ファン感謝祭、当日。
俺たちチーム『フェリス』のメンバーは、特設ブースにてサイン会を行っていた。
「わぁ!本物の猫トレさんだ…!あ、私ジーフォーリアです!アイネスさんに、『目指せ年度代表ウマ娘!』でお願いします!」
「当選メールを見せてね…OK。それじゃ、ジーフォーリアちゃん、と…書けた。はい、アイネス」
「はいなの!いつも応援ありがとなの!ジーフォーリアちゃんへ…よしっと。サンデーチーフ、お願い」
「おォよ。ほれオニャンコポン、押せ押せ……よし、出来た。これからも応援よろしくなァ」
俺は長机に並んで座る3人の前に、列を作って並ぶファン、子供のウマ娘の名前を色紙に書く。
それをアイネスに渡して、サインと希望に沿った言葉を書き込む。
そうして出来た色紙を彼女らの後ろに立つサンデーサイレンスが受け取り、傍にある袖机の上に鎮座するオニャンコポンの前に置く。
そしてオニャンコポンが黒のスタンプ台に前足をぽむっとして、色紙にぽむっとして、肉球マークを左下に押したらサイン色紙の完成である。
これが俺が組んだ陣形だ。
3人には適宜色紙がまわるようにして、オニャンコポンの肉球スタンプを押す作業はSSに手伝ってもらい、俺は列を捌くのに注力する。
リズムよく展開できる最適解の並びであった。
「やったー!アイネスさんも、皆さんも、これまでのレース全部見てます!これからも応援してますね!」
「ありがとなの!頑張るね!」
「私、シャフラヤールです!ファルコンさんに、『目指せ海外GⅠ制覇!』でお願いします!」
「シャフラヤールちゃん…と。ファルコン」
「はーい☆応援ありがとー!海外レース目指してるんだ?頑張ってね!」
「僕、タイトルホールドです!フラッシュさんに、『目指せグランプリウマ娘!』でお願いします!」
「はい。応援いつもありがとうございます。目指せグランプリウマ娘…ふふ、私もいつか、ですね」
「応援してます!僕もいつかは頑張るぞぉ…!」
「残念だけどホールドちゃん、グランプリも勝つのはこの私!ジーフォーリアなんだから!そうね、まず皐月賞は私でしょ?」
「あら、じゃあダービーは私がもらっていっていいのね?ジーフォーリアちゃん、一回勝つと油断するもんね」
「ぼ、僕だって…体力に自信があるもん!菊花賞は、勝つからね…!」
「じゃあ天皇賞秋は私が勝つわ!」
「な、なら春は僕がもらうよ…!」
「じゃあ有マ記念は私が勝つもん!グランプリウマ娘になるんだから!」
「だったら僕は宝塚記念で勝ってやる…!」
「まぁまぁ二人ともケンカしないの。外国でGⅠを勝ち取る私が最終的には最強になるんだから」
「「なんだとー!!」」
どうやら今来たウマ娘達は仲良し3人組らしい。仲睦まじく張り合う様子にチームのみんなで苦笑を零してしまう。
彼女たちがそれぞれサインを受け取り列を履け、オニャンコポンをウマホで撮影し、楽しそうに去っていった。
ちらっと脚を観させてもらったが、あの年齢にしては中々光るものを持っている。あれは磨けばさらに輝くな。
トレセンに入学することがあったら是非ともスカウトさせてもらいたいところだ。
「…トレーナーさん?」
「ファンの子にまでそういう目を向けるのは違うよね☆?」
「ちゃんと列を捌くの。よそ見してんじゃねぇの」
「誤解です…」
「いやでも気持ちはわからんでもねェ。いい脚してたなアイツら…」
そんな風にファンのウマ娘達を観察していると長机に並んだ3人からプレッシャーを受けることになってしまった。
違くて。SSの言った通り、将来が楽しみなウマ娘だなって思っただけで!
「出た…猫トレのクソボケだ…!」
「生で見れるなんて…来てよかった…!」
「写真取ろう写真…!」
あっやめてくださいファンの皆様!ウマ娘達の写真撮影が禁止されているからって俺を撮らないでください!おやめください!!
