中2になると後輩も入ってくる。バスケ部の後輩の中にも、バスケ部の派手なノリについていけず、ちょっと浮いている私に寄ってきた子もいた。
「これ使いなよ。」
岩舟の中学校の貧相な図書室で、最上段に手を伸ばそうとしている女の子がいた。私は昔の貴樹くんのように彼女に脚立を薦めた。
「ありがとうございます。」
その小柄な少女はニコッと笑って、お目当ての本を棚から引っ張り出した。『天文グラフ』の1992年版だった。棚の上からほこりが舞い降りる。秒速3センチメートルぐらいだろうか。桜の花よりゆっくりと落ちていくようだった。
「あなた、こんなの読むのね。」
「ええ、好きなんです。」
屈託のない笑顔を向ける彼女は、私のバスケ部の後輩で、145センチぐらいしか身長がない。でも入部テストでは2人の中2のマーカーをかわして、惜しいシュートを放った。しかし、私の見る限り、身長が足りなさすぎる。今後も惜しいシュートは何本か打てるだろうけど、大成するには最低でももう5センチ身長が欲しい。
その小柄な少女と私は、その後も図書室で会ったり、1年生の朝練が解禁になると、登下校中の電車内で、色々なことを話すようになった。聞けば、彼女のお姉さんが
「私、去年、お姉ちゃんの学校の合宿に参加したんです。そこですっかりハマっちゃって。それから、天文写真をたくさん眺めるようになりました。難しい宇宙論とかわからないけど。」
渡良瀬女子の天文部は、小4から小6までの小学生少女の参加者を募り、毎年夏に天文合宿を行なっているそうだ。
「お姉ちゃんは喘息持ちで、小さい頃は学校行事が満足にできなかったんです。でも大きくなって、なんとか泊りの合宿はできるようになりました。そんなお姉ちゃんがうれしそうに私を天文合宿に誘うもんだから、あんまり興味なかったけど、参加したら、とても楽しかったんです。夕飯のカレーも美味しかったし。」
…私は、『喘息持ちだった』という単語に何故かひっかかりを覚えた。しかし、一呼吸おいて、聞き返した。
「そう。楽しそうね。じゃあなたも高校生になったら天文部に入るの?」
「うーん。私は運よく、ちっちゃい頃から頑丈に生まれたから高校でもバスケをやろうかなと思います。それに、
「そう。素敵なお姉さんをお持ちなのね。私は一人っ子だから、うらやましいわ。」
「篠原先輩。ならば私が妹分ではいけませんか?…私、バスケは好きだけど、あのバスケ部のノリが苦手で、それでも篠原先輩のような人がいることに気づいて。先輩はあまり人の噂話や悪口を言わないし。うっとうしい男子からも距離を置いているし。私は、そんな篠原先輩のそばにいたいのです。」
「うーん。私ね。男子からは評判良くないし。女子の集まりからもちょっと浮いているし。あなたがそういってくれるのはうれしいけど。」
「バスケ部男子は、私が図書室にいるだけでバカにするんですよ。似合わないって。」
彼女はちょっとふくれてみせた後、弾けるような笑顔を見せた。
「ですから、私は篠原先輩の妹分ということで。」
彼女は私の腕にクルリとまとわりついた後、軽い足取りで自分のクラスに向かっていった。
中2の頃は、少し栃木の生活に慣れてきたのだろうか。妹のような後輩ができたことも含め、いろいろ私の周りに楽しいことが起きていた。
貴樹くんへ出す手紙の内容も、少し心弾んだものになっていった。特に妹分の後輩の彼女の話を書いている時には、できるだけ貴樹くんにもわかるように図書室のエピソードとか詳しく書くようにした。
ーこの手紙が、種子島に届く頃には。
…関東地方の梅雨も明けていた。
中2の頃のバスケ部の練習はかなりきついものになっていった。私は妹分の後輩の熱い視線を感じながら、先輩として恥ずかしくないプレイをしようと毎日汗を流した。