『…あんな遠野くんの表情。…私、見たことない。』
そして今この手を離したら、遠野くんが見知らぬ所に行ってしまう。
「と・お・の・くん!」水野理紗の悪戯っぽい声がする。
「あなたもこっちきて挨拶しなさいよ、種子島高校の一流エンジニアなんだから。」
「そうだ。遠野!早くしろ!」
渡良瀬女子高校の放送室では、画像も音声も届いている。
ただし、画像の受信後、ビープ音が一定期間続いた後、音声が届く、という感じで、画像が先、音声が後だった。
『…の・く・ん!』
画像に遅れて、さらにワンテンポ遅れてくる音声。その間抜けな感じに佐藤、手塚、そしてかなり遅れて放送室にやってきたバスケ部兼部の篠原明里までもがケラケラ笑いの渦に巻き込まれていた。
しかし、次に送られてきた…遅れてきた声に、篠原明里は身を固くした。
『…だ。遠野!早くしろ!』
「え!?」
思わず篠原明里は声を上げた。「なんですって?」
「どうしたの明里。どうかしたの?リアクション取るのには早くない?」
佐藤は茶化す。
そして渡良瀬女子の放送室に送られてきた次の画像。
「わー!かっこいい男来た〜!私のタイプだー。この彼。」
佐藤望がその画像を指差してはしゃぐ。手塚も、「待ってました。留守番の私達向けの視聴者サービスかな。種子島にもいい男いるのねー。」と佐藤ほどではないがまんざらでもない反応だ。
「ねえ。どうしたの。明里。」
拳をぎゅっと握りしめてPC画面を食い入るように見つめる私に、佐藤も手塚も怪訝な表情をする。こんなこと。…こんなことってあっていいのか。私はどんな表情をしてその画面の中の美少年、遠野貴樹くんを見ていたのだろうか。泣けばいいのか。笑えばいいのか。それともPCの画面を思い切り叩くのか。それとも画面に抱きつくのが正しいのか。そして次には、また別の画像が送られてきた。
「何これ。邪魔よ。その女。どきなさいよ。」
「ナーンだ。女付きか。なんのための視聴者サービスなのよ。」
佐藤と手塚はその画像に辛辣なコメントを投げかけた。私はその画像を見た瞬間、まるで自分が石になってしまったかのような心の変化を感じた。いや、自覚させられたというのが正しかった。
『…★みだ か★えです。★★らせ女子高校の皆さん、夜★くまでお疲れ★です。』
「だー。いらんいらん。種子島の田舎娘いらない。自己紹介いらない。さっきのかっこいい男の子の情報よこしなさいよ!」
佐藤望は絶好調だ。音声が途切れ途切れになっているのに貴樹くんの傍らに立つ女の子の自己紹介を聞き取ってけなしているのがまた大したもんだ。呆れるやら感心するやら。
「望。そう言わない。結構可愛い子じゃん。こっちの音声聞こえるかもよ。」
手塚は手綱を締めた。私は佐藤望の豪快さも好きだけど、やはり手塚由子のこういうところが信頼できる。
「由子もノリ悪いなー。そんなこと、わかって言ってるのよ、こっちの音声が向こうに聞こえていないこと、とっくに気づいているから。」
やはり中学時代の部活仲間とは違う。私は佐藤の豪快さの裏に隠れた配慮にも感心する。
「明里もガチガチに固まっていないで、画面に向かってなんか言いなさいよ。音声は届かないけど、一生懸命話そうとする姿が、ひょっとしたらあのかっこいい彼に見染められて、お手紙なんか届いちゃったりするかもよ。」
佐藤が私に容赦なく振る。私はそれで我にかえる。しかし。私は、PCと通信回線の向こう側といえど、遠野貴樹くんに対してどう言葉を発していいのかわからなかった。佐藤と手塚という愛すべき兼部仲間の会話のおかげで石化状態から解放されたというだけのことだ。手塚はさらに私を再びPC画面の正面に座らせた。彼女は目配せした。