桜の花びらが落ちる速度は秒速5cm。
雨粒の落ちる速度は秒速5m。
こんな知識をためらいなく披露できる時が再び来るなんて思わなかった。
いや、小学校の時は好きだった男の子とこういった話をすることに夢中になっていたから、こんな知識をため混むことに意義を見出していたのだろう。小学校の頃の私。
現在、私は花の女子高生。
今の私の事を話す前に、私の中学生時代の事を話そうと思う。そうしないと、今私が一人でやっていけているまでの過程を話せないからだ。
小6から中学校に上がる時に、私は東京から田舎の中学校に転校することになった。
受かっていた都内の私立中学の、西中の入学をふいにして。そして大好きだった初恋の男の子との縁を断ち切って。
悔しく、切なく、世界が終わってしまうかのような辛い瞬間だった。だけど、私はまだ彼との絆を信じていられた。田舎といえど、栃木県。同じ関東地方で、電車で行って帰って来られる距離だったからだ。
ただし、孤独感は感じていた。
中学に入学してから知った田舎の濃い人間関係。下世話な話も色々出来なければいけない。そして田舎の学校にありがちの、運動部への入部圧力。
私は確かに体力をつけるためということもあり、バスケ部に入部した。それは確かだけど、本音は小学校の時のように科学クラブに入って科学の知識に触れながら気楽に生きていきたかった。科学の知識とたくさんの本と貴樹くんのような男の子の友達がいれば他に何もいらなかった。私にはそれしか欲望というのがなかった。
だけど、栃木のこの田舎でそれを望むのはいかにも贅沢な話だった。科学クラブ、科学部というものはこの岩舟の中学に存在しなかった。小4の時にちょこっとかじった合唱部は存在したものの、合唱部はコンクールの前だけに活動するような部活だった。そして私の都会的な雰囲気に興味を持った同級生の女子に、こうも言われた。
「ありちゃん、可愛いんだから文化部はやめときなよ。」
その子いわく、文化部に入る女子は地味な存在としてクラスメイトから軽んじられるらしかった。私は性格は地味だからそれでもよかったんだけど。でも彼女のいうことが5月にもなれば自覚できるようになった。
どこのクラスでも運動系の部活に入った生徒達が主導権を握る。
私は地味ながらも、バスケ部のメンバーということもあり、生徒有志の奉仕活動(というが実際には強制だった。しかし有志の活動というのが一応建前のため、生徒間の力関係で仕事をぶつけ合ったりはする。)である、やぼったい朝の花壇の水やりやごみ集め、挨拶運動などは免除された。というより、バスケ部女子が文化部や帰宅部の生徒たちにまとめて無理やり押しつけているような様子だった。「文化部だから、時間あるでしょ」それがバスケ部女子の殺し文句だった。
そんな異様な雰囲気に若干違和感を覚えつつも、私は電車通学に加え朝練もこなしていたので、文化部や帰宅部の女の子に内心悪いと思いながらも、そのルールを受け入れることにした。
…貴樹くん。私がバスケなんて知ったら笑うだろうな。
しかし、手紙には体力をつけるため、としか書けなかった。田舎のややこしいルールで苦しみ、そしてそれをずる賢く利用している自分。そんな醜い私をさらけ出して彼に甘えるというのも違う気がした。そして、彼の優しさにすがりたい弱い自分を認めるのもつらくって。