【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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85 天啓

 

 9月の3週目に入ったころ。

 俺たちチームフェリスのメンバーは、チームハウスに集まって簡単なミーティングを開いていた。

 

「アイネス、このあいだはお疲れ様。いい走りだったな。今週は少し脚を休めることにして、来週からまた秋華賞に向けて備えていくぞ」

 

「はいなの!」

 

 先週はアイネスの紫苑ステークスがあり、彼女は危なげなく一着をぶち抜いてきた。

 走り自体はなにも心配のない、彼女らしいハイペースなレースを展開し、中盤からダービーで覚えた後方への圧、向かい風を感じさせるような相手のスピードを奪うデバフも繰り出して、そのままゴールまで誰にも競りかけさせず逃げ切った。

 

 だが、領域(ゾーン)には今回のレースでも入れていなかった。

 実戦に挑むというシチュエーションで再度覚醒できないかと期待していたところもあったのだが、最後の300m地点に行ってもダービーの時の様な風神の顕現を見せることはなく、そのままレースを駆け抜けた。

 無論、領域がなくとも彼女は逃げの技術はきっちり整えている。

 末脚も光るものがあるし、たとえ競りかけられようとも、後続が追いすがってきた段階で再加速するタイミングを計る技術も持っている。

 心配はない。本来は心配するべきレースではないのだが…それでも、これまでの彼女の熱。迸るようなその熱から生まれた速さと比較してしまえば僅かに陰りが見える。

 レコードも更新はしていない。前日の雨で重バ場だったため当然といえば当然だが。

 

 …いや、贅沢を言っているのは理解している。

 一着を取っているのだし、走り自体は心配がない強い走り。

 彼女も既にトップクラスのウマ娘であり、ここにまで中々至れないウマ娘も多い中で贅沢な悩みであることは自覚している。

 

 …が、今回のレースは強力なライバルが不在だったのも事実。

 トップウマ娘であるからこそ、これから立ちはだかるライバルたちと争ったときに領域が出せないのは間違いなく足かせになる。

 最近はSSが領域なしでも速く走れるよう、併走でコーナリングの技術を伝える練習などもしている。

 秋華賞…GⅠのレースで、またササヤキやイルネルと走る時に、うまいこと領域に入ってほしいものだ。

 

 さて、それでは今日のミーティング内容であるが、レースとは関係のない部分での打合せである。

 

「来週末はフラッシュの神戸新聞杯、その2週間後はファルコンのシリウスステークスがあって…その後はGⅠ戦線、ってところだな。ここまではみんなも把握していると思うが」

 

「はい」

 

「うんうん☆」

 

「その間に、あるよね…ファン感謝祭」

 

「ああ。今日はそのファン感謝祭で、うちのチームが何をやるかです」

 

 俺は生徒会が作成したファン感謝祭の大まかな日程をホワイトボードに示す。

 ファン感謝祭。中央トレセン学園が開催する、一般の学校でいえば学園祭に位置するイベントだ。

 春と秋にそれぞれ開催され、多数のファンが押し寄せるトレセン学園の一大イベントとなっている。

 そこでわれらチーム『フェリス』が何をやるか、その打合せのために今日はミーティングを開いていた。

 

「さて。…正直に言うと、俺としては特にチームで一日運営するような企画は考えていないです」

 

「…ですね。私たちのチームはまだメンバーが3人ですし…一日を回すにしてもマンパワーが足りません」

 

「私とアイネスさんは逃げ切りシスターズのほうでライブの企画はしてるけど…☆」

 

「他にはそれぞれ、イベントレースとかに参加して欲しいって打診は受けてるけど、チームで何かってなるとね。リギルみたいな執事喫茶はあれ、人数が多いからできることなの」

 

「…アタシは今回が初参加だからノーコメント。仕事あれば適当に割り振ってくれや」

 

 俺はチームメンバーそれぞれの話を聞いて頷く。

 そう、チーム『フェリス』は正直、チームとしての人数は他のどのチームよりも少ない。

 SSがサブトレーナーについたのも最近の事で、これから徐々にチームの人数も増やしていくことにはなるのだが、今の人数で何か企画をしようとするのはほとんど無理だ。

 みんなも同じ見解を持っていてくれたようで、ならばと俺は事前に考えていた腹案を出した。

 

「チームのメンバーは少ないけど、活躍はしてるからうちのチームのファンは多い。ありがたいことだな。…で、そのファン向けに、午前中に1時間弱程度のサイン会を開きませんかってたづなさんに打診されてるから、それで考えていたんだが…」

