「はぁ……マジかよ…」
ここは控室。
これからライブを控える沖野先輩が、はーぁ、と再度ため息をついた。
先程ルドルフからアナウンスがあった通り、どうやら俺たちに知られない様にライブの準備を進めていたらしい。
俺、そして沖野先輩と南坂先輩…第一レースの上位3名がウイニングライブを披露することになっていた。
なおオニャンコポンが一位だから4位の俺は出なくていいのでは?という質問は皇帝の圧力によってもみ消された。汚職事件である。
「まぁまぁ。ウマ娘達のイベントですから…可愛らしい物じゃないですか」
ため息をつく沖野先輩に、南坂先輩が労りの言葉をかける。
しかし、このライブは俺の中で少し納得がいかない部分があった。
先ほど渡されたライブのセトリを見る。
ライブ曲は、『ぴょいっと♪はれるや!』からの『うまぴょい伝説』だ。
これを踊れということは、まぁ、いわゆるエンターテイメント的な要素が強いのだろう。
かわいらしい曲を踊る俺達男性トレーナーの恥ずかしがる姿を見たい、といった所か。
2曲だけなのは俺たちの体力も考慮してくれているのだろう。
衣装については着用自由ではあるが、ウマ娘が着る汎用勝負服の大きなサイズの物が控室に準備されていた。誰が勝つかもわかっていなかっただろうし、男性用を準備できなかったのはやむを得ないのだろうが。
まったく。
俺たちを、
「……ふー。いや、俺としてもちょっとまぁ。思う所はありますね。ちょっと舐められ過ぎかなって」
「ん?立華君がそこまで言うとは意外だな…いや、まぁ俺も選曲はどうなんだとは思うけどさ。アイツらのためだし歌って踊ってやるかって気持ちはあるぞ?」
「ええ、せっかくのイベントですからね…」
「…ああ、違うんですよ。そうじゃなくてですね…」
そうして俺が零した言葉に二人が意外そうに顔を向ける。
ああ、申し訳ない。心配させた……いや、
確かに、
それは決して、可愛らしいそれを見て楽しみたいというその気持ちに対してのものではない。
そんなものは可愛いものだ。もしこれを俺一人で歌って踊れと言うならば、それこそ全力でやり遂げるさ。
ウマ娘はJCJKである。彼女達のそんな悪戯心を否定しているわけではない。
だが、今回。
俺以外に一緒に歌って踊るトレーナーがもう二人いて、それは沖野先輩と南坂先輩なのだ。
二曲だけ、可愛らしく踊って楽しませるなんて、
─────俺たちのポテンシャルを
「南坂先輩。お願いがあります。お耳を拝借していいですか?」
「はい?ええ、何を…?」
南坂先輩に俺の考えを、企みを耳打ちする。
そしていくつかのお願いをそこで伝えた。
それを聞いた南坂先輩は、成程、と温和な様子で頷いて、その胡散臭い笑顔をさらに深め…瞳を開いて、にやりとした表情を作った。
「─────面白いですね。判りました。5分ください」
そうして俺のお願いを聞き届けてくださった南坂先輩は、プンッ、と空気を裂くような音と共に姿が消えて、控室を退室していった。
控室のドアが開いてなかった気もするが気のせいだろう。
「おいおい、立華君?何をしようってんだ?あんまりの無茶ぶりは俺もきついぜ?」
「ははは、大丈夫ですよ。ウマ娘達に
「おお、何だ?」
「沖野先輩は、
「ん…ああ、勿論だ。ライブの歌も踊りも全部頭に入ってるしな。披露する分には問題ねぇよ」
俺は以前に彼から聞いた…というよりかは、これまでの世界線でも得ていた知識を改めて確認する。
そう、沖野先輩はトレーナーになる以前、若い頃に劇団に所属しており、歌って踊れる俳優として活動されていた。*1
かつてスペシャルウィークのウイニングライブを指導し忘れてしまった事件から、ダンスは不得手なのか…と勘違いしているウマ娘も多いが、そんなことは一切ない。
何なら男性トレーナーの中では誰よりもキレのある踊りと歌が出来る人だ。
「ですよね。……実は、俺も踊りと歌にはそこそこ自信があります」
「…ほう?……あ、ちょっとわかったぜ。成程、立華君……ウマ娘達にやり返すつもりだな?」
「ええ。こんな可愛らしい衣装を着て踊るなんてもんじゃない。目にもの見せてやりましょうよ」
俺の言葉で察した沖野先輩がいたずらっ子の様ににやりと笑みを浮かべるのを見て、俺もそっくりな笑みを返した。
さっき言った通り、俺もまたダンスと歌に自信をもっている。
それはそうだ。1000年近く、彼女たちウマ娘のダンスを見て、歌を聞いて、そして指導もしているのだ。
これで不得意になるはずがない。
歌声なんかは力の入れ方の技術によっていくらでも高い声や張りのある声が出せるし、自分自身の体幹もそれなりに鍛えているため、キレのあるダンスも繰り出せる自信がある。
「─────準備、してきましたよ」
「はっや!でもありがとうございます、南坂先輩。首尾はどうでしたか?」
そしてこの南坂先輩も、またトレーナーとしては当然の如く、ダンスも歌も上手だ。
そもそもこの人に出来ないことはたぶん無いと俺は勝手に思っている。今だって5分と言ったのに3分で帰ってきたし。いつ扉開きました?
