【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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88 トレーナーズカップ ①

 

 

『アタシたちはよぉ、ウマ娘だ。レースで走るためにこのトレセン学園に来た…そうだろみんなーっ!!!』

 

 ─────オオオオオオオオオオオオオ!!!

 

『ああ、レースで走るのは楽しい!勝てたらもっと最高だ!!そんな奴らしかトレセン学園にはいねぇんだ!!そうだろみんなーっ!!!』

 

 ─────オオオオオオオオオオオオオ!!!

 

『だよなぁだよなぁ!!!でもよぉ!!!なんでか知らねーけど、この学園に……まだレースで走ったことがないやつらがいるらしいぜぇ!??!?』

 

 ─────えええーーーーーーーーー!?!?

 

『おかしいよなぁ!?こーんなに楽しいレースなのによぉ!?だからよぉ……アタシたちウマ娘が!!その機会を与えてやろうぜェーーっ!!!アタシたちの気持ちを理解してもらうためになぁーーーーーっっ!!!』

 

 ─────ワアアアアアアアアアアアア!!!

 

『トレーナーどもぉ!!アタシらウマ娘と同じ条件で!!レースを走ってみやがれってんだ!!!トレーナーズカップ開始ィィィィィ!!!!』

 

 ─────ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 

 どうしてこんなことに。

 

 狂気の如く盛り上がる観客席のウマ娘達の歓声に包まれ、ゲート前のトレーナー達に動揺と衝撃が走る。

 どうやらこれはウマ娘達によるサプライズのようだ。

 事情を把握できているトレーナーは一人としていないようで、ただただ目の前のゲートに困惑している。

 恐らくは、チームを運営する男性トレーナーを集めてレースをする…という催しのようだが、しかしどうしてそんなことに。

 

「…そのー!!事情!!事情を説明してほしいんだけどぉ!?」

 

 俺は代表として声を上げ、スタート地点から少し離れたところに準備されている実況解説席、そこに座るゴールドシップに説明を求めた。

 そんな俺の声が聞こえたらしいゴルシはへへっと肩を竦めるだけで、しかし、その解説席に一人のウマ娘が歩いていき、マイクを取った。

 

 …マジで?

 君も一枚噛んでるの?

 

『…ふふ、トレーナーの諸君には急な話で申し訳ないね。今回の企画の実行委員長、シンボリルドルフだ』

 

「ルドルフまで…マジかよ…!?」

 

「会長まで共犯でしたか…困りましたね…私、以前のファン感謝祭での弱みがありますからね…」

 

 沖野先輩と南坂先輩が改めて解説席に座ったルドルフを見て驚愕の表情を浮かべる。

 それはそうだろう。あの皇帝が、このようなお茶目なイベントにゴーサインを出すとは考え難い。

 どうしてしまったんだルドルフは。

 

 …いや、確かにこの世界線では生徒会室に呼ばれて彼女ら生徒会役員と話をするたびに、なんだかいつもの世界線よりも子供っぽいというか、砕けた雰囲気で話しているのを俺は知っている。

 そうした変化は悪いものではない、いやむしろ彼女がストレスを抱え込みすぎることがなくなったのでいい変化だとは思うが、しかしそれにしても意外である。

 確かに俺と話すたびにその皇帝の肩書の重さからくる彼女の悩みなどを聞いて、東条先輩とも連携していつも気にかけていたのだが。

 全く誰の影響でこんな頓珍漢なことをするようになっちまったんだ。

 

『まず、トレーナーの皆さまにおかれては日々の業務、本当にお疲れ様です。……私達ウマ娘も、あなた方の尽力があって楽しく学園生活を過ごせています。…そうだろう、みんな!』

 

 ────イエーーーーーイ!!!

 ────いつもありがとー!!!

 ────感謝してまーーす!!!

