遠野貴樹は、渡良瀬女子高校天文部の見送りに港に来ていなかった。しばらく休んでいた弓道部の練習への参加を優先させた格好になった。しかし、前日の夜に、彼は渡良瀬女子天文部の泊まる寮にお別れを言いに来た。
「水野さん、遠野くんが」
彼の存在に色めき立つ渡良瀬女子の天文部員たち。彼は水野と二人っきりの状態で10分ほど過ごした。話の内容は今回のプログラミングの反省と今後の課題を確認し、あとは少しばかりの世間話。とうとう篠原明里のことについては口にしなかった。
『遠野くんは、吹っ切れたのだろうか』水野は思う。
それは彼の篠原明里への想いか。それとも過去への想いやしがらみか。あの放送室での篠原明里への告白?めいたメッセージもいずれは笑い話となってそして…忘れ去られていくのだろう。彼や花苗がその行動の中に垣間見える危うさ。それが完全になくなった時に、花苗の隣に遠野くんがいればいいのだろうが。
しかし水野理紗は遠野と別れた後も、一人彼のことを考えていた。…将来、遠野貴樹が中学時代の時のように東京に戻ることがあれば、私や篠原明里の生きる時間、生きる場所に入ってくることになる。もしこの合宿が引き金となり、高校卒業後、あるいは今すぐにでも篠原と遠野くんがヨリを戻すことになれば、私は花苗の姉貴としては失格だ。
でも、それは私が悩むことではないような気がする。再び篠原明里と遠野くんが出会い、お互いがお互いを求めるようであれば、それまでと全然違う形で出会う訳だし、当然昔の小学校の頃の二人とは全く違う二人がいて、新しい何かが始まるのだろう。でもそれが始まるまでの間、遠野くんは当分の間、花苗と仲良くするのもいい。そして卒業後そのまま花苗との遠距離恋愛が始まるのもそれはそれで仕方のないことなのかもしれない。私が心配しているのは、花苗も遠野くんも傷つくことを恐れすぎて前に進めなくなっていること。それは純粋な気持ちを大事にしているように見えるが、…はっきり言って人生の無駄使いだ。どんな形でもいいから、一歩踏み出してほしい。これは高校2年だけど、2年多く年を食ってる私なりの彼らへのエールだ。
私たちは、栃木への帰途についた。種子島から離れて行く船。甲板には、先ほど種子島高校のみんなに投げ返したテープの切れはしが残っている。
天文部の面々は揺れる船の中で心地よい居眠りにつく。
…栃木に帰ったら、篠原明里とは、何を話そうか。
妹というより、篠原明里は年下だが同志のような存在。花苗とはまた違った心地よい存在だ。私にとっては離島留学から戻った時に何かと世話になった大切な友人でもある。
バッグに詰めた天体写真のフィルムの束と1週間の天体観測の記録。まずはこれを篠原明里に見せてあげよう。どんな知識が彼女の頭から飛び出すか楽しみだ。
完