…そう、つまり、ここには俺を除いてイケメンが揃い*2、そして全員歌って踊れる素晴らしいメンツなのだ。
これで、おふざけのウイニングライブなんて見せようものならそれこそ学園の、トレーナーとしての恥だ。
2曲だけで終わらせるつもりなどさらさらない。
全力でウマ娘達に俺たちの踊りを魅せつけてやる。
「ええ、ライブの音源とバズーカなどの演出は紐づいていましたから問題なくクラッキングしてデータを差し替えることが出来ました。このタブレットで遠隔操作して、好きな曲を選曲できるようにしてあります」
「さっすが南坂先輩!」
「いや南坂君いつも思うけど君どうなってんの?」
「そして、男性用のステージ衣装も知人に準備してもらえることになりました。あと10分で学園前に運んで来てくれるので取ってきますね」
「さっすが南坂先輩!」
「ドラ○もんか?ド○えもんなのか?」
やっぱすげぇぜ…南坂先輩!
どんな手段を使ったのかとか、どんな知人がいるのかとかは聞かないでおこう。聞いたらなんかヤバい気がする。
そうして俺たちは、歌う曲やお互いの位置、振り付けや流れなどを決めながら控室でライブの準備を進めるのだった。
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────────────────
夕暮れを過ぎて夜の帳が学園を包み、間もなくライブが始まるステージ前の観客席。
すでにそこには学園内の片づけを終えたウマ娘達が、後夜祭であるトレーナー達のライブを見ようと所狭しと集まっていた。
今回は学園内で準備できる一番大きな会場を使ったため、ほぼ全員のウマ娘、学園関係者が鑑賞出来る。
「会長、学内の片付けは殆ど完了しました。例年にない早さで終わりましたね」
「そうか、ありがとうエアグルーヴ。しかし…なるほどな、後夜祭にご褒美を準備すれば皆全力で片付けもするか…毎年かくありたいものだな」
「まったくです。あとはライブだけですね」
そのライブ会場の特等席、舞台傍に位置するシンボリルドルフは、エアグルーヴからの報告を聞いて得心して頷いた。
この企画はやはり大成功だったと確信する。
もちろんレースも大変盛り上がったし、こうしてライブが始まる時間を指定して片づけを促してみたところ、学園生たちも凄まじいやる気をもってスムーズに終わらせた。
例年のファン感謝祭では片付けに時間がかかりすぎるといった問題もあったが、彼女らのやる気を引き出すスパイスを加えたことで見事にそれが解消されたのだ。
これはもう毎年恒例にしたいところだ。
最後のライブに見どころを持ってくれば、今後もスムーズなファン感謝祭の進行が出来ることだろう。
「…シンボリルドルフ会長、お疲れ様です」
「会長さん、お疲れ様!今日は私達の企画、全力でしてくれてありがとね!」
「すっごい楽しかったの!!トレーナー達のレースも会長たちのレースもめちゃくちゃ盛り上がって感無量なの!」
「ああ…フェリスの皆か。いや、こちらこそお礼を言う方だ。素敵な企画を持ってきてくれてありがとう。私もいい走りが出来たしな」
シンボリルドルフが来年の感謝祭の進行を考えていると、立華率いるチーム『フェリス』の3人のウマ娘が挨拶にやってきた。
今日のこのトレーナーズカップ、実際に企画を運営したのは生徒会で、準備は各チームのウマ娘全員が協力して行うイベントとなったが、発案をしたのはこのフェリスの3人だ。
彼女たちがこの企画を持ってきたからこそ、こうして大満足でファン感謝祭を終えることが出来る。シンボリルドルフとしては感謝の気持ちしかなかった。
「ふふ、しかし最後のライブがやはり見物だな。君たちのトレーナーも出演することになっているが…そういえば立華トレーナーは、歌や踊りはどうなんだい?」
「ええ、踊りは流石にトレーナーさんですので、私達にもよく指導してくれています。問題ないと思いますよ」
「ねー、アメリカクラシック三冠の曲とダンスまで覚えてたからね☆あれ、でも歌は…どうだろ?」
「あー…そういえば、もしかしてトレーナーが歌ってるのって見たことないかも?カラオケとか一緒に行ったことないの」
シンボリルドルフの問いかけに、立華の愛バたち三人はそれぞれの所感を零した。
踊りは問題ないと思っていいだろう。ダンスレッスンの際にはトレーナーも付き添い、しっかりとした指導をしてくれていたことを彼女たちは知っていた。
一本のダンスをライブ会場で踊るといった姿は見たことがないが、しかしあのトレーナーだ。問題なく踊り切る事だろう。
だが、歌はどうか?