 

「サイン会ですか。…悪くないですね。ファンの方々と交流もできて、大きな準備などは不要ですし」

 

「三人で1つの色紙にサイン入れる感じかな☆?事前にチケット配っておけば混乱も無さそう!」

 

「他にもやる事あるし、準備の手間が少なさそうだから…よさげなの。特に反対はないの!」

 

「そっか。それじゃ、その方向で進めておくよ。後で生徒会と打ち合わせて流れとか組んだらまた説明するから」

 

 俺は彼女たちがサイン会に特に反対がないことを確認して、その方向で進めることとした。

 これまでの世界線で、個別にウマ娘を担当していた時にサイン会も経験している。ウマ娘に負担をかけず、ファンたちを捌けるような手配は問題なくできるだろう。

 折角のチームなので何かしたいという気持ちも無くはないのだが、現実的にチームだけで何かやるのは厳しい。

 来年以降に人数が増えたらまた考えればいい話だし、今年はこれで勘弁してもらおう。

 

「わりとあっさり決まったな。あとはそれぞれ、イベントレースに出走する時間とかはっきりしたらまた俺にLANEで教えてくれ。逃げ切りシスターズのライブの準備については俺も手伝うからね」

 

「はい。時間が空けば、トレーナーさんとも一緒に屋台など回りたいですね」

 

「ありがとー、トレーナーさん☆いろいろ相談させてもらうね!」

 

「ライブ終わった後一緒に学園祭回るの。5人とオニャンコポンで!」

 

「そうだな。時間ができたら楽しむ側に回ることにしようか。息抜きも兼ねてな」

 

「…タチバナ。よくわからんがアタシは何すりゃいいんだ?」

 

「ああ、SSはとりあえずサイン会の時のファンたちの列の整理かな。また後で説明するよ…よし、それじゃそんなところで今日のミーティングはおしまい。練習に入ろうか」

 

 俺はある程度目線合わせができた段階で、ファン感謝祭に関する打合せを終えて練習に入ることにした。

 今日もバリバリ頑張ってもらおう。

 

────────────────

────────────────

 

「んー…ファン感謝祭、楽しみだね!」

 

「ええ、やはり盛り上がるイベントは心躍りますね」

 

「なの。…けど、せっかくだしチームでも、サイン会のほかに何かしたいな、とは思うの」

 

 その日のチーム練習を終えて、フェリスに所属する3人はシャワーを浴びて汗を流し、寮への帰路に就いていた。

 はちみーを飲みながら夕暮れ時の道を歩く3人は、今日の打合せの内容、ファン感謝祭の話を広げていた。

 

「…そうですね。それぞれがこの後大切なレースもありますし、準備にあまり時間はかけられない…だからこそ、今日のトレーナーさんの判断自体には反対はないのですが」

 

「うーん、実際に喫茶店とか、屋台とかってやるとなると絶対大変だもんね。それでなくても逃げシスのライブはあるし…」

 

「フラッシュちゃんだけごめんね、私たちの都合でライブになるからフラッシュちゃんだけ暇になっちゃうの」

 

「いえ、それは全く問題ありません。私もお二人の、皆さんのライブを楽しみにしていますから。…ですが、そうですね。せっかくですから何か、みんなで楽しめるようなことはないものでしょうか…」

 

 先程のミーティングでは、現実的に3人では何か企画を起こすのも大変であるということでサイン会だけ行う、という話でまとまったが、しかし彼女たちはJKである。

 盛り上がるファン感謝祭で、みんなで何か大きいことをしたいという気持ちは間違いなくあった。

 ただ、人数的に厳しいという事実も理解しているし、逃げシスの2人はライブも予定していることから、あの場では特段の主張はしなかったが。

 せっかくこうしてチームとして縁を深めているのである。他に何か一つくらい、出来ることはないかという話になった。

 

「どうせやるなら、トレーナーさんとかサンデーさんも巻き込んで、みんなが楽しいことしたいよね」

 

「ですね。楽しい事…そして、準備にもそこまで手間がかからないような…」

 

「そうね…んー…楽しい事かぁ。私達なんか、ライブで踊ったりイベントレースで走ったりするだけで楽しいんだけどね」

 

「流石にトレーナーさんたちをライブには出せないよねぇ☆いや、でもサンデーさんは大丈夫かな?元々GⅠで勝ってたウマ娘だもんね」

 

「そうですね…ライブやレース……そういえば、トレーナーさんは結構走るの速いですよね」

 

