蜘蛛のヒーローアカデミア   作:大同爽

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ep.1 「ピーター・パーカー:オリジン①」

 始まりは一人の赤ちゃんだった。

 中国の軽慶市で生まれたその子は、発光していた。

 その報道を皮切りに世界各地で何らかの特殊能力や特異体質――後に『個性』と呼ばれるものを持つ子どもが生まれるようになった。

 一時は混乱を招いたこともあったようだがその混乱も落ち着き、今や地球上の総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持つに至っている。

 そして、そんな超常社会の中で『個性』を悪用する『(ヴィラン)』と呼ばれる人種、それを『個性』を発揮して取り締まる『ヒーロー』が登場した。一昔前のコミックのような世界が現実のものとなり、今や「架空」は「現実に」――『ヒーロー』はこの社会の中で花形の職業となっていた。

 たくさんの人が『ヒーロー』の活躍を応援し、その活動に賞賛を送り、そして、多くの人、特に子ども達にとって憧れの対象となった。

 

 

 ――そう、僕を含めて。

 

 

 僕の名前はピーター・パーカー。両親は一応アメリカ人だけど両親共研究職で日本の研究所に勤め、そこで出会って結婚に至った。そこから僕が生まれ、結果僕は生まれも育ちも国籍も日本の、でも血統は完全にアメリカ人と言う不思議な立ち位置になった。

 そんな両親は僕が保育園の年長の時に事故に遭い帰らぬ人となり、以来僕は同じく日本在住だった父の兄のベン・パーカー――ベン伯父さんとその奥さんの沙月おばさんに引き取られた。

 そして、それから数年が経ち中学二年生になった僕は今、過去の僕が夢見た『ヒーロー』と言う職業への憧れはあるものの、半ばその夢は憧れで終わろうとしている。

 と言うのも――

 

 

 

「おい、無個性外国人!ゴミ捨てよろしく~!」

 

 ――これが理由だ。

 

「い、いや…みんなも掃除当番なんだし公平にじゃんけんとかで……」

 

「いやいや、俺ら部活あるからさぁ~」

 

「そうそう!俺ら忙しいんだわ」

 

「いや、部活は僕も……」

 

「廃部寸前の写真部だろ?多少遅くなっても変わんねぇだろ」

 

「そ、それは……」

 

「じゃあヨロ~」

 

「よろぴく~」

 

「あッ!ちょっとッ!?」

 

 僕が止めようと声を掛けるがクラスメイト達はそのままケタケタと笑いながら去って行く。

 開け放たれた教室の扉を見ながら僕は大きくため息をついてゴミ箱を持つ。

 

 

 

 

 

 この総人口の8割が何かしらの超常能力を有する今の世で、僕は今や珍しい『無個性』――なんの超常能力も持たずに生まれた。

 『ヒーロー』と言う職業は目指すだけなら個人の自由だが、大前提として『個性』の有用性がものを言う。当然だ、『個性』を使う『(ヴィラン)』に対して対抗するための『個性』が無ければ太刀打ちできない。

 そんな『ヒーロー』に『無個性』の僕がなれる道理は無い。

 まあ、花形の『ヒーロー』でなくてもそのヒーローを補助するサポートアイテムの開発などいくらでも関わることはできる。幸い研究職だった両親の遺伝もあってか学校の成績はいいのでそっち方面を目指すのもいいかもしれない。まあ頭の出来と一緒に父のド近眼まで遺伝してるのは少し不便ではあるが……。

 とにかく、中学二年生ともなれば将来の展望も見据えだす。いつまでも叶わない夢を追うよりも現実を見据えて自分の身の丈に合った将来を目指すべきだろう。

 

 

 

 

 

「よっと!」

 

 校舎裏のゴミ捨て場に袋に詰めたゴミを置いた僕はズレたメガネを直す。

 耳をすませばグラウンドから部活に勤しむ声が聞こえてくる。僕にゴミ捨てを押し付けたクラスメイト達も混じっていることだろう。

 この日本の片隅の中学校では僕と言う存在はかなり異質なものだろう

 総人口の8割が『個性』を持っているとは言え、それはすべての世代を合わせてのこと。年々生まれる『無個性』の子どもの数は減少し、今や数%になっているのではないだろうか。そんなわけでこの中学校の中でも『無個性』の人間なんて僕くらいのものだ。

