『明里が渡良瀬女子高校にいるなんてこと、あるわけが。…』
遠野貴樹はその日は、なんとなく花苗を避けて1人で下校した。篠原明里。もう名前を呼ぶことも避けていた女の子。その子の存在が全く渡良瀬女子の天文部から感じられない。仕方ない、2人で科学の知識を交換して楽しんでいたのはもう4年も前の話だ。それだって楽しんでいたのは自分だけで、実際に明里は楽しんでいたわけではなく、貴樹の趣味に付き合ってくれていただけのことかもしれなかったし。そもそも明里も転勤族なのだ。栃木の岩舟からまた別のところに引っ越していってしまったかもしれない。
ーだけど、手紙が途切れるまでは明里は岩舟の中学に通っていて、バスケを続けていた。ー
遠野貴樹は、いま一度揺るがない事実を思い出していた。
篠原明里は、結局夏の天文合宿に不参加となった。天文部が種子島に行く頃は、ちょうど夏のバスケの県支部大会予選の頃だった。彼女は相変わらずサブメンだが、中学の時と立ち位置が違い、スタメンではないが必ず交代要員として試合には出る選手となっていた。現在彼女はいわゆるシックスマンと言われるバスケでは重要なポジションにいる。
「そうか、明里。あんたも運動部でそれなりのポジションを得たのなら、頑張ってらっしゃい。種子島の星空は、後で画像で存分に見せてあげるから。」
水野理紗は、こう言って明里の背中を押した。
顧問の先生も、あれから一度は種子島合宿への勧誘をしたものの、バスケ部の方でも必要とされている彼女をしつこく引き止めるわけにもいかなかったようである。
「篠原さん、種子島は残念だったけど、バスケ頑張って。それから、合宿中は種子島の高校と、うちの高校のPCとマイクとスピーカーはつながった状態にしておくから、もしよかったら夜にでも放送室にいらっしゃい。種子島にいるみんなとおしゃべりでもしてあげてちょうだいね。」
「わかりました。」明里は笑顔で返した。
「それから、水野理紗のこと、いろいろありがとう。あなたのおかげで彼女、今は天文部でも高校生活でも大活躍している。それもこれもあなたが良い距離感を持って接してくれたから。本当にありがとう。篠原さん。」
「…いえ。」
篠原明里はしばらくの間、水野理紗と一度じっくり話し合う必要があると考えていただけに、顧問にここまで感謝されるのはちょっとこそばゆい気がした。明里は種子島合宿に一ミリたりとも参加できる可能性がある限り、水野理紗の真意を計りかねて、彼女とぶつかる可能性もあった。しかし今や明里はバスケ部のシックスマンならぬシックスガールとして必要不可欠な存在になった。そうなると種子島のことなどすっかりどうでも良くなった。水野に対し、「もし遠野貴樹という人がその種子島高校にいたら」という事を前提に何かお願いをしようかとも悩んだが、どうしてもその行動は起こせなかった。そうこうしているうちに県支部予選は迫ってきており、明里は練習に没頭することでその種子島の呪縛から逃れることができた。
そして天文部は種子島に旅立った。
かなりの旅費だったが、これに備え天文部の面々は地元の天文台の掃除やイベント手伝いをすることでかなりバイト代を稼ぎ、それで各部員たちの自己負担額を減らすというアイデアを今年から実行した。これも水野理紗の発案だった。地味な天文台の掃除も部活動の一環として行えば思い出にもなるし、お金に余裕のない家庭の生徒も少ない負担で参加できる。