【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

97 / 196
97 菊花賞

 

 

 菊花賞当日を迎えた。

 俺たちは控室で、菊花賞…クラシック3冠目に挑む彼女に、それぞれの想いを託していた。

 

「フラッシュさん、勝てるよ…!私の分まで頑張ってね☆」

 

「はい。ファルコンさん、ありがとうございます」

 

 ファルコンが、いつも俺がそうしていたように、フラッシュの頭をよしよしと撫でている。

 彼女なりの想いの託し方なのだろう。それを受けるフラッシュもまた笑顔だ。

 今日のレースの意味を理解しているのだ。

 クラシック三冠を掴むレースにして、ここに至るまでにチームメンバーそれぞれと戦い、勝利してきた彼女にとって、このレースは絶対に負けられないものとなっていた。

 

「それじゃ次はあたしなの!フラッシュちゃん、髪と尻尾、苦手なところある?」

 

「いえ、どちらも大丈夫です。よろしくお願いいたします。しっかりと整えてくださいね?」

 

「任せるの!勝ってね…私の分まで!」

 

 続いてアイネスがやはりレース前の儀式としてしている髪と尻尾のブラッシングをフラッシュに実施する。

 それを気持ちよさそうに受けるフラッシュ。彼女たちの仲が、信頼が表れている。

 アイネスも丹念に漆黒の髪を、尻尾を整えている。フラッシュはその黒鹿毛のツヤが素晴らしいウマ娘で、パドックなどでもかなり見栄えの良いそれで、グッドルッキングウマ娘と呼ばれることも多い。

 

 そうして二人から整える儀式を受けたのちに、意外にもと言うべきか、SSが続けてフラッシュの前にやってきて、言葉をかける。

 基本的にこれまでは見守る側であった彼女だが、今日の…クラシック三冠目に挑むというシチュエーションに対しては、思う所があるのだろう。

 何故なら、アメリカで、彼女はそれを逃したのだ。

 

「…フラッシュ。アタシからも発破かけていいか?」

 

「はい。サンデーさんの想いも、一緒に持ってレースに臨みたいです」

 

「ありがとよォ。…アタシの勝手な願いだが……オマエが、三冠ウマ娘になることを心から祈ってるぜ」

 

 そうしてSSがレース前にいつもするように、フラッシュに向けて片膝をつき、祈る。

 祈りとは願いの形だ。SSが逃した三冠ウマ娘の称号を、フラッシュには逃してほしくないと。勝ってほしいと、願っていた。

 

『じゃあ、最後に俺からだ。……フラッシュ、脚の調子は俺が完璧に整えてる。気持ちは…どうだ?緊張しすぎたりはしていないか?』

 

 俺はこの場にいる3人にはわからない、俺とフラッシュだけが意味を理解できるドイツ語を使ってフラッシュと話す。

 もしも彼女が不安に思っていることがあれば、俺だけに話が出来るように。

 

『大丈夫です。今日は、何が何でも…勝つ、と思っていましたし。それに今、皆さんからさらに想いを頂きました。今日の私は絶対に勝ちます』

 

 しかし、そんな不安は杞憂であった。

 フラッシュと言うウマ娘は、想いを受け取るほどに冷静に、己を高めることが出来るウマ娘だ。

 俺はかつての…チームの年間全勝、ジュニアGⅠ全制覇が掛かっていた時の彼女の様子を思い出す。

 レース自体は不幸により勝てなかったそれだが、しかし、レース前の彼女の気迫は凄まじいものがあった。

 その時に近い…いや、それ以上に勝利への執念を燃やしたフラッシュが、そこにいた。

 

『そうか。…俺も、君に想いを託したい。…いつものでいいか?それとも、他の子みたいにしようか?』

 

『ええ……いえ、そうですね。やはり、貴方にレース前にしてもらうのは、アレが一番しっくりきます。お願いします』

 

 わかった、と俺は答えて、椅子に座った彼女の前に膝をつく。

 目線を同じ高さにし、数秒、見つめあう。彼女のアクアマリンのような水色の瞳をじっくりと見据える。

 その瞳の内が、勝ちたいという想いに溢れて、輝いていた。

 