俺は咄嗟にオニャンコポンでガードをしようとしたが、あいつは今袖机で無心に肉球をぽむぽむする作業に入ってしまっているため助けてもらえなかった。
そうしてまたファンの方々の列を捌くお仕事に戻る。
今日のサイン会は当日先着にしてしまうと間違いなく膨大な人数で溢れてしまうため、ウマッターで事前に抽選式であることを告知し、それぞれ50人ずつ、150人の当選とさせてもらっていた。
ネットでの応募式とさせてもらったところ、応募人数が10万人を超えたものだから流石に俺もビビった。
厳正なる抽選の下に倍率600倍を乗り越えたファンがこうして並んでくれているわけで、感謝しかない。
先程のウマ娘3人はそれぞれが豪運の持ち主か、もしくは運命に愛されていたのだろう。老若男女、様々な方々へ俺たちはサインを書いてお渡しした。
そうしてだいぶ列がはけてきて、もうすぐ最後の人になりそうだな…と言う所で、俺は流れ作業で並んでいる人の当選メールを確認し、お名前をお伺いする。
「はい、当選メールを確認しました。書いてほしい言葉とお名前をどうぞ」
『じゃ、『目指せアメリカトップトレーナー』で。サンデーサイレンスに書いてもらおうかな!』
『…ん?英語?』
『なっ…!』
『名前は…
『ゴア…なんであんたがここにいるのよ……!!』
いきなり英語で話しかけられて顔を上げてファンの列に並んでいた、そのウマ娘を見た。
余りにも見た顔だ。サンデーサイレンスのレースを見る際に、その最大のライバルとして鎬を削りあっていた相手。
イージーゴア。
アメリカでGⅠ9勝を達成した、レジェンドウマ娘だ。
『なんでって、サンデーに会いに来たんじゃない!親友が日本に行っちゃったから私寂しかったのよ?』
『ちなみに私もいるからね』
『オベイユアマスター…!?アンタが連れてきたの!?このバカを!?』
その横に、いつからいたのかオベイユアマスターがいた。
なんともまぁ、随分と凄まじいメンツが揃ったものである。
アメリカGⅠ6勝、エクリプス賞W受賞のサンデーサイレンス。
アメリカGⅠ9勝、サンデーサイレンスの最大のライバルであるイージーゴア。
そしてジャパンカップで白い稲妻と葦毛の怪物を制したオベイユアマスター。
このメンツが揃ってるだけでアメリカなら金が取れるわ。
『あ、サンデーのサインは冗談で…ファルコンちゃんの当選メールだから、ファルコンちゃんに書いてもらうわ。ここに『目指せアメリカトップトレーナー』ってよろしく!日本語でいいから!』
「ふぇ、え、え☆?と、トレーナーさん!通訳ぅ!」
「あー…『目指せアメリカトップトレーナー』って書いてやってくれ。フラッシュ、オニャンコポンスタンプよろしく」
「はい。…イージーゴアさん、ですよね。すごい方がいらっしゃいましたね…今はアメリカでトレーナーをされてらっしゃるとか…」
「レジェンドが揃い踏みなの…コワー……」
俺はてきぱきとイージーゴアのサインを描いてもらって、肉球スタンプを押した色紙を渡しながら彼女たちに言った。
『イージーゴア、オベも…もう少しでサイン会も終わるから、SSを連れて回ってきていいよ。旧知の仲だし積もる話もあるだろう』
『あら、いいの?サンキュー、ケットシー!それじゃサンデー、一緒に回りましょ!学園のなか案内してね!』
『ちょっと!?タチバナ、私を売ったわね!?ってやめなさいゴア!腕掴むなぁ!力が強いのよ!このデカブツ!』
『ははは、なんだ…心配してたけど、タチバナと随分仲良くやってるようじゃないか。雰囲気が丸くなったね、サンデー』
『オベ、アンタが私に間違った日本知識吹き込んだのもう知ってるんだからね…!ってアンタも腕掴むなー!アンタたち体がデカいのよ!ぐっ、抵抗でき、ちょ、た、助けっ…!!』
「行ってらっしゃいSS。楽しんできてくれよ」
そうして両腕をイージーゴアとオベイユアマスターに捕まえられたSSは、二人にドナドナされて行った。
うんうん。アメリカからはるばる遊びに来てくれるなんてSSもいい友人を持ったものだな。
そういうことにしておこう。
「……よし、では次の方」
「さらっと行きますね?」
「行き当たりばったり…☆」
「時々うちのトレーナーって雑なの。後でサンデーチーフに怒られたって知らないんだから…」
俺は愛バ達のつぶやきが聞こえなかったふりをして、またサイン会の運営に戻るのであった。
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その後、立華率いるチーム『フェリス』は無事サイン会も終えて、フリーの時間を過ごしていた。
お昼に逃げ切りシスターズのライブが開催されて、立華とエイシンフラッシュが観客席の最前列で完璧なコールを繰り出しながら全力で応援したり。
随分と疲れた様子のサンデーサイレンスと合流した立華が、ゴルシもかくやといったドロップキックを繰り出されて地面にキスしたり。
道行くファンたちにオニャンコポンを肩に乗せた立華が写真をせがまれたりして…まぁ、騒がしく彼らの時間は過ぎていった。
それもまた思い出であろう。そんなことをしているうちにあっという間に時間が経ち、もうすぐファン感謝祭も終わりという時間になった。
立華は3人の彼の愛バを引き連れて、校内を散策していた。