 冴えないメガネのオタクで、見た目完全に外国人で、『無個性』。クラスの中での僕の立ち位置なんて想像に容易いだろう。

 こうして雑用を押し付けられるのもしょっちゅうだ。だからと言って『いじめ』だなんだと騒ぐほどでもない。言ったところで叔父さん達を困らせるだけだろう。

 

「……さて、部室行こう」

 

 一つため息をついて僕は気持ちを切り替え教室に荷物を取りに行こうと歩き出し

 

「ッ?」

 

 ポケットに入れた携帯電話が震える。どうやら着信らしい。

 取り出すと沙月おばさんからだった。

 

「もしもし、おばさん?」

 

『ごめんね、まだ学校だったよね?今大丈夫?』

 

「うん、授業はとっくに終わってて、教室の掃除が終わったから今から部活に行こうかと思ってただけだから大丈夫だよ。どうしたの?」

 

 おばさんの問いに答えながら僕は訊き返す。

 

『実はついさっきあなたのお父さん達の元勤め先から連絡が来てね』

 

「父さん達の?」

 

 おばさんの言葉に僕は困惑する。

 父さん達が死んだのは八年も前だ。何で今更?と思った。

 

『なんでも職場にお父さんの私物が残っていたらしいの。それを時間があるときに取りに来て欲しいって。難しいようなら郵送でもいいけどって』

 

「父さん達の……」

 

『どうする?送ってもらう?』

 

「…………」

 

 おばさんの問いに僕は数秒考え

 

「いや、取りに行くよ。次の日曜なら空いてるし、すぐに行けるよ」

 

『わかった。向こうにはそれで伝えておくわ』

 

「ありがとう、よろしくね」

 

『いいのよこれくらい。あ、代わりと言っちゃなんだけど、帰りに牛乳買って来てくれる?』

 

「うん、わかった」

 

 おばさんの言葉に頷いた僕は電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、日曜日。ここは、父さんが勤めていた研究施設――蛇腔総合病院が系列で運営する医療研究センターだ。

 

「どうぞ、こちらがリチャード・パーカーさんの持ち物と思われるものです」

 

 父さんが勤めていた職場に来た僕は通された部屋で対応してくれた職員の人が持ってきた段ボール箱を開ける。

 中には数冊の本、そして――

 

「これ…僕と母さんの写真……」

 

 家族三人で撮った写真と僕と母さんだけが写った写真があった。

 

「これ……どうして十年近くも経ってから?」

 

「あぁ…どうやら他の資料と一緒に倉庫に間違って片付けられていたらしく、先日倉庫を整理していたところ見つかりました。この段ボール箱のままあって、中に入っていたその写真で恐らくリチャードさんの物だろうということで」

 

「そうですか……」

 

 職員の人の話に頷き、僕は写真を戻し本を一冊ずつ手に取る。

 本の内容はバラバラで、何かの医学書らしいものや個性に関する論文をまとめたらしいもの、そして、何故父さんが持っていたのか謎な動物図鑑と昆虫図鑑。

 

「ありがとうございます」

 

 僕はそれらを段ボール箱に戻し、封をする。

 その箱を抱えて立ち上がると、対応してくれた職員の人も立ち上がり手の塞がっている僕の代わりに扉を開けてくれる。

 

「今日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそご足労頂いて……」

 

 と、廊下で話していると――

 

「おや、君は……もしかしてリチャード君の息子さんかね?」

 

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには白衣を着た真っ白なひげを蓄えた禿頭の小柄で小太り、特徴的なゴーグルのようなメガネを掛けた男性がいた。確かこの人は…と考えたところで隣にいた職員の人が恐縮した様子でペコペコと頭を下げる。

 

「こ、これは殻木理事長!」

 