 腕を伸ばして、彼女の顔にかかる黒い髪を越え、額に人差し指と中指を当てる。

 彼女の好む、おまじない。

 

『toi.toi.toi。…愛する君が、三冠になることを信じているよ(Ich glaube, dass du, den ich liebe, ein Held sein wirst)

 

『ッ……ええ。見守っていてくださいね(Behalten Sie mich im Auge)私の愛しい人(Du bist mein Ein und Alles)

 

 ドイツ語で、お互いにやり取りを交わす。

 ドイツ語は情熱的な表現の多い言語だ。勿論、俺たちは恋人同士ではないが、お互いへの想いを伝えるために言い回しをそういったものにしている。

 フラッシュもそちらの言い回しのほうを好んでいるようだ。

 お互いに言の葉を交わし終えて、ふふっと笑いが漏れた。

 

「……時間ですね。行ってきます。必ず、誇りある勝利を」

 

「ああ。頑張ってな!」

 

「頑張れ、フラッシュさん!」

 

「ゴール前で、一番に駆け抜けてくるのを待ってるの!」

 

「楽しんで走って来いよなァ!」

 

 時間になり、レース場に向かうフラッシュに俺たちは激励を送り、見送ったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

『ゲート前にウマ娘が集まってきました!クラシック三冠の最終戦、菊花賞!今日の京都レース場は満員の客入り!!それはそうでしょう、今日は三冠ウマ娘になる権利を持つウマ娘が出走しているのです!!…今、そのウマ娘がゲート前に現れた!チーム『フェリス』の閃光!エイシンフラッシュだ!!』

 

 大歓声が、ゲート前に現れるエイシンフラッシュに送られた。

 その歓声を受けて、更なる高揚を感じ、しかし水のような冷静さでそれを熱として内に抑え込み、エイシンフラッシュがゲート前にやってくる。

 

「……………」

 

 心拍数がいつもより少し多い。

 深呼吸を一度、二度。

 緊張はある。勿論、ここで緊張しないウマ娘はいない。

 しかし、だからこそ三冠という称号には価値がある。

 このレースに、全力で挑む価値がある。

 

 緊張はあるが、不安はない。

 トレーナーと、チームのみんなで鍛え上げたこの体が、磨き上げたこの脚が、負けるはずがない。

 勝てる。

 トレーナーからも、今日の戦略については事前に話しており……不安は、無かった。

 

「…今日は一段と仕上がってるね、フラッシュちゃん」

 

「…ライアンさん」

 

 その内、今日のレースでライバルになり得る存在。

 世代のエースの一人、メジロライアンが声をかけてきた。

 

 エイシンフラッシュは彼女のその体を改めて見て、理解する。

 鍛え上げてきている。

 宝塚記念を、クラシックウマ娘として初めて勝利するという偉業を成したウマ娘。

 普段は友人として付き合いもある彼女だが、しかし今日は最大のライバルとして立ちはだかる。

 

「キミに簡単に三冠目を取らせるわけにはいかない。全力で食い止めに行くよ…勝ちに行くからね」

 

「無論です。今日は、私の走りを…強さを、日本中に見せつけるつもりです。誰にも負けるつもりはありません。勿論、貴方にも」

 

 笑顔、と表現するにはいささか戦意に溢れすぎているその表情でライアンを見るエイシンフラッシュ。

 それを受けて、ライアンもまた獰猛な笑顔を浮かべてから、己の番号のゲート前に歩き去っていった。

 

 エイシンフラッシュは、再度、最後に一度だけ深呼吸をしてゲートに向かった。

 

 

 今日の、この、三冠の最終戦だけは。

 

 ファルコンさんのためにも。

 

 アイネスさんのためにも。

 

 ────────絶対に、勝つ。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了…最もつよいウマ娘が勝つと言われるクラシック三冠、最終戦!!……スタートですッ!!!』

 

────────────────

────────────────

 