 

『ああ、私も同じ気持ちだ。しかし、レースを走る私達の誰かがふと思ったのだ。私たちはレースを全力で走り、そうして満足しているが……トレーナーが走ったらどうなるのだろうかと。ウマ娘同士の走りではない、我らがトレーナー達が走る姿を見てみたいと。…そうだろう、みんな!!』

 

 ────ワアアアアアーー!!!

 ────見たーーーーーい!!!

 ────絶対可愛いーーー!!!

 

『だから、これは私達ウマ娘のお茶目な悪戯だと思って…この1200mを全力で走りぬいてもらいたい!実際に芝のコースで競い合うことで、あなた方にも新しい見地が生まれるかもしれないからね!私達の敬愛するあなた方が、全力で走って勝負する姿が見たいのだ!!そうだろう、みんな!!!』

 

 ────ワアアアアアーーーーーーー!!!!!!!

 

 

 

 ルドルフの説明で、ようやく俺を含めたトレーナーたちは事情を理解した。

 つまり、これはファン感謝祭のイベントなのだ。

 それもファン向けではない、()()()()()()()()

 俺たちはこれから全力でレースを走り、彼女たちを楽しませてあげると。そういう話なのだ。

 

「…成程。そういう話だったか。説明がなかったのはサプライズか…」

 

「オイオイ中年には辛いぜぇ…!1200mか、全力でそんな距離走るのはいつぶりだ…?」

 

「確かに、我々は毎日のようにレース場にいますが…実際に、全力で走る事はありません…いい、機会かもしれませんね…」

 

 黒沼先輩、北原先輩、小内先輩がそれぞれ零す。

 その表情は、こんな悪戯をいきなり仕掛けて何なんだ……というような色は一切ない。

 

 しょうがないな、と。

 ウマ娘達の、教え子たちの、こんなかわいい我儘なら、付き合ってやるかと。

 

 そんな、苦笑を湛えていた。

 

 もちろん、俺も…他のトレーナー達もそうだ。

 俺たちは中央トレセン学園のトレーナーだ。

 ウマ娘の事を一番に考えているからこそ、ここに籍を置く資格を持つ。

 

「しょうがねぇな…やるか!」

 

「私も乗り気になってきました。走る前の柔軟はしっかりしておきましょうか…」

 

「そっすなー、俺なんか特に年齢の分きっちり筋を伸ばしとかにゃ…」

 

「…南坂先輩、走る時に分身とかしないでくださいね?」

 

「できませんよそんなの…」

 

「怪しいな…貴様から注意は外さんぞ」

 

「いや黒沼さんも筋肉すげぇし要マーク対象っすよ?あー…作戦どうすっかな…」

 

 俺たちはゲート前で思い思いに柔軟運動をし、レースに出走するための準備を始める。

 その様子にウマ娘達のボルテージがどんどんと高まっていき、観客席から自分のトレーナーを、推しのトレーナーを応援するウマ娘の声がガンガン浴びせかけられる。

 

 …なるほど、レース前の、ゲート入りする前のウマ娘ってこんな気持ちなのか。

 俺も新鮮な驚きと共に、足首をしっかりと解してレースに備えた。

 

 ところで俺の肩に乗ってるこのオニャンコポンどうしよう?

 一緒に走るか?肩から降りるか?どうする?

 ニャー。

 そっか。じゃあしっかり掴まってろよ。万が一にも他のトレーナーにふんづけられないようにな。

 

『よーしよしよし!!素直で助かるぜぇー!!さてんじゃ一応レースの説明だぁー!!コースは左回り芝1200m!!坂道無し!直線から始まってコーナー回って最後の300m直線を走ってゴールになるぜっ!!』

 

『レギュレーションも私達ウマ娘が走るレースと同じだ。斜行など危険になるような走りには注意してほしい。あくまでエキシビジョンだからね、怪我しないようお気をつけて』

 

『もちろん賞品もあるぜーっ!!一着を取ったトレーナーのチームには!!なんとっ!!高級にんじんハンバーグセットを人数分×5セットプレゼントだぁ!!!』

 