 職員の人の言葉で名前と顔が一致する。この人は殻木球大さん、蛇腔総合病院と、この医療研究センターなどいろいろな医療関係の施設を運営する創設者にして理事長を務める人だ。つまり、亡くなる前の父さんの上司の人だ。

 

「こ、こんにちは!僕はピーター・パーカー、おっしゃる通りリチャード・パーカーは僕の父です」

 

「そうかそうか、やはり。顔に面影があるよ……その青い瞳はメアリー君譲りのようだがね」

 

「母のことも御存じなんですね」

 

「ああ。どちらも優秀な自慢の職員だったよ。本当に惜しい人物を亡くした……」

 

 僕の問いに頷きながら殻木さんは言う。

 

「そうですか、うちの両親がお世話になりまして……」

 

 言いながらお辞儀しようとしたところで

 

「ん?」

 

 右手首のあたりにくすぐったい感触を感じ視線を向けると、そこには青地に赤い模様のある蜘蛛が僕の手を這っていて――

 

「いッ!?」

 

 右手の甲の親指の付け根のあたりに激痛が走る。

 痛みに思わず手を振って手についていた蜘蛛を落とす。

 

「どうしたかね?」

 

 僕の突然の行動に首を傾げる殻木さん。

 

「い、いえ…いま蜘蛛が……」

 

「蜘蛛?」

 

「あぁ、いえ…何でもないです。すみません……」

 

 首を傾げる殻木さんに首を振ってチラリと右手の甲を見る。そこには手の甲の親指の付け根辺りに小さく虫刺されのように赤くなっていた。

 と、その時――

 

 ――ピピピッ

 

「おっとすまない……はい、殻木だ」

 

 電子音に殻木さんは首から下げていた携帯を手に取り耳に当てる。

 

「ああ……わかった」

 

 電話をしながら頷いた殻木さんは電話を切り

 

「すまない、呼ばれてしまったので行かないと」

 

「ああ、いえ!こちらこそすみません、お忙しいのに!僕ももうお暇しますので!」

 

「いやいや、懐かしい人の面影を見れて嬉しかったよ。気を付けて帰りなさい」

 

「はい、失礼します!」

 

 殻木さんの言葉に改めてお辞儀し、最初の職員の人に連れられて出口に向かって歩き出した。

 そのまま対応してくれた職員の人にお礼を言って研究センターを後にした僕だったが――

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 帰りの電車の中でどんどん体調が悪くなる。なんだか熱っぽい。頭が痛い。それになんだか感覚がおかしいのか音が大きく聞こえて頭痛が加速する。

 抱えていた段ボール箱を取り落とさないようにしっかり持って、体を引きずるようになんとか家に戻る。

 

「おかえりピーター、お父さんの私物受け取れたの?」

 

「んー…まあね……」

 

 出迎えた沙月さんに応えながら玄関に段ボール箱を置いてよろよろと上がる。

 

「ああ、おかえり……っておい、どうした?顔色悪いぞ?」

 

 と、ベン伯父さんも出てくるが僕の顔を見るなり怪訝そうに言う。

 

「んー…なんか調子悪いから部屋で寝るよ」

 

「病院行かなくて大丈夫か?」

 

「いや…明日も続くようなら行くよ」

 

「そうか……」

 

「寝る前に何か食べる?食欲は?」

 

「ん~無いかな…ごめんね」

 

「それはいいけど、無理しちゃだめよ。何か変だったらすぐに言ってね」

 

「んー、ありがとう…」

 

 伯父さんとおばさんの言葉を背中に聞きながら僕は階段を昇っていき自分の部屋に入る。

 パジャマに着替えようと服を脱ぎ、メガネを取ろうと手を上げ

 

「……何これ?」

 

 右手の甲に目が留まる。そこには先ほど蜘蛛に噛まれたらしい場所がボッコリと腫れあがっていた。

 

「まさか…これの、せい……」

 

 呟きながら、そこで限界を迎え僕は服を脱いでいる途中でベッドに倒れこむ。

 そのままモゾモゾと布団に潜り込んで包まる。

 なんだかひどく寒い。

 ブルブル震えながら布団を抱き寄せるように丸まり、そのまま僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ピピピピピピッ

 

「ん……」

 

 聞こえてきた電子音に僕は眠りから覚醒する。

 まだ眠気でぼんやりしながら目覚まし時計の音を止めようとスイッチに手を伸ばし

 

 ガシャンッ!

