半年もすると、自分がこの栃木の雰囲気に馴染めていないことを認めざるを得なかった。転校(入学?)当初に私に可愛いから文化部はやめなよ、といってくれた女の子は私の地味な性格にだんだん苛立ちを感じているようだった。
「ありは、もう少し性格も可愛くなりなよ。女の子らしくさ。」
彼女は部活の男の子たちともうまくやっている。バスケ部はそれ以外にも活発で勝ち気の女の子たちが多く、学級委員に推薦されたり、生徒会に立候補したりと、とにかく人材豊富だった。でも私は部活の登下校中の電車でも図書館で借りた本を読んでいることが好きで、ちょっかいをかけてくるバスケ部男子たちがとても苦手だった。
そのうち登下校中の電車の私は、おしゃべりに興じる女子から敬遠されるようになっていった。最初は私もこの田舎で孤立する危険性を感じ、話の輪の中に無理して加わっていたが、誰と誰が付き合い始めただの、誰と誰がキスしただの、そういった話についていけず、また流行りのバラエティ番組などの話にも疎く、浮いていくのは鈍感な自分にも感じられた。
その頃、私は貴樹くんに手紙を書いた。
電車の隣の車両ではバスケ部の仲間が馬鹿話に興じている。男の子のいやらしい話にも、笑顔でコメントを返せる彼女たちがすごいと思いつつも、私にはとても無理だった。もう一人ぼっちの通学になってから75日は経過している。誰も私のことを気にもかけないはずだ。確か貴樹くんが言っていた。人の噂話も評判も75日ぐらいしか続かないって。小学生時代の昔、私が彼との仲を囃し立てられた時に彼が冷静に、そう言ってくれたことを思い出した。そんなこんなで今や通学中のパーソナルスペースを確保した私は、通学列車の中で1人でこりこりと貴樹くんへの手紙を書いている。
何度も推敲したが、私の孤独感は消えているはず。貴樹くんに弱みを見せたくない、というより、甘えたくって仕方ない。またこの世界の断片を切り取るような普遍的な知識を彼と交換したい。ふと、まぶたが熱くなる自分に気づいた。彼はきっとどんな場所でもうまくやっていっているはず。だってそれが私が好きになった貴樹くんだから。そして彼に、今孤独にあえぐ自分を見せたくない。彼にこんな無様な自分を知られると、嫌われてしまうかも知れないから。
東京と栃木という距離は、その私のささやかなプライドを支えるだけのものではあった。いざとなれば、会いに行ける場所。だから彼には栃木での私を知られたくない。私はその距離感を抱きしめたまま、孤独な毎日を送っていった。
しかし、その中学1年の終わり頃に、彼が親の転勤で種子島に行ってしまう事になった。私の距離感やプライドとやらは粉々に打ち砕かれ、もう簡単に会えない場所に行ってしまう彼を思う。そして春の兆しが見えているのにいつまでも雪が降り続ける栃木の長い冬に希望がなくなってしまう思いだった。
会いたい
そんな感情が彼とやりとりする手紙の行間から浮かび上がっていたのか、彼は引っ越し準備の多忙な時期に、私に会いに来てくれたのだった。彼も私の気持ちを汲み取ってくれたのだろう。以心伝心。それも彼の教えてくれた言葉だった。私たちは手紙とたまの電話でしかつながっていないのに、バスケ部の仲間よりもお互いを理解している。だから貴樹くんなんだ。
忘れもしない3月4日。雪のすごく降った日だった。彼とキスを交わし、そして農業倉庫の中で一夜を過ごした。
それが私にとっての一生の思い出になるとは、まだ中学2年生の私には気づくはずもなかった。
「その一夜」が終わった後、私は相変わらず1人だったけど、バスケ部の女子達の恋バナには入れるようになった。なぜだろう。自分の中で夢物語でしかなかったハッピーエンドの恋の話が、現実にありうる自分のものとして理解できたからだろうか。転校で好きだった男の子と別れたこと。しかもその男の子と一緒に勉強してやっと受かった西中への合格までふいにしてしまったこと。それまで私にとって恋愛は悲しいものでしかなかった。でも、貴樹くんがこんな遠くの岩舟までやってきてくれたから、今は簡単に会えない距離になってしまったけど、悲恋が悲恋なだけでは終わらず、素敵な結末を迎えたもの、となったのだろうか。当時の私はそれについては結論づけなかった。ただ。私にも幸せな恋愛ができるかもしれない、というかすかな自信だけはついた。