 ゴルシとルドルフがレースの解説をしてくれる。

 成程ルールはシンプルだ。左回り芝1200mとなれば、GⅠで言えば高松宮記念が該当する。

 あれと同じコースを走れということだ。距離を短距離にしてくれているのは人間の体力を考えてくれているのだろう。

 全力疾走しきれる長さではなく、しかし持久走にもならないその距離。

 これは駆け引きが試される。

 体力勝負ではあるものの、そこに戦略性が求められてくる。

 

「キタハラァーーーー!!!勝て!!絶対勝てェーーーーーー!!!!」

 

「沖野トレーナー!!!死ぬ気で走ってください!!!けっぱるべーーーー!!!!」

 

 一着の賞品が発表された直後に、葦毛の怪物と日本総大将から熱烈な応援がそれぞれのトレーナーに送られていたのは聞かなかったことにしておこう。

 

『────さて、しかしただ走るだけではつまらないだろう。そのため、簡単な障害を設置させてもらっている。あなた方が本気で、全力で走る事が出来るようにね』

 

「…ん?ルドルフ、今なんて?」

 

 そうして続く説明に、俺は思いっきり首をかしげてルドルフを見た。

 そのにやりとする悪役顔似合ってるね。やめてくれない?

 

『…あなた方がスタートして2分後に、同じゲートから、あなた方のチームのウマ娘がスタートする。トレーナーに追いついた瞬間に、その手に持ったハリセンでお尻を思いっきりひっぱたくためにね』

 

「は?」

 

「オイちょっと待てよ!?」

 

「何だと…」

 

「…2分ですか。その後1200m…約1分10秒くらいで走り抜ける計算ですね」

 

「つまり、私たちは3分10秒で1200mを走り切らないといけない…わけですね…」

 

「異議申立ェーーーーーッ!!!!」

 

『却下ァーーーーっ!!!既にお前らの愛バ達が後ろに集まってるぜぇ!!見ろぉ!!!』

 

 俺は全力で異議申し立てを叫んだが受理されなかった。

 ちくしょう。どうしてこうなっちまったんだ。

 そして既に俺たちを追い立てるウマ娘が準備をしているという。バラエティー番組かな?

 確かに見ている方は間違いなく楽しめるだろう。しかし逃げる側はたまったものではないんだが?

 

 チームのウマ娘と言っていたから、俺のチームからは誰だろう…こういうイベントにノリノリなのはファルコンかアイネスだろうか。もしかしてSSが来るとか言うなよ?

 そうして祈りを込めて、お尻をひっぱたく役目を務めるウマ娘達が集う方に視線を向けた。

 

「マックイーンさん、ハリセンを振る時はどのように振れば一番腰が入るでしょうか」

 

「フラッシュさん、もちろんそれは…こうっ!ですわ!ユタカのように!!」

 

 オイ…。

 なんで…。

 フラッシュがそこにいる…?

 

「げ、マックイーンか…いやだが短距離ならワンチャン逃げ切れるか…?」

 

「イクノさんでしたか…ターボさんじゃなくて少し安心しました。いえ全く安心できませんが」

 

「ブルボンか……まずいな…」

 

「ノルンかよ!?いやでもお前もし体調悪かったら無理するんじゃねーぞ!芝なんだし!!」

 

「フラワーさんですか…確かに距離的には適任ですが…あまり痛い思いはしなくて済みそうですね」

 

 他のトレーナーの方々も、己の尻を狙う愛バ達の姿を確認してげっそりとした表情になっている。

 ……このレース、負けられない。

 

『よしじゃあゲート入りを始めてもらうぜ!!エアグルーヴがゼッケンを渡すからそれを身に着けて、それぞれゲートに入っていきなァ!!』

 

『ふふ、私達が()()()入りするときの気持ちを存分に味わってくれたまえ。思わず気分が()()()()してしまうな。ふふっ…』

 