先日の夏祭りのように、4人でのんびりと祭りを見て回っていた。
「はい、トレーナーさん。飲み物買ってきました。まだ暑いですし、よく水分補給してくださいね?」
「お、ありがとうフラッシュ。ちょうど喉が渇いてたんだ、助かるよ」
「トレーナーさん、ライブでいっぱい応援してくれてありがとね☆!喉はまだ大丈夫?」
「ああ、この程度で枯れるもんか。トレーナーは声出すのが仕事だしな、まだいくらでも出るよ」
「よかったの。疲れてない?一日中立ちっぱなし、歩きっぱなしだったでしょ?脚は大丈夫?」
「うん、心配しなくていいよ。それなりに鍛えてるからね、全然元気さ」
愛バたちそれぞれにそう答える立華。
それを聞いて、愛バたちが意味深に目線で意思疎通をしていたが、エイシンフラッシュから受け取った飲み物を飲んでいた立華はそれに気付かなかった。
ちなみにサンデーサイレンスは「ちょっくら呼ばれてっから」と立華に述べて足早に去ってしまったため、ここにはいない。
とはいえ彼女もこの学園に来て既に1か月だ。チーム『フェリス』以外の知り合いも増えているころだろうし、そちらに顔を出しているのだろう。もしかすればアメリカのあの二人にまた呼ばれたのかもしれないしな。
立華はそう理解を落とした。
さて、そうしてゆったりと彼らが時間を過ごしていると、エイシンフラッシュがしきりに懐中時計で時間を気にしていることに立華が気付いた。
「…ん、どうしたフラッシュ?何か時間を気にしている様だけど…」
「ああ、いえ、気にしないでください!私が時間を気にするのはいつもの事ですから!」
「そうそう!気にしない気にしない!」
「今はこの時間を楽しむの!」
そうか。彼女たちがそう言うなら気にしなくていい事なのだろう。
そうして呑気に彼女たちの言葉を鵜吞みにする立華に、しかし彼の一歩前を歩く3人が、しきりに目線でやり取りをしているのが見て取れた。
(ちょっと!フラッシュちゃん!甘いの!逃げられたら一巻の終わりなの…)
(ウマ娘に人間は勝てないけど、このトレーナーさんだから逃げ切られるかもしれないよ!?)
(そうですね、焦っていました…でも、もうすぐ時間です。始めましょうか…)
…もしかして何かサプライズでも準備してくれているのかな?
立華はそう考え、そうだとすればむしろ気づいていないふりをするべきだな、と態度には出さず、問いただすこともしなかった。
彼女たちがもし自分に何かを準備してくれているとすれば、それは絶対に嬉しいことに違いないのだから。
先日あった彼女たちとのやり取り…盗み聞きしてしまった件への反省などもあったが、あれは話の内容が内容だったためだ。普段の彼女達のちょっとした悪戯心や、気安く接してくれる距離感自体は変えないでほしいと立華から話していたため、こうしてサプライズを準備してくれていることに立華は感謝しかなかった。
そうして内心のワクワクを抑えながら、何でもない様に取り繕って彼女たちの後ろを歩いていると、ふと3人がその足を止めた。
立華もまた、それに合わせるようにして歩みを止める。
三人とも、立華の顔を見上げるように、距離を詰めてきた。
「……トレーナーさん」
「…実はね。トレーナーさんにお願いしたいことがあるんだ☆」
「急な話で申し訳ないの。…私たちの我儘、聞いてくれる?」
そうして想像通りと言うべきか、彼女たちの口からはサプライズがあることが示された。
当然、断る理由もない。愛バたちのお願いをこの男が聞かないはずがあろうか。
「もちろんいいよ。何でも言ってくれ。君たちのためなら何でもするさ」
この安請け合いが彼がクソボケと呼ばれる所以である。
その言葉を聞いて、彼の愛バたちがにっこりと…いや、にやりと笑顔になったことに気付いていないのだから筋金入りである。
「では……トレーナーさん。目を閉じて、くれますか?」
代表して、フラッシュがまずお願いを口にした。
いつの間にか周囲には誰もいない、人気の少ない場所に連れてこられたことにすら気付いていない立華は、そんなシチュエーションで目を瞑ることの恐ろしさなど欠片も考えずに。
「はい。………これでいい?」
瞳を、閉じてしまった。
────────宴が始まる。
全てを巻き込む、ウマ娘達の宴が。
「ありがとうございます、トレーナーさん。ではそのまま…」
「うんうん、そのまま…………☆」
「そのまま────────抵抗しないでね♪」
「は?」
アイネスフウジンの言葉に、なんて?と首をかしげるのもつかの間。
がばぁ!!といきなり立華の体は彼女らが事前に準備していたズタ袋をかぶせられ、持ち上げられていた。
チームスピカが良くやる、
「え!?何!?何なのぉ!?なんか持ち上げられてません!?どこに連れてくつもりー!?」
「トレーナーさん、暴れないでください…!」
「えっほ、えっほ☆」
「急いで運ぶの!!みんな、祭りが始まるのー!!レース場に集合なのー!!!」
「「「「「ワアアァァァァァーーーーーーー!!!!」」」」」
ズタ袋に入れた我らがトレーナーを運ぶ三人と、それに続くようにすべての教室からウマ娘達が飛び出して、駆けだす。
それは祭りの始まりの合図。
トレセン学園全てを巻き込んだ、今日の最後を締め括る大目玉企画が始まろうとしていた。