 俺はゴール前の観客席から、エイシンフラッシュが出遅れなくゲートを抜け、差し集団の前方に位置取りしたのを見届けた。

 それを見て、確信する。

 

「…勝ったな」

 

「あァ」

 

「…え☆!?」

 

「早くない!?」

 

 それを見た俺とSSの意見に、ファルコンとアイネスがツッコミを入れてきた。

 まぁ、気持ちは分かる。もちろんレースに絶対はないからして、油断をしているわけではない。ホープフルの時の様な思わぬトラブルだってある。

 

 しかし、今回のレースは菊花賞。3000mの長距離だ。

 3000mを超える長距離のレースにおいては、あらゆる要素が中距離以下のレースと変わってくる。

 そして、特に重要なポイントが一つあるのだ。

 

「…3000m以上の長距離のレースで勝ちきるには、コツがいるんだ。長距離は他のレースと比べて、とにかく()()()()の有無が勝敗を決める」

 

「絶対に外せない部分なんだよなァ。とにかくスタミナだ。どんなに瞬発力があっても意味がない、スタミナが豊富な方が勝つ。…もちろん、スタミナがある者同士って話になりゃスピードとかも求められてくるんだけどよ」

 

「…うーん☆?えっと、言ってることは分かるけど、当たり前な部分じゃない?」

 

「そうなの。他の走ってる子だって、勿論スタミナはつけて来てると思うけど…」

 

「…ああ、それはそうなんだけどな」

 

 俺は二人に軽く説明しながら、レースを走るウマ娘達に改めて目を向ける。

 もちろん、全員がGⅠに出るほどの優駿だ。ライアンもスタミナを増やす訓練を相当やってきたのは見ればわかる。

 しかしだ。それでもフラッシュが勝つ。

 

「フラッシュには夏合宿で、スタミナをつける練習を特に重点的にやってもらったし、ここ最近のトレーニングで更に磨き上げている。圧勝とまでは言わないが、他のウマ娘とスタミナ勝負をしても負けることはない」

 

「んでもって、あの位置だ。差し集団の先頭を走ってっから、先行集団が全員グルにでもなってねェ限り、バ群に飲まれたままずっと走るようなことにはならねェ。そもそも2000m越えたあたりでスタミナが減ったウマ娘から落ちていくだろうしな」

 

「そして言わずもがなだけど、フラッシュのスピードについてこられるのはライアンくらいだし、それだって彼女が領域を繰り出せばなんとか…ってところだし、何より出す位置が悪い。ライアンの領域は最終直線前で中団あたりから一気にぶっ飛んでくるタイプだけど、今回のレースでそれを出そうとしたら、スタミナ不足で位置が下がるウマ娘のさらに後ろに位置取りしたまま最終コーナーを迎えなきゃならなくなるからね。ライアンが領域にこだわったらフラッシュとの距離が開きすぎて負けるし、領域にこだわらずに走っても最終直線でフラッシュを捉えるには加速が足りない。位置を上げるとスタミナが削れるからね」

 

「……はー…☆」

 

「……つまり、今ここで走っているウマ娘の中で、3000mを速度を落とさず走り抜けられるのが、フラッシュちゃんだけ、ってことなの?」

 

「大体そんな感じ。最も強いウマ娘が勝つのが菊花賞だからな、紛れが起きにくい。今日の相手に生粋のステイヤーがいなかったのも勝因の一つだけど。……勝つさ。そう信じてる。だからこそ全力で応援しようぜ。最終直線で、駆け抜けてくる彼女を」

 

 楽観と言うものではない。

 間違いないという確信。

 これで、相手がヴィクトールピストだったらまだわからなかっただろう。彼女はどこからでも末脚を繰り出せる、走りが臨機応変な子だ。

 菊花賞に備えてスタミナをつけて来ていれば、同じ世代のウマ娘の長距離戦では間違いなく彼女はフラッシュのライバル足り得る。領域に入られればスタミナを削る牽制も通じなくなる。

 

 しかし、ライアンは長距離の適性が完璧であるとは言えない。

 2200mこそが彼女の真の実力を発揮できる距離であり、その距離で戦うのであればうちの誰が走るにしても、一切油断はできない。来年の宝塚記念では間違いなく最大のライバルになるだろう。