 

 スイッチを押して止める。

 

「ん~……」

 

 ベッドに身を起こして大きく伸びをしてベッドサイドにおいてあるメガネを手に取り――

 

「あれ?」

 

 メガネをかけた瞬間、視界がぼやける。首を傾げながらメガネを外すと

 

「え?なんで……?」

 

 視界がはっきりとする。いつもとは真逆だ。両親の遺伝でド近眼だった僕はメガネがないと視界がぼやけてよく見えなかったのに、なんで急に見えるようになったのか、と一人困惑しながら布団から出て

 

「うわッ、裸で寝てたのか……」

 

 鏡に映った姿に呆れながら言い

 

「ん?」

 

 そこで、違和感を覚え改めて鏡に映る自分の身体を見る。

 なんだか前はもっとヒョロッとした身体だったはずなのに、今鏡に映る僕の身体はまるでスポーツ選手のように発達した筋肉に腹筋も六つに割れている。

 

「え…何これ……?」

 

 驚きながらもボディービルダーのようにポーズをとって確かめる。

 我が身体ながら目を見張る均整の取れた筋肉だ、たった一晩で何があったのかと困惑しながら鏡を見つめ

 

「ピーター!起きてるのぉ?」

 

 そこで階下から沙月おばさんの声が聞こえてくる。

 

「あぁ…起きてるよー!」

 

 僕は茫然と鏡を見ながら返事をする。

 

「身体はどう?よくなったぁ?」

 

「よくなったかって!?…そうだね、すっごくいいよ!」

 

「そう!よかった!じゃあ早く降りておいで!遅刻するわよ!」

 

「はーい!」

 

 おばさんの言葉に頷きながら僕は壁に掛けている時計を見る。確かにいつもより少し遅めに起きてしまったようだ。

 僕は慌てて制服を着て――

 

「え?なんで目覚まし時計壊れてるの?」

 

 ベッドサイドにあったはずの目覚まし時計を見て愕然とした。まるで凄い力で上から押さえつけられたようにバラバラにひしゃげていた。

 

「これ……僕がやったの?」

 

 目を見張りながらも僕はとりあえず一階に降りる為にカバンを掴み部屋から出る。

 そのまま洗面所に入り顔を洗い、顔を拭こうとタオルに手を伸ばし――

 

 バキッ!

 

 壁にネジで止められていたはずのタオル掛けが外れた。

 

「えぇッ!?……なんで?ネジ緩んでたのかな?」

 

 困惑しながらも今度は歯を磨こうと歯ブラシと歯磨き粉のチューブを手に取って

 

 ブビュッ!

 

 チューブの中身が鏡に飛ぶ。

 

「…………」

 

 唖然としながらもとりあえずもったいないので鏡に付いた歯磨き粉を歯ブラシで掬い取って歯を磨く。

 そのまま口をゆすぎ困惑しながらもリビングに行く。

 

「おう、ピーター!元気になったようだな!」

 

 そんな僕を朗らかにベン伯父さんが言う。

 

「ごめん伯父さん、もう大丈夫!」

 

「そうか、でもぶり返さないように気を付けろよ」

 

「うん、気を付ける」

 

 伯父さんの言葉に頷きながら僕は頷きマグカップを手に取り

 

「あ、そうだ!ごめん、洗面所のタオル掛けが取れちゃって……」

 

「はぁ?タオル掛けが取れたぁ?どういうことだ?」

 

「いや、わかんない。タオル取ろうと思って掴んだらボキッて……」

 

「そうか…俺は平気だったけど、ネジがへたってたのかな?」

 

 僕の言葉にベン伯父さんは首を傾げながら呟き

 

「怪我してないか?」

 

「あぁ、うん。それは大丈夫。ごめんね、伯父さん」

 

「ああいい、気にするな」

 

