こんじょう色、そして空騒ぎ   作:よくかんさん

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 そんな騒ぎも知らない集音器の向こう側。

 日光の某より勉強嫌いな號に対し、ティファは進んで勉強をする意思を見せた。

 ティファは長い間ニュータイプ研究のため拉致、幽閉されていた。基礎的な単語の読み書きは出来ても、学習するという機会は与えられずガロードと出逢うまでは様々な自由を奪われ続けてきた。そんなティファにとって学習したいという勉学への憧れは、自意識が現れ始めてから得た『識りたい』という自己欲求だった。

 少女は、社会的欲求の段階まで回復していた。

「ティファさん、いつもと違う環境だとやり辛いですよね。という事で、アイスブレイクに一つ、連想ゲームでもしましょうか」

「アイスブレイク?プロレスの技みたいだな」

 ゲームと聞いて少し気を良くした號はそれとなく思った事を口にする。そのズレた意味合いに見かねた剴は、思わず口を挟んだ。

「おいおい、號。アイスブレイクってのは固まった雰囲気を崩すレクリエーションのことだぞ」

「へいへい。でもゲームから始めるなんて意外っつーか勉強しろ!ってガミガミさせられるもんかと思ったぜ」

 両手を後ろに組みニッと笑う號の能天気さに、ここまで来ると剴の心境は問題児の授業参観を見に来た親族のような、いたたまれなさがあった。堪らず長いため息が漏れてしまう。

「連想ゲームもやり方を変えれば学習になりますし、ウォーミングアップにもいいですから」

 ルリは辟易しつつも想定していた『バカ』が遥かに上を行く號にダイゴウジ・ガイことヤマダ・ジロウと似た尖ったセンスで動くタイプなのだとその思考傾向を把握し、その場で新たにカリキュラムを組み直した。ティファの緊張を解き、號のやる気を少しでも持ってくる導入、それが瞬時の発想力を求められる連想ゲームだった。

「まあ、本来ゲーム形式学習というものは未就学児がするようなものなのですけど、號さんには適宜かと」

「てきぎ?」

「『程よく丁度いい』という意味だ」

 翔の解説に納得し呑み込み顔で「ンだよ、最初っからそう言ってくれりゃあ」と號は野次るが、その裏の意味にはたと気付いた。

「……って俺はガキレベルかよ!?」

 また騒ぐのか。翔が立ち上がると透かさず「ちげえって!」と逃げの構えに入る號。そして「そろそろ始めたいのですが」。ルリの先ほどよりトーンの落ちた声がルームに響く。

 ルリも好きで講師役を買って出たワケではない。なんの前触れもなくプロスペクターから講師役をしてほしいと依頼されたのだ。一度は断ったのだが戦艦ナデシコ艦長ミスマル・ユリカ筆頭にナデシコクルー達が『きっといい経験になる!それに先生役のルリルリはきっとかわいい!』と推すに推すでとうとう引き受けてしまったのだ。 

「あの、どういうゲームですか?」

 ティファがルリの為に状況を先へ進めようとする。今のはニュータイプだからルリの心境を読んだのではなく、ルリが困っていると察したからだ。それに、ニュータイプの力は別段そんなに万能なものではない。

「……指定された色について連想する、というゲームです。思い起こしたもの何でもいいんでその色について関連していると思ったことを5秒以内に言えなかったら負け、というイメージですね。折角ですし、翔さんと剴さんも参加してみては」

 

 ルリが指定した色。それは、自分の名前『ルリ』の『瑠璃色』から取った『青』だった。

 青なら何でもいい。単純そうな制限時間付きの連想ゲーム。だが、5秒という余裕がありそうで予想以上に短い時間は『思い付く』という思考の優先から『青とは何か』という知識から拾い出す直感力を落とす。そして直感を引き出そうとすれば『本当にそれは青なのか』という思考を落とす。

 単純だからこそ、自身の答えが正しいか焦る。このゲームの本質は、不正解を恐れない直感力だ。

 ゲームが始まり、数巡目に至るとルリの予想を裏切った結果になっていた。

「あちゃー、翔もリタイアか。切羽詰ると案外言葉って出てこなくなるよな」

「後は號とティファの一騎打ちだ。しかし、號も思いの外やるな」

 意外にもゲームを先にリタイアしたしたのは剴、その次に翔だった。剴は『青信号』と言おうとしたところ『あれ?アレって緑だったよな?』と思考の選択で躓き制限時間を切り、翔は『スミレ』と言うとしたところ『いや、たしかスミレは白も黄色もある……』と確認思考がネックとなりリタイアとなった。