 ゼッケンを受け取りながら、ルナちゃんのいつものが零れて俺もげーっとしてしまった。

 というのはまぁ置いといて。俺は自分の番号、4番ゲートに向かって歩き出す。

 ゲートに入る練習などをさせたことは何度もあるが、しかし自分がこうしてゲートに入るのは思い返せば初めてかもしれない。

 

「……う、わ。これは……」

 

 そうして俺は、その圧を初めて感じることになった。

 鋼鉄の檻。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 自分が入るスペースだけではない、自分の体よりもはるかに大きく、広がるように口を開くそのゲートは、確かな圧迫感をもって視界に広がっている。

 

「…うお、こんな気分なのか…」

 

「いや、これはなるほど…嫌がる子がいるというのもわかりますね…」

 

「ゴメンちょっと無理。ゴメン。ちょっと待ってもらっていい??いやキツイでしょ!!??」

 

 それぞれのトレーナーも近い感想を零す。

 見るのと、指導するのと…自分でやってみるのはこんなにも違うのかと言わんばかりだ。

 ちなみに最後の発言、ゲート入りを拒否(やでーす)しているのは木勢(kize)トレーナー*1だ。

 スイープトウショウやカレンチャンが所属するチームのトレーナーだが、どうにもゲートが苦手らしい。閉所恐怖症かな?いや、気持ちはわかるよ。

 しかしそんな彼も後ろで構えるカレンチャンから魅惑のまなざしを向けられ、観念してゲートに入っていった。

 

 これでトレーナー全員がゲート入り完了だ。

 

『よーし全員入ったな!!さあそんじゃ始まるぜ…第一回トレーナーズカップ!!スタートだぁ!!』

 

 ガコン!!

 想像以上に大きな音が響いて、ゲートが開かれた。

 

────────────────

────────────────

 

『スタートはかなりバラついたね…ああ、小内トレーナーがゲートを出るのがかなり遅れたな。あの体の大きさでは大変だっただろう。しかしこれでトレーナーの皆さまにもゲートを出るのが難しいことを分かってくれたかな。ふふ、一生懸命走っているな』

 

『あははは!!オラオラがんばれーっ!!そんなんじゃ後ろからケツひっぱたかれるぞーっ!!』

 

 ────やだー!!可愛いー!!

 ────一生懸命走ってるー!!

 ────がんばれー!!負けるなー!!!

 

『先頭を進むのは黒沼トレーナーだ!!逃げの作戦をとったようだぜぇ!!』

 

『ミホノブルボンに倣ったかな?そうしてその後ろに沖野トレーナーが続いて、2バ身ほど離れて中団に複数名トレーナーがいるな。南坂トレーナーと小内トレーナーがその中だ。…さらにそこから2バ身ほど後ろ、後方集団に立華トレーナーと北原トレーナーが位置取りしている。流石に追い込みの作戦をとるトレーナーはいないかな』

 

『北原トレーナーは大丈夫かぁ!?まだ100mだってのに息が上がり始めてねぇかぁ!?』

 

「うるせー!!こちとら中年なんだよ中年ーっ!!」

 

 まだ100m、という表現に苦笑を零しながら、俺は差しの位置からレースを組み立て始める。

 100mと言うのは確かにウマ娘にとっては全く持って大した距離ではないだろう。

 だが、人間にとって100mを走るというのは相当の重労働なのだ。それだけは伝えておきたかった。

 

「しかし…っ、これ、すげぇな…!!」

 

 俺は芝のコースを走ることで感じる、多くの新鮮な体験にテンションが上がっていた。

 まずこの芝。勿論、これまでも練習を指導するときとかに軽く走ったりしたことはある。だがことレースの速度となると、この芝がどれほど脚に負担を強いているのかがわかった。

 とにかく芝が深いのだ。ウマ娘達が走っているときにはあまり意識しなかったが、寝そべれば体の半分ほどは覆い隠れてしまうほどに芝は長い。

 そこを全力で走ろうとするととてつもなく体力と脚が持っていかれる。

 1200mを走り切るためには、ペースを意識して走る必要があった。

 

