その後1週間の滞在を経て渡良瀬女子高校天文部は合宿を終え、栃木に戻ることとなった。
結局、PC通信は画像送信のみが復旧したが、音声通信は戻ることはなかった。伝えたいことがあるなら、直接電話なりすればいいのだが、今更それをしようというメンバーはいなかった。あの満点の星空の下。種子島と栃木という離れた場所をつないで、天文という共通項で見知らぬ土地の高校生が夜空の下で語り合うということが意義があることだから。
遠野貴樹の熱い告白はその後も誰も触れることなく、公然の秘密ということになった。彼はともに天文合宿の成功のために力を貸してくれたボランティアで、特に通信分野に関しては種子島高校随一のエンジニアと言っても良かった。彼なしでは成り立たない合宿だったから、彼をはやしたりからかおうという者はいなかった。しかし問題は花苗だ。彼女も遠野目当てで天文合宿の手伝いをしていたのは種子島高校の天文科学部も皆知っている。あの夜の遠野の告白の後、ショックで放心状態の彼女が天文合宿のボランティアから抜けても誰も彼女を非難しなかっただろう。
しかし花苗は時折悲しそうな顔を見せるも、天文合宿から逃げることなく1週間天文合宿の手伝いをやり遂げた。
『私、理紗さんの妹だから。お姉さんが久々に帰ってきたのだから。お姉さんのお手伝いをするのは当然でしょう。』
遠野貴樹からすっかり距離を置いている彼女が、それでも天文合宿の食事作りや諸々の雑務に取り組んでいたのだった。彼女の支えは、遠野貴樹ではなく、水野理紗になっていた。
そして渡良瀬女子高校天文部が種子島を去る日。西之表の港に、渡良瀬女子の天文部の面々、種子島高校で合宿を手伝った生徒たちが集まっていた。
水野理紗の元には、澄田姉妹が見送りに来ていた。
「澄田先生、ちょっと花苗と二人きりにしてもらっていいですか?」
理紗は、花苗を借りて行き、港のすみへ移動した。
「遠野くんと幸せにね。」水野理紗は澄田花苗に微笑む。
「…私、理紗さんのご期待には応えられないかも…」
また花苗の弱気の虫が顔を出している。あなたの素晴らしいところは…私が全て知っているから。
「頑張ります。」花苗は重い口調で、しかし言い切った。
「何を?」
「ですから、…。いろいろと。その…。」
「遠野くんに告白するんでしょ。いい?大事なことは口に出しなさい。花苗?」
「…理紗さんのそういうところ、怖いです。」
花苗は容赦なく理紗の欠点をついてきた。
「遠野くんへの気持ちも私たちだけの秘密にするつもり?」
理紗も花苗の弱点をついている。花苗はここをつかれるとしゅんとなる。
「女の人生には必要な秘密もあるの。ただし、遠野くんへの気持ちは秘密のままではだめ。私が何を言おうとしているかわかるよね。」
「…はい。」
それでも花苗は理紗の前で遠野貴樹への告白を約束はできないようだ。理紗はそれ以上花苗を揺さぶるのはやめた。
「…あの美人さんにもよろしくお伝えください。遠野くんが好きなあの博識の彼女にも。」
花苗は震える声で、理紗に頼み込んだ。理紗は、はぁーと小さく息をついて、「あなたは本当に優しい子。でも、今日限り、その美人さんの事を意識するのはやめなさいね。彼女は花苗のことを知らないのだし。」
理紗は花苗の頭を優しく撫でた。「…はい。」
「波の上に立てたら、連絡ちょうだいね。」
理紗は花苗の肩をそっと抱いた。それが今回の別れの挨拶になった。