 ゲームに残ったのはティファと號。思考パターンが真逆の二人。ティファは青色で思い付くカラーネームで決め打ちに掛かった。インディゴ、シアン、コバルト、アクアマリン、ジルコン……。色の種類に関して、ティファの知識は豊富にあった。対する號はリングマット、F-2、ブルーインパルス、青龍、ラムネ……。細かく言えば『青』と言い切れないものもあった。しかし、このゲームルールは『青で思い起こしたものは何でもいい』。迷わずに言い切れる號にもまた、勝ちへの光明があった。

「野生の勘、ってヤツかな?あれは」皮肉ではなく、剴は感心して號を見遣る。

「フフッ、そうかもしれない」翔も同意見だった。號の勘と言う自己を疑わず信じる力に、頼もしさすら覚えた。

 翔が抜けてからのゲームが再開する。

 粘り勝ちたい號だったが、再開して5巡目でそろそろ思い当たるストックも底が見え始めた。

―仕方ねえ。じゃ、ぼちぼち取っといた隠し玉を使うとするか。

 號は『一番身近にあるもの』を出さない規則を作っていた。レッドゾーンを自ら作り、そこに触れたら限界に近づいたと危機感を持って挑む。闇プロレス時代から続く自分に課する、集中ルーチンのようなものだ。ゲームであれ、女の子であれ、勝負事なら手は抜かない。

 今、號の一番身近にあるもの。それは戦場にて雷神の如く万雷を操る、青い巨大なロボット。

「……ネオゲッター1!」

―ティファ!俺はまだまだ、負ける気ねえからな!

 號のスカイブルーの瞳が漲る闘志に鋭く光り、覇気を滾らせてティファを見据えた。

 ……すると、今まで淀みなく単語を挙げるティファの言葉が、止まる。そのまま5秒が経ち、大番狂わせて連想ゲームの勝者が決まった。

「おっしゃぁあ!やったぜ俺の勝ちだー!へへ、どうよ〜。一文字號様も本気を出せば……おい?ティファ、どうしたんだ?」

 ミーティングルームに異様な張り詰めた空気が形成されていく。ティファの細身が小刻みに戦慄き、声がか細く震え、視線は號の瞳のその奥を見ていた。

「あなたの……あなたの、目。あなたの、めの……いろ……」

 喉を掠れる浅い呼吸。苦しそうに耳元を抱え、ティファはパニック症のようなただならない状態だ。

 もう號を茶化している場合ではない。剴が慌てて二人に割って入ろうとする。ティファに異変が起きているのは誰が見ても明らかだった。

「オイ號!お前勝ちに行きたいからってティファちゃんの事睨み過ぎだぞ!」「違う、剴!」

 翔が急ぎ剴を掴んで引き寄せた。

「これは、ティファのニュータイプの力が何かしらを見せているんだ!ホシノ、ファーゼンバーグ船医に急ぎ連絡を!」

 翔はフリーデンへの出向にあたり、保護対象であるティファが何故フリーデンに保護されているのか、これまでに何があったのか、その事情等をテクスから聞かされていた。大量の死の声を直に感じ取り心を壊しかけた事、また自意識の回復途中である事、それらを鑑みて翔は今の感覚が鋭敏になってるティファに不用意な接触は危険であると判断した。

「テクスさん、今薬剤の在庫チェックで外部業者と打ち合わせをしていたそうです。ここに来るまで最短30分……」「號!?」

 ルリの報告も翔の警告も號は聞き入れずにティファの震える両肩をしっかりと持ち、意識を確認する。

「ティファ、何が見えてんだ?」

—號……あなたの、空色の目が、塗潰されていく……。

 ティファの意識は、蒼に染まった刻を見ていた。

 魂すら塗潰す翠色の光が、號達を戦神の名を冠する星へと誘う未来。

「光が、とけて……ダメ!全て、のみ込んで、號たちがあおい……ひかりにとけて……ひかりが、ひかりがそらへ……あっ」

 

『白い闇だ……あっ、兄さんなの?うん、ずっと……一緒だったんだ』『……そっか、そうだったんだ。お婆ちゃんが死んじゃって俺がここにいるのも同じ、なんだ……』

『ああ、そうだ。すべての物質には意志がある。生物にも大地にも風にも……水や火にも、時間にも空間にだって意志があって、記憶がある。そして……進化にも意志があるんだ』