 しかしペースを意識すると言っても、これが難しい。

 ツインターボの様に全力で走ろうとまでは思わないが、しかし余力を残すように走ってもいけない。

 脚を残して、最後のコーナーを上がって最終直線で他の人を抜かす加速をかけなければならない。

 その感覚が、まぁ普段練習していないことを鑑みても、とんでもなく難しい。

 ウマ娘達は走ってる時にここまで考えて走らなければいけないわけだ。

 

「しかも、なるほど…!駆け引きってこういうもんか…!!」

 

 そうして同時に、レースの駆け引きというのも実際に全力で走る事で理解する。

 例えば今先頭を走る黒沼先輩。

 その筋肉に任せてハナを取ったが、最初にかなり加速で無茶をしたはず。

 また、筋肉が多くついていることはパワーを満たすこととなるが、スタミナを余計に消耗するのはトレーナーとしては常識だ。搭載した筋肉のウェイトが消費に拍車をかける。ヒシアケボノが長い距離を苦手とするのと同じ理由だ。

 あのペースで1200mは走り切れないとみるべきだろう。

 だがそうして油断しているとあっさり逃げ切られてしまうのでは?という不安もある。

 

 そうして俺の後ろについてきた木勢トレーナーだって、俺に対して圧を仕掛けてくる。

 いや、圧を仕掛けるなどと表現したが、そんなこと人間にはできない。

 …と、思っていた。

 

 だが想像してみてほしい。ペースを意識しながら走っている最中に後ろから足音を立てて人が走って近づいてくるのを。

 想像以上に後ろからプレッシャーがかかる。

 抜かそうとしているのか?

 もしかして脚踏まれたりしない?

 加速して引き離すか?いや、加速したら体力が最後まで持たないんじゃないか?

 というかこうして考えてしまっているだけで無駄に血中酸素を消耗してしまっているのでは?

 

 そんな、色んな思考に基づいた走る上での確かな障害。これがウマ娘で言う圧、駆け引き、牽制の技術なのだ。

 

 いや、これ、面白い。

 

「…なるほどな…」

 

「これは、勉強になりますね…!」

 

 逃げの位置で走る沖野先輩と、先行集団から窺う南坂先輩が俺と同様に新鮮な驚きを漏らす。

 他のトレーナーも大なり小なりそうなのだろう。

 走る前まではウマ娘達の余興に付き合ってやるか、というのんびりとした気持ちもあったが、それはスタートして10秒ですべて霧散した。

 学ぶことが、考えることが多すぎる。

 いつの間にか俺たちは全員、真剣な表情で芝の上を走っていた。

 

『ほほー!みんないい顔つきしてやがるぜーっ!!芝の上を走る楽しさに目覚めたかーっ!?』

 

『ダートコースを走らせてもきっと同じ顔をしただろうな。やはり、我らがトレセン学園が誇る英傑たちだ。…さぁ、そうして今600mを通過したところか』

 

『タイムは見ねぇでやろうぜ!!ああっとしかしここで何人かトレーナーが脚色が衰えていくゥ!!北原トレーナーは大丈夫かーっ!?』

 

『小内トレーナーも厳しそうだな…うむ、あの巨体だ。中々速度を出すのは厳しいかもしれないな。無理だけはしないでほしい!ケガしては元も子もないからな!』

 

 観客席から大歓声が上がる中を、俺たちはさらに走っていく。

 ようやくレースの半分、600mを過ぎたところ。俺は後方集団から徐々に位置を上げて、先行集団の後ろについていた。

 

「ぜーっ…!ぜーっ……!!お、オッサンにはきっちぃわ…!!!」

 

「く…無理をすると、膝がいきそうで…いや、これも、よい経験、ですが…っ!」

 

 しかしその中で、数人のトレーナーが速度についていけずに落ちていく。

 北原先輩は年齢により、小内トレーナーはその巨体を支えるだけの脚が残っておらず、ずるずると後退していった。

 厳しい勝負の世界だ。再加速は望めないだろう。

 つまり、それは───────ケツハリセンを意味する。

 

