【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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91 トレーナーズカップ ④

 

 

 ゲートが開かれた。

 飛び出していく優駿たち。

 その中でも飛び切りのスタートを切ったのは、やはりこのウマ娘。

 

『スタートはまずまずといったところですわね!しかし…やはりスズカさんが速い!加速していきますわ!』

 

『スズカの大逃げが出たねー!…いや、でもそれに追走するウマ娘がいるよー!』

 

 彼女の代名詞である大逃げの、その背後に迫るウマ娘がいた。

 それは当然逃げウマ娘で、しかし普段はペース走法を得意とする彼女。

 ミホノブルボンが、スズカの独走を許さない。

 

「……っ!ブルボンさん…!」

 

「スズカさん、一人では寂しいでしょう。─────付いていきます、貴方に」

 

 まるでヒットマンと呼ばれたライスシャワーの様に、スズカの後ろにぴったりとついていくミホノブルボンの姿があった。

 彼女の加速は、ものの見事に逃げ切りを決めようとしたスズカの独走に追いついていた。

 本来の彼女であれば、スタート直後にそこまでの加速はしない。できない。

 ミホノブルボンはペース走法を得意とするウマ娘で、どちらかと言えばスロースターターのはずだった。

 しかし加速を為した、それには理由があった。

 

「…そう、か!ブルボンさん、貴方はさっき…!」

 

「ええ────1200mほど、ウォームアップを済ませております。今ここで初めて走り出した貴方に追いつくくらいは、容易い…!」

 

 そう、先ほどミホノブルボンは、トレーナーズカップの第一レースで、ケツハリセン部隊として1200mを駆け抜けていた。

 己のトレーナーである黒沼に対してのハリセンは生憎振るわれなかったが、しかしその脚は他のウマ娘と比べても十分な準備運動を済ませている。

 その好調が、彼女にスズカの独走を許さない選択肢を取らせた。

 スズカもさらに加速して突き放す選択肢を取ることもできたが、しかし脚が温まり切っていない状態の2000mである。脚への負担のほか、純粋に走り切れるスタミナをキープできないという冷静な判断のもとで、その選択肢は取れなかった。

 単独での逃げ切りを許さない、逃げ切りシスターズ同士の争いがまず発生した。

 

『これは珍しいっ!スズカが独走デキテナイー!ブルボンがすんごい加速で追いついたねっ!』

 

『ええ、先頭はこの二人でやりあう事でしょう。そうして続くのは先行集団…ですが、これもまたっ…』

 

『うっわぁ。すごい、げーっとしちゃう。あそこで走りたいけど走りたくないぃ!!』

 

 そしてそれに続く、先行から差しの作戦を取ったウマ娘達は、更なる地獄の様相を表していた。

 諸兄らに最も理解を得られる形で説明しよう。

 

 前から順番に紹介する。

 

 フジキセキが、後続にトリックを仕掛けて。

 スーパークリークが、幻惑のかく乱と魅惑のささやきを振りまき。

 シンボリルドルフが、独占力と全方位への牽制を放ち。

 ナイスネイチャが、八方睨みと魅惑のささやきを繰り出して。

 イクノディクタスが、前方へのトリックと鋭い眼光で睨みつけていた。

 

 地獄だ。

 

「ッ…ったくよォ、ニッポンのウマ娘は湿っぽいなァオイ!」

 

 そして、そんな先行集団の中を走るサンデーサイレンス。

 彼女は先行での勝負を得意としており、芝のレースにおいてもその走りに陰りは見えなかった。

 問題なく周囲のペースについていき…そして、当然の如く、圧への耐性も持っている。

 GⅠを勝ち取るようなウマ娘が、簡単に圧に負けているようでは話にならない。

 無論、それは他のウマ娘達も同様。

 お互いがお互いを差し穿つ隙を狙う蟲毒のような状態を維持しながら、先行集団がスズカら逃げ集団を追う。

 

『そしてその後ろ!ゴールドシップとメジロブライトとタマモクロスがじっくり前の走りを見ながら、追い上げるタイミングを窺ってるよー!』

 

『追い込みを得意とするウマ娘は少なく…だからこそ、その作戦で勝ち抜いている彼女たちは猛者と言えるでしょう。何が起きるかわからないこのレース、一番勝機があるのは冷静に観察する彼女たちかもしれませんわね…!』

 