 だが、今日は3000mの菊花賞だ。

 悪いが、頂く。

 

「……フラッシュ。行け…!」

 

 俺は、2000m地点を越えて…彼女が最初に走ったメイクデビュー戦の様に、位置をどんどん前に上げていく姿を見守る。

 あれが作戦通りの正しい位置取り。

 差しの位置にこだわる必要はない。3000mを走り抜ける速度を維持したまま加速して、どんどん位置を上げていっていいと伝えてある。

 その後ろ、ライアンも位置を上げようとしているが…領域の発動に最適な位置をキープするべきか悩んでいる様だ。

 牽制や焦りなどもお互いに仕掛けあっただろうが、それでもまだエイシンフラッシュの脚は健在。スタミナも十分に残していることが分かった。

 勝てるだろう。俺はフラッシュへの信頼を持って、レースを見守り続けた。

 

────────────────

────────────────

 

「……ふ、ぅ────────」

 

 エイシンフラッシュは、最終コーナーに至る直前、大きく息を吸って、吐いた。

 深呼吸、それもレース中に行いクールダウンして、スタミナを大きく回復させるもの。

 そのまま最終コーナーに入り、ここでもさらに加速。

 サンデーサイレンスに教わった通り、コーナーで姿勢を傾けて横Gに対抗しながら、速度を落とさず走り抜ける。

 さらに、合宿中にスーパークリークから学んでいた、コーナーで曲がりながら息を整える呼吸も繰り出しスタミナを温存する。足運びと呼吸を合わせるその走りはマエストロと表現されてしかるべき高等技術。

 長距離ではコーナーを曲がる回数が多い。そのため、コーナーを仕上げていたエイシンフラッシュにとっては僥倖となった。

 

 天使(クリーク)のように細心に。悪魔(SS)のように大胆に。

 

 コーナーを曲がるたびに、数人ウマ娘を抜いていき、そして最終コーナーを立ち上がった今の時点で、エイシンフラッシュは既に先頭に立っていた。

 

『菊花賞も残すところあと400mだ!!先頭はエイシンフラッシュ!!エイシンフラッシュですッ!!何というすさまじい走りだ!!脚色が衰えないっ!!後続からメジロライアンも迫りますが距離がある!!これは決まったか!?行けるのか!?三冠の夢を掴むんだと!!閃光が煌いていますっ!!』

 

(残り、400m…!)

 

 目の前に、ゴール板までの直線が広がる。

 後続はライアンがまだコーナーを曲がっている最中で、ここから末脚を繰り出してくるだろうが、距離は遠い。

 ……勝利は目前と言えた。

 

 だが、油断しない。

 このレースの勝利の、それが意味する重さを理解している。

 ファルコンさんを下し。

 アイネスさんを下し。

 そうして臨む、三冠と言う称号。

 

 それを得るために───最後まで、一切手は抜かない。

 私の全力を、敬意をもって。

 誇りある勝利の為に。

 

「……やあああああああっっ!!!」

 

 全力疾走。

 己の全身全霊を籠めて、最終直線を駆け上がる。

 

 後続は誰も追いすがれない。

 閃光の末脚がこの3000mでも光り輝く。

 

 勝負は決した。

 

 

『加速したッ!加速したッッ!!エイシンフラッシュが強い!!これは決まった!!間違いないでしょう!!この世代の新たなる伝説だ!!閃光が地を這うように走るッ!!大歓声だ京都レース場!!後続との差をつけて、今ッッ!!』

 

『───────エイシンフラッシュが一着でゴーーーーーーーーーーーールッッ!!!三冠ッッ!!!ここに、新たな三冠ウマ娘の誕生ですッ!!!!菊の大輪を咲かせたのはエイシンフラッシュ!!エイシンフラッシュです!!今、ガッツポーズで左手を握りしめましたッ!!黒い閃光が、3つの冠を被りました!!2着ライアンは惜しくも届かず!!世代の頂点に立ったのは、エイシンフラッシュです!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よっしゃッ!!」