『さぁまもなく2分が経過だぁ!!!とうとうスタートするぜぇ!!ケツハリセン部隊がよぉ!!』

 

『ふふっ、さあ何人のトレーナーが逃げ切れるだろうね?……スタートしたな』

 

『────────うっわ。全員ガチで加速し始めたわ』

 

『空恐ろしいものを感じるな…』

 

 そうして再度ゲートが開く音が響いて、己のトレーナーの尻を狙うウマ娘達が一斉に飛び出した。

 ちらりとそちらを見て、トレーナー全員が理解した。

 

 全員、ものの見事に掛かっている。

 

「ひゃっはー!!キタハラァーーーっ!!さっきのお返しだーーーーっ!!」

 

「俺何もしてねぇよなぁ!?やめろノルン、待てっ、逃げ、うぎゃああああああああああ!!!!」

 

 スパコーン!!といい音が響いて北原先輩がノルンの全身全霊のハリセンを受けて撃沈した。

 北原先輩が死んだ!このウマでなし!!

 

「トレーナーさん、脚は大丈夫ですか!?…でも失礼しますっ!えーいっ!」

 

「っ。…ええ、大丈夫ですよ。でも、いい走りでしたねフラワーさん。掛かり気味だったのはいただけませんが」

 

「えへへ…みんなでイベントに参加するのが楽しくって…!」

 

 そしてその快音とは対照的に、ぺちっと優しい音がして小内トレーナーがニシノフラワーに捕まった。

 フラワーが全速力で走ったものだから随分と早い脱落であった。かわいそうに。

 

 …などと、余裕ぶっている場合ではない。

 他にも脚色が落ちたトレーナーがケツハリセン部隊の餌食になっていくのを合掌しながら見送りつつ、ああはなるまいと残り400m地点で先行集団から更に位置取りを上げるための加速を仕掛ける。

 

「…っ!立華トレーナー、それは暴走では、ないですかっ…!」

 

 今何とか追い抜いた南坂先輩からそのような言葉を頂きつつも、俺は脚を止めない。

 そもそも、俺は先日の夏合宿などでも見せた通り、それなりに体は作れている方だという自負がある。

 だが南坂先輩のその観察眼は間違っていない。これは俺の限りあるスタミナを削る暴挙に近い。

 このまま加速し続ければ、間違いなくギリギリの勝負になる。

 

 しかし。

 俺には秘策があった。

 

 

「────────ふぅ────────ッ」

 

 

 息を、吐いて。

 

 ……息を、吐いて。

 

 

 ────────息を、吐いていた。

 

 

「…立華君…!?」

 

 おかしい。

 俺の呼吸がおかしいことに、俺の前を走る沖野先輩が気付いた。

 

 普通の呼吸でも、深呼吸…マックイーンがよくやる、息の入れ方でもない。

 まさか、体調でも…と、沖野先輩が隣に並びかける俺に目をやった、

 瞬間。

 

 

 

 俺の、体力が。

 

 

 

 

 

 

 

 ───────『一息』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────『好転』するわけねぇだろ。

 

 

 

 

「げっっっっは!!!!!」

 

 俺は思いっきりむせて、余計にスタミナを消費した。

 

 出来るわけがないッ!!

 思い付きでウオッカがよくやるさぁ!好転一息試してみたけどさぁ!!

 やっぱりあれはウマ娘だからできることで人間には無理だったわ!!

