種子島高校2年の遠野貴樹は、今日も澄田花苗の待ち伏せを受け、2人で下校している。いつも決まりの店で2人飲み物を買って、たわいない話をしながらだらだら帰宅するのが日課だった。さして娯楽のない離島では、そんな2人が付き合っているとはやされたりもする。しかし遠野貴樹のそれに対する反応は常に淡々としたもので、はやしたてようとする男子生徒も張り合いがなくてすぐにトーンダウンする。むしろその噂が出たり消えたりする度に純情な澄田花苗は顔を赤くしたり青くしたりする。彼女と小学生時代からの仲であるゆっことサキはそんな花苗をからかうことを楽しみにしているふしがあった。
澄田花苗は分かっていた。遠野くんは優しいから、こんなおバカな私にも優しく接してくれる。以前学年トップの成績の佐々木さんと一緒に遠野貴樹が下校していた時があった。花苗はそれを遠目に見てぶるぶる震えていたが、2人はどんな話をしているんだろう。きっと私なんかにはとても理解できない高尚な話をしているのだろうか。そしてそれを遠野くんが楽しんでいるのだろうか。私と一緒の下校よりも。澄田花苗の心配や不安はとどまるところを知らなかった。
しかし、澄田花苗は、今日は面白い話題を持っている。いつもの私じゃない。佐々木さんが話すような話題だろう、と自画自賛している。
「ねぇ。遠野くん。水野理紗さんって覚えている?」
「…名前だけは。去年栃木に帰って行った人?うちの寮に留学していた人?」
そこで遠野貴樹は、ちょっとだけ暗い顔をした。それに花苗は気づいたが、気にせず話を続けた。
「そう。その人がね。今年の夏休みに種子島に部活の行事でやってくるんだって。そしてその時にうちの高校の寮で泊まって、天文部の合宿をするらしいの。」
「へぇ。」
花苗は、遠野貴樹の声のトーンが変わったのに気づいた。
「で、水野さんの言うには。その栃木の高校の天文部で、運動部と兼部していて合宿に参加できない子のために、天文部合宿の実況と録画をするんですって。ただ、うちの高校にはその…実況中継するための機材はあるけど、使いこなせる人がいなくって。」
「…面白そうだね。」
澄田花苗は驚いた、私の話に彼が興味を見せるなんて初めてのことかもしれない。
「うん!遠野くんならきっとその実況のお手伝いができると思うんだ!頭いいし。」
「…水野さんか。澄田の知り合いだったなんて意外だったな。」
「うん。お姉ちゃんが水野さんの留学担任だったから。理紗さんは時々私の家に来て、たくさん勉強教えてくれたんだ。私が、ここの高校受かったのも理紗さんのおかげと言ってもいいぐらいなの。」花苗は鼻息を荒くして、水野理紗の事を話した。
「…俺は弓道部の活動もあるけど、具体的な合宿の話が決まったら、教えてくれ。自分に手伝えることができたら、ぜひお手伝いさせて欲しいんだ。昔話したかもしれないけど、俺、宇宙とか好きな子どもだったんだ。」
「そうだったよね、遠野くんこの島に来てから最初にまず宇宙センター行ったんだよね!」
「…澄田も、サーフィン忙しいかもしれないけど、もし水野さんやその栃木の天文部の人がやってきたら、一緒に手伝ってくれないか。」
「?え?私が?頭悪いし。とてもとても役にたてないよ。」
そこで遠野貴樹はふっと息を吐いて、そっぽを向いた。
「いて欲しいんだ。澄田には。…水野さんと俺は初対面だし。うまく話ができないかもしれない。ぎこちない雰囲気になっても、澄田がいれば何とかしてくれる。」
「…いいの?遠野くん…」
花苗は嬉しさのあまり、彼の顔を見返すことができなかった。満面のにやけ顔。そんな顔を彼に見られたくはなかった。夕闇に染まる種子島の夜が、彼女の羞恥心を覆い隠していた。
「カブ!私、遠野くんに必要とされているんだよ!すごいでしょ!」
その日の晩、澄田花苗は、彼女の帰宅に駆け寄ってくる愛犬に飛びついた。そして嬉しさのあまり愛犬カブを抱きかかえたままぐるぐると踊った。愛犬は着地後も目を回したか頼りなげにふらふらと歩いている。踊り疲れた花苗は地べたに寝転がり、満天の夜空にキスを投げた。