意を見せて悩んでいたが、これは流石に他のチームと事前に打ち合わせて決めることもできない。
ライバルの出走レースが決まって、後からファルコンが合わせに行くという手段も取れなくはないが、しかしそれはJBCではあまり好ましい話ではない。
もちろんライバルと戦いたい、争いたいという気持ちは大切なものであるが、そもそもその後のチャンピオンズカップで間違いなく戦う事になるのだ。その前にわざわざレースを合わせに行く必要はない。
それよりも、彼女が出走したい距離のレースに出ることの方が大切だ。
そうして彼女の求めたレースはマイル戦。JBCレディスクラシックだ。
「OK、出走は全く問題ない。…マイルを選んだ理由は?」
「うーん、ファル子、最近中距離以上のレースばっかり出てたじゃない?2000m以上の距離に脚が慣れてる…って自分でも思うんだけど、逆にマイルで走ったときに余力を残しちゃわない様にしたいなって。チャンピオンズカップもその後にあることだし…マイル戦に備えておきたいの」
「…いい考えだ。実はファル子が悩んでいるようだったら俺から提案しようかと思っていた案そのものだ。自分でその事に気づいたのは偉い。よし、決まりだな」
「うん!」
彼女がそれを選んだ理由を聞いて、俺は深く納得の意を示した。
まさしく俺が考えていたことだ。今後日本のダートGⅠを走っていくファルコンにとって、そのメインの距離はマイルと中距離になる。
中距離についてはベルモントステークスの時に仕上げ切ったものがあるので、マイルの距離でも全力で走れるようにこれから調整をしていく必要があると俺は考えていた。
そうしてファルコンも同じ想いを抱えていたようで、お互いに以心伝心、レースに対しての想いが一致している。
「じゃあ11月からそれらのレースに出走するとして…それまではどうする?重賞ならシリウスステークスだが…」
「勿論出るー!中距離だけど、それこそ私の得意距離だもんね!レコードぶち抜くつもりで行きます!」
「はは、いい気合だ。オッケ、それじゃシリウスステークスに出走と…他はどうする?OPになるが…」
「……えーっとね。今のファル子がOP戦に出るとしてだよ?」
「ああ」
「出走回避、出ちゃわないかな…?重賞ならともかく、OPだと…」
「…まぁ、その危惧はあるな。かつてマルゼンスキーがそうだったように…君も今や世界レコードを持つ超実力派のウマ娘だ。OP戦レベルだとそれが起きる可能性は高い」
「だよね…うん、ファル子、砂のレースで勝ちきりたいのは間違いないけど……そこまでは、いいかな」
「…そっか。君がそういうなら、俺はそれを尊重しよう。じゃあそれで時間が空いた分、更に脚を鍛え上げてやろうぜ」
「うん!!」
まず彼女はシリウスステークスへの出走を希望した。
それは勿論問題ない。距離も全く心配のない2000mだ。彼女のトレーナーである俺がこういうのもなんだが、負けるイメージが浮かばない。何の心配もないだろう。
しかしてその先、OP戦はどうするか…と問いかけたところ、彼女はそこに懸念を持っていた。
それは出走回避が出る可能性である。
確かに、今の彼女は同世代、いやシニア級も含めてダートを走れるウマ娘の中でも結果が示す実力が一段と頭抜けている。
強いのだ。さらに作戦を逃げとしていることもあり、生半可な実力では太刀打ちできない。
そんな彼女がOP戦、一般的にまだ未勝利戦を突破してきたくらいのウマ娘達が出走するようなレースに出るとなれば、出走回避が出てくることが予想されるであろう。
レース自体が成り立たない、そんな可能性すらある。
かつてマルゼンスキーを担当していた3年間で、俺が何度も味わった歯がゆい感覚。また、同時にライバルとなり得るウマ娘がいないんじゃないか?という不安。
それを、ファルコンには味わってほしくない。
OP戦に出走しないことを選んだ彼女の判断に、俺も心から同意した。