 

『おおっとォー!?ここで猫トレが若干態勢を崩したかァーッ!?いやっ、しかしすぐに復帰ィ!!復帰する速さはウマ娘よりも早いな!!』

 

『スピードがない分体勢を立て直すのは容易いのだろう…そして最後の直線に入った!後方集団は苦しいか!先頭の4人が熾烈なデッドヒートを繰り広げている!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

 大歓声に包まれながら、俺は慌てて普通に呼吸をして息を整えて、そうして最終直線に向かう。

 ここまでくると、もう先頭集団にしか勝機がない。

 俺たちはウマ娘ではないのだ。ウマ娘の様に差し脚を繰り出そうとしても加速が難しい。

 先頭にいる4人で、ここからは根性勝負だ。

 

 しかし、今一番先頭を走る黒沼先輩は、その過積載な筋肉のせいでもう間もなく体力が尽きるころだろう。

 そこはトレーナーとしての観察眼が光る。黒沼先輩は限界だ。

 

「くそ……!ブルボンにだけは、追いつかれん、ぞ…!」

 

 俺は黒沼先輩がタレてきたそれで道がふさがれない様に臨機応変にルートを変更して、そうして残り200mを全力で走る。

 

 ライバルは、二人。

 

「やらせっ…かよぉ!!ここまで来たら俺が勝つッ!!」

 

 黒沼先輩の後ろについてスリップストリームで体力を温存していた沖野先輩と。

 

「カノープスの呪いは、解けてるんです………行きますッ!!」

 

 ずっと己のペースを守り切り、そうして最後の直線で後方から並びかけてきた南坂先輩だ。

 

 その俺たちの後ろ、フラッシュとマックイーンとイクノディクタスが追ってくるが、間に合わない。

 間に合わせない。

 俺が、勝つ。

 

 

『さぁあと100m!!ここで猫トレが頭を下げるっ!!姿勢も低く!風を切るように加速したぜぇー!!!』

 

『いい末脚だ…!だが沖野トレーナーも負けじと加速!先頭の景色を譲らないっ!』

 

『南坂トレーナーも3着でたまるかとその先へ!!それぞれが譲らないぜっ!!!!誰が勝つ!?誰が勝つ!!??』

 

『残り50…40…並んだ!!これは横一線だ!!誰もが譲らない!!』

 

『なんつー名勝負だぁ!!カメラ回ってっか!!ターフビジョンにゴール場面が映し出されるぜ!!!』

 

『30…!20…!!!誰も抜け出さない!!誰だ!?誰が勝つ!?』

 

『ウオオオオオッ!!決着が、来るぜ!!そのまま3人並んでッ、ゴーーーー────────……あん?』

 

 

 俺たちはほぼ横一線でゴール板を駆け抜ける。

 ゴールの瞬間を種族的に優れた動体視力を用いて観客席のウマ娘全員が見届けた。

 

 そして。

 

 

 ────────ドッ。

 

 

 大爆笑が、レース場に巻き起こった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 再度、ゴールの瞬間のスロー映像がターフビジョンに流れる。

 

 残り5m。

 3人、並んだままだ。

 

 残り4m。

 僅かに、沖野トレーナーが抜け出した。

 

 残り3m。

 負けじと南坂トレーナーも加速する。

 

 残り2m。

 全てを振り絞り、立華トレーナーも追いすがった。

 

 残り1m。

 

 ───立華トレーナーの肩からオニャンコポンが飛び出し、ゴールラインを誰よりも早く割った。

 

 

 

 

 

 【トレーナーズカップ 第1R レース結果】

 

 

 1着  オニャンコポン

 2着  沖野トレーナー  クビ差

 3着  南坂トレーナー  ハナ差

 4着  立華トレーナー  ハナ差

 5着  黒沼トレーナー  6バ身差

 

 以下  タイムオーバー(ケツハリセン)

 

 

 

 

 

 

「いやおかしいだろぉ!?干支のネズミじゃねぇんだぞぉ!?」

 

 ゴール前でその結果をばっちりカメラに捉えていた初咲トレーナーの魂のツッコミに、周囲のウマ娘がさらに爆笑を起こしたのだった。

 

*1
モブオリトレ。オリトレです。実在の人物とは一切関係ありません。






単勝を購入された方への払い戻しはありませぇん!!

貴方の夢は?(ネタバレ)

  • 眼鏡かけたキツめの女史
  • 武豊の擬人化
  • 効いとるで…
  • イヤシイ太陽
  • か弱き者…
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