 そして追込ウマ娘の三人が、それをじっくりと観察しながら走る。

 三人とも、どちらかと言えばステイヤー気質だ。2000mと言うこの距離を走りきれない心配はない。

 だからこそ仕掛け処が全てを決める。なにせ彼女らと走るウマ娘、その全員が凄まじい実力者だ。生半可なタイミングではそのまま逃げ切られる。

 追込ウマ娘としての実力が試される。

 

「へへ…いいぜぇ、アガってくるぜぇ!!」

 

「ですねぇ~…ふふ、楽しくなってきましたよぉ~…!」

 

「こんな強敵たちと走れるってのはたまらんなぁ…!!全部ブチ抜いたるわ!!」

 

 そんな緊迫した状況でなお笑みを零す化物が三人。

 いや、全員が化物。全員がトレセンが誇る、超実力派のウマ娘だ────

 ────ああ、いや、一人だけ。

 

『……あっ…スゥー……その、最後方にベルノ先輩がいるね』

 

『ポツンと一人…ですわね。が、頑張ってくださいまし!!応援してますわー!』

 

「むりぃ~…!」

 

 …ベルノライトには強く生きてほしい。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうしてレースは最初のコーナーに入った。

 先頭を走る二人がデッドヒートを繰り広げながら曲がっていく、それに続くように、先行集団から後方集団も続けてコーナーに差し掛かる。

 

 レースを知る者にとっては当然の知識だが、コーナーを曲がる際には必ずウマ娘は減速する。

 横Gに抵抗するために、その速度を落としながら走るのが一般的だ。

 コーナーで加速する、という表現もあるにはあるが、それは周りのウマ娘と比べた相対的な速度の話。直線を走る時よりは、間違いなく減速をしなければならない。

 その減速をどこまで小さくできるかが、ウマ娘のテクニックの見せどころなのだ。

 

「───フゥ──────ッ!!」

 

 そうしてコーナーを曲がっていくウマ娘の中で、まずシンボリルドルフがその相対速度により他のウマ娘に先んじた。

 彼女の技術は日本でも最高レベルに位置する。

 ナイスネイチャもまたコーナーの走りは得意としているところで、減速を少なく抑えて曲がりだすが、しかしルドルフには敵わない。

 弧線を描くことにかけてはルドルフの右に出る者はいない。プロフェッサーと言えるだろう。そうして集団の中でよい位置を狙う、彼女の普段の走りだ。

 それはルドルフの数多の武器の一つであり、彼女にとって誇りともいえる技術であった。

 

 しかし今日、その誇りは砕かれる。

 

「────────行くぜ」

 

 集団の後方に位置したサンデーサイレンスが。

 レース500m地点、コーナーに入った直後に。

 

 

 ─────────────【天使祝詞(ヘイルメリー・ランナウェイ)

 

 

 領域(ゾーン)に、入った。

 

「……やはり来たか……!!」

 

 それはルドルフの驚愕の声であった。

 いや、周囲のウマ娘もサンデーサイレンスのその走りに目を奪われる。

 

 直線の速度から、コーナーに差し掛かり、必ず減速しなければならないその瞬間に領域に入った彼女は。

 なんと。

 ()()()()

 

『何それーっ!?一人だけとんでもない加速でコーナーを回っていくぅーっ!!サンデーサイレンスの曲がり方絶対オカシイヨー!!』

 

『とんっ、でも、ないですわね…!!見ているのも嫌になりますわ、ああ、なんて恐ろしい…!!』

 

「はぁ!?なんで、そんなんで曲がれるの…!?」

 

「勘弁、してっ、欲しいですね…!」

 

「っ…見てるこっちがハラハラしますねぇ…!」

 

「これがアメリカ最優秀ウマ娘、か!まったく恐ろしい…!」

 

 相対的な速度ではない。絶対速度が増している。

 先程の直線を走る中で、周囲の優駿たちと比べて速度が乗らなかった彼女は、ここに至るまでに位置をずるずると下げていたが、しかしこのコーナーですべてがひっくり返った。

 

「オラオラオラァッ!!内を空けやがれェッ!!」

 

 深く深く姿勢を落とし、そして内ラチの下に頭を潜り込ませるようにして、まるでコーナーの先に飛び込むかのように加速していくサンデーサイレンス。

 領域もさることながら、それを見る者に更なる恐怖を、沈黙を強制させる、悪夢のようなその走り。

 