 

 俺はエイシンフラッシュが一着でゴール板を駆け抜けた瞬間に、ガッツポーズを作った。

 勝った。

 俺がこの世界線で最初に出会ったウマ娘であるフラッシュが、3冠ウマ娘になった。

 感動を隠せない。

 俺は涙を流しながら、彼女がゴールを迎えたのち、勝利を誇るように観客席に向けて胸を張ったのを見届けた。

 大歓声に包まれる京都レース場。

 

「やったー!!フラッシュさん、おめでとーっ!!」

 

「やった、やったの!!!三冠なのーっ!!」

 

「っし…!よく零さなかったぜフラッシュ…!」

 

 チーム全員が大喜びでレースを終えたコース内に入り、彼女へ駆け寄って祝福する。

 エイシンフラッシュは、そんな俺たちを誇らしい笑顔を浮かべて近づいて来ようとして…一歩、踏み出して。

 

 

「……!?」

 

 

 その歩様が、乱れた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 レースを終えたのちの控室。

 俺はエイシンフラッシュの脚を、アメリカでファルコンにしたように、ぐるぐる巻きにテーピングをしていた。

 

「…最後、張り切ってたもんな。3000mを全力疾走すれば、こういうこともある」

 

「すみません。…ですが、あそこで全力を出さない選択肢はありませんでした。みんなの想いを背負ったレースでしたから…」

 

「ああ、責めてるわけじゃないよ。あそこで本気を出さないなんて君がするはずもない。今日のレースはいい走りだった。心底誉めます。…それに、怪我もそこまで重くはなかった。幸運だったよ」

 

 レースを終えた後、エイシンフラッシュの脚は、若干の疼きを覚えていた。

 それは3000mと言う距離を全力で走り切ったがゆえに起きた不調。

 

 怪我、というほどの物でもない。

 控室で俺が診察した結果として、恐らくは軽度の筋肉の炎症。

 力を入れ続けていたことにより起こるものだ。筋肉痛がより悪化したようなもの。

 安静にしていれば1~2週間で治るだろう。

 

 それを診察し終えた俺は、フラッシュにこの後のウイニングライブをどうするか確認し、当然踊ることを望んだ彼女に対して、ファルコンと同様にこれ以上脚に負担がかからない様にテーピングを実施しているわけである。

 あの時のファルコンほど脚がひどい状況でもない。しっかりテーピングすれば問題なく踊り切れるだろう。その後病院には行くことになるが。

 

「……いや、なんだその巻き方……あァ…?マジかよ…?えぇ……?…気持ち悪ッ……どんな発想したらそんな巻き方思いつくんだよ……」

 

「あ、やっぱりプロのトレーナーから見てもおかしいんだこの巻き方…☆効果はすんごいけどね」

 

「トレーナーの七不思議の内の一つなの…」

 

 SSから何故か気色悪いものを見る目で見られてしまう。なんでや。

 君にもこの巻き方をいずれ覚えてもらうんだからな。よく見ておいてほしい所だ。

 

「……よし、こんなもんでOK。後は脚を動かす時に、出来る限り気を付けるようにね」

 

「はい、ありがとうございます。…その、トレーナーさん。今ここで聞くべき話ではないかもしれないのですが…私の脚は、どれくらいで治りますか?」

 

「ん。…()()()()()()から確たることは言えないけどね。でも多分、2週間も安静にしておけばよくなるだろう。ただ…ジャパンカップは、少し、厳しいかもな」

 

「ッ……」

 

 テーピングを終えた俺に、フラッシュが問いかけてきた内容。

 それは、自分の脚がどれくらいで治るかというもの。

 

 病院で詳しい検査をしたわけではないためはっきりとは言えないが、彼女の筋肉痛は軽度の物だ。しっかり安静にしていればすぐに治る。

 だが、約一か月後に開催されるジャパンカップをどうするか、と問われれば、難しいと言わざるを得ない。

 間隔を置かずに全身全霊で走ってしまうことで、この炎症がクセになるのだけは避けたい。

 