ライブのコールなどは完璧にこなす立華であるが、しかし彼がしっかりと歌う姿を彼女たちは見たことがなかった。
意外な事実であるそれは、実は様々な理由から成っていた。
まずはじめに、3人の担当についているという事。
立華もこれまでの世界線で一人のウマ娘の専属で担当になる時にはカラオケなどに付き合い、そこで歌声を披露することもあったのだが、今回の世界線での担当は3人。
みんなで遊びに行くときはそれぞれの希望を満たすために別の所に行くことが多く、また個別に遊びに行く中でも歌関係の希望が強いのはスマートファルコンのみで、彼女も己が歌う野外ライブなどが主であり、立華が歌うことはなかった。
また、オニャンコポンの存在が常に彼と共にあったことも拍車をかけている。
いつも猫を肩に乗せており、それで世間的な知名度を得て、お店などでも快く受け入れてくれる所もかなり多くなったが、しかしカラオケは密室で精密機械が並ぶ空間である。
猫同伴の入室は流石に、と遠慮されるケースがあり、チームを作りたてのまだ知名度が無い頃に一度それを味わった立華は、その後愛バ達を積極的にカラオケに誘うことがなくなった。
今であればまた知名度も変わっているため受け入れてくれる店もあるだろうとは思うが。
そんな色んな偶然が絡み合って、未だ彼の愛バたちはその秘められた歌声を聞いた事がなかったのである。
だからこそ、今日これから初めて聞く、彼の歌が楽しみで仕方がない。
やはり何でもそつなくこなす彼の事だから、歌も上手なのであろうか?
もしくは、意外にも音痴だったりするのだろうか。そうであったならばそのギャップでときめいてしまうだろう。
観客席のウマ娘達も立華や沖野、南坂という顔が素晴らしく整っているトレーナー達が可愛らしく歌う姿を好きに思い描いて、ボルテージは最高潮となっていた。
そうしてライブが始まる一分前となった。
シンボリルドルフがマイクを取り、集まったウマ娘達にアナウンスを始める。
『皆、後片付けご苦労様!!近年まれに見る早さで片付け終えたようだ!!皆の期待がどれほどかわかってしまうな!』
────────ワアアアアアアアアッ!!
『ふふ、しかし私も楽しみだ…さあでは本日最終演目!!沖野トレーナー、南坂トレーナー、立華トレーナーによる、ウイニングライブ!!皆、楽しんでいってくれ!!』
────────ワアアアアアアアアッ!!
アナウンスを終えて、ルドルフがライブスタートのスイッチを構えるエアグルーヴに目配せし、彼女がそのボタンを押す。
しかし彼女は知らなかった。
すでに南坂の手でプログラムにハッキングが行われ、事前に入力していた曲やライブ演出とは全く別のものになっているという事に。
そして、ライブの前奏が流れ始める。
その曲に合わせて、ライブの舞台の裏からトレーナー達が出てくる…形になっている、はずなのだが。
しかしその前奏を聞いて、シンボリルドルフが怪訝な表情を浮かべた。
「…ん?予定していた曲と違うぞ…?ぴょいっとはれるやから始まるはずなのだが…!?」
まさか、ここでミスがあったか?