 あれは真似できない。

 一歩でも間違えれば、内ラチにぶつかりレースは絶望だ。

 内ラチは壊れやすくできており、ぶつかれば破損と共に衝撃は吸収されるものの、怪我の危険は付きまとう。

 純粋に、死の恐怖心が邪魔をして、まともな者ならばあそこまで内を攻めることはできない。

 

 だが、()()()()を経験したサンデーサイレンスにとって。

 死とは身近な物であり、レース中に迫る内ラチ程度に怯えるようなまともな精神は持っていなかった。

 彼女もまた速さに狂っていた。

 

 また、これだけの加速をコーナーで繰り出せる理由がもう一つある。

 それは彼女の脚の形。

 立華にもそう評価された、速く走れない形の脚…内側に大きく湾曲している彼女の脚は、確かにまっすぐ力を地面に伝えるのには適さない形だ。

 しかし、それはまっすぐ…つまり、後方へ力を伝えることを不得手とする代わりに、横への力の伝達に優れていた。

 コーナーで走る際に、ウマ娘は曲がるために斜め後ろへと蹴りだす。

 その力の伝達が、他とウマ娘に比べて彼女の脚は適した形となっていた。

 

 誰よりも小回りが利くその脚の形。

 それを、修道院に併設された全周400m程度のコーナーのキツい小さなグラウンドで磨きに磨き上げ、誰にも負けぬコーナリング技術を編み出していた。

 

「…っし!だいぶマージンとったぜぇ…さぁどうするよ会長様ァ!」

 

「やってくれる…だが、レースはまだまだこれからだ、サンデーサイレンスッ!」

 

 まるで一人だけ倍速再生をしているような、薄気味悪さすら感じる速度をもって、コーナーでサンデーサイレンスが順位を上げ、そうしてコーナーを抜けた。

 直線に入って一旦彼女の領域は閉じる。が、最終コーナーでまたそれを繰り出すことだろう。

 それまでに、直線を苦手とする彼女との距離を少しでも埋めなければならない。

 サンデーサイレンス流の「牽制」を見事に受けて、先行、差し集団のウマ娘達は掛かりそうになる心を抑え、じわじわと加速を始めるのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 レースは中盤を過ぎてから、一気に動いた。

 

『1000mを通過したところで…やっぱりこのタイミングだよねー!!ゴールドシップが来るぞーっ!』

 

『あの方の得意技ですわねっ、1000m地点からの…領域(ゾーン)!先頭を狙って加速していきますわっ!』

 

「エクスプロージョンッ!!面白くなってきたぜェーーッ!!」

 

 追込みの位置を走るゴールドシップが、抜錨する。

 それは不沈艦の出航。

 黄金船の船出。

 

 

 ────────【不沈艦、抜錨ォッ!】

 

 

 じわじわと、しかし確かな加速をもって前方のウマ娘との距離を詰めていく。

 しかもこの加速にはオマケがあり、コーナーでの減速がない事が特筆される。

 領域の加速に乗り始めれば彼女のコーナーを曲がる技術は急激に上昇し、いつの間にか位置を上げるその走りが「ゴルシワープ」と表現されることもある。

 

 だが、その独走を許さないウマ娘が二人。

 

 

 

「そろそろですわね…わたくしも…ついていきますわぁ!」

 

 ────────【麗しき花信風】

 

 

 

 メジロブライトが、その領域を開花させゴールドシップに続く。

 彼女の領域は、残るスタミナに応じてロングスパートをかけ加速するタイプのものだ。

 長距離レースであれば中盤を越えてから発動するそれであるが、今回は中距離レースで残り距離は1000mを切る。彼女にとってはここから全力で走っても走り切れるその距離。

 

 

 

 

「そう慌てんなや…こっからは魂のぶつけ合いやろがぁ!!さぁ!!ウチとやろうやぁ!!」

 

 ────────【()()()()

 

 

 そしてタマモクロスもまた、負けじと領域に突入する。

 この世界線では、彼女の領域は若干の変化を見せていた。レース後半の直線で発動するそれではなく、中盤からでも意識して繰り出せるその領域。

 かつてオグリキャップと天皇賞秋で鎬を削りあった際に開眼したそれは、瞳から、その豪脚から稲妻を放ちながら駆けあがる。

 風か光か。タマモクロスのその速さは、風神にも閃光にも似た、突き抜けるような加速に至る。

 