 ベン伯父さんは頷きながら取れたタオル掛けがどういう状態か見に行くと言って席を立つ。

 それと入れ替わりに沙月おばさんが両手にお皿を持って現れる。

 

「はい、急いで食べないと遅刻しちゃうからね」

 

「あ、うん」

 

 沙月おばさんの言葉に頷き、僕は慌てて持って来てもらったトーストと目玉焼きを頬張っていく。

 そして、そのまま大急ぎで朝食を食べ終えた僕は

 

「いってきまーす!」

 

 リビングにいる二人に呼びかけながら玄関を飛び出しその勢いのまま学校に向かって駆けだす。

現在の時刻はいつもの登校時間より遅い。経験則から言って走っても予冷ギリギリになるだろう。

 少しも足を止めている暇はない。

 

「ふッ…ふッ…ふッ…」

 

 僕は規則正しい呼吸を維持して走り――

 

「あれ?」

 

 悠々と予鈴までに十分な余裕を持って校門を抜けた。

 

「おかしいな…僕こんなに足速かったっけ……?」

 

 首を傾げながらも僕はとりあえず疑問は置いておいて教室に向かった。

 しかし、僕は時間が経つにつれて違和感がむくむくと膨れ上がっていった。

 と言うのも、それ以降もおかしな出来事が立て続けに起きたからだ。

 まず最初は隣の席のクラスメイトの机から落ちた水筒のこと。いつもの僕ならきっと手に取ることはできなかっただろう。でも、今日は違った。落ちたと認識した瞬間

 

「ッ!?」

 

「うわッ!?」

 

思わず手を出した僕は水筒を掴んでいた。いつもの僕の反射神経なら到底考えられない。

 

「すごいね…パーカー君、そんなに反射神経いいなら運動部はいればいいのに」

 

「い、いや…まぐれだよ……」

 

 キャッチした水筒を返しながら当のクラスメイトに言われ苦笑いでごまかした。

 他にも廊下でクラスメイトがふざけて投げたボールを避けた。真後ろから飛んできたボールをいともたやすく、まるで頭の後ろに目があるように感じ取っていた。

 さらには飛んでいたハエを指で摘まんでいた。どこからか飛んできて目の前を通ったハエを思わず摘まんでいた。摘まんでから摘まめたことに驚いた。そんな昔話の剣豪みたいなことを思わず出来てしまったことに自分でも信じられなかった。

 さらにさらに、授業で配られた宿題のプリントが左手にくっついた。手汗とか手が濡れていたとかそう言うレベルじゃない。なんと言うか吸い付くようにくっついていた。手を振っても取れないし引っ張ると破けてしまいそうで悪戦苦闘し、なんだかよくわからないままに外れた。

 その他にも諸々の細かな気になることはあったが、とりあえずそんな感じでおかしなことが続いた。

 結局今日は混乱しているせいで部活には参加する気も起きず、早々に帰路に着いた。

 そして、現在僕は学校からの帰り道を歩きながら今日一日のことを振り返っていた。

 昨日までの僕では考えられないおかしなことが続いていた。たった一日で何があったというのか……

 と、考え込んでいたせいか

 

「ッ!?」

 

 昼間のボールを避けた時と同じような首筋に妙な感覚が走り、僕は咄嗟に飛び退いた。

 直後あと一歩で通るはずだった曲がり道の向こうから自転車が走ってきた。

 

「うわッ!?」

 

 自転車に乗ったおばさんは僕を見てギョッとしながらそのまま自転車で走っていった。

 

「危なかった…あの感覚に従って避けてなかったらぶつかってたかも……」

 

 走り去って行く自転車を見送りながら僕はホッと一息つき、そこで自分の今の体勢に気付き

 

「え……えぇぇッ!?