「…出走はできるさ。けど、勝ちきれるように足を仕上げられるかと言ったら…なんとも、だ。相手次第って言うのもあるけれど…マジェスティックプリンスも来るからな。全霊を籠めないと厳しいだろう。そして、そうすることで…再発、なんてなったら嫌だな」

 

「……そう、ですね……」

 

「…絶対出たい、って気持ちなら、俺も整えられるように全力で仕上げる努力をする。でも、前にも言ったろ?ジャパンカップは来年だって出られるんだ。…無理は、してほしくないかな」

 

「…わかりました。そうですね…ジャパンカップは、見送りですね。悔しいですが」

 

「まぁ、今日この場で結論を出すものじゃないからさ。明日以降の脚の調子を見てから決めても────────」

 

 話題がそちらに向いてしまったので俺も答えたが、しかし、この話は今ここで決めなければいけない物でもない。

 病院でしっかりと診察し、その後の経過観察の上で決めればいい話でもある。

 そもそも今日は菊花賞であり、彼女の勝利を祝う日なのだ。あまりネガティブな話ばっかりしたくないし、一度話を切り上げようとしたところで。

 

「─────トレーナー」

 

「……ん、どうした?アイネス」

 

 アイネスが、会話に混ざってきた。

 

「トレーナー。……あたし、フラッシュちゃんの代わりに、ジャパンカップに出るの」

 

「え?……急、だな。マイルCSはいいのか?」

 

 ジャパンカップに、出たいと。

 そう、告げてきた。

 

 俺はアイネスに振り返り、その瞳を見る。

 そこには、熱があった。

 灼熱のそれではない。僅かに生まれた種火のようなもの。

 

「…フラッシュちゃんが出られなくなっちゃったのは心底残念なの。だけど、あたしはフラッシュちゃんのその悔しさを背負いたい、力に変えたい…マジェプリちゃんも来るしね、一人もフェリスから出ないって言うのもあれだし。……それに、ジャパンカップは()()()()()()()2()4()0()0()m()でしょ?……あたしが一番、その脚を発揮できた…領域に目覚めた距離なの。……走りたい」

 

「……そう、か」

 

 俺はアイネスのその意志を…僅かにでも生まれた情熱の種火を、大切にしたかった。

 焦りもあるかもしれない。けど、レースに出たい、という熱を持つことが、まず彼女の不調を治す一番最初の一歩目であるとも思っていた。

 

 どうしようか、とフラッシュに顔を向ける。

 そして、フラッシュの表情は…笑顔だった。

 アイネスが領域に入れずに悩んでいたことを知っているフラッシュとしても、前向きにレースに出ることを決めたのならば、反対はしないと。

 

 二人の想いは受け取った。

 ふぅ、と息をついて、改めて二人を見る。

 

「…アイネスの気持ちも分かった。俺に反対は無いよ。けど、フラッシュの脚の調子だってまだわからないし、そもそも今日はフラッシュの勝利を祝う日だからな。明日以降、また詳しく話そうぜ。フラッシュの出走についても」

 

「…あ、そうね、そうなの!ごめん、気持ちが逸っちゃって…今日はフラッシュちゃんの勝利をいっぱいお祝いしないとね!」

 

「元はと言えば私から出した話題でもありますし、気にしないでくださいアイネスさん。むしろ、私の代わりにというお話を頂けて嬉しいです」

 

 アイネスは自分の言葉がこの場にそぐわなかったものだと恥じるようにして、フラッシュに謝った。フラッシュも特に気にした様子ではなかった。

 この話は一度持ち帰ることにして、俺は改めてフラッシュの脚をアイシングして、ウイニングライブに備える作業に戻る。

 

「ああ、今日はフラッシュが主役だからな。ライブで、ファンの皆様に感謝の歌声を届けて来てくれよ」

 

「はい。ふふ、三冠のライブですからね。最高のライブをお見せしますね?」

 

 くすりと微笑むフラッシュの笑顔に見惚れそうになる内心を抑えて、俺は万全の状態で彼女をウイニングライブに送り出したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。