 葦毛の怪物二人が連なり、メジロブライトを率いて中団へと突撃していった。

 幼子が、遊びに交ぜろと友達の輪に走って行くような純真さと、しかし獰猛さも含んだ笑顔を浮かべて。

 

 

 残り距離は600mを切った。

 

 

『さぁさぁ後ろがどんどん上がってくるよー!!ここからは絶対に目を離せないっ!!』

 

『ですわね!!先頭を走る二人もよく駆け抜けていますが…このレースを走るウマ娘は、全員領域(ゾーン)に目覚めています!!来ますわよっ!!』

 

 

 実況の二人の叫びに観客席も絶叫に近い歓声をもってレースに刮目する。

 そう、二人が言う通り。

 残り600を切り、ラストスパートを繰り出していくここからは────────

 

 

 ────────領域同士の、ぶつかり合いだ。

 

 

 

「…奇跡の瞬間をっ!夢の舞台の開幕さっ!!」

 

 ────────【煌星のヴォードヴィル】

 

 

 

「夢…見るだけじゃ、ねっ!掴み取ってやるっ!!」

 

 ────────【きっとその先へ…!】

 

 

 

「ふふっ、パーティはこれからです…永久(とわ)に駆け抜けていきますよぉ!!」

 

 ────────【ぐるぐるマミートリック♡】

 

 

 

「負けません…ここまでのスタミナ管理は完璧!行きますッ!!」

 

 ────────【我が蹄鉄は砕けない】

 

 

 

「リミッター解除。オールグリーン…ミホノブルボン、始動!!」

 

 ────────【G00 1st.F∞;】

 

 

 

「…静かで、綺麗な…先頭の景色を、私は、見る!!」

 

 ────────【先頭の景色は譲らない…!】

 

 

 

「さあ…勝負と行こうじゃないか!!轟け、天下無双の嘶き!!」

 

 ────────【汝、皇帝の神威を見よ】

 

 

 

「ハァ…!ひよっこ共に負けるかよォ!!Full speed forward(ぶっ飛べ)!!」

 

 ────────【天使祝詞】

 

 

 それは奇跡の螺旋。

 各々の領域が共鳴し、まるで狂想曲(カプリッチオ)の様に────いや、狂()曲の様に、それぞれの描く領域が無限の奇跡を生み出していく。

 

 

『すごい、すごいっ!!全員が全力で加速して最終コーナーを上がったぁ!!!』

 

『残り300m!すさまじいレースとなっておりますわ!!!誰もが負けじと前を譲らないっ!!』

 

 最終直線を駆ける。

 それを見る観客が、トレーナーが、大興奮の雄叫びを上げる。

 見るもの全てがそれを感じた。

 夢を、見た。

 

 ─────人は、ウマ娘の走りに夢をかける(ユメヲカケル)

 

 

 

『残り200m!!ここでカイチョーがもう一つの領域で上がってくるー!カイチョーッ!!』

 

『ですが独走を許しませんわっ!ネイチャさんが根性で食らいついていきますっ!!素晴らしい位置取りですわっ!!フジキセキさんも堪えていますが…!!』

 

『イクノも渾身の走り!しかし厳しいか!ブルボンがここでさらに加速!凄い末脚っ!!けどクリークもその末脚で並びかけるっ!!』

 

『いえ…サンデーサイレンスさんが、っ……さらに、加速して!?何ですの今の感覚!?』

 

『ゴールドシップもメジロブライトも譲らないっ!!タマモクロスも追いすがるっ!!どこまで加速していくのー!?』

 

『スズカさんが振り絞って加速しましたわ!!もうわかりませんわー!!先頭はほぼほぼ横一線ッ!!!』

 

 

 

 ────────勝負の行方は。

 

 

 

『っ……今っ!!ゴーーーーーーーーーーーールッッッ!!!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 【トレーナーズカップ 第3R レース結果】

 

 

 1着  シンボリルドルフ

 2着  サイレンススズカ  ハナ差

 3着  ナイスネイチャ   ハナ差

 4着  サンデーサイレンス クビ差

 5着  ゴールドシップ   1/2バ身差

 

 以下  僅差

 

 

 

 (タイムオーバー  ベルノライト)

 

 

 

 

 

 

 

「……すっ、げぇ。俺も…俺達も、いつか…!」

 

 大歓声が包むゴール前、その結果をばっちりカメラに収めた初咲トレーナーの呟きに、隣に立つハルウララが、大きく頷いた。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 ────流石カイチョーーー!!一着おめでとーーーー!!!