 

 思わず驚きの声を上げた。

 自転車を避けた僕はどういうわけかそのまま隣のビルの壁2m程の高さに両手と両脚をついて壁と直角に張り付いていた。

 

「なぁッ!?ちょッ…なにこれッ!?」

 

 驚いた瞬間、張り付いていた両手両足が外れて地面にベチャリと落ちた。

 

「いッ…たくない?」

 

 完全に無傷と言うわけではないが、思ったよりも断然ダメージが無かった。

 

「???」

 

 困惑しながら唖然と自分の両手を見つめ、それに気付いた。

 

「何…これ……?」

 

 指先にまるで小さな産毛のように無数の何かが生えていた。

 

「これ……それに今の壁に張り付いたの……もしかして?」

 

 僕は一つの可能性を思いつき、立ち上がって周りを見渡す。幸い辺りに他に人はいない。

 それでも念には念を入れて僕は少し歩いた先の人気のないビルとビルの間の薄暗い路地に入る。

 普段人が通らず、どちらのビルの人間も管理していないらしい埃っぽい路地も気にせず進み僕は壁の方を向く。

 

「………よし」

 

 数秒思案し気合の声を上げて覚悟を決めると目の前の壁に手を伸ばす。

 壁を掴むよーなイメージと共に右手の五指を壁につけると、先程の自転車を避けた時と同じように壁に吸い付く感覚を覚える。

 その感覚と共に今度は左手を右手よりも上につける。そちらも吸い付く感覚を覚える。

 今度は右手を離すイメージと共に引くと指はすんなり離れ、そのままゆっくりと、左手より上につける。

 そのまま今度は右足を壁に掛け、グイッと身体を持ち上げる。すると地面についていた左足が地面から離れる。

 

「ッ!」

 

 その事実に僕は驚きながらも集中し今度は左手を離し右手より上につけ、浮いていた左足を壁につける。そのまま右手と右足、左手と左足を交互に進めていくと僕の身体はすいすいと登っていく。

 そのまま僕は悠々と何の苦も無く六階建てのビルの屋上にまで登りきる。

 今自分が登ってきた壁を見下ろして改めてその事実に驚く。『無個性』の僕がこんなことできるはずがない。考えられるのは何らかの個性が発現したのだろう。

 もし何らかの個性が発現したのなら、一体僕にどんなことが出来るようになったのか。

 朝からのおかしなことの数々を思い出し僕は少し思案し僕はビルの縁の付近に歩み寄り隣のビルを見る。僕のいるビルと向かいのビルでは5mくらいは離れてるだろうか?

 

「……試してみるか」

 

 意を決し僕は逆の縁まで後退り、大きく息を吸い込み

 

「ッ!」

 

 一気に駆けだした。

 そのまま一息に駆けて

 

「はぁッ!!」

 

 縁を蹴って大きく跳び上がる。

 昨日までの僕だったらそのまま地球の重力に従って自由落下しただろうが、今の僕は一味違う。余裕の跳躍で向かいのビルの屋上に降り立つ。

 

「ッ!」

 

 半ば確信していたとはいえ跳べた事実に僕は驚き、しかし、その驚きはすぐに興奮へと変わる。

 

「よし!」

 

 僕はそのまま体勢を立て直しまた駆け出し、再び跳躍する。

 さっきほど勢いをつけていなかったが僕はなんなくさらに向かいのビルに降り立つ。

 そのまま足を止めずさらに走って、跳躍、走って、跳躍、走って、跳躍、と繰り返す。走る勢いは増し、どんどん楽しくなってくる。

 と、そこで僕は足を止める。

 目の前のビルとビルの間がこれまでよりも遠くなる。

見れば僕の今いるビルの前に四車線の道路が走り、その向こうにビルがある。

 

「流石にこの距離は跳べない…かな……」

 

 僕は少し冷静になりため息をつく。

 しかし、ここまで来れたのもすごい。明らかに身体能力が大幅に向上している。

 僕に新たに発現した『個性』は身体能力の向上だったのか……

 

「いや、でも…ならこれは……?」

 

 自分の思考の矛盾を言葉として漏らしながら僕は改めて両手を見る。

 両掌、その指先に至るまで無数の産毛のようなそれはただの身体能力の向上では現れないモノだろう。

 それはまるでごくごく小さな何か虫の足のようで――

 

「虫……?」

 