「あー、ベルモントステークスで走ってたけど、人間としてはあれ、かなり早いの。ふふ、一生懸命に走ってる姿がテレビで流れてたねー、可愛かったの!」

 

「あの時走ってきてくれるトレーナーさん恰好よかったなぁ…ファル子、ときめいちゃった☆」

 

 しかして彼女たちの会話はどんどん方向が逸れていってしまった。

 JKが学校帰りに話す内容など清流を流れる木の葉の如く。どちらへ舵を切るのか誰にも分らないのだ。

 

 だがここで。

 これまでの会話の内容、その一部一部から導かれた、圧倒的な閃きがエイシンフラッシュを襲った。

 

「────────ッッ!!…………思いつきましたッ!」

 

「ふぇ!?急に来たね☆!?」

 

「ちょ、フラッシュちゃん?そんなに気合籠めて叫ぶほど!?」

 

「来ました。……ああ、勝ちました。これしかありません。絶対楽しめます。それもチームがという話ではなく…()()()()()()()()が、です」

 

「おぉー…時々フラッシュさんが陥る不器用さ全開の視野の狭まった顔してるー…☆」

 

「フラッシュちゃんがそこまで言う案を聞くのが怖いの…どんな事思いついたらその顔になるの…?」

 

 その閃きに勝利の確信を得ているフラッシュに、しかし残る二人は不安げに彼女を見る。

 フラッシュが意外と不器用であり、時々思い込みが激しくなることを付き合いの長い二人は知っている。

 今回のその閃きも本当に大丈夫か?と不安を覚える。時々暴走するからなこの閃光。

 

「大丈夫です。絶対ウケます。お二人とも、お耳を拝借」

 

「自信満々だなぁ…☆」

 

「大丈夫かなぁ……?」

 

 恐る恐ると言った風に耳をそばだてて、そうしてフラッシュが閃いた案を聞く二人。

 それを聞き終えて、二人の感想は一致した。

 

「天☆才」

 

「絶対面白いの!よくぞ思いついたの!!」

 

「ですよね!ふふ、やりました。早速これを企画書にして明日生徒会に草案を提出しましょう!」

 

 どうやらファルコンとアイネスのお眼鏡にも適う案だったようだ。

 そのまま3人で案を練り上げて、そうしてその日のうちにフラッシュが草案を作成した。

 

 

 そして、翌日の生徒会室。

 フラッシュ達3人がシンボリルドルフに、その草案を提出していた。

 

「………ふむ………なるほど……」

 

 企画の内容をまとめた書類をぺらり、ぺらりとめくって目を通すシンボリルドルフ。

 彼女ら生徒会はファン感謝祭の運営本部であり、ウマ娘や各クラス、チーム単位でやりたい企画はまずここに一度持ち込まれる。そしてコンプライアンス上の不備や無茶なタイムスケジュールなどがないかを精査され、問題がなければ許可が出る流れとなっていた。

 彼女らウマ娘は学生であるとともに、レースとライブで人々を魅了する芸能人に近い世間的な知名度を持つ。特にコンプライアンスの観点などは厳しく、安易な学生の発想ではボツを食らう企画も多かった。

 

 そうして企画書に目を通し終えたシンボリルドルフは、机に書類をぱさりと置いて、言葉を紡いだ。

 

「────────採用。エアグルーヴ。すぐに各チームのウマ娘に連絡を取ってくれ。全力でこの企画を通すぞ。フェリスのみんなに時間を割かせるのは非常に惜しい。私達生徒会に総指揮をとらせてもらえないか?」

 

 皇帝が見せるのは極めて珍しい表情、まるでいたずらっ子の様なやんちゃな笑顔。

 やる気に満ち溢れたそれで、全力で企画を推す構えを見せた。

 それを聞いたフラッシュら3人も、助力を頂けたこともあって満面の笑顔を返し、そうして会長がそこまで絶賛するほどのものかと怪訝な表情になって企画書を見たエアグルーヴもまた、読み終えて噴き出すのを堪えつつすぐに手配に入っていく。

 

 その企画書の表紙には、こう書かれていた。

 

 

 

 

『トレセン学園ファン感謝祭 第一回 トレーナーズカップ』

 

 

 

 

 

 





次回からしばらくギャグ回になります。
なお、示唆されているトレーナーズカップですが、本話執筆当時はシャカール未実装のタイミングでありトレーナーによるレースが行われてなかった時代のものになります。お含みおきください。

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