 ────痺れるーーーーー!!!凄い走りだったーーー!!

 ────格好いいーーー!!カイチョーーーーー!!!

 

「ふふ、……久しぶりに……全力を出してしまったな…!……みんな、応援ありがとう!…楽しい、レースだった……、な……!!」

 

 ────でもめっちゃ肩で息してるのマジウケるーーー!!!

 ────この日の為にめっちゃ仕上げてきてるでしょー!!トモでバレバレーーー!!

 ────皇帝特権発動はずるいってーーーー!!!

 ────最後第二領域まで出してガチだったじゃーん!!!

 ────大人気ないと思いまーーーーす!!!

 

「な、そんなことはないぞ…!他のみんなと同じで、ああ、ぶっつけ本番だとも!!」

 

「────ルドルフ、君はここ最近、妙にチーム練習に熱が入ってたよね?そういうことだよね?そうかそうか。君はそういうウマ娘だったんだな」

 

「フジキセキ!?ここは黙ってくれているのが友情と言うものじゃないか?!そんな目で見ないでくれないか!?!?」

 

 ────────ドッ。

 

 

 …随分と生徒との距離が縮まったルドルフが勝利者インタビューでフジキセキと漫才をしているのを聞きながら、俺はタオルをもってSSの元へ向かう。

 

「…っかー!!ザマぁねェ!!4着なんて生まれて初めて取っちまった!!」*1

 

「いや……いや、凄まじいものを見せてもらったよ。お疲れ様、SS」

 

 走り終えて、しかし4着と言う彼女にとってはふがいない結果に終わったそのレースを見届けた俺は、タオルを渡しながら労りの言葉をかけた。

 このレースに出走しているウマ娘は、全員がトレセン学園が誇る優駿と言っていいだろう。

 その中で、引退後のウマ娘で、しかも芝を走る事に適性はあれど芝のレース自体は初めてである彼女が、ここまで善戦したことに俺は衝撃を隠せなかった。

 

『……ふーぅ。ねぇ、タチバナ。はっきり聞くわよ。……今日の私の走り、どうだった?』

 

 タオルで汗をぬぐってから、SSがそうして俺に答えを求める。

 今日の彼女の、全霊の走りの感想を。

 無論、俺は、嘘偽りない本心で、彼女に俺の想いを返した。

 

素晴らしい(fantastic)。その一言に尽きるね…ああ、今ここに3人がいないから言うわけじゃないが。現役時代の君を担当してみたかったよ。心底ね』

 

『……ふふっ、そこまで言ってくれるなら、全力で走った甲斐があるわね。久しぶりにレースを走れて私も楽しかったわ…』

 

 俺の感想に満足したのか、SSが笑顔を返してくれた。

 俺もつられて笑顔を返した。やはり、ウマ娘が全力で走って笑顔を見せる姿はいいものだ。

 

 しかしその瞬間、なぜか遠方、観客席で俺の愛バたちがいる方向から氷柱が突き刺さるかのような冷たい圧を受けたような気がした。

 気のせいだろう。先ほどの戦慄するようなレースで俺も気が高ぶっているのかもしれないな。

 

「…サンデーサイレンス。貴方の走り、見届けさせてもらった」

 

「……んぁ?会長様か。おぉ、笑え笑え。ビッグマウス叩いて4着だった哀れなロートルを」

 

 そこへ、勝利者インタビューを終えて1着のタスキをかけたシンボリルドルフがやってきて、SSに声をかけてきた。

 SSはそれを見て大きく肩を竦めて、日本語に言語を切り替えて、やんちゃな言葉づかいで応える。

 

「莫迦を言わないでほしい。このレースを走ったことで、貴方への敬意はさらに増したよ。凄まじい走りだった。貴方と走れたことを誇りにしたい…レース前の非礼を詫びるよ」

 

「ハッ、気にすんなァ。プロレスだろうがありゃ。アタシも気にしてねェし、レースの後はノーサイドだろうが。全力で走れて楽しかったぜェ!」

 

「そうか。…ふふ、是非ともまた、貴方とは語りたいものだ。脚でも、言葉でもな」

 

 そうして笑い合って二人ががっつりと握手する。

 ああ、こうしてレースによってウマ娘達の絆が深まるのもとても趣が深い。横で聞いていた俺もほっこり笑顔で…

 …ちょっと待って?

