「澄田先生
暑中お見舞い申し上げます。このお葉書が届く頃には文化祭の準備が始まる頃でしょうか。2年に及んだ離島留学。栃木の学校での生活が行き詰まった私を温かく受け入れてくださり、本当にありがとうございました。今、栃木の母校の渡良瀬女子高校の生徒として戻ってまいりました。まだまだ周りに完全に受け入れてもらったとは言えませんが、辛い時は種子島の青い空、澄田先生の優しさを思い出して頑張ります。
水野理紗
追伸:花苗にもよろしくお伝えください。花苗は私にとっても可愛い妹です。お姉さんに憧れてサーフィンを一生懸命にやっているところがとっても素敵です。」
水野理紗は昨晩ささっと書き上げた暑中見舞いハガキを取り出し、そこに天文部に転がっていた星団のシールを貼り付けた。
そして高校前のポストに投函する。
…とはいえ、なんか花苗には危うさを感じていたんだよね。
水野理紗はひとりごちる。種子島での留学中は壁の薄い高校の寮に入っていたから、独り言も時々隣に聞こえてしまい、恥ずかしいことになったりした。でも今はそのような事はない。澄田花苗をそこまで駆り立てるものは一体何だったのか。理紗は澄田先生のカウンセリングを受けながら徐々に種子島に溶け込み、また栃木での心の傷を癒していった。その様子を澄田先生の妹である花苗も横で見ていたはずだ。ただ彼女が何かに取り憑かれたようにサーフィンに没頭することに、いささかの危険なものを理紗は感じていた。しかしそれが何なのかはわからないまま、理紗は栃木に戻ることになった。
「花苗、元気でね」
理紗は高速船で種子島を出ていく日、泣いていた花苗と拳を合わせた。理紗はこの子の天真爛漫さ、あふれる生命力に、癒された。そして花苗は理紗の頭脳に助けられたといえる。はっきり言って彼女の頭で種子島高校に受かるのは奇跡に近かった。理紗も花苗の姉である澄田先生も、一つ下の高校に行こうよ、そこなら確実に受かるから、って繰り返し言ったのだが。だけど花苗は食い下がり、何度も数学の問題で理紗に質問を繰り返した。理紗もその熱意と健気さにほだされ、夜遅くまでの受験勉強に付き合った。そしてついに花苗はど根性を見せて、ぎりぎりの成績で今の種子島高校に受かった。そして次はサーフィンだ。何が彼女をこうも駆り立てるのだろうか。彼女はとうとう理紗には何も言わなかったが、きっと好きな男の子がいるのだろう。しかし理紗の知る限り、今の高校でサーフィンをやる男の子が花苗の周りにはいないようだった。
澄田花苗はまだ波の上に立てず、見守る姉・澄田先生は落ち込む彼女を何度となく励ます。そんな毎日の中で、澄田花苗は遠野貴樹という物静かな男子生徒からも少しずつ応援を受けるようになった。彼の応援はとても穏やかなもので、そっと花苗の心を撫でていく南風のようだった。
澄田花苗は、初めて彼、遠野貴樹に会った時の事を今も鮮明に覚えている。中2の頃だった。想像もつかない大都会、東京からやってきた彼。他の男子には全く持ち得ない大人びた物腰。その日のうちに彼の事を好きになった。でも、花苗は姉である澄田先生が言うように、天真爛漫で朗らかな性格と裏腹に、傷つきやすい一面も持っていた。そして、同じ年の9月には栃木という見知らぬ土地から「離島留学」してくる女子高生がいた。花苗は珍しく東京と栃木について熱心に調べていた。そしてその距離の近さに愕然とする。花苗は、自分の好きになった男の子をその女子高生に取られてしまうのかも知れないと、大真面目に心配するようになっていった。普通に考えたらそんな事はあり得ない。その女子高生、「水野理紗」は姉の赴任する種子島高校に留学するわけだし、どう考えても花苗たち中学生と接点はない。たまたま、自分の姉がその留学生のカウンセリング担当になったから、その留学生が澄田家に顔を出しただけのことだ。しかし傷つきやすく種子島と鹿児島しか知らない花苗の心は見知らぬ土地、しかも東京にかなり近い土地から来た大人びた身体の女子高生に対して過度の警戒をしていた。
「あんた、理紗の前で固くなりすぎよ。」澄田姉は花苗に対し呆れ顔でつぶやいた。
「澄田先生、花苗ちゃんが困ってますよ、年上の私に気をつかってくれているんですよ。」
そう言って穏やかに笑う理紗。姉・澄田先生は一度だけ花苗の前で口を滑らせてしまったことがあった。
「理紗はちょっといろいろ大変だったの、だから花苗、あなたもそんなに彼女の前に壁を作らないでほしいな。一応理紗には花苗は思春期で引っ込み思案だから、って説明しているけど。私が家に理紗を呼ぶときは普通にお客さんに対する態度でね。いいわね。」