 愛に満たされ安らぎの中にいる翔、死に目に会えなかった悔恨が赦された剴、そして全てを悟り心が凪の海のように静まり返る號。ゲッターエネルギーは赤いゲッターごと號達と一体化し、周りの全てを飲み込み、その周囲に蠢くデビルガンダムや銀色の円盤を竜巻のように吸収しながら螺旋状になって溶け合い、宇宙へと連れて行く。

 崩壊した街に残されたラウンドナイツは、ただゲッターの進化の行く末を見るしかなかった。……それがティファの見た刻。ゲッターの無慈悲なチカラは、刻が垣間見せたヴィジョンだとしても、そのあまりにも強大なプレッシャーはティファを震え上がらせ苦しめた。ゲッターエネルギーの意思、いや命の鱗片を見ただけで自身と刻の隔たりを溶かし尽くしてしまう程の強烈なチカラが、それにはあった。

―私も、この光に融けていくの……?

「俺達はここだ、ティファ。何処も行きやしねえよ。俺達は今ここにいる。今触れて、感じられるものを信じろ」

 誰だろう。少女はその声を感じる方へと翠色の光に目を向けた。情が溢れる声音、まるで逆巻く光に押し流れそうな自身を力強く抱き留めてくれているかのようだった。

「ふれて、かんじられる、もの……」

 翠色が一点に収束していく。そして、大きくヴィジョンが変化した。

 翠色がスカイブルーに、そしてさらに深い青の色へと移り変わる。触れて、融けそうな、全て塗り替える色。この色の名を少女はまだ知らない。

 その青の名は金青、またを紺青。遥か昔の話では、ブッダの眼は青蓮華のような紺青色をしていたという。ブッディズムがゲッターとどのような関わりがあるのかは分からない。だがそのヴィジョンが、呼び掛ける號の青い瞳のイメージと収束した青い光とが重なり合う。

 ……刻が、変わった。

 一点に収束した青光がビックバンのように炸裂し、嵐が吹き荒ぶ。そして新たな光を、未来を生みたした。

 爆風が吹き荒ぶ中、それは現れた。ネオゲッター1よりも深い青の色、金青色の巨大なロボット。荒々しい青の闘神が怪獣の様に怒り狂う爬虫類人の帝王と戦う姿をティファの意識は見ていた。闘神がその背より真朱色の翼を広げる瞬間、その紺青色の瞳をティファに向けた。

 その瞳と同じ闘志の漲る瞳の持ち主を、少女は知っている。

 

「……はい。號、今あなたを、みんなを、ここにいると感じています」

 ティファの意識が、心が、皆のもとに帰ってきた。太虚を彷徨い未知の恐怖に震えていた肩は強ばりを落ち着かせ、だいぶ楽になっていた。

「なら大丈夫だぜ。……頑張ったな、ティファ」

 號はティファの両肩を掴んでいた手を離し、その片手でくしゃくしゃとティファの髪を撫でた。目を細め、三日月の形をしたスカイブルーの目は、照明の加減も相まって深い紺青色に輝いた。

 

 

「止めろって!このっバカ野郎!」「や、止めるもんか!」

 さて、ガロードとウィッツはあれからもミーティングルームの外で集音器の設置、撤去の攻防を繰り広げていた。

 意地になって必死に集音器のダイアルを操作するガロードに、無理矢理にでもガロードを集音器から引き剥がそうとするウィッツ。そうこうしていると思い切り抵抗するガロードの手が集音器のダイアルに当たり、イヤホンから離れてもわかるくらいの音が漏れ出した。

『ティファ、何……』『……ダメ!………號……あっ』

  イヤホンから聞こえる張り詰めたティファと號の声。ウィッツには男と女の密会の声ではなくもっと別な緊迫した様子に聞こえた。会話は途切れ途切れに聞こえてくる為それらしい言葉に聞こえなくもないが、やはりガロードの思ったような事はないと言い切れる艶もへったくれもない雰囲気だった。

 それに號がティファに対して、なにかしらを企てる男でもないとウィッツは知っている。一度ではあるが、ウィッツは闇プロレスのレスラーをしていた號を見たことがある。あれは本能で戦う獣そのもの、挑み掛かる様は野生の肉食獣、その研ぎ澄まされた闘志のこもる拳は見ている観客の心をつかむと同時にこう思わせた。