 なんか握手した手がギリギリって音立ててない?

 

「……ああ、しかし。あのコーナーでの貴方の走りは、悔しかったな…私はコーナーに自信があったんだがね…!」

 

「へぇ、そうかい…?だがよ、アタシだって負けて悔しい思いしてるんだぜ…?いつか絶対会長様をぎゃふんと言わせてやりたくてよォ…走りだけじゃなくてその7冠の肩書を塗り替えるくらいのそれでよォ…!」

 

「ブレイク!ブレーイク!!」

 

 俺は慌てて二人の間に挟まった。

 最近なんか記事にされたウマ娘の間に挟まる猫トレ概念を発動する。

 俺の介入を受けて何とかその手を離した二人は、同時にふんす!と鼻を鳴らして負けん気を発動させた。

 何?君達相性がいいのか悪いのかどっちなのぉ!?

 

「…サンデーサイレンス…いや、サンデートレーナー。今後とも、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」

 

「ハッ。任せな、そのためにアタシはここにいるんだからな。いずれ決着はつけるが、学園の為に尽力はしてやるよ」

 

 ようやく落ち着いて、彼女たちの小競り合いが終わり俺も胸をなでおろした。

 SSはどうにもウマ娘に対して、相性の良しあしがあるようだ。

 この学園に赴任してから、彼女はチーム以外のウマ娘ともそれなりに話しているし、懐く子も結構いる。

 スズカとかスペとかフジキセキとかアヤベとか、あとシャカールとかタキオンも結構懐いているようなんだけどな。

 ルドルフはどうやらライバル心を爆発させる方のようだ。

 喧嘩は駄目だよ?

 

「…ルドルフもお疲れ様。この企画、めちゃくちゃ楽しかったよ。いい体験をさせてもらった」

 

「ん、有難う立華トレーナー。ふふ、君のチームから発案されたものだが…私達ウマ娘も、存分に楽しませてもらったよ」

 

 俺はそんなルドルフに声をかけ、彼女の走りを労わる言葉をかけつつ、気になっていたことを聞くことにした。

 

「それならよかった。トレーナーにとっても学びが多くて俺達も満足だよ。…それで、企画はこれで終わりだろう?」

 

「ああ、流石にもう()()()は無いよ。そうだな、閉会の挨拶をしなければな…失礼」

 

 この企画について、これ以上レースがないかどうかを確認させてもらった。

 そうしてやはり、このメインレースが最後であったことを彼女から聞き出して、解説席のマイクのほうへ向かうのを見送った。

 素晴らしい企画だったと改めて思う。

 企画したうちの子達も後で誉めてやろう。勿論、この企画を準備してくれた生徒会のウマ娘達にも後でお礼にスイーツでも奢ってやるか。

 

 

『…さて。表彰式も終わり、レースはこれですべて終了となる!改めて、このトレーナーズカップで走ってくれたトレーナーの皆さま、そしてウマ娘達へ!感謝の拍手を!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 レース場を、今日一番の大きな拍手が包んだ。

 うんうん。祭の終わりの雰囲気、それもまたいいものだ。

 

 

『ファン感謝祭、みんな、今日一日お疲れさまだ!───────だが!!あと一つだけ、やっていないことがある。勿論忘れていないだろうな、みんな!!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 ……ん?

 風向きが変わってきたな。

 

 しかし、やっていないことと言っても…ああ、片付けか?

 確かに片づけはこの後みんなでやる必要があるが…しかしルドルフが放送でそこまで言うほどか?毎年のことじゃないか?

 俺はそんな呑気な考えを浮かべて、そして次のルドルフの言葉で背筋が凍りつくことになった。

 

 

『レースを終えたんだ。当然、勝者にはそれをする権利……いや、義務があるッ!!そうだろう!!私は日々、口を酸っぱくして言っていたはずだ!!─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとッ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 えっ。

 ちょっと待って?

 待ってルナちゃん。待って?

 

 

『無論!!今回の企画は特別なものだ!!なのでライブは一組だけ……第一レースで好走を果たした、男性トレーナー方に踊ってもらおうっ!!今から1時間後にウイニングライブが始まる!!諸君、それまでに全速力で片づけを行うようにっ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 

 …ウイニングライブ、やんの!?

*1
サンデーサイレンスの生涯戦績は、1着か2着しかない。

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