 そこでふと思い出す。

 虫と言えば僕は昨日、父さん達の元勤め先で〝蜘蛛〟に噛まれている。

 確かに蜘蛛と言えば壁に張り付きすいすいと登る能力を有している。

 筋力もあの小さな体で考えれば相当なものだろうし、種類にもよるだろうが跳躍力も相当なものだろう。

 

「でも…仮にこれが蜘蛛の力だとするなら……もしかして……」

 

 僕は一つの可能性を試してみるべく右手を構え――

 

「やぁッ!!」

 

 気合の声とともに右手の拳を突き出す。が、何も起きない。

 

「……とうッ!」

 

 今度は手を開いて掌底の要領で突き出すが結果は同じ。

 

「蜘蛛の巣よ天に伸びろ!!」

 

 今度は指を揃えてピンと一直線に突き出す、が、やはり何もない。

 その後、

 

「――ていッ!――そいッ!――とりゃッ!――GO!――GOGO!――蜘蛛の巣GOGO!!」

 

 あれやこれやと手の形を変えて試すが、特に何も起きなかった。

 

「ん~…やっぱり間違ってたかなぁ~?……もしくは、蜘蛛だったらやっぱり糸が出るなら…お尻か……?」

 

 僕は頭を掻きながら右手をブラブラ振って――

 

 プシュッ

 

「へ……?」

 

 右手から真っ白な糸が飛んで行った。

 僕は唖然としながら右手を見る。

 何の気なしにテキトーに取っていた形――親指と人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げた形にした右手を見る。

 まさかとは思いながらも、もう一度僕はその手の形のままゆっくりと手を伸ばし――

 

 プシュッ

 

 右手首のあたりから再び糸が飛んで行く。

 

「こ、こうするのか……」

 

 僕は驚きながら数度同じように糸を飛ばす。

 コツを掴めば簡単だ。まだ違和感はあるが痛みもなく普通に出せる。あと問題は――

 

「……ッ!」

 

 僕は意を決して身構え、蜘蛛の糸を飛ばす。

 

 プシュッ

 

 僕の手から伸びた糸はそのまま飛んで行き向かいのビルのその先のさらに高いビルの上に立つクレーンに巻き付き

 

「ッ!」

 

 僕は糸が飛んで行ってしまわないようにその端を掴む。

 数度糸を引っ張り強度を確認した僕はゴクリと唾を飲み込んでビルの縁に立つ。

 ゆっくりと足元を見れば車の走る道路が見える。その高さに足がすくむが

 

「……ッ!」

 

 僕は意を決して跳び出す。

 

「うおッ!?」

 

 顔をうつ風に一瞬顔を顰めるが、すぐにそれは気にならなくなる。

 

「は…はは……ハハハ!」

 

 その爽快感に笑みがこぼれる。

 

「ハハッハハハハハッ!Fooooooo!!!

 

 興奮に思わず雄叫びを上げ

 

「FooooooHooooooo!!!!」

 

 そのまま道路を挟んで向こう側のビルの屋上に着き

 

「って、あぁ!」

 

 足で止まろうと踏ん張るが勢いが着きすぎたようでそれでは止まり切れずズザザッと足を擦り、糸を離すタイミングを逃した僕は――

 

「グエッ!?」

 

 そのままビルの屋上に立てられていた看板に激突。その衝撃に糸を離してしまい、そのまま屋上に仰向きに倒れる。

 

「さ、流石に今のは痛い……」

 

 全身に走る鈍い痛みに顔を顰めながら呟く。

 

「もうちょっと練習が必要だな……でも――」

 

 呟きながら目を開けると、目の前に少しオレンジ掛かってきた空が広がっている。

 

「…………」

 

 僕はぼんやりと眺めながらその空に手を伸ばす。

 

「僕にも…『個性』が……」

 

 言いながら空に向けていた掌を自分に向けじっと見つめる。

 

「僕も…これでなれるかもしれない…『ヒーロー』に……!」

 

 諦めかけた夢が叶うかもしれない、そんな興奮に僕はグッと拳を握り込み高揚感を噛みしめるのだった。

 

 

 

 




※次回以降は隔週更新予定です。
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