『あれは戦うことしか知らない一匹狼だ』

 ウィッツもそう感じ、そしてその隠し事をしない直情なファイトスタイルからくるストレートな性格だけは信用していた。

 ここでルームの事情を探ってもこちらが悪者になるだけ、もう面倒事は御免だ。今にも突撃しそうになるガロードを落ち着かせるため、ある提案をしようとウィッツはフライトジャケットのポケットを探る。だが、当のガロードはそれどころではない。

 イヤホンからはまだ音が漏れている。

『俺…は……、ティファ。……俺…………触れて、感じ……………ろ」』『ふれて、かんじ……』

 焚き付けられ焦りや不安がなかったら、ガロードも無茶をせずこうはならなかったろう、だが。

『號、今あなたを…………感じています……』

「ティファーーー?!?!」

 今のガロードを完全に暴走させる要素が、揃いに揃ってしまっていたのだった。

 

 ティファがドアを見る。少しカタカタと振動するドアの向こうに、先程からティファは自分を呼ぶ声を感じた。そして、その呼び声はきっとガロードなのだとも感じ取った。しかしどうしてか異様な焦りも感じる。まだ本調子ではないものの、ティファはドアに駆け寄りロックを解除する。過緊張が治まったばかりだというのに急に何をするだろうと、ネオゲッターチームとルリがティファの行動をからのを注視した。

 ロックが解除されたと同時に開き戸が外側から思いっきり開かれる。

「っおわあ!?」勢い余ってつんのめりながら転がるように入ってきたのは、ティファの感じ取った通り、ガロードだった。その顔は妙に赤かった。

「あ、あれ……?」

 明るいミーティングルーム。突然の来客に呆気にとられるネオゲッターチーム。ミーティングモニタにはルリが何事かと来訪者をじっと見ていた。ガロードの側には心配そうに顔をのぞき込んでいるティファ。

 そしてガロードはやっと気付いた。

―俺、ものすごい勘違いしちゃったりしてた……?

「おい、何してんだよガロード」

 號の至極真っ当な疑問にガロードは言い訳なぞ直ぐに思いつくはずもなく、出てくる言葉はつっかえて、しどろもどろなものばかりになってしまう。

「いや……俺、その……ここに来たのは……ええっと」「こいつをな、ティファに渡したかったんだとよ」

 話を割りに入ったのはドア枠付近で様子をうかがっていたウィッツだった。ジャケット裏に集音器を隠し、それとなくを装いミーティングルームに入ってくるとフライトジャケットのポケットに入れていた片手を取り出す。その手には、ガロードが落としてしまったあのチケットがあった。

「あ、星見野アミューズメントパークのフリーパスですね。ペアチケットの」

 ルリの気づきに「そうだぜ」と応えると、ウィッツは少し大げさに話を切り出した。

「ガロードがな、ティファを探して色んなとこ回って、ここにいるって聞いたんだよ。俺はその付き添いなんだが、途中でガロードが突っ走ってご覧の通りだ。まったくよ、一人で渡せねえって言うから着いてきてやってんのに、こうなるなら最初から一人で渡せよって気ィしねえか?」

 話が見えず「えっ?ウィッツ何……」と混乱を口に出し切る前に、ウィッツが気付けにガロードの頭を平手で叩き、その勢いでチケットを握らせる。そして声を小さくし耳打ちをした。

(オイ、さっさとこれ渡すんだよ。盗聴、誤魔化したいだろ)

(ウィッツ……!!うん!)

 要領を得たガロードはウィッツから渡されたチケットをしっかりと掴み、やっと今日ティファに一番言いたかった言葉を口にした。

「ティファ!あのさ、GEAR本部に戻ったら一緒に行こう、遊園地に!」

 さらに顔を真っ赤にして、ガロードはチケットをティファに差し出す。ティファは差し出されたチケットを受け取ると大事そうに胸に押し当て、頬を桃色に染め、顔をふわりとほころばせた。

「……うん。私も、ガロードと遊園地へ行きたい」

「ほ、ほんとに!?やったあ!ありがとうティファ!」

 ガロードは破顔し、先程までの不安や焦燥感は何処の彼方へ、純粋な喜びで舞い上がっていた。少女の心からの笑み一つで、少年は本来の快活さを取り戻したのだった。

 その様子を一部始終見ていた號はヒュウと口笛を吹き「おーおー、おアツいねえご両人」と囃し立て、「子供かお前は」「ホシノ曰く未就学児並みだから間違いないな……」と剴と翔の大きな嘆息が重なり、ルリは総括して一言つぶやいた。

「………やっぱり、バカばっか」

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