渡良瀬女子高校。
私は栃木でも有名な県立女子高校に入学した。周りはみんな女子ばかり。異性は先生しかいない。入学式では高校の校歌に加えて、ベートーヴェンの歓喜の歌を全校生徒で合唱するような独特な雰囲気の学校だった。また校内には学校のシンボルの自由の鐘というモニュメントがあり、新入学生はその鐘を鳴らすことがならいとなっている。私も入学式後四日後に鳴らした。何も入学式に鳴らさなくてもいいらしい、4月中であればいいようだ。その鐘を鳴らさないまま卒業していく生徒もいるようだが。「自由の鐘」だけに。
そして男子がいないということが、こんなに自分に自由を与えてくれるものだとは。中学生時代は、男子からのぶしつけで無意味なちょっかいが鬱陶しかったけど、この高校は栃木県南部の各中学から集められた才媛ばかりで成り立っている。そんなつまらないことをしてくる生徒はいない。また私はバスケ部の勧誘も受けたものの、文化系も運動系の部活もこの学校では立場は平等のようだった。生徒会の執行委員も運動系・文化系半々で成り立っており、運動系の部活のゴリ押しで予算や人材を持っていってしまう事はないようであった。
私は、ちょっと興味のあった天文部の部室に行くことにした。バスケ部の正式入部の翌日だった。天文部では15人ほどの先輩に囲まれ、色々と活動内容のレクチャーを受ける。確かに私の中学時代の後輩が言っていたような天文合宿があり、それは県内の科学好きの小学4年生〜6年生を連れて行くような行事である。私は幼い頃の自分のような科学好きの女の子との出会いが楽しみだった。さらに、3年に一度は県外に天文合宿で飛び出し、「カノープスを見に行く」ツアーも計画しているということだった。
「長年の私達の天文合宿活動が、去年、県から表彰されてね。そのおかげで天文部にも遠くへ合宿に行けるような予算がついたんだ。福岡より南に行けば、カノープスは見られるみたいだから、結構遠くに行くことになるね。」
カノープス…また昔の記憶がよみがえる。貴樹くんが教えてくれた科学の知識。全天で2番目に明るい星で、それを見ると長生きできるんだって。中国の言い伝えらしいけど、…すっかり忘れていた。そうか、この学校ならこういう科学的な話題をしてもいいんだね。私は1人ニヤついて、小学生時代の博識な少女に還れる気持ちで嬉しくなった。そうか、貴樹くんもきっと種子島でカノープスを見ているんだろうね、誰と見ているんだろうか。
最近、私の想像する彼は、そばに私と正反対の性格の女の子をはべらせている。図書室なんて行ったことの無いような、でもとても性格が良くってかわいい女の子。私は彼が1人で寂しく生きているようには思えなかった。だけど種子島で素潜りをしていたり、釣りに興じていたり、サーファーになっている彼も想像できなかった。なんとなく彼に海は似合わないような気がする。彼はむしろ空だ。漆黒の夜空や春の空。桜舞う明るい空。それは貴樹くんがどんな成長の仕方をしていようと変わることのない事のような気がする。
私は結局、バスケ部と天文部の兼部という形で、渡良瀬女子高校の生活を始めた。
この学校は運動部+文化部の兼部が認められている。というか、そういう二足のわらじを履いている生徒がなんと過半数に及ぶ。そうなると勉強時間のやりくりが大変だが、そこは栃木の名門女子校の名に恥じない成績を修めなさい。と、まあこんな建前だ。しかし、これは間違ってはいない。人間は暇になるとロクな事を考えない。渡良瀬女子高校ではいじめや喧嘩が発生しないのも頷ける。そんなことをしていたら、あっという間に県内選りすぐりの同級生たちに成績で抜き去られてしまう。男子の目を気にしなくていいのも色々と気楽だし、男子がらみのトラブルやストレスも存在しないのは女子校ならではのメリットだった。私はすっかりこの学校が気に入ってしまった。
バスケ部は毎日練習があるが、天文部は週一の1時間だけだった。そんなので合宿ができるのかとの疑問もあったが、そこは私を含めた兼部組への配慮だった。天文部専業の生徒たちが、運動部兼部組顔負けにフル回転で活動している。5月末にはすでに校内での合宿は2回に及んだらしい。…私は参加できていないが。