ここまで姉が花苗に念を押すのは珍しい事だった。それほど離島留学生の受け入れに四苦八苦しているのだろうか。花苗も姉の苦労を感じ、それ以降は過度に彼女を警戒することは表面上はやめた。そして、徐々に自然体で彼女と接することにできるようになってから、しばらくすると、理紗は花苗の勉強を見るようになっていった。
受験勉強の息抜きに、自分の高校の文化祭に花苗を招待したりもした。
「花苗ちゃんは、どうしてもうちの高校へ入りたいのね?」
「はい…。」
花苗は口ごもる。花苗の今の成績では合格は難しい。
「お姉ちゃんが先生をしている高校だからね、頑張れるよね。」
理紗は一つ下の学校なら受かるよ、とも花苗に伝える一方、自分の学校に入るために頑張るよう背中を押すことも忘れなかった。
『遠野くん…!』
種子島高校の文化祭の日。理紗の後ろを一歩遅れてついて行く花苗。その花苗の歩みが止まった。校舎の向こう側、ペットボトルロケットの体験コーナーで遠野貴樹が一緒に来た友達と談笑している…。
『遠野くんも、この高校狙っているんだ!噂は本当だった!』
「ん?花苗ちゃん?どうしたの?」
理紗が振り向く。花苗は吹っ切れたような笑顔になり、
「理紗さん!私必ずここの高校合格しますから!理紗さんの後輩になります。だから…。頭の悪い私に勉強教えてください!」
「うん、そうか。花苗ちゃん。じゃ私も応援するよ。」
それから理紗と花苗の二人三脚の受験勉強が始まった。澄田姉も、急接近した2人の仲に驚き、また、後輩の受験勉強を見るという体験が水野理紗の心に良い影響を及ぼしていることにも気付かされるようになる。
水野理紗は12月になっても栃木ほど寒くならない種子島で、週末は寮の外出許可を取って嫌な顔をせず花苗の受験勉強に夜遅くまで付き合った。その後原付バイクで彼女はひとり種子島高校の寮に帰っていく。外泊許可をとって澄田家の一室に泊めてもらう事もあった。そんな2人の様子を毎日見ていて、何とか結果が出るといい、ずっと澄田姉は祈っていた。
「お姉ちゃん!理紗さん!ありがとう!私、受かったよ!」
飛び跳ねながら合格通知を持ち帰ってきた花苗を、澄田姉と水野理紗は抱きかかえた。
その日の晩、種子島高校の寮に澄田姉が出向いた。
「理紗、ありがとうね。花苗が受かったのは、ほとんどあんたのおかげ。姉としてもお礼を言うわ。」
「…そんな。でも私も花苗の受験勉強を通して、自分も人の役に立てるのだと思えたんです。栃木にいた時にそういう体験ができていれば…。」
そこで水野理紗は声を詰まらせた。澄田姉は何も言わず、ただそっと理紗を抱きかかえた。
水野理紗は、澄田花苗の高校合格を置き土産にして、今年の7月に2年にも及ぶ種子島での離島留学を終えた。花苗は別れの日に泣きながら高速船を見送った。
「行っちゃったね。」
澄田姉はそっと妹の肩を抱く。しかし、花苗はもう泣き止んでいた。
「今は日本中どこでも繋がれるんだよ。」
花苗は携帯電話を見せつける。
花苗は結構筆まめなところもあった。関西に引っ越した山下さんという友達とも今も年賀状のやりとりを続けているという。
澄田姉はそんな妹を見ながら、このつながりが花苗と水野理紗の両方にとっていい影響をもたらすことを祈るばかりだった。