しかし、ファルコンがマルゼンの時と同じようにライバル不在になるかと言われればそれは違うと自信を持って言える。
まずカサマツのダート組。彼女たちはライバルが強ければ強いほど燃え上がる熱い心を持っている。
北原先輩に話を聞いたところ、ベルモントステークスのファルコンを見てからというもの全員がさらに練習に磨きをかけて、夏合宿中に全員自己ベストのタイムを更新したとの話だ。
彼女たちが間違いなく、ライバルとなってファルコンの前に立ちふさがるであろう。
また、ハルウララだって、この世界線じゃ油断ならないほどに仕上がっている。
初咲トレーナーの仕上げた彼女が、どれほどの強さとなって…どれほどの想いを持って俺たちに挑んでくるのか、楽しみだ。
もちろん、それぞれに勝ちを譲るつもりは一切ない。
俺は砂の隼がこの日本のダートに伝説を刻む、そのために全力を費やすのみだ。
「じゃあファルコンのレースもこんなところだな。日本のダートGⅠがようやく増えてきたところだ。自由に砂の空を舞おう、ファルコン」
「うん!ファル子、頑張る☆!」
ホワイトボードに彼女の出走プランも書き終えて、これで二人のプランニングが終了した。
あとはアイネスのみである。
余談
20話刻みで駄文という名の活動報告上げてたりします。
以下、感想欄で生まれた閑話。
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9月の初週、その週末の土曜日の午前中。
トレーナー寮の一室にて、4人のウマ娘が集まっていた。
「サンデーさん。……これでどうやって今週生きてたんですか?」
「そこまで言うかお前」
「いや、これはファル子も言いたくなるなー☆すごい、脱いだものがそのまま床に置いてある…」
「別にいいだろ…週末にまとめて洗うつもりだったし…」
「…もしかしてシャツと下着毎日買ってたの?ビニール袋の中に開けたゴミがあるの…」
「アメリカからそんなに服持ってきてねェんだよ。向こうじゃ殆ど修道服着て過ごしてたし。近くのウマ娘用の店にサイズが合うブラがあったから助かったぜ」
チームフェリスの3人が、立華の言いつけ通り、サンデーサイレンスの部屋を整えようと集まっていた。
そうして一言目にこれである。
サンデーサイレンスは余りにも生活力に乏しかった。
彼女は修道院育ちだ。
修道院には勿論、それなりに規律があり、マザーシスターに厳しく指導はされていたため、生活のルールは守れていた。
だがあくまでそれは集団による生活である。
一人暮らしをするのは初めてであって、それも異国の地だ。
何を準備して、何を買い揃え、どう生活するか。全く理解していなかった。
とりあえずシャワーは毎日浴びて、タオルと下着とシャツだけは買い揃え、1週間新しいものを買っては脱ぎ散らかして…を繰り返すというズボラさを見せていた。
「…とりあえず片付けから始めましょうか。念のため掃除道具を持ってきておいてよかったです」
「この後買い出しするものもメモっておかないとね…☆掃除用具、お洋服、調理用具…」
「んー、サンデーチーフって料理できるの?っていうか今日まで夕飯どうしてたの?」
「料理くらいはできらァ。…あー、夕飯はコンビニで済ましてた。近くにいくらでもコンビニあるのすげェよなぁニッポンは」
そうしてウマ娘達による掃除が始まった。
とはいえ、そこは力自慢のウマ娘達だ。
特に、文字通り掃除のプロであるアイネスフウジンが今回は参加している。彼女の指示でてきぱきとみんなで掃除を進めながら、段ボールを開封する作業も同時に進行する。
しかし荷物の、段ボールの数があまりに少ない。女性なのにこの数の少なさは不安になるところだ。
「私が日本に来た時でも、もっと荷物はあったものですが…サンデーさん、成人されたウマ娘がこの荷物で本当によく、やってきましたね…?」
「……え、ちょっと待って☆お風呂に石鹸しかないんだけど?シャンプーは?コンディショナーは?」