そう危惧したシンボリルドルフだが、しかしステージ上の光線や照明、曲に合わせて自動で動くようプログラムされているはずのそれらは今流れている曲にピッタリの動きをもって、間違いなく今からこの歌のライブが始まることを伝えている。
何なんだ、と彼女に似合わぬ困惑の表情を作った、直後。
─────後に伝説と呼ばれるライブが、幕を開けた。
────────────────
────────────────
逆光に照らされるライブステージ。
前奏が雰囲気を高めていく中、颯爽と現れる3人のトレーナー。
しかしその衣装が、予定されていたものとは違っていた。
準備していたのはウマ娘向けの汎用勝負服だったはずだ。
着用は自由としていたが、期待に応えてくれるトレーナー達である。それを着用してスカートに恥ずかしがりながら踊るトレーナー達の姿が見られたはず、だった。
しかし今出てきた3人の衣装。
それは、男性アイドルグループもかくやと言うほどの、キメッキメの純白のスーツ。
小物や装飾もきっちり整えられており、間違いなくそれはライブステージ用の衣装であった。
そんな、準備した覚えのない、多感な思春期の少女たちに特効ともいえる衣装をキメたトレーナー達が、さわやかにライブ会場に躍り出た。
この瞬間、先頭の景色を譲らず最前列でサイリウムを構えていたサイレンススズカと、その隣のアグネスデジタルが昇天した。
そして、前奏の合間、マイクを手に取った立華が───────吼える。
『────Aaaaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhh!!!!!!!』
それは、ライブ前の声出し。
しかしそのシャウト、ヴィヴラート、熱量、声の圧。
────────
歌を生業とする彼女らウマ娘にとってさえ、それはまるで神の声の様であり、その大きなウマ耳にしみ込んだ。
数人の生徒がそのイケメンが発する美声に酔いしれて卒倒した。
「な、な、なん、だっ…!これ、は…!!」
シンボリルドルフですら狼狽え、惑う。その声に、余りにも見栄えする衣装に、そして想定外の事態しか起きていないそれに、感動か困惑かわからない涙が勝手に零れ始める。
『─────お前ら!よくもやってくれやがったなぁ!!最っ高に楽しませてもらったぜぇ!!』
無精ヒゲを剃り、薄く化粧を施し、そうして髪もライブ用に整えたのであろう、余りにもイケメンに変貌を遂げた沖野が立華に続いてマイクパフォーマンスを取る。
既に観客席は絶叫の渦に叩き込まれている。ウマ娘達のその狂気はまるでサバトのようだ。
『ええ。本当に。───────ですので、私達からもそのお礼に、ささやかながらお返しをしてあげましょう』
普段のふんわりとした佇まいはそのままに、しかし純白のスーツがこの上なく似合っている南坂が観客席にウインクを飛ばした。
その方向にいたウマ娘達数人が鼻出血を発症。サクラノササヤキとマイルイルネルが失神した。
『覚悟しろよ────ここから先は俺たちが主役だぁ!!!しっかりついてこい!!』
そして立華が肩にオニャンコポンを乗せたまま…ああ、この男を何と表せばいいだろう?
普段からその顔の整いっぷりはウマ娘達に人気があった。彼の柔らかく時にその深みを感じさせる雰囲気はウマ娘達の心を穏やかにする。
しかし今日、その整った顔を子供の様な笑顔に変えて、キメキメのライブ衣装に身を包み、そうして観客席をまっすぐに指さしてくるその姿を見て、数十人単位のウマ娘が意識を宇宙へ飛ばした。
『『『────────俺たちの歌を聞けぇっ!!!』』』
最狂の宴が幕を開けた。
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第○○回 ファン感謝祭
最終企画 トレーナーズカップ 報告書
【ウイニングライブ】
ライブスケジュール
1.本能スピード (センター:南坂)
2.winning the soul (センター:沖野)
3.UNLIMITED IMPACT (センター:立華)
アンコール
1.グロウアップ・シャイン!
2.うまぴょい伝説
(特別バックダンサー スピカ・カノープス・フェリスメンバー)
※アンコールの際、ステージ上のトレーナーからの呼びかけに応じ気絶から目覚めたウマ娘達が壇上に登り、全員でダンスを披露。
【被害報告】
ライブ中に発生した被害につき報告する。
鼻出血 314名
卒倒・失神 78名
興奮による心拍不安定 521名
※重症者なし。翌日には全員が快復。
※保健室が埋まったため寮での応急処置を実施。
※ライブ準備の任に当たっていたメイショウドトウがロープで縛られていたが怪我はなし。
【余談】
本ライブ映像の一部をトレセン学園公式アカウントからうまちゅーぶにアップロードしたところ、1日で再生数500万回を突破。
1週間が経過した現在、再生数5000万回を突破。今もなお右肩上がりである。
動画再生の広告収入費による収益は、トレーナー、生徒会、理事長らによる協議の結果、ウマ娘の学園生活環境の改善・向上に予算として充てられることとなった。
ライブ映像見ながら読むとライブシーンの解像度高まります。