「あー?んなモン使ったことねェよ。修道院は貧乏だったから、石鹸しかなかったんだよ。そこにある石鹸は修道院のシスターの手作りな」
「え!?それでその髪ツヤなの!?……ええ!?!?」
「ちょっと詳しく聞いていいですか!?」
「アメリカから石鹸輸送とかできたりしない☆!?」
「あー?作り方はアタシも覚えてっから輸送する必要ねェよな?今度作ってやるよ。髪痛まなくていいぜ」
驚愕の真実が明かされた。
何と、マンハッタンカフェの髪ツヤにも劣らない…いや、むしろそのままCMに出られそうなほどの美しいサンデーサイレンスの黒鹿毛は、シャンプーもコンディショナーも使わない、石鹸一つで生み出されたものだというのだ。
嘘でしょ。
そんな感想を3人は持ち、そして後で彼女たちもSS特製石鹸愛好家になるのだがそれは実にどうでもいい話。
なおその石鹸をクソボケの家に持ち運んだらオニャンコポンも気に入ってとうとうクソボケもそれを愛用するようになるのだがそれも本当にどうでもいい話。
さて。
そうしてまず部屋を整える作業に入った彼女たちの内、エイシンフラッシュが新たに段ボールを空けて…そして、その中に入っていたものを見て、息を呑んだ。
悪い意味でのそれではない。
そこにあったものは、きっと、サンデーサイレンスにとって、とても大切な物だから。
「………修道服……いえ、勝負服ですね……」
「…ん、あー。その中に入ってたかよ。おー、懐かしいな」
「…これ、サンデーさんの現役時代の勝負服、だよね?」
「レース映像で見たの。……すごいね、年季が入ってる…ロングスカート部分の解れがかなりパンクでかっけぇの」
「無茶な走りばっかしてたからなァ。修道院に置いてきてもよかったんだけど、シスター達に持ってけって言われちまってな。使う事、もうねぇってのに」
エイシンフラッシュの手からサンデーサイレンスがその服を受け取り、己の体に当てる。
その勝負服は、当然走るための服であり、生地も作りもしっかりとしたものであったが…しかし、そのところどころに解れが見えていた。
特にスカート部分が激しい。足首付近まで覆っていたであろうその黒の布地は、彼女の激しい走りの中で破れ、解れ、パンクなファッション風味を見せていた。
何と表現するべきだろうか…歴戦のそれを思わせる、勝負服。
「…クリーニングに出しましょう、サンデーさん。勝負服専門のお店もありますから」
「あァ?…いや、別にしまいっぱなしだって困らねェと思うんだがよ」
「ダメだよ、その勝負服でアメリカで頑張ってたんでしょ☆?大切にしなきゃ!」
「そうなの!それに、それ着て走ることだってあるかもしれないの!ってか寧ろあたしたちとそれで走ってほしいの!」
「アホ、そこまで目立つつもりはねェよ……けど、ま、そうだな。久しぶりに手入れしてやるか」
教え子たちにそこまで言われてしまえば、サンデーサイレンスも強く断る理由もない。
勝負服を大切に折りたたみ、この後それをクリーニングに持って行くことにした。
「…私達の勝負服も、これほど使い込まれるくらい。一杯GⅠに出て、全力で走りたいですね」
「ねー。やっぱり歴戦の人の勝負服って、よく見るとそういう、勝負の痕跡みたいなのが残ってて…カッコいいよねぇ」
「なのなの。サンデーチーフに負けないくらいあたしたちも頑張るの!」
「…はは。お前ら、しっかりアタシを越えろよ。GⅠ6勝は少なくとも超えてけ。教え子ってのは指導者を越えてこそなんだからよ」
「ふふ…では、会長に並ぶのが私達の目標ですね?」
「うわー、高い目標☆!でも、ダートGⅠの数なら絶対超えるもん!」
「うん、どうせ持つなら目標はでっかく大きく、ってね!!そのためにも、一杯教えてね、サンデーチーフ!」
掃除の手を止めてしまってはいるが、楽しそうにウマ娘達が話す。
チームとしての絆は、こうして